RTA走者が乙女ゲーの女主人公に憑依したら
俺はあるVRMMO乙女ゲームのRTAプレイヤーだった。
クソのような乱数の選択肢に度重なる再送を要求され、気づけば女主人公のミナに憑依していた。
何があったのか? 憶えてないが、大方憤死したんだろう。
静かなボロい部屋には俺一人。時間軸を知る方法は簡単だった。
彼女の外見と、母親の部屋を見に行けば分かる。
この世界は同人ゲームにありがちななんちゃって中世であり、普通に窓ガラスが存在する。
窓ガラスに反射した自分の姿に、首を捻る。
「……若いな、ゲーム開始よりかなり前だ」
次に一緒に住んでいるはずのミナの母の部屋を探す。
彼女の母親が生きているかどうかで、これから取れる選択肢が大きく変わる。
勝手の分からない家の中を歩き回り、その部屋を見た時――、心臓がキュッと締め付けられるような感覚がした。
「っ、」
この身体には、まだミナの心が存在するのだろうか。
俺は震える手をドアノブに掛け、引く。
月光が窓から差し込み、キラキラと埃を反射している。
埃っぽい匂いに眉を顰め、他の部屋は綺麗に手入れが行き届いていたのに気づく。
ここは彼女の母親が亡くなった日から、一切手を付けていないのだ。
「……落ち着け、お前は独りじゃない」
ぼやける視界と震えが酷くなった手に、優しく語りかける。
そっと自分の身体を抱きしめると、落ち着くまで待つことにした。
………
涙と震える身体が収まって暫く経って、俺は探索を再開していた。
「――あっ、あった」
押し入れの奥底に仕舞われていたそれを手に取り、月明かりに照らす。
キラリと輝くそれは、銀細工で王家の紋章が装飾されたネックレスだった。
彼女の母親は、前国王の亡くなった第二王子の専属メイドだった。
ゲーム内で読んだこの首飾りのフレーバーテキストでは、〘王子が死を悟り、愛する専属メイドへと授けた悲愛の首飾り〙と書かれていた。
ゲーム開始時には学園に入学している為、学園卒業後の冒険パートでしか手に入らない代物だ。
その段階では、ただの高性能な首飾りなのだが、このゲーム内設定にとんでもない仕様がある。
聖女は「王族の首飾り」を身に着けることで、『覚醒』するのだ。
本来は王太子ルートに進む過程で王族の首飾りを授かることで『覚醒』し、冒険パートに発展するのだが、実はこの首飾りでも『覚醒』することができるとゲームの設定資料集に載っていた。
つまり、俺はいつでも聖女として覚醒することが可能だということだ。
だから何だと言う話だが、ここでもう一つ情報を追加する。
『覚醒』は魔王の『復活』のトリガーになっている。
そして俺は魔王の『復活』場所を知っている。
ここまで言えば分かるだろうか。
「――ストーリー開始前に、魔王リスキルできるわ。これ」
気づいた俺の行動は早かった。
翌日には家を出て、魔王復活の地であるマレニアへと向かった。
馬車に乗って、時折遭遇する魔物から謎に出る金を路銀に進んだ。
RTAで”死ぬ”ほど戦った魔物だ。パターンを全て憶えている相手に、レベルが低くとも負ける通りはなかった。
マレニア近郊に到着すると、俺は出現する高レベルの魔物でレベル上げを始めた。
爪の長いコウモリであるノクターンクローを一撃で倒せるようになると、レベル60になった印だ。
ゲーム内で『覚醒』後、最短の3日でマレニアに突入し魔王と接敵すると、魔王のレベルは15。これは一日経つごとに5づつ上昇していく。つまりレベル60もあれば、復活直後の魔王はオーバーキルできる計算だ。魔王は倒すと三段階の形態進化をするが、それも10レベルづつの上昇。0レベルで接敵した場合、最終形態で30レベル。ノクターンクローが50レベルだと考えると、ただの雑魚である。
俺はマレニアの街に入り、旧魔王城跡地へ向かう。
手入れされず罅だらけの城が街の外れに立っていた。
中に入ると、浮浪者が何人も寝泊まりしていた。
魔王復活前にこの場所に来ることは不可能なので、この光景は少し感慨深い物がある。
旧魔王城最奥の部屋に到着する。
金銀であしらわれた荘厳だったはずの扉は浮浪者によって解体されたのか、見窄らしい有り様となっている。
部屋の一番奥には風化した玉座があり、ボロボロな赤い絨毯が部屋の入口までずっと伸びている。
いつもならこの部屋に入ると壁際の燭台が青い火を灯すのだが、魔王かその幹部が直していないので暗いままだ。
俺は道中に購入した魔法袋(小)から『王族の首飾り』を取り出す。
首に通すと、眼の前に小さな亀裂が出現する。
亀裂から足が出て、身体が出て、頭が――出る前に俺の聖女パワーが炸裂した。
「ぐぬぁあああああああああああ!!!!」
「おりゃああああああああああ!!!!!」
魔王は一撃で第三形態まで変化し、無様に倒れ伏した。
そこで俺と目が合い、絶望と恐怖に顔を歪ませる。
「や、止めろ! この力は聖女だな!? 分かったから攻撃を止めろ!」
「はぁああああああああああ!!!!」
「ああああああああああ――――――――」
魔王は一片も残さず消えた。
突如視界が真っ白になり、存在しない未来の映像が頭に流れ始める。
エンドロールだ。
王城に務める宰相の下へ忙しない様子の王宮占星術師が訪ねてくる。
占星術師は世界の趨勢を左右する重大な情報をすぐに受け取ることのできる重要な職だ。
過去に遠い未来の飢饉や危険な魔物の到来が伝えられて助かった前例もあり、宰相は昼食中にも関わらず謁見を許した。
「たった今、覚醒せし聖女、復活せし魔王を討つ。という情報を受け取りました!」
「――ゴホッゴホッ」
聖女と魔王の伝説は、宰相も幼い頃によく絵本で読んだ。
500年以上前の王国の設立にも大きく関わっており、宰相になってそれが全く真実である事を知り驚いたものだ。
それ以来魔王は復活しておらず、また聖女も生まれることはなかった。
まさか自分が生きている内に伝説が再来しようとは、宰相は気を引き締める。
「それで、それはいつ頃起こる?」
「いえ、もう起こった出来事のようです」
「そうか――、もう起こった? 一体いつ聖女は覚醒し、魔王が復活した? 倒すまでに猶予があるはずだ。占星術師は先んじてそういう情報を得るのが仕事だろう」
「それが、ほぼ同時で……」
「そんなわけがあるか! 魔王が復活した場所に聖女が居たとでも言うつもりか!?」
宰相の半狂乱を聞きながら、占星術師は何故こんな事になったのかと遠い目をした。
※¹復活した無防備な瞬間を狙って倒すハメ技