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捨てる神あれば呪う騎士あり~師匠と弟子の物語~  作者: キムラナオト
最終決戦編
54/65

肖像画

 シャルロットはで中庭のテーブルに高く積まれた肖像画を半分にわけた。その片方を火魔法で灰にすると、椅子の背に持たれてしかめっ面になる。

 そこへソフィーがやってきた。


「第一次審査は終わったかしら?」


「ここからが難関だわ」


「ホホホ。好みの殿方を選べばいいだけでしょ。難しいことなんて何にも無いわ」


「お母様の時代と違うわ。修正画家が流行っているなんて知らないでしょ? イメルダに教えてもらったの」


「何それ? 古くなった絵を直す人のことかしら」


「違うわ。肖像画を美しく修正するの。だから、見抜くのが大変」


「それなら、舞踏会に招待したら?」


「千人と踊っていたら、足首が取れちゃうわ。だいたい多すぎるのよ」


「陛下が貴族を増やしていますからね。候補者が増えるのはしょうがないわ」


 アカツキは有能な平民に次々と一代限りの爵位を与えている。当然、既存の貴族は反発したが、内務大臣のカムロンが反乱の芽を見つけ、アカツキがひとつひとつ潰していくと既存の貴族たちは表立って批判しなくなった。だが、陰では既存の貴族たちは恐怖政治だとささやきあった。


「貴族科の生徒に素敵な人はいないの?」


「ぜーんぜん。みんなお父様を怖がって近寄ってもこない。女子もそう」


「違うんじゃなくって。ハーベイが頭を抱えていましたよ。あなたが怒ると相手の髪や服を燃やすので、生徒たちが怯えているって」


「平民科の生徒をいじめていたからよ。貴族科の伝統か何だか知らないけど、見ていて気分が悪いわ」


「友達がいなくなるわよ」


「イメルダがいるわ。大貴族の令嬢なんだけど自分をしっかり持ってるの。すっごい太っているのに痩せようとしないのよ。見た目なんて必要ない。金と地位があれば、いい男なんていくらでも寄ってくる。って言って。ハーレムを作るのが夢なのよ。おかしいでしょ」


「あなたは影響されちゃダメよ」


「大丈夫よ。金も地位もあるけど、好きな人に振り向いてもらえない人を知っているもの」


「まあ、誰のことかしら。ホホホホホ」


「ウフフフフ」


 シャルロットは再び肖像画を目を皿にして見始めたので、ソフィーは自分の部屋に戻ると、カムロンを呼び出した。ソフィーが報告書の束を持った姿を見てカムロンは恐縮する。アカツキと違い、ソフィーはカムロンに対し遠慮はしない。


「あの、何の御用でしょうか?」


「白々しい。陛下の過去を何度調べさせても、どうでもいい情報が補足されるだけ。ガルバとの師弟関係もエルザとの恋愛関係ももう充分わかったわ。私が知りたいのはその前の話」


「ですから、何度調べてもわからないと…」


「壁耳のあなたが? 嘘おっしゃい」


「嘘ではございません…」


「話したら殺すと陛下に言われたの?」


「とんでもありません…」


 ソフィーはカムロンの横に立つと耳元でささやく。


「陛下が王家簒奪した理由が隠されているのではなくって?」


「そんなことは…」


「あら、汗がひどいわ。熱が出たらどうしましょう」


 ソフィーはハンカチを取り出すとカムロンの汗をぬぐっていく。


「王家簒奪を責めているのでは無いわ。私も共犯者だもの。病死したお父様を看病し、生きているように見せかけたわ。陛下を王にするために」


「!? 先王はすでに崩御されていたのですか?」


「当然でしょ? いくら陛下のことが好きでも、お父様が生きていたら止めるに決まっているわ。言いなさい。陛下の過去に何があるの?」


 カムロンは黙り、顔じゅうから汗があふれ出した。

 ソフィーがハンカチをカムロンに口に突っ込む。


「しゃべりたくなければいいわ。汗が答えてくれたもの。最後に一つだけ聞くわ。お兄様は本当に事故で死んだの?」


 ソフィーはカムロンをじっと見る。カムロンの汗は止まっていた。ソフィーはカムロンを退室させると、安堵の表情を浮かべた。


「陛下。私、ずっと確かめるのが怖かったの」


 ★


 アンナが階段の踊り場に架けられている母子の肖像画を眺めていると、フランコが話しかけてきた。


「いつも見てらっしゃいますね。倉庫に他の絵画もありますが、ご覧になられますか?」


「ううん。この絵が好きなの。気持ちよさそうに眠っている赤ちゃんと優しそうなお母さんを見ていると、あたしまで幸せな気持ちになるわ」


「ガルバ様の御家族です」


「奥さんと子供がいたんだ」


「詳しくは存じ上げていませんが、ご家族がいらっしゃったのは、わたくしが生まれるより遥か昔のようです」


「ねえ、フランコさん。ゲイブル国に書かれた本はここにあるの?」


「この城に無い本など存在しません」


「あたし読みたい。探してくれる」


「オカピート」


 フランコが用意したゲイブル国の歴史書をアンナが読んでいると、モンジが何でそんなものを読んでいるか聞いてきた。自分の生まれた国を知るためというと、モンジは興味津々で横からのぞき込んだ。


「なあ、それって本当にアンナの生まれた国の本か?」


「そうよ。内容もお姉ちゃんが言っていたことと同じ。間違いないわ」


「それにしては本が古すぎねえ? アンナの小さいころに滅んだ国なんだろ?」


「確かにそうだわ」


 アンナはページをめくって年表を探すと巻末に王家系図といっしょに書かれていた。二人の表情が固まる。


「嘘…。千年前に滅んでいるわ」


「こっちを見ろ。キナミ・ノザシーチってのが、アンナの母親だよな。だったら、横線で繋がっているのは父親のはずだろ」


 父親の欄には、ガルバ・ベラルトと記されていた。二人の間の子供を示す場所には不明と記されている。


 アンナは階段を駆け上がり、ガルバの部屋を激しく開けた。ガルバは叱ろうとしたが、アンナの深刻な表情を見てとどまった。


「あの肖像画に描いてあるのはキナミなの?」


「そうだ」


「キナミの性格が豹変したのは、ガルバ様が原因なの?」


「そうだ」


「何をしたの?」


「呪いをかけた」


「キナミの侍女をしていたマリラって知ってる?」


「気の強い娘だった」


「マリラはあたしのお姉ちゃんよ」


「…そうか」


「あなたが国にいれば死ななかったわ! あなたの顔なんて二度と見たくない。さようなら、ガルバ!」


 部屋を飛び出したアンナは荷物をまとめて出て行った。モンジが慌てて追いかける。


「いいのか? せっかく、父親に会えたんだぞ!」


「母親に呪いをかけ、家族を見捨てたのよ。そんな父親なんていらない!」


 二人が去った後、フランコが悲しそうな表情でガルバに言う。


「亡くなったと諦めていた御子が見つかったのですよ。引き留めなくてよろしいのですか?」


「生きてりゃそれでいい。偶然だが、俺様が娘にしてやりたいことはできた。後、できることは殺されてやることぐらいだ。だが、今はできねえ」


「神々が動くとお考えですか?」


「もうすぐ最終決戦が始まる。俺様が弱ったことを知ったやつらが指を食わえているわけはねえ」


 ★


 アカツキが国王の部屋で近衛兵に鎧をつけさせていると、ソフィーが入ってきた。ソフィーは近衛兵を下がらせると、アカツキの鎧を着けていく。


「懐かしいな。昔は祈りながらつけてくれた」


「あなたが戦争に行くたびにもう帰ってこないかもしれないと不安でしたもの。でも、連戦連勝。心配する甲斐が無いわ。強すぎるあなたが私を怠惰にさせたのよ」


「君の心配は正しい。今度の戦いはどうなるかわからない」


「そう…」


 ソフィーが鎧を着け終わると、アカツキは、行ってくる、と言って扉に向かった。ソフィーはアカツキの背に言葉をかける。


「ご武運をお祈りしております。お義兄様」


「…カムロンから聞いたのか」


「聞いたのはお母様からよ。ずっと信じていなかったけど、今、聞かないと一生後悔する。そう思ったわ」


「何と言っていた?」


「あなたばかり聞いてずるいわ。次は私が質問する番。あなたは誰?」


「おおざっぱな質問だな。それで一つの質問なら、君のほうがずるい」


 アカツキは笑うと、ソフィーも笑った。


「だが、話すにはいい機会だろう。余も悔いを残して戦いたくはない」


 ★回想


 始まりは先王が国内を巡行中に銀髪の美しい娘を目にとめたことだった。先王は路傍の花を摘むように娘を犯し、その後に忘れた。しかし、娘は男児を産んだ。それがアカツキだった。アカツキの母は赤ん坊の顔だけでも、先王に見てもらいたいと王宮の門をたたいた。先王は渋々、第5夫人として迎えたが。それが、悲劇を生んだ。


 子供がなかなかできなかった王妃は嫉妬に狂い、様々な嫌がらせをアカツキの母に対して行った。平民であるアカツキの母をかばうものは王宮内におらず、アカツキの母はアカツキを抱いて王宮から逃げた。


 王妃は快哉を叫んだが、先王の立場は違った。平民の血が入っているとはいえ、唯一の跡継ぎだったからだ。アカツキの母からアカツキを奪い、その後、アカツキの母は自殺した。


 アカツキは王子として育てられたが、その後に王妃に子供が生まれたことで、アカツキの価値は無くなった。その期に乗じて、王妃は雇った占い師にアカツキが呪われていると言わせ、吹聴した。子供のアカツキにも指輪をはめ、これでお前は呪われたと言った。


 先王は呪いを信じていなかったが、自殺した女の子を王宮に置いておくのは気味が悪いと思い、呪いを理由に追い出した。


 親もいないアカツキは生きていく道を冒険者にもとめた。10歳だったが、王宮で剣術だけは教えられていた。アカツキは冒険者ギルドで依頼をこなしていると、ガルバと出会った。すでにガルバは冒険者のスターだった。アカツキはガルバに闇騎士になりたいと言い、弟子に志願したが断られた。


「お前じゃ闇騎士になっても狂い死ぬだけだ」


「もう僕は呪われている。だから闇騎士になれる」


 ガルバはアカツキの手をとって指輪を観察すると、違うな、とつぶやいた。

 アカツキは自分が元王子で占い師に呪いにかけられたと説明した。


「しょうがねえな。マロッキ・ドーチンはいるか!」


 ギルドから茶色の髪をなびかせた美青年がガルバの側にきた。


「王宮に出入りしている占い師を探せ。急に羽振りが良くなった野郎だ」


「お代はいかほどで」


「今度、ドラゴンの討伐に行く」


「承りました」


 その日のうちにマロッキは占い師が娼館で飲んでいるという情報を持ってきた。


「店主には話を通してあります」


「ふん。店選びのセンスだけはありやがる」


 ガルバが娼館に行くと、なじみの上客が来たと娼婦たちが寄ってきた。

 一人の娼婦がアカツキに抱き着く。


「ガルちゃん、こんな可愛い子にいけないことを教えるつもり」


「無理よ。ガルちゃん、童貞だから」


「童貞じゃねえ!」


「すいません、ガルバ様。ほら、お前ら! 離れろ! 今日は別用でいらっしゃっているんだ!」


 店主が娼婦を追い払うとガルバに占い師がいる部屋を告げた。ガルバが階段を上がり、目的の部屋へ歩いていくと、部屋から美しい歌声が聞こえてくる。ガルバが扉を荒々しく開けても歌声は止まらなかった。歌声の主は幼女で、娼婦と占い師が酒を飲みながら聴いていた。


「班目、誰も動かすな」


 ガルバが黒鎧に言うと、黒鎧の閉じられたまぶたの一つが開き赤い光を放った。全員が口しか動けなくなる。ガルバは占い師の襟首を持ち上げて立たせた。


「このガキにつけたのは呪いの指輪じゃねえ。そうだろ?」


「呪いの指輪だ。間違いない」


「本物を見せてやる。疑念指輪ってやつだ」


 ガルバは指輪を取り出すと、占い師の指につけた。


「俺様が疑いを持つと、お前の脳が狂う。もう一度聞く。このガキがつけているのは呪いの指輪じゃねえよな」


「の、呪いの指輪だ。ぐっ、なんだ? 頭が変だ。蛇が入ってきたような気持ち悪さ」


「それが呪いだ。素人。早く話せねえと、狂い死ぬぞ」


「わ、わかった! 話す! あんたが言った通り、俺は素人だ。呪いなんか扱えない。その子がつけているのは制約の指輪だ」


「何を制約させた」


「俺と王家の人間を殺さない。それだけだ」


「なぜ奴隷契約にしねえ」


「それじゃ呪われたことにはならない。追放したとは言え、先王の子に奴隷契約の証がついていたら、王家の体面にも傷がつく。なあ、全部話した。外してくれよ」


「制約を説け。お前を殺さないという制約だけでいい。班目、もういいぞ」


 黒鎧が赤い目を閉じた。全員の体が動くようになると、娼婦が部屋から逃げ出した。幼女が歌を再開する。


「制約を解いたら、王子が俺を殺すんじゃないのか?」


「ガキにビビってんのか?」


「今じゃない! 将来の話だ」


「こいつは今すぐやる気みたいだぜ」


 アカツキは剣の柄を握りしめ、占い師を睨んでいる。


「あんたは手を出さないんだろうな」


「出さねえって言ってんだろうが。ゴタゴタ言っていると、指輪を外さねえぞ」


「わ、わかった」


 占い師はアカツキに手をかざすと、制約の指輪から小さな光が飛び出していった。

 アカツキが剣を抜き、占い師は右手に炎を発現させる。


「戦いを始める前に一つ聞く。占い師、お前。これからはまっとうに働くか」


「あ、ああ! 約束する! 絶対にだ!」


「そうか。始めろ」


 占い師が炎の矢を放つ。しかし、アカツキは避けずに炎の矢を受け、剣先を占い師に向けたまま体ごとぶつかった。占い師の体は倒れ、心臓には剣が突き刺さっていた。


「帰るぞ。ガキ」


「ガルバ、制約の主を殺したのに指輪が外れない」


「契約を解けるのは術者が直接、契約の魔法をかけた場合だ。道具を介した場合、道具が術者の代わりになる」


「そんな…」


「なぜ、王妃が奴隷契約ではなく、制約の指輪にしたかわかるか? いずれこいつの口を封じるつもりだったからだ」


「わかったけど。それじゃあ僕は王家に復讐できないじゃないか!」


「悪りぃ。うっかりしてた」


 ガルバは振り向くと、歌い続けている幼女に声をかけた。


「そこのチビ。歌声だけじゃなく度胸もいい。名は?」


「ルザンヌ・クッチよ。オジサン、殺した人の言葉、信じてなかったでしょ」


「さあな。また聴きにくる」


 冒険者ギルドへの帰り道、アカツキはガルバに詰め寄った。


「僕の力で勝ったと思ったのに、疑念指輪で手助けしたんだ」


「知らねえ」


「ガルバは嘘つきだ。王家への復讐もできなくしたし。弟子にしてくれないと許さない」


「うるせえな。弟子にしてやるよ。ただし、聖騎士だ。俺様のできないことを代わりにやれるようになれ」


「わかった! 約束する!」


 こうしてアカツキはガルバの弟子になった――。


 ★


 アカツキは話し終えると扉に手をかける。


「わかったかい? 僕は王家の人間を殺せない」


「辛い話を思い出させてごめんなさい」


 アカツキが扉を開けると騎士団長が直立していた。


「諸国連合が集結しつつあります」


 アカツキがソフィーのほうを向いた。


「行ってくる」


「ご武運をお祈りしております。あなた」


「ああ」


 アカツキがマントをひるがえして出て行った。

 ソフィーは窓に行くと、アカツキの姿を目に焼き付けるように騎士団の出陣を見送った。

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