新弟子
校門前で赤い軍服姿のナイラがいつものように馬車の前でミカエルを待っていた。灰色の髪を後ろに束ね、背筋はピンと伸ばして凛と立っている。男子生徒の中にもファンが多く、勇気を出して想いを伝えようとする者もいたが、近づこうとしただけで一瞥され、声をかけることすらできなかった。
普段は表情を変えずに待っているナイラだったが、校舎から青あざを作ったオルゴが出てきたのを見て顔色を変えた。
「たしか、あれは殿下と同じパーティーを組んでいる内務大臣の御子息。もしや、殿下もお怪我なされているのでは…。だとしたら、やった者を許さない!」
ナイラは帯剣の鞘を強く握る。
しかし、ナイラの心配をよそにミカエルは校舎から笑顔で出てきた。
ナイラはミカエルを乗車させると、全身を素早く確認した。
「お怪我は――無いようですね」
「ああ、オルゴを見たんだね。聞いてよ、ナイラ。今日、僕たちのパーティーが女の子をいじめようとしたんだ。ほら、こないだ話していた洗礼の儀式の子。だけど、今度は返り討ちにあってさ。オルゴとコナーが一撃で倒されたんだ。でも、僕は手を出さなかったから、この通り無傷さ」
「ご自身のパーティーが負けたのに、楽しそうにおっしゃるのですね」
「父上に仲良くしろって言われているから付き合っているだけで、あいつら嫌いだもん。だから、スカッとしたよ」
「しかし、殿下のパーティーと知っていて、歯向かってきたのは問題でしょう」
「あんなの僕のパーティーじゃない! オルゴのだ」
ミカエルはそう言い捨てると窓の外を見た。ナイラは頭を下げる。
「出過ぎたことを申し上げました」
「別に怒ってないよ。それよりもその女の子、アンナって言うんだけど、一カ月もしないのに凄く強くなってた。きっと才能があるんだろうなあ。僕なんかナイラに教えてもらっているのに貴族科でも真ん中の強さだし。これじゃナイラの評判が落ちちゃう」
「そんな…、私のことなど気にされる必要はございません」
ナイラの中でアンナに対する怒りが湧く。
――殿下の自尊心に傷をつけるのは、御体に傷をつけると同じこと。許せぬ女だが、今は殿下に自信を取り戻させることが先。
「私から陛下に稽古時間を増やしてもらうようにお願いしてみましょう」
「本当に! ありがとう、ナイラ」
★
<始まりの洞窟>では、コックコートを被ることをやめないガルバが、やきもきしながらアンナの帰りを待っていた。
そこへアンナだけではなく、制服を着た5人の少年もいっしょに帰ってきたので、ガルバはニヤリと笑った。
「圧勝したようだな。俺様も大物討伐で派手に勝った時は、ファンがキャーキャー言ってついてきたもんだ」
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冒険者ギルドではボス級の依頼は成功率が低いため、一つのパーティーだけに発注せず、早い者勝ちにしていた。一般的には他のパーティーに見られないよう、ボスを見つけたら急いで戦う。もし自らのパーティーが負けてしまった場合、その戦いを見た次の順番のパーティーが攻略法を見つけてしまう可能性があるからだ。しかし、ガルバの場合はわざとギャラリー(他のパーティー)が集まるまで待って戦った。
順番待ちのパーティーから「負けちまえー」「魔物頑張れ!」「ボスの意地をみせろ!」のヤジが飛ぶ中、ガルバは一撃でぶっ倒す。魔物が倒れる瞬間は、わざと背を向け、ノールックでポーズを決めるのが常だった。
その姿を見た、他のパーティーの女冒険者の何人かは必ずガルバのファンになってついてくる。だから、ギルドでは合言葉のように「ガルバと同じ討伐に女冒険者は連れて行くな」と言われていた。
★
ガルバが過去の思い出に浸っていると、アンナが困った顔をした。
「そうじゃないの。あたしが強くなったのを見て、同じ稽古をしたいって…」
「俺たち強くなりたいんです!」
「僕も!」「俺も!」
ガルバは生徒たちの体つきを見る。物になりそうなのはツンツン頭ぐらいで、後は痩せていたり、太っていたり、小さかったり、度の強いメガネをかけていたり、冴えない少年たちだった。
「ダメだ!ダメだ! アンナを鍛えるのは俺様のためだ。お前らに興味はねえ」
「みんな学校でいじめられているの。強くしてあげて」
「嫌だ」
「はじめてできた友達なの! 裏切りたくない!」
今日、仲良くなったばかりだろ、と言おうとして、ガルバは言葉を飲み込んだ。
「裏切りは良くねえな。わかった。少しだけ教えてやる。ただし、俺様の言うことは絶対だ。約束できるか?」
「「「はいっ!」」」
少年たちは喜んだが、その感情はすぐに消えることになる。
「ノッポとデブ、チビとメガネ、アンナはツンツン頭とだ。今から組んだ相手と殺しあえ。殺気がねえやつはお仕置きだ」
少年たちがとまどった顔を見合わせる。アンナが皆を安心させるように笑顔で言った。
「大丈夫。あたしを信じて」
少年たちはうなずいた。だが、今まで殺す気で人を攻撃したことなど無かった少年たちである。殺すとはどういうことすらもわからない。結果、一生懸命に棒で戦っているだけだった。
ガルバのイライラが増していく。
――魔物がいねえ弊害だな。昔はよわっちい冒険者でさえもスライムを殺すという経験ができた。ところがどうだ? アンナですら戦いの先にある殺しをリアルに捕えていねえ。アンナを殺しかけたオルゴってガキのほうがよほどわかっている。
「てめえら、ぶっ殺すぞ!」
ガルバは凄まじい殺気を放つと、少年たちとアンナは悲鳴を上げ、地面にへたり込んだ。中には失禁している少年もいる。
「頭上に剣が振り下ろされたように感じただろう。これが殺気だ。敵を怯ませて戦闘力を下げるバフだと思えばいい」
メガネの少年が手を挙げる。
「学校では、勇気で己を奮い立たせろ、と教えられますが、似たようなものでしょうか?」
ガルバは鼻で笑う。
「真逆だ。勇気は己の能力を高めるバフで、恐怖に打ち勝つためのものだ。強者相手、受け身が前提になる。俺様の教えは先手必勝、殺気で先に恐怖を与える」
ガルバは一度洞窟に入ると、肉切り包丁を6本持ってきて、全員の足元に突き刺さるように投げた。
「棒より殺しやすくしてやったぞ。さあ、殺しあえ。先に殺したほうは死なずにすむぞ。俺様が百歩あるいて決着がつかない組は俺様が両方殺す。始めえいっ!」
少年たちは恐る恐る包丁を手に取るが、まだ腰が引けていた。
その姿を見たアンナは唾を飲みこむと覚悟を決める。
――あたしが始めに殺されよう。ガルバ様がヒールで治療しているのをみれば、みんなもわかってくれるはず。
「モンジ、あたしのお腹を刺して」
「いや、俺を刺せ。初めからビビッていて強くなれるか」
「…わかったわ。目をつぶっててくれない。目を見ながらだと刺せないから」
二人の息遣いが荒くなっていく。アンナが叫ぶ。
「ごめんなさいっ!」
振り下ろされた包丁がモンジの頭を割り、鮮血が飛び散ると、少年たちが悲鳴をあげた。
「うわぁーっ! 死んじゃうーーーっ!」
次に無数の光弾がモンジを吹き飛ばすと、悲鳴が大きくなった。
「確実に死んだーーーっ!」
モンジがむくりと起き上がると、さらに大きな悲鳴をあげた。
「ギャーーッ! ゾンビになったーーーっ!」
アンナは少年たちを落ち着かせるように言う。
「あれはヒールよ。死ぬ直前にガルバ様が助けてくれたの。だから安心して。モンジ、大丈夫?」
「ああ、傷一つない」
「…よし、みんな殺しあうぞ」
「強くなるためだもんな」
「「「おう!」」」
少年たちは覚悟を決めた。