修業②
牢の中でアンナがしゃがみ跳びをする姿を見て、セカンドが注意をする。
「形が崩れている。背筋を伸ばさないと腰を痛めるぞ」
「ありがとう。セカンドって優しいのね」
「下手な稽古を見るとイライラする」
「奴隷になる前は何をしてたの?」
「アカツキに滅ぼされた国で騎士団の副団長をやっていた」
「凄いじゃない。強いのもわかるわ。戦争に負ければそんな人でも奴隷になっちゃうのね」
「平民からは税を取れるが、恨みを持つ騎士なんて、征服者側から見たら何の役にも立たないからな。売り飛ばして金にするのは当たり前だ」
「まだ、アカツキ様を恨んでいるの」
「後悔だけだ。もっと稽古していれば、もう少し戦えたんじゃないか。ずっとそう思っていた」
「元に戻れるといいわね。そうしたら、また稽古ができるわ」
「ああ。だが、苦労なされているようだ。一週間近く、部屋に入ったままだ」
奥の部屋からビスカがやつれた顔で出てきた。ブツブツとつぶやきながら歩いてくる。
「…ダメだ、ダメだ、ダメだ。何を試しても、ゾンビが壊れてしまう」
「お母さんも壊したんじゃないでしょうね!」
「初期実験で使うわけないだろ。成功の確率が上がってからやる」
「やめたら? 奴隷が可哀そうよ」
「母親と話したくはないのか」
「話したいことはたくさんあるわ。でも、そのために奴隷が死んだり、ゾンビが壊れるのは嫌」
「黙れ! キミのためにやっていない!」
「それでも嫌!」
ビスカとアンナが睨みあうのを見ていた、セカンドが口を開いた。
「ビスカ様、私を実験に使ってください」
「キミは大事な戦力だ。使えばシャーキが怒る」
「普通のゾンビとは肉体の強さは違うと思います」
「…ついてこい」
ビスカの後ろを歩く、セカンドの背にむかってアンナが叫ぶ。
「セカンド! あたしのためならやめて!」
「勘違いするな。稽古ができる体に戻りたいだけだ。だが――」
セカンドは振り返って笑顔を見せた。
「母親と話せるといいな」
★
ネスコは地下神殿の裏に行くと、本で得た知識を元に様々な魔法を試していた。A級しか使えない転移魔法を使えたことが、ネスコの自信になり、他の魔法も習得していった。
「成長したつもりなんだけど、キルイを見ると自信を無くすね」
ネスコは隣で木剣を振っている女に言う。黒髪を後ろに縛り、道着と呼ぶ異国の民族衣装を着ている。名はキルイ・ササといった。
「拙者は殿の心臓を使えますゆえ、いくらでも修練ができまする」
「本の影響って凄いね。いろんな意味で」
キルイは宿屋の娘で、生贄に選ばれるまで剣を握ったことすらなかった。エルザと心臓を共有した後、キルイは護衛役を志願した。エルザはネスコのときと同じく、剣術の本を読むことから始めさせた。キルイの頭の中は剣術で埋め尽くされ、剣を理解した代わりに言葉使いが変になった。
「模擬戦をやってみないか? 十番勝負だ」
「承知仕った」
ネスコが魔法を放ち、キルイが木剣で打ち込む。互いにダメージを受けるが、ネスコはヒールで回復できたので、七番までは勝てた。しかし、八番以降はネスコの魔力と体力が無くなり、キルイが勝った。
「ハァ…、ハァ…。まるでアンナと戦っているみたいだ」
「無念でござる」
正座して頭を下げた。
ネスコが残り少なくなった魔力でキルイにヒールをかけると大の字に倒れた。
「あー、疲れた」
「かたじけない。明日も勝負をしてほしいでござる」
「好きなんだね」
「つ、強くなりたいだけでござる」
キルイは再び素振りを始めたが、ネスコを眠ってしまうとキルイは稽古を止めた。
★
ソフィーは王宮の庭園でシャルロットと紅茶を飲みながら、空を眺めていた。
上空にはワイバーンに乗ったミカエルが青龍刀を構えている。
「子供の成長を見るのが親の楽しみと言うけど――」
ワイバーンが急降下する先には、花びらが舞う中、ナイラの攻撃を軽々といなしているアカツキがいた。闘牛士のようにマントをワイバーンの顔にかぶせ、青龍刀を胸をそらしてかわす。方向を見失ったワイバーンは壁に激突した。アカツキが刺突剣をくるりと回すと、ナイラの剣が手から離れた。
「庭でやらなくても良いのではなくって。花が散って台無し」
「お母様。私もやりたいなあ」
「ダメよ。庭を焼野原にする気?」
アカツキが、それまで!、と言うと、3人がソフィーのいるテーブルにやってきた。アカツキとミカエルは座り、ナイラはアカツキの背後に立つ。
ナイラがソフィーに詫びた。
「お許しを。あくまで私的な稽古ですので、調練場でやると、なぜ他の騎士には指導しないのかと不平が出かねません」
「新しい花を用意させる」
「遠慮しますわ。あなたに任せると薬草や毒消し草ばかりになりますもの」
「非常時に役に立つ。小さいが綺麗な花も咲かせる」
「そうだよ、母上。アンナと見た薬草の白い花畑。綺麗だったなあ」
ミカエルがニヤニヤして語るのを、皆、無表情で聞き流した。
「陛下、牧場が襲われている件についてですが」
「諸国連合がこちらの騎馬戦力を削いでいるのであろう。騎士団長は何と言っている」
「殺されていることには間違いないが、殺され方が異常だと」
「惨たらしいのか?」
「すべて、その場で食べられたようです」
「ミカエル」
「ドラゴンじゃないよ! 竜騎士団はちゃんと管理してる」
「竜騎士団に牧場を見回させろ」
「北部戦線に援軍として行くんじゃないの?」
「他の軍を回す。魔物が再び現れたのなら、戦略を練り直す必要がある」
★
ミカエルは竜騎士団を集めると、2人1組で領内の牧場を見回るように命じた。
「任務は偵察だ。見つけても戦わず、正体を探れ」
「「「ハッ!」」」
百体のワイバーンが一斉に羽ばたいていく。上空を飛ぶ姿は今や王都の名物になっており、街を歩く人は足を止めて声援を送った。
その日の夜、ミカエルと団員が隠れて見張っている牧場に人影が現れた。男だと言うのはわかるが、月を背にしているためシルエットしか見えない。その男は馬に近づいてたてがみを掴むと、首を刈り取った。早業過ぎて馬は殺されたことすら気づかない。次に男が取った行動にミカエルの背筋が寒くなった。
男は馬の生首を持ち上げ、流れ落ちる血を飲んだのだ。
「…殿下、あれは人の形をした魔物でしょうか?」
「ワイバーンに乗って、逆側に回る。距離を取るのを忘れるな」
ミカエルがワイバーンで、逆側に回ったときには、驚くことに男は馬を食いつくし、二頭目の首を刈り取っていた。体中を血に濡らした男の顔が月明りで露わになる。
「あれは大魔王ガルバではありませんか…」
「ああ、アンナの師匠だ。挨拶しないとな」
「殿下! 危険です!」
団員の制止を聞かずに、ミカエルはワイバーンをガルバの前に降ろした。馬の血の匂いに思わず鼻を押さえる。
「アンナが味音痴って言ってけど、食べ方もひどい」
「アカツキのガキか」
「火を通さないと、お腹を壊しますよ」
「濃厚な血を作るには生がいい」
「意味がわかりません。もうやめてもらえませんか」
「止めたいなら、力づくでやってみな」
「しませんよ。僕の任務は偵察――そうか! アンナにふさわしい男か実力を見定めようということですね」
「ハァ!?」
ミカエルの乗ったワイバーンがゆっくりと上がっていった。
両手で青龍刀を握り、大上段に構えるとガルバを見据えた。雷が青龍刀をまとっていく。
「殿下、おやめください!」
「アンナを迎えるために必要なのだ!」
「何をおっしゃっているのかわかりません!」
ミカエルはワイバーンとともにきりもみしながら降下し、青龍刀を振り下ろす。
ガルバは馬の首をくわえたまま、背負った血喰い剣を抜き打ちで放った。
「雷龍刃!」
「ひゅうへふはん」
青龍刀と血喰い剣が交差し、雷を帯びた血しぶきが舞う。
ワイバーンが体をひねりながら着地し、ガルバは片手で馬の首を食いちぎった。
「どうですか?」
「まあ、いいんじゃねえか」
「僕を認めてくれるんですね!」
「ハァ?」
「やった! やったぞー!」
喜びながら飛び去っていくミカエルを、ガルバと上空にいる団員士はポカンとした顔で見ていた。
「おい、お前。一体何だったんだ?」
「さあ」
団員は首をかしげた。




