孤城
ファーストとサードは王宮に流れ込んでいく北部方面団を屋根の上から見ていた。二人の腕からは奴隷契約の刻印は消え、使役する主がいなくなったことを示していた。ヤンキー座りをしているサードがファーストを見上げる。
「これから、どうするよ」
「シャーキ様の元へ行く」
「また人のために殺しをやんのか? 奴隷根性が染みついてんな。やるなら、自分の楽しみのための殺しじゃねえと」
「快楽殺人者と一緒にするな」
「けっ、カッコつけてんじゃねえよ。てめえの澄ました顔がずっと気に入らなかった。復讐鬼と仲良くぶっ殺されることを祈ってるよ。ったく何が楽しくて生きてんだか」
サードの姿が屋根から消えてすぐに、ファーストの背後からモンジが斬りかかった。ファーストは寸前でかわす。ファーストの鎧の端が屋根に落ちた。
「また、速くなったな」
「くそっ! なんで気づかれる。アサシンにまでなったんだぞ!」
「ジョブによる強化か。だが、怒りがその身からこぼれている。感情を消せねばアサシンではない」
「親の仇を目にして、できるわけねえだろ」
「お前は強くなっている。だが、少しも怖くはない」
「何が言いたい」
「殺したければ私の間合いに入ってこい」
「誘いには乗らねえ」
「お前は賢い。だからこそ壁ができる。次に会う時までに壁を乗り越えて見せろ」
ファーストはそう言うと、王宮の屋根から飛び降りた。ファーストに気づいた北部方面団の兵士が捕らえようとするが、切り伏せながら堂々と王宮の門を出た。
「サードよ、私にも楽しみがあるのだ」
★
モンジが王宮の地下の入口で待っていると、憔悴したアンナが出てきた。体にはオルゴのコートを羽織っている。モンジは理由を聞かずに黒円を発現させると、火龍飯店に誘った。
「何も食べたくないわ」
「あそこならアンナでも食べたくなる料理があるさ。辛い時には美味い物を食うといい。ランブ―がそう言っていた」
「ランブ―らしいわ」
「保証はできねえぞ。あいつはどんなときでも食べる理由を見つけるからな。今、食べなきゃダメなんだあ、って」
「全然、似てないわ」
モンジがおどけてランブ―のモノマネをするとアンナは笑った。
★
アンナとモンジが火龍飯店に行くと、シュンカは大喜びした。アンナが落ち込んでいるのも構わず、これを喰いな、あれが好物だったね、と皿を並べていく。
「そんなに食べられないわ」
「じゃあ、これだけでも喰いな。ジャポが初めてドラゴンを上手く焼けたんだ」
「ドラゴンは友達だから…」
「ハァ!? それならなおのこと感謝して喰いな。それが食材への供養ってもんなの。命舐めてんのか? アン?」
シュンカが切れそうになったので、モンジが止める。
「シュンカ待ってくれ。アンナはゾンビだった姉を失って、まだ心が――」
「アンナ、火龍飯店で何を学んだんだい!」
「感謝…、供養…」
アンナは小袋から黒い灰を手のひらに乗せると、そのまま口に入れた。
モンジとシュンカが怪訝な顔をする。
「何それ? 薬?」
「お姉ちゃん」
アンナは真っ黒な歯で答えると、シュンカがドン引きした顔でモンジとひそひそ話す。
「ゾンビを食べたってこと? 怖くない?」
「シュンカが供養なんていうから食ったんだろ」
シュンカは無理やり笑顔を作るとスープをすすめた。
「取り合えず、歯についたお姉ちゃんをこれで流し込もっか」
アンナは落ち着くと、ガルバのことを聞いた。シュンカはガルバが弱くなったこと。血を強くするために肉を食いまくっていること。そして今は家に帰っていると話した。
「師匠に家なんかあったのか?」
「すんごい辺鄙なところにある城」
「お城って素敵!」
「素敵なもんか。エルザが素晴らしいところだって言うから、一度行ってみたんだけど、ガルバにしごかれてさ。地獄だったよ」
「しごきなら大歓迎だ。強くなれる」
「あたしも行くわ。シュンカさん転移魔法をお願い」
「無理無理、現地の風景なんてよく覚えてないもん。地図を描いて渡すよ」
シュンカが描いた地図を見ると、目的地の城はアバンドーノからかなり離れた岬にあった。二人は走って行くことにしたが、半日走ったところで、モンジが休もうと言った。
アンナは首を振ると、しゃがんで背中をモンジに見せた。
「乗って。あたしがおぶっていくわ」
「そんなカッコ悪い真似できるかよ」
「走っていたら暗い気持ちがちょっぴり晴れたの。お願い。走らせて」
「アンナの気持ちが晴れるのなら、まあ…。恥ずいから、街を通るのは避けろよ」
アンナはモンジを背負うと両足に力をこめた。ふくらはぎが大きく膨張する。
「行くよ。セカンドハート!」
「技名か?」
「そうよ。友達の名前からもらったの。しっかり捕まっていてね!」
アンナは前傾姿勢になると猛スピードで駆けだした。
★
一週間後。アンナたちは目的地に到着した。大きな林を抜けた先の岬には、小さいが背の高い城が立っていた。周りには街らしきものも無く。当然、人気も無かった。知らない人が見れば、人が住んでいない空き城と思うだろう。
扉の前に立ち、ドラゴンの形をしたドアノッカーを鳴らすと、いかにも執事といった感じの老紳士が出てきた。
老紳士は両手を広げると右手には水が、左手には気流が発現した。
水と気流がどんどん大きくなっているのを見て、モンジが慌てる。
「待て! 俺たちは敵じゃない! ブワッ!」
モンジとアンナに大量の水が浴びせられ、その後、強風が吹きつけられる。
老紳士は満足げな顔をした。
「旅の垢を落とさせていただきました。どうぞ、お入りください」
何が起こったかわからないアンナとモンジがお互いを見る。
「服の汚れが全部洗い流されているわ!」
「水を浴びたのに、もう乾いている」
二人が仲に案内されると中央には赤絨毯を引かれている階段が上に伸び、踊り場から左右に階段が伸びていた。踊り場の壁には眠っている赤ん坊を抱く貴婦人の大きな絵が架けられている。左右に目をやるとの壁は本棚で埋め尽くされていた。
「綺麗な絵ね」
「それよりも本の量だろ。こんな数、見たことねえ」
「旦那様が千年かけて、集められました。国一つ買えるぐらいの価値はございます」
3人が話していると、階段から半裸姿のガルバが降りてきた。
アンナの頭を優しく撫でる。
「母親との別れを澄ましたのか?」
「お母さんじゃなくて、お姉ちゃんだった…」
「がっかりしているのか?」
「ううん! うれしかった! でも、すぐいなくなった…」
「別れが出来るのは幸せなことだ。だが、我慢することはねえ。気の済むまで泣けばいい」
ガルバがアンナの体を優しく抱きしめると、堰を切ったようにアンナは大泣きした。その姿を見たモンジは、アンナの気を晴らそうとしてやったことが、アンナに無理をさせていたことに気づいて後悔した。
次の日、モンジとアンナはガルバに稽古してくれと頼むと、ガルバは本棚から本を数十冊取り出し、二人の前に置く。
「いや、俺たち学者になる気はねえんだけど」
「俺様は忙しい」
「鎧も脱いでリラックスしているようにしか見えねえけど」
「血の巡りが良すぎんだよ。フランコ」
「オカピート(承知しました)」
フランコと呼ばれた老紳士は水魔法でガルバに水を浴びせた後、氷魔法と風魔法でガルバの体に冷風をあてて乾かした。ガルバはフランコに二人を見張るように命令すると、自分の部屋に戻っていった。モンジが山積みにされた本を見てふてくされる。
「俺は修業したくて来たんだ。アンナ、帰ろうぜ。これなら俺たちで稽古をしていたほうがマシだ」
「これは稽古ですよ、モンジ様。人の構造、筋肉と動きの関連、物理の法則、技の理論。体を動かすだけでは気づけないことがあります」
「感覚で覚えりゃいいだろ」
「セカンドも強くなるために勉強したって言っていたわ。フランコさんわからない言葉があったら教えてくれる?」
「オカピート」
アンナが本を読み始めたので、モンジも渋々、本を開いた。
「シュンカが地獄って言ったのはこれか…」
★
二人が本を読み始めて一週間過ぎたころ、ガルバが姿を全然見せないことが気になったモンジがフランコに聞いた。
「忙しいって言ってたけど、師匠は部屋に引きこもって何をしてんだ」
「薬の調合です。血を鍛える方法を考えると言っておられました」
「意味わかんねえ。なあ、勉強が強さのためっていうなら、なんでシュンカはあんなに強えんだよ。ここから逃げ出したって聞いたぞ」
「懐かしい名前ですね。シュンカ様はまだ少女のころに旦那様が連れてこられました。火魔法以外の本を読めと旦那様に怒られて、泣いて嫌がったのを覚えています。確かにシュンカ様は勉強嫌いでしたが、火魔法と料理に関してはご自身で研究され、新しい理論も立てておられます」
フランコは本棚を指して、シュンカが執筆した本がここにもあると説明した。その横の本棚に本が入っていないことにアンナが気づく。
「あそこだけ何もないわ」
「エルザ様が持っていかれました。新しい本を入れようとしましたが、旦那様は返しにくるから開けておけと言われ、そのままにしております」
「エルザさんってどんな人だったの?」
「本が大好きな少女でしたよ。大人びた方でしたが、本を読んでいるときは楽しそうな顔をしておられました。冒険に行かれるようになった後も仕事の合間によく一人でいらっしゃいました」
「何でそんな人がガルバ様を封印したのかな」
「大賢者の考えなど、凡人にはわかりません。いろいろお考えになった上でのことではないでしょうか。さあ、本を読んだ後は読書感想文を書いてください。読むふりしていては書けませんよ。モンジ様」
「ゲッ」
モンジは頭を抱えると、渋々、本を読み始めた。




