修業①
モトクがアバンドーノの酒場に入ると歌っている女がいた。派手な化粧をし、豊かな胸を誇るように露出の多いドレスを着ている。カウンターに座って歌い終わるまで待つと、女に向けて金貨を1枚投げた。女は喜びの声をあげ、モトクの横に座った。
「羽振りいいんだね。あんた商人かい」
「お前の恋人といっしょだ」
「あたいに恋人なんていないよ」
「結婚を申し込んだ冒険者がいただろう」
「ああ、あいつね。しつこいけど上客だったから好きなフリしていただけ」
「やつは死んだ」
「…そう。何? 悲しめって言うの? 冒険者が死ぬことなんか普通でしょ。ねえ、死んだやつのことなんか忘れて、あたいと飲もうよ。髭の似合う男が好きなんだ」
「あいつ以上の金を払ってやろうか」
「あたいと結婚したい?」
「いや、これで頼みを聞いてくれ」
モトクは金貨30枚をカウンターに置いた。
「こんなに! 家が買えるじゃない。何でも聞くよ!」
「一年に一度、あいつの墓の前で歌ってくれねえか」
「そんな簡単なことでいいの! マスター、とびっきり高いお酒もってきて。あたいがおごるわ」
カウンターに装飾がされた酒瓶が置かれると、モトクは酒瓶を手に持った。
「ついでくれるの? 優しい男だね。好きになりそう」
女がもたれかかる。
モトクは立ち上がると酒瓶を逆さにし、女の頭に酒をかけた。
「何するのさ!」
「俺のおごりだ」
金貨10枚をカウンターに置くと、モトクは酒場を出た。
川辺を歩いていると、コットが荷馬車の側に立っていた。モトクが声をかけても何かに集中しているようで返事をしない。近づいて槍戦士が見ていた方向に目をやるとアケビーが何度も直線突きを繰り返していた。
「お前さんから買ったポーション。いい出来だったぜ」
「ああ、モトクさん。そういってもらえると励みになります」
「アケビーが心配なのか?」
「手から血を流れているのにやめないんです」
「嘘でも槍の師匠なんだろ。痛みで突きの形が崩れちゃ、やる意味がねえって言ってやれ」
「いえ、形は綺麗なんです。見とれてしまうほど」
コットの言う通り、アケビーの突きは美しいほど真っすぐに伸びていた。
「驚いたな。槍の柄がねじれている。並みの回転じゃねえ」
「そうなんですか! 凄いぞ、アケビー」
「本物の弟子のように喜んでやがる」
★
数日後、コットはポーションの行商を終えて家に帰った。妻一人、子供二人が住むには小さな家だが、やっと手に入れた自分の城だった。各国を回った際に買ったお土産を渡すと、子供たちが手に取って喜ぶ。その姿を見るのがコットの楽しみだった。
子供たちが寝た後、コットが妻に言った。
「頼みがあるんだ。ミスリルの槍を買いたい。貯めている金でも足りない。旦那様から借金すると思う」
「どうして必要なの?」
妻が深刻な顔をする。コットは両手を床につけて頭を下げた。
「いつも話している若者がいるだろう。彼は痛みを忘れるほど稽古をしていて、凄く強くなったんだ。だけど、槍がボロボロでさ。丈夫な槍を彼にあげたい」
「そうなのね。良かった!」
「良かった?」
妻が晴れ晴れとした顔に変わったので、コットはとまどった。
「あなたがその子の話ばかりするから心配だったの。その子に影響されて、あなたが冒険者に戻るって言いだすんじゃないかって」
「そんなつもりはないよ」
「今の幸せがあるのは、あなたが家族のために地道に働いてくれたからよ。だから、お願い。危険なことはしないで」
「不安にさせてごめん。バリバリ働いて借金もすぐに返す」
「地道でいいって言ったでしょ」
ニコリとほほ笑む妻を見て、コットも笑った。
コットはマロッキ商会でミスリルの槍を買うと、急いでアケビーの元へ持っていった。
一カ月ぶりに見たアケビーの槍は全身がねじれて細くなっており、今にも折れてしまいそうだった。
コットが声をかけるとアケビーが頭を下げる。
「先生、お久しぶりポ」
「うむ。上手くなったな。もう、これを渡して良いころだろう」
「ミスリルの槍ポ! いいのですかポ」
アケビーは手に取ると嬉しそうにいろんな角度から眺めていた。
なかなか使おうとしないので、コットがじれったそうに言う。
「早く突いてみたらどうだ」
「わかったポ」
アケビーが川に向かってスーッと構える。
「行くポ。直線突き!」
横で見ていたコットは突きから発生する突風で目を細めた。衝撃波が川を割るように走り、大きな水しぶきが羽のように左右に拡がる。
「凄い槍ポ!」
「違う…。技の威力がすべて槍に伝わったんだ…」
「先生のおかげだポ!」
「技の名前をつけさせてくれないか」
「今のは直線突きだポ」
「不死の水鳥。どうだ?」
「かっこいいポ! 先生、他の技も教えて欲しいポ」
「ダメだ。不死の水鳥をもっと強くするんだ」
「稽古するポ。だからもう一つだけお願いポ」
何度断ってもアケビーが食い下がるので、コットは根負けした。
「二段突きを教えよう」
★
シムタラは冒険者ギルド長室で毎月定例の報告をしていた。アバンドーノに出した支店では、積み荷の護衛依頼が多かったが、人探しの依頼も増えてきていた。
「ほとんど戦争で生き別れになった家族からのものです。アカツキ軍の進攻が激しくなってきていますから」
「望まずとも戦うときがくるかもしれんのう。新聞ちゅうのはどうなっとる」
「順調です。特に各国の物価の情報は評判がいいです。マロッキが情報を独占させろと言ってきましたが断りました」
「良か。マロッキば儲けすぎじゃ」
シムタラの報告が終わると、ゴードに誘われて食堂へ行った。
そこには丸々と太った男が、3人の冒険者と戦っていた。
よけずに攻撃を食らいながらも、力で強引に跳ね飛ばす姿を見て、シムタラが驚く。
「あれってランブ―ですよね。前はもっと痩せていませんでしたか? 体も一回り大きくなったような気が」
「メシば守れるようになった。B級程度じゃ、奪うのはもう無理じゃ」
ランブ―が料理を背に両手を広げる。
「誰にも手出しはさせないよお」
その姿を見て、シムタラはハッとする。ランブ―の料理を守る姿が、ゴードが仁王立ちでアカツキ軍から冒険者を守っていた姿とダブったのだ。
「不覚にも立派な姿に見えました」
「守るものがあるものは強か。おまんら武器を使っても良か。ランブ―は無しじゃ」
3人の冒険者が剣を抜くと、ランブ―が泣きそうな顔でゴードを見た。
「心配無か。おいが硬化の術ば教える」
「覚えるまで待ってくれるのお?」
「飢え死にする前までに覚れば良か」
「そんなあ」
来月に報告にきたときは、激やせしているんだろうな、とシムタラは思った。
★
シュンカの転移魔法でジャポが連れられてきたのは、林に囲まれた湖だった。あたりには霧が立ち込めている。シュンカは両手を広げると、自慢するように言った。
「ここが火龍飯店の牧場だよん」
「動物が見当たらないですけど」
「すぐに寄ってくるよ」
シュンカがナイフで腕の表面を切ると、血が浮き出してくる。
ジャポが意味を理解できないでいると、林から物音がして人の高さほどのドラゴンが飛び出してきた。腰を抜かしているジャポを横目に、シュンカが一瞬で焼き殺す。腕の血を紙でふき取ると、そのまま燃やした。
「牧場のドラゴンは人間がだーい嫌いなの。今日からここで料理をして」
「ドラゴンと戦えって言うんですか!」
「料理だって。食べれるように殺すの」
シュンカが倒したドラゴンから一切れの肉を切り取ると。塩をかけて渡しす。
ジャポが肉を口に入れると、目を見開いた。
「外はパリパリ、中はジューシー!」
「動いている相手に対して、正確に、適切に、迷わずに、火力を与える」
「それをドラゴン相手に…」
「別にやめてもいいよ」
「いえ、やります! ここで逃げてちゃ、みんなの前で胸を張れない」
ジャポの目に力が宿る。
「オーナー。オイラの修業を見ていてください」
「そんな暇人じゃないって。んじゃ、頑張って」
「えっ、一人っきりでやるんですか!」
黒円の中にシュンカが消えていくのを見て、ジャポの目に宿った力が消えた。
★
シュンカが転移した先にいたのは、四本の腕を持ち、竜の鱗に覆われた老人だった。広い地下室には神殿の柱のようにガラスの柱が並び、中には青い液体に入ったドラゴンの幼体が浮かんでいる。
「竜爺、元気~♪」
「博士と呼べ」
「魔王よりはマシじゃん。養殖場の調子はどう? これなんか美味しく育ちそう」
「ここは研究室で、渡しているのは失敗作だ。おぬしに選ぶ権利などない」
「美味しいドラゴンも研究しなよ。ウチが買い取るから」
「断る。そもそもお主は一年の出禁じゃろうが」
「アカツキは厳しすぎだよ。ヒドクない?」
「戦争に介入せず。契約を破ったのはおぬしじゃ」
「あれはガルバが殺されかけたから、ちょっと頭にきただけだって。それに、アカツキの敵だからいいじゃん。三公の乱でも内服のポーションってやつをやったしさ」
「埋伏の毒じゃ。おぬしは本当に阿呆じゃのう」
「アホって言うほうがアホなの!」
シュンカがホナークの体をじっと見る。
「竜爺痩せたね。マズそうだよ」
「食材として見るな」
「精力つくもの作ってあげようか?」
「優しいところもあるんじゃな」
「竜の幼体使っていい?」
「…おぬしは邪魔しかできんのか。とっとと出ていけ!」
ホナークが杖を振りかざすろ、シュンカは黒円の中へ逃げていった。




