開戦
アバンドーノの街を背後に布陣している諸国連合の軍とアカツキ軍が向き合う。アカツキの隣で騎乗している騎士団長が港からは立ち昇る黒煙を見る。
「敵の中で裏切りがあったのでしょうか?」
「兵は動揺しておらぬ。士気も高い。逃げ場を絶ち、決死で挑ませる。背水の陣を敷くとは臆病な王たちにしては上出来だ。しかし、王たちの姿が見当たらぬ。前線に出て兵を鼓舞するまでの覚悟は無いらしい。ミカエル!」
上空からワイバーンに乗ったミカエルがアカツキの近くまで降りてくる。
「分厚い軍の後ろが安全だと思っている愚か者がいるらしい」
「竜騎士団の力がまだわかっていないようだね」
「東部方面団を連れていけ」
ミカエルは露骨に嫌な顔をした。グティンラ王国は東西南北にそれぞれ方面団を作り、隣国を攻めさせていたが、王国が大陸の東に位置しているため、東には敵がいなかった。
東部方面団は何をするかというと民衆に対しての虐殺である。アカツキが征服した国の中には、降伏後も負けた国の騎士が民衆に紛れてゲリラとして抵抗することがあった。そういう場合や反乱する貴族を賊滅するときに、東部方面団は使われた。
団員は軍の中で問題を起こした者たちで構成されており、彼らは汚れ仕事をすることで、軍からの追放を免れていた。人数こそ少ないが実力は確かである。
「竜騎士団だけでやれるよ!」
「愚かな王たちは民衆に紛れこんで逃げようとするだろう。そのときお前は必ずためらう」
「戦争は綺麗ごとではないことぐらい、もう僕もわかっている!」
「理解していることと実行できるかは違う。東部方面団長!」
後ろに控えていたスキンヘッドに髭を蓄えた男がアカツキの前に跪いた。
「話を聞いていたな、ドルバス。ミカエルと共に行け」
「承知しました」
「父上! 僕を信用してよ!」
アカツキはもうミカエルを相手にせず、騎士団長に次々と命令を下していた。ミカエルは苦々しい顔で、ワイバーンを上空に舞い上がらせると、竜騎士団にドラゴンの両足に一人ずつ東部方面団員を掴ませるよう命じた。
★
アカツキ軍百万の先頭に白馬に乗ったアカツキが現れるとアカツキ軍が歓声を上げた。それを見て対陣にいるゴードがにやりと笑う。
「戦いをわかっとる」
ゴードの隣にいるシムタラは周りを見て不安になった。
「アカツキの姿を見て、味方がおとなしくなりました」
「本来ならこっちの盟主が出て応じにゃならんが、誰も前線にはおらん。仕方無か」
ハルバードを持つゴードの両腕の筋肉が盛り上がり、血管が浮かび上がる。
「何をされるので」
「景気づけじゃあああ!」
ゴードが斧を地面に叩きつけると、地割れと衝撃波がアカツキに向かって走った。アカツキは一瞬避ける仕草を見せたが、馬の前に飛び降りると盾で受けた。盾は砕け、乗っている馬は弾け散った。それを見た諸国連合軍の兵士が歓声をあげる。
「良か。シムタラ」
「はい! ギルド軍突撃せよ!!」
ミスリルの鎧をきらめかせて突撃するギルド軍を見て、赤い鎧をつけた近衛隊が幾重にもアカツキを守る。その後ろから騎士団が前に出てギルド軍と激突した。それがきっかけとなって両軍の戦闘が始まった。
★
戦場から少し離れた小高い岩山の上でガルバは立っていた。
そこへビスカが登ってくる。
「あれれれー。嫌な先客がいるなー。せっかく戦場が見渡せるところ見つけたのにー」
「戦争に参加しなくていいのか?」
「エルザとは手を切ったよ。だから高みの見物―」
「呪いの道具か?」
「違うよー。ボクは元々、洗脳されてないしー」
「俺様はお前を特別だと思っていた」
「才能を褒めてるの? なんか気持ち悪いなー」
「発育の遅さのことだ。不老不死同士の子がすべてそうだとは思わなかった。その可能性を信じていれば、アンナを探すのをあきらめなかった」
「アンナもそうだったの!?」
「すべてわかったのは、お前のゾンビのおかげだ」
ガルバはアンナが母親だったと思っていたゾンビが、育ての母親で最後に意識が正常に戻ったことを告げると、ビスカはうらやましそうな顔をした。
「…兄さんも死ぬ間際はまともに話せたのかな」
誰にも答えられるはずがない問いだった。
ガルバが黙っていると、ビスカが聞いた。
「天使になる前のことを教えてよ」
「鉱物学者だ。世界中を飛び回ってレアメタルを発見していた。有名になり、金も女も寄ってきた。そして金も女も失った」
「どうして?」
「金貨を雑に置いていれば盗まれる。女や友人も見下していれば離れていく。天才と言いながら、そんな当たり前のことがわからなかった。俺様は勝手に人間不信になった。そのうち、周りから人はいなくなり、信用を失い、発掘の成果を盗まれていた。要はどうしようもねえ男だったってことだ」
「見下しているのは、今も変わらないけどねー」
「うるせえ」
ガルバがビスカを小突く。
「本当のことを言っただけだろー。でも、弟子には信用されるようになったんじゃない?」
「嫌味か? みんな、俺様から離れていってんだよ」
「それって見下しているのが原因じゃなくて、一人で戦おうとしているからじゃないの?」
「知らねえ」
竜騎士の集団がアバンドーノの街に向かうのが見えた。
「あっ、ワイバーンだ。戦況が動くかもねー」
★
ミカエルはアバンドーノを囲む城壁を越えたところで、東部方面団の兵士を降ろすよう配下に命じた。
東部方面団団長のドルバスが意外な顔をする。
「殿下、まだ街に入ったばかりです。もっと奥で降ろしてもらわねば――」
「父上の命令には逆らっていない。竜騎士団だけでやる」
ワイバーンの足が掴んでいたドルバスを放すと、ドルバスは抗議しながら落ちていった。
アバンドーノの街の上空から見下ろすと、道の真ん中にテントが張られ、あちこちから炊煙が上がっていた。女たちは忙しく働いている。諸国連合は戦場に送り出す兵士数を増やすために、婦人まで徴兵して後方で働かせていた。
ワイバーンが珍しいのか、窓から子供たちが見上げている。無邪気に手を振っている子供と目があったミカエルはすぐにそらした。
港に近づくと、兵士たちが船を修理している様子が見えた。その側では王たちがテーブルを囲んで酒を飲みながら談笑していた。しかし、王の一人がこちらを指して何か叫ぶと、王たちは慌てて立ち上がり、修理をしている兵士も戻ってきて王たちを守るよう囲んだ。
並んで飛んでいる副団長がミカエルを見る。
「殿下、思ったより親衛隊がいます。逃げられないよう周りの建物を焼きましょう」
ミカエルは、そこには民が住んでいる、と言おうとしたが口をギュっと結んだ。その代わりにうなずいてみせる。竜騎士団は王たちを包囲するように広がると、ワイバーンの炎で建物を焼き始めた。ミカエルは目を瞑っていたが、何かに耐えられないように王たちの親衛隊に突っ込んだ。
「殿下! まだ包囲が終わっておりません! ハァ…、あの方はいつもこうだ。近くにいる竜騎士は殿下に続け!」
10騎の竜騎士が弓矢からミカエルを守るように左右から降下する。
親衛隊が弓矢で迎撃するが、ワイバーンの炎に焼かれて塵になった。ミカエルを先頭に切り込み、すぐに上昇する一撃離脱を何度も繰り返す。一撃の威力はすさまじく、親衛隊は隕石を迎え撃っているようなものだった。
親衛隊の数がみるみる減っていき、とうとう迎撃をあきらめ、盾で王たちを囲んで逃げ始めた。
ミカエルは炎の包囲を確認する。建物が焼かれ、女や子供が悲鳴を上げて逃げ出している。しかし、何カ所か燃えていない建物があった。
「副団長! 何をやっている!」
副団長は、殿下が待たなかったんでしょうが、と小さな声で言うと、包囲の穴を塞ぐように配下に指示を出し、自身も一つの穴に急行した。だが、そのとき竜騎士が2騎墜落した。1騎は翼を貫かれ、1騎は炎に包まれている。
「屋根の上に敵を確認! 手練れです!」
「僕が相手をする! お前たちは他の穴を塞げ!」
ミカエルは敵がいる屋根の上空に行くと、はげしく頭を振った。
屋根の上にいたのは、アンナ、モンジ、アケビー、ジャポ、ランブ―だった。
「アンナ! こんなところで何をしている! すぐに立ち去るんだ!」
「ミカエルこそやめて! 建物の中には人がいるのよ!」
「これは戦争だ!」
「ミカエルは優しい人でしょ。市民を殺したりはしない!」
ミカエルが言葉に詰まると、モンジがミカエルに軽蔑の眼差しを向けた。
「前から言っているだろ。あいつはお前に優しいだけで、平民なんざ気にしちゃいねえ」
「違う!」
ミカエルは急降下させ一撃を放つが、モンジは横に飛びのいてかわした。轟音とともに屋根に穴が開く。
副団長は竜騎士を数騎率いてくると、アンナの姿を見て舌打ちした。ミカエルがアンナのことになるとおかしくなるのは噂で聞いていた。
「敵を排除しろ! ただし、娘には手を出すな!」
「副団長、邪魔をするな! 僕がやる!」
「そうは参りません。王たちがこちらに向かって逃げてきております。お前たち、殿下のお叱りは私が受ける。急げ!」
竜騎士がアンナ以外に急降下攻撃を仕掛ける。しかし、副団長はすぐに後悔した。炎魔法や、槍の衝撃波で迎撃される者。長刀を打ち込んでも鋼の体で跳ね返される者。ワイバーンに飛び乗られて倒される者と、恐ろしく敵が強いことを知ったからである。
「何なのだ、あの敵は…」
副団長は指笛を鳴らし、竜騎士を集めると一人に対し数騎がかりで戦うよう命じた。
アンナと対峙していたミカエルの顔にも緊張の色が見える。
「強くなったのは僕だけじゃないんだね。でも僕にはかなわない!」
ミカエルが急降下し青龍刀を打ち込む。アンナは剣で受けたが、衝撃で屋根から落下した。ミカエルは次の標的を定めたとき、建物の下からアンナの声が聞こえた。
「セカンドハート!」
ミカエルが声の方向を見るよりも早く、アンナはミカエルの頭上にいた。ふくらはぎが異常なほど膨張している。驚愕するミカエルの隙をついて、アンナはミカエルをワイバーンから叩き落とした。
「ミカエル! 市民を巻き込まないで!」
「なんでわからない! 市民の被害を少なくするためにやってるんだ!」
ミカエルの眼下で盾を上に向けた集団が通り抜けた。ミカエルは、しまった、と、つぶやくとワイバーンを呼んでその背に乗る。
「副団長! 王たちを追う!」
「ハッ!」
竜騎士は攻撃をやめるとアンナたちから離れていった。
アンナがきょとんとした顔でモンジを見る。
「街を焼くのが目的じゃなかったの?」
「そうみてえだな」
「良かった。ミカエルが優しいままで」
「あいつ以外は違うみてえだぞ」
街から黒煙がいくつも上がっているのが見えた。




