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捨てる神あれば呪う騎士あり~師匠と弟子の物語~  作者: キムラナオト
最終決戦編
51/65

 スレイブキングダム王宮の地下の一室で、アンナは自分がわからなくなっていた。


「ねえ、教えて。あたしは一体誰なの!」


「あなたの母親はゲイブル国の女王よ」


 予想もしない答えにアンナが驚いたが、ゾンビが嘘を言うとも思えなかった。


「じゃあ、あたしは王女ってこと?」


「生まれたときはね。だけどすぐに廃されたわ。呪われた子として」


「お母さんに捨てられたってこと」


「それ以上よ。虐待され、殺されかけた。あまりにも辛い記憶は、無意識に閉じめてしまうという話を聞いたことがあるわ。きっとあなたもそれね」


「ひどいお母さんだったのね…」


「物静かで優しくて、思いやりのある人だったわ。私も憧れていたもの。だからリーシャ家の令嬢として、何不自由の無い生活をしていた私が侍女に志願したの。女王の側にいたかったから」


 そこで侍女は顔を歪ませた。


「――でも、あの男がすべて変えた」


「どういうこと? 教えて!」


 ★


 侍女が話すには、アンナの母はキナミ・ノザシーチといい、他所からゲイブル国に来た流民だったという。しかし、彼女には特別な力があった。ヒールでは治せない、体の中の病を見抜き、適切な薬草を処方して治すことができたのだ。魔法というのはイメージできないと発現しない。回復術士は、外部の傷や血など目に見えるものは治せても、内部の病に対しては無力だった。


 奇跡の人としてキナミの噂は拡がり、キナミの家の前にはたくさんの病人が並んだ。控え目な性格と銅貨1枚しか治療費を受け取らない彼女は、ワンコインの女神と呼ばれ、尊敬を集めた。同時に彼女が信じる神の信仰が広まっていった。


 キナミが治療するとき、必ず神の彫像の前で祈った。キナミは信仰を人に進めることはなかったが、治療を受けた人々が加護を求めて勝手に信仰を始めたのだ。


 数年経ったころ、貴族たちがキナミを女王に推戴した。この国は百年前に国王一族を追放してから、あえて国王を立てずに貴族同士の話し合いで国家を運営していた。しかし、徐々に貴族同士の対立が深まり、国がまとまらなかった。


 貴族たちは新たに国王を立てようとしたが、皆、国王になろうとしたため、余計に国内は混乱し、国民の支持を失っていった。そこで国民に人気のあるキナミをお飾りの女王とすることで、貴族たちは合意した。


 キナミは女王になったことで勘違いするほど愚かではなかった。貴族たちの言うことには逆らわず、街に出て治療も続けた。国家に対する国民の支持もあがり、貴族たちの狙いは成功した。


 そんなとき異国から一人の男がやってきた。その男は大きな商会を経営しており、国を豊かにする力があった。貴族たちも男を優遇し、爵位も与えた。男は王宮に出入りすることになると、女王は男を友人として扱い、恋に落ちた。


 女王が男と結婚すると言い出したとき、貴族たちは反対した。男は女王のように従順な性格ではなく、自分たちの権力が侵されると危険視したのだ。だが、女王は貴族たちに従わなかった。なぜ私の


 幸せの邪魔をするのか、貴公らは敵だ、と激怒し、泣きわめき、自殺を図った。貴族たちはキナミの豹変ぶりに驚いたが、キナミを排除することはできなかった。すでにキナミの権威と国民人気は国に無くてはならないものとなっていた。


 女王と男は結婚した。貴族たちは結婚を認めさえすれば女王は元の性格に戻ると思った。しかし、予想に反して女王の感情の起伏は激しいままだった。神への祈りをすることもなくなった。貴族たちは男を憎んだ。


 男は狡猾で女王の側から決して離れなかった。時には貴族たちの味方をして女王をなだめていた。男だけが女王の怒りを収めることができた。いつしか貴族たちは男を通して女王へ意見を言うようになり、男は執政官のような存在となった。


 女王と男の関係が変わったのは、あなたが生まれてからだった。二人が口論をすることが多くなり、女王は汚い言葉で男を罵倒した。


「私はいい気味だと思ったわ。男が国を追い出されたときは、晴れ晴れとした気持ちになったもの。貴族たちも胸を撫でおろしていたわ」


 しかし、女王はますます不安定になった。追い出すつもりは無かった、生まれた子のせいだと泣き叫び、あなたを虐待するようになった。このままでは二世が殺されると思った貴族たちは、あなたを王宮の地下に隠した。


「そのときにお世話をしていたのが私。あんなふうになった女王を見るのも辛かったしね」


 手が付けられなくなった女王を貴族たちは幽閉し、国民には病気と説明した。国民は心配になり、王宮の前には見舞い品が山のように積み上げられ、神へ祈りを捧げた。貴族たちは国民の怒りを恐れた。女王を幽閉したことが知られれば、暴動に発展し、貴族たちの身も危うい。


 貴族たちは女王を牢から出すか、殺すかの二択を迫られた。そして出すことを選んだ。狂った女王を国民に見せれば、女王の権威と人気が落ちると考えた。


 女王が3年ぶりに姿を見せるということで、王宮前におさまらないほど人が集まった。入りきれない人は声だけでも聞こえないかと遠くで耳を澄ませた。


 女王がバルコニーに現れると群衆は歓声をあげたが、女王が涙を流していることに気づいて徐々にざわめきへと変わっていく。ざわめきの中、女王は何かをつぶやき、バルコニーから身を投げた。


 時が止まったように、群衆は静かになり、次に悲鳴と絶叫が飛び交った。貴族たちも混乱した。群衆の暴動を恐れ、王宮の門を閉め群衆をどうなだめるか協議した。出した結論は女王が結婚した男に呪いをかけられ、我々は男を追放したが、それでも女王の呪いは解けなかったと発表することだった。


「苦し紛れの嘘なのは私にもわかったわ。でもね、女王の最後の言葉が聞こえたという貴族がいたの。その貴族は女王が、呪いが私を変えた、とつぶやいたって言い張っていた。でもあのざわめきの中で聞こえるかしら」


 国民は貴族たちの説明に納得しなかった。貴族たちが女王を追い詰めたと言い合った。困った貴族たちは、アンナを次の女王に即位させると発表することで、国民の怒りをなだめようとした。


「でも、あなたを地下へ閉じ込め、無視し続けた貴族たちは、あなたのことを何も知らなかった」


 貴族たちはアンナが盲目だと知って慌てた。国民が呪われた女王と思わないか? 貴族が虐待したと思われないか? 貴族たちは協議したが答えは出ず、王女は病気だと発表した。


 貴族たちの対応に国民の怒りは頂点に達した。あちこちで暴動が起こり、国内は大混乱に陥った。そして隣国が混乱に乗じて攻め込んできた。


 ★


「戦争の知らせを聞いてすぐに敵が王宮に攻め込んできたわ。あなたを連れて逃げる暇も無かった。私は敵兵に犯された後、何度も刺された。私が知っているのはここまでよ」


 侍女の体は話している間も崩れ続け、胸から上だけになっていた。


「だから、私はあなたのお母さんじゃないの」


「違うわ! あたしのお母さんはマリラよ!」


「名前を思い出してくれたのね。でも呼ぶのならお姉さんにして。私、10代だったのよ」


 頭だけになったマリラはクスリと笑った。


「お姉ちゃん…、お姉ちゃん」


「綺麗になったわね、アンナ。最後に会えて良かったわ」


 マリラはすべて崩れ去った。


 ★


 王宮に突入したオルゴはゾンビを切り伏せながら国王の部屋に向かっていく。ゾンビは前の戦いと比べて弱く、勝手に崩れるゾンビまでいた。


「王宮の隅々まで調べろ。王を逃がすな!」


「ハッ!」


 国王の部屋の前には奴隷の死体がいくつもあり、獣に引き裂かれたような傷があった。扉をあけると誰もおらず、壊れた王冠だけが床に転がっていた。


「シャーキの謀反なのか?」


 そこへ兵士がやってくる。


「兵士長、地下でアンナを発見しました。ただ…」


「案内しろ。報告は歩きながら聞く」


 オルゴが地下へ行くと、奥の部屋からアンナのすすり泣く声が聞こえてきた。


「お姉ちゃん…、お姉ちゃん…」


「どう…、いたしますか?」


「アンナが出てくるまで地下へ誰もいれるな」


「ハッ」


 オルゴは着ていたコートを部屋の入口に置くと、踵を返して地上へ向かった。

 横を歩く兵士がうれしそうに言う。


「兵士長は優しくなりましたね。寒そうな兵士がいるといつも黙ってコートを渡す」


「自慢したいだけだ。こんなコートなど何着も買えるとな」


「強がりだけは変わりませんね」


 ★


 王宮制圧後、急いで砦に戻ったオルゴは降伏兵がおとなしくしているのを見て安心した。

 団長室に入ると、団長代理は何かを書いている途中だった。


「奴隷契約をする魔術師を呼ぶのをしばらく待ってほしい」


「助けたいのか? 降伏兵を奴隷にするのは法によって定められている」


「知っている」


「奴隷は戦費の財源だ」


「兵にすれば戦費と同じだ」


「敵だった者を兵士に? 寝首をかかれるぞ」


「彼らに敵意は無い。無理やり戦わされていただけだ」


「君の言葉でも信用することはできないな。優しさと甘さは違うぞ、兵士長」


「証明する。彼らと寝食を共にして、一人ずつ語り合う」


「馬鹿な。千人を超えるのだぞ」


「それがどうした」


 団長代理は書いていた紙をくしゃくしゃと丸めた。


「頑固者め。報告書を書き直しだ」


「感謝する」


「いいさ。上官には媚を売らないとな」


「何を言っている?」


「君が団長にふさわしいという推薦状を陛下に送った。戦果を知ればお認めになるだろう」


「俺が…、団長…」


 オルゴが拳を握りしめる。だ、が思ったほど喜びは沸き上がらなかった。

 ジョバンニの剣を抜くと、子供用の軽い剣が重く感じた。


「責任と兵士の命の重さなのか…」


「北部方面団を頼む」


「ああ、ジョバンニに恥じない団長になろう」


 オルゴは武器の代わりに酒を手に取り、降伏者たちと語り合った。

 後に降伏者たちは、オルゴのためなら命を惜しまない精鋭に変わることになる。

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