天界の門
戦場から離れた丘でビスカが空を見上げると、照り付けていた太陽が分厚い赤い雲に隠され、辺りも薄暗くなっていった。戦場を見ると戦いの血と熱で赤い上昇気流が現れている。
「血が蒸発して雲になるなんて聞いたことないけどなー」
「百万人を超える血の量だ。何が起こっても驚かねえ」
ガルバが、やはり来たな、とつぶやく。
ビスカがガルバの視線の先に目をやると、大地が割れ、塔のようなものが回転しながら突き出してきた。
「魔王城――どころじゃない! どんどん伸びてくる!」
塔の先は赤い雲の上を突き抜けて止まった。魔王の塔の100倍をゆうに超える大きさだった。
「プロジェクト・バベル。完成してたんだ…」
「これを待っていた」
バベルの塔のあらゆる場所からゴーレムが出てきて、次々と飛び降りていく。
「人類滅亡計画の総仕上げってとこだねー。ボクにとってはどうでもいいけど、ガルバはやる気なんでしょ。ん? どうしたのさ。胸なんか押さえて」
「アンナが危ねえ」
ガルバが黒円を発現させ、中に入ろうとすると、ビスカが腕を掴んだ。
「娘を信じてあげなよ。鍛え上げた愛弟子なんでしょ」
「この鼓動は危険だ」
「アンナは必ず乗り切るよ。何度も戦ったボクが保証する」
「…そうだな」
ガルバは黒円を消すと、バベルの塔へ向かっていった。
★
バベルの塔の前に黒円が出現し、エルザたちが現れる。ゴーレムの上を飛び石を渡るように向かってくるガルバの姿を見て、エルザがネスコ、キルイ、セゲロに命令した。
「ゴーレムが全て出撃するまで時間を稼げ」
「僕たちで止められますかね」
「御意」
「大丈夫だよな。聖人ちゃん」
セゲロは女神像のような赤いゴーレムにキスをする。
3人を残し、エルザは塔の中に入っていった。
「どけええええっ!」
ガルバがゴーレムから飛び降りながら血喰い剣を振り下ろす。
キルイが太刀で受け流そうとするが、弾き飛ばされた。
ガルバが追撃に入ろうとしたとこを、横から聖人と呼ばれた赤いゴーレムが殴りつける。
ネスコはすぐにキルイにヒールをかけた。
「ネスコ! 邪魔をするな! 時間がねえ!」
「無理なんです。ほら」
ネスコは腕の刻印を見せると、ガルバが舌打ちした。
「なら、全員、ぶちのめす!」
「言うねえ。言っておくがこの聖人は前とは違う。パワーダウンした貴様など敵じゃないね。何しろ新技術を導入しているんだ。それは――」
「セゲロ殿、うんちくはうざいでござる」
「攻撃が来ましたよ!」
ガルバの攻撃を聖人が腕をクロスして受け止める。
「血が通って無い相手だと、血喰い剣も大したことないねえ」
聖人が蹴りの連撃を放ち、横からキルイが斬りつけるのを、ガルバが後ろに飛びのいて避ける。
その様子を見て、ネスコはガルバの力がまだ戻っていないことがわかった。
★
バベルの塔はアカツキ軍と諸国連合が戦っている場所からもはっきり見えた。圧倒的な存在感に両軍とも戦いが自然と止まり呆然と見ていた。徐々にゴーレムの大軍が近づいてきても、それが何を意味するのかもわからなかった。
ゴーレムの拳が自分たちに振り下ろされたとき、両軍の兵士はようやく我に返った。圧倒的な質量を持ったゴーレムを前にして、兵士たちは恐怖した。どうすればいいかもわからないままへたりこみ、虫けらのように兵士たちが殺されて行く。
絶望の空気が戦場を埋め尽す中、2体のゴーレムが破壊された。砕け散ったゴーレムの下にはアカツキとゴードがいた。
「お前たちが手にしている物は何だ! 立ち上がって戦え!」
「倒せない敵じゃ無か!」
「ナイラ、騎士団長に闘技場での戦いを思い出せと伝えよ!」
「ハッ」
ナイラが馬を走らせた。ゴードがギルド軍に向かって叫ぶ。
「冒険者ども! ゴーレムば倒せば、S級依頼書の報酬ば払う!」
「「「おおっ!!」」」
上空にいたミカエルが竜騎士団に命令する。
「二人一組でゴーレムを叩け。一人が注意を引き、もう一人が頭を狙うんだ」
「ハッ」
副団長が指示を出そうとしたとき、黒円が現れ、血まみれの竜騎士が現れた。
「伝令! 王都に多数のゴーレムが襲来。我々だけでは守りがたく、救援を…」
「殿下、どうしますか? こちらも危機的状況ですが…」
「王都には老兵しかいない。急ぎ、王都へ向かう! 転移魔法を使えない竜騎士には攻撃を続けさせろ!」
「ハッ!」
ミカエルを先頭に30騎ほどの竜騎士が黒円を発現させると中へ入っていった。
★
エルザは塔の中にある門からゴーレムが出てくるのを横目に、壁のモニターに向かって話していた。
「神王。急いだほうがいい。ガルバが近くまで来ている」
「貴公がいれば問題ない。違うか?」
「最後ぐらいは楽をしたい」
「ハッハッハ。わかっている。1万体のうち、千体は王都へ送ったから、ゴーレムの出撃も間もなく終わる」
「裏切者は許さないということか」
「ホナークのドラゴン研究は危険だ。人類と共に滅ぼす」
★
王宮の屋根の上でゴーレムが街を破壊するのを見ていたホナークは黒円を発現させると、地下の研究所へ移動した。ドラゴンに関する研究ノートを手に取りミスリルの箱にしまう。
「わしの研究を歴史から消し去ろうてか。そうはさせぬ」
ホナークは青い液体の入った注射器を取り出すとこめかみに刺した。
激痛がホナークを襲い、口から吐血する。
それでも液体の注入をやめなかった。
「ぐおおおおおおっ!」
老人のようなホナークの体がどんどん膨れ上がる。研究所にも収まらない大きさになり、ついには地上へ体が突き出した。
その姿は直立型の巨大なドラゴンに変わっていた。
「我は竜王なり!」
王宮へ入ったゴーレムを爪で切り裂き、尾を振り回して破壊した。
中庭で紅茶を飲んでいるソフィーとシャルロットの元へカムロンが慌てながらやってきた。
「王妃! ゴーレムにくわえてドラゴンまで襲ってきましたぞ!」
「落ち着きなさい。ドラゴンは味方よ」
「へっ!? た、たしかに良く見るとゴーレムと戦っておりますな。今のうちに地下通路へ。王都の外に出られます」
「アカツキの妻に向かって逃げろと? 悪いジョークだわ」
「逃げねば殺されますぞ!」
「内務省でゴーレムの残骸を調べたそうね。弱点を見つけたのではなくって?」
「小さな頭を壊せば止まります。しかし、高くて届きようが――」
「よくってよ。お前はシャルロットを連れてお行きなさい」
「嫌よ! 母様といっしょにいる!」
「わらわには王家秘伝の弓があるの。だから心配いらないわ。カムロン、早く連れて行きなさい!」
「…承知しました」
カムロンがシャルロットを連れて去っていくと、ソフィーは王宮にある塔の一つを上り始めた。綺麗に清掃された王宮の他の場所と違い、埃が溜まっていて何十年もほったらかしにされている塔だった。塔の最上階にある部屋に入ると、誰もいない空間に丁寧に礼をした。
「お母さま。信じてあげられなくてゴメンなさい。ずっと、陛下に殺されると怯えていたのね。でもね、陛下はお母さまを殺す気はなかったの。恨みを晴らすためではなく、大義のために王家に入ってきたのよ。
可愛そうなお母さま。私が信じてあげれば、陛下との間に入って、お母さまが自ら死を選ぶことを止められた…。だから、この場所で償います」
ソフィーが塔の窓を開けて外を見ると、ゴーレムの数が増えていた。ドラゴンが何体もの相手をして戦っているが、数が多いためすべてを防ぐことはできず、ソフィーのいる塔にゴーレムが拳を叩きつけた。塔が傾き、ソフィーは窓から落ちた。
ソフィーが空を見ると、数十個の黒円が見え、ミカエルと竜騎士が飛び出してきた。ミカエルが驚いた顔で急降下し、地面すれすれでソフィーを受け止めた。
「母上、ご無事ですか!」
「立派になったわね。でも、抱き方がぎごちないわ。それではアンナに嫌われますよ」
「認めてくれるんだね!」
「だから、生き残りなさい。ミカエル」
二人に影が落ちると、ソフィーはミカエルを突き飛ばした。ゴーレムの拳がソフィーに迫る。
「母上!」
「ファイアランス!」
柱のような炎の矢がゴーレムの拳を破壊した。
ソフィーが振り向くと、両手を前に出したシャルロットとその後ろに隠れるようにカムロンがいた。
「王家の弓なんて嘘でしょ。お母様が弓を引いているところなんて見たことなかったもの」
「ジョークよ」
「よくやった。シャルロット」
「お兄様はすぐ浮かれて周りが見えなくなるわ。だから振られるのよ」
「ミカエル、王子なら母より国を守りなさい。マザコンは嫌われますよ」
「グッ…」
ミカエルはワイバーンを空に舞い上がると、ゴーレムと戦っている竜騎士団に合流した。
「お兄様はどこか軽いのよねえ」
「からかうのもほどほどにしなさい。ブラコンも嫌われますよ」
「まあ、お母様ったら」
「あなたの魔法であのドラゴンを助けられるかしら?」
数体のゴーレムに下半身を掴まれたドラゴンが振りほどこうともがいている。
「私の魔法じゃ、1体が精いっぱいよ」
シャルロットはくやしそうな顔をして首を振ったとき、ドラゴンにとりついているゴーレムの体が青い炎に包まれた。
「あの炎の色! シュンカ姉様だわ!」
シュンカが次々とドラゴンに取りついたゴーレムを灰にしていく。
残り1体となったゴーレムをドラゴンが破壊した。
「竜爺、年なんだから無理しないほうがいいよ」
「来るのが遅いわ。もうドラゴンの肉は無いぞ」
「え~! また作ってよ~」
「だったら、神の人形どもを焼き尽くせ」
「そんなの簡単じゃん」
シュンカが振り返ると、ゴーレムの数がさらに増えていた。
「うげげ。魔力が持たないかも…」




