取り戻したいもの
「もういいですよ」
ネスコの声でモトク起き上がる。信者が去った地下神殿には暗い静寂が拡がっていた。
ポーションを取り出し傷口にかける。
「不死身記録の更新だ。お前さんのおかげで報酬ももらえる。ほら、取り分だ」
腰の小袋から金貨を手に取り、ネスコへ渡す。
「報酬はまだもらってないでしょう」
「先払いだ。二度とこんな場所に来る気はねえよ」
「オーゲンラバリを見てどう思いました?」
「使いたくも使われたくもねえな」
「師匠の心臓が止まっていたことや、アンナが生きていた理由もオーゲンラバリに秘密があると思いませんでしたか?」
「どうだろうな。考えるよりガルバに聞いたほうが早そうだけどな」
「師匠は話してくれないと思います」
「破門されたのに師匠と呼ぶんだな」
「師匠は優しいですから」
「あの自分勝手な男がか?」
「僕たちが命を危険にさらしたのは師匠の言いつけを破ったからです。死霊導師を見たら逃げろ。戦争には加わるな。守っていれば、何も問題は無かった。師匠は言っても聞かないなら、危険から遠ざけるしかない。そう思ったのでしょう。不詳の弟子です」
「確かにな。だが、お前さんは危険に飛び込んだ」
「一番危険な人の奴隷になってしまえば、かえって安全という考え方もあります」
「奴隷になった? 馬鹿野郎が。ガルバを殺せと言われたらどうする?」
「どんなに修業しても師匠に勝てませんよ。師匠も僕を殺しはしない。ぶん殴られはするでしょうけど」
「信頼してんだな」
「師匠は何でも一人でやろうとします。僕は師匠と一緒に戦える人間になりたい。師匠の代わりに戦える人間になりたい。モトクさんも弟子になったら、きっとそう思いますよ」
「やなこった。強くなりたくもねえしな」
「A級の魔法戦士じゃないですか」
「稼ぎたかっただけだ。歌が上手けりゃ吟遊詩人で食っていたさ」
モトクは立ち上がって土を払い落すと、離れた血だまりを見つめた。
「呪いに近づきすぎるな。好きな女にも会えなくなる」
「オーゲンラバリは呪いではないと思っています。師匠とアンナの命を助けてくれました」
「そうだといいな」
★
数日後、ビスカは地下神殿の使われていない部屋で、オーゲンラバリをネスコから手渡された。ネスコが言うには、エルザが帰ってくるなり、片付けるように手渡してきたので、ビスカが用意した偽物とすり替えたという。
「雑に渡されたので驚いたというか、拍子抜けしたというか――」
「呪いの道具を盗もうとする奴なんて、ガルバぐらしかいないからねー」
「ゾンビを人間に戻すことができるんですか?」
「馬鹿馬鹿のバーカ。わからないから試すんだよー。でも可能性はある。エルザ様の羽根もオーゲンラバリの応用だと思うしね」
「成功を祈っています」
「ボクのためじゃないでしょ」
ビスカはオーゲンラバリを持ってスレイブキングダムの王宮へ戻った。
地下へ向かっている途中、シャーキが険しい顔で近づいてくる。
「戦闘奴隷を急いで補充をしてくれ」
「この前、大打撃をくわえただろー」
「シュンカに戦闘奴隷を焼かれたのが響いている。それに敵はゾンビを警戒して日中にしか攻めてこない。敵の増援が来るという情報もある」
「わかったよ。後でねー」
ビスカは地下に降りると、ガシャッ、ガシャッという音が通路に響き渡っていた。音がするほうへ向かうと、鎖でぐるぐる巻きにされたアンナが飛び跳ねていた。
「笑わそうとしてるの?」
「べ、別に私が何をしようと関係ないでしょ!」
「おもしろいもの見せようと思ったのになー」
「もしかして、オーゲンラバリ! 手に入れたのね!」
「勘がいいと、驚かし甲斐が無いなー」
ビスカはバレた手品の種を明かすようにオーゲンラバリを見せると、看守を務めているセカンドに奥の部屋まで女の奴隷と、女のゾンビを数人連れてくるように命じた。
シャーキに戦闘奴隷の不足を言われたので、男の奴隷を使うのは避けた。女のゾンビについては同性のほうが移植の適合性が高いだろうという、ビスカの見立てだった。
アンナが一人になり稽古をしていると、セカンドが奴隷とゾンビを5人ずつ連れて、目の前を通った。アンナは習慣のように、お母さん、と呼びかける。するとゾンビの一人が立ち止まった。その瞬間、アンナは直感で母親だと思った。
「お母さん! お母さんでしょ!」
「アンナ…」
「そう、アンナよ! お母さんの娘よ!」
「アンナ…、アンナ…」
「お母さん、いっしょに逃げよう!」
アンナが鎖を引きちぎろうと力を振り絞った。
セカンドが悲しい目で見る。
「逃げてどうする。ゾンビは太陽に当たれば崩れ去り、寒い場所から出れば腐り果てる。タールを塗って保護していても長くは持たない。いっしょに暮らせるのはここだけだ」
「そうなの? お母さん!」
「アンナ…、アンナ…」
「話せないの? 他の言葉を言ってみて!」
奥の部屋からビスカが出てきた。
「騒がしいなと思ったら、そういうことねー」
「ビスカ! お母さんが変なの!」
「ゾンビは元々、変だってー」
ビスカはアンナが母親と呼ぶゾンビを観察すると、悔しそうに顔をゆがめた。
「死体になってから時間が経ちすぎるとこうなる」
「何とかしてよ! 死霊導師なんでしょ!」
「しようとしたさ! できないんだよ! どれだけ研究しても!」
ビスカが怒りをぶつけるように叫ぶ。
アンナはビスカが嘘を言ってないと思った。
「だからオーゲンラバリに賭ける。母親を借りるぞ」
★
スライブキングダムの王宮から離れた場所では戦いが繰り広げられていた。
団長代理が太陽を落ちるのを見て、引上げの合図をする。
兵士の一人がオルゴに呼びかける。
「オルゴ様、もう大半が引き上げました」
「仲間に様をつけるな。よし、俺たちも退こう」
「そうですね」
「だが――、ここからが大変だ」
シャーキとシングルスの3人が追撃してきた。
オルゴを始めとする兵士は盾を構えて後退する。
「武器を収めて密集しろ! 盾を両手で握り、大きな亀になって退がるんだ! 後ろの弓隊を信じろ!」
シャーキたちが矢の雨の中、強力な斬撃を繰り出すが、盾にたっぷりと塗られた油が、衝撃を逃がした。しかし、それでも兵士は殺されていく。
「俺が最後尾につく!」
「いつも、最後尾じゃないですか! いつか殺されますよ」
「俺は弱いがコイツは強い」
オルゴは傷だらけのミスリルの鎧を叩いてみせた。
周りにいた兵士がオルゴに言う。
「みんな踏ん張っている! 仲間を信頼しろよ!」
「…そうだな。みんなで耐え抜こう」
「「「おお!」」」
ファーストは油が塗られた盾の塊を見ると、剣を持っていない左手に炎を発現させた。しかし、炎を放たずに横に飛んだ。ファーストがいた場所には双剣を振り下ろしたモンジがいた。
「気配を消して近づいたか」
「好きにはさせねえよ」
「貴様の力では私に勝てない」
「わかっているさ。今は邪魔ができればいい」
「己の力がわかるのはいい戦士の証だ」
「今はだ。俺はすぐに強くなる。お前は親父の仇だ」
二人の耳に遠吠えが聞こえると、ファーストは帰っていった。
モンジの目にはファーストが笑ったように見えた。
モンジが砦に帰ると、焚火を囲む兵士たちの輪がいくつもあった。兵士たちが生還を喜び、酒を酌み交わしている。輪の一つの中にはオルゴもいた。
「戦いの後の酒は一杯という決まりだ。傷が開く」
「固いこと言うなって、オルゴ。おい、酒を返せよ!」
右腕に包帯を巻いた兵士がオルゴに文句を言った。
オルゴはコップを集め、酒を注いでいく。
「ディエゴ、アンドレ、マックス、オリバー、クラウス」
「今日、死んだ仲間じゃないか」
「仲間の分の酒だ。彼らの思い出を肴に飲まないか?」
「ああ、それはいいな」
「楽しく送ってやろう」
オルゴたちはコップを手に取ると、小さく乾杯をした。
酒を飲んでいると、団長代理がやってきたので、オルゴたちは慌てて酒を隠す。
団長代理はオルゴの前に立つと言った。
「オルゴ、君を兵士長に任命する」
「俺に忖度しなくていいといったはずだ」
「そうではない。兵士たちからの推薦だ」
「…そうなのか」
オルゴは兵士たちを見ると全員がうなずいた。
「仲間のために何度も危険に飛び込んでくれた」
「オルゴなら命を預けてもいい」
「尊大な口の利き方は直らなかったけどな」
兵士たちがどっと笑う。
オルゴは立ち上がり宣言するように言った。
「約束する。俺は後ろで隠れたりしない。常に先頭で戦う」
「それはそれで、冷や冷やするんだけどな。ねえ、団長代理。祝杯は例外ですよね?」
「ああ、私ももらおう」
「そう持って準備しておきました」
兵士は隠してあった酒を出すと、団長代理は苦笑した。
周りにも酒を配られ、大宴会が始まった。
モンジは宴会に加わらず、団長室に入った。机から小さなボトルと二つのグラスを取り出すと、琥珀色のブランデーを注いでいく。窓から差し込む月明りが片方のグラスを照らした。
「親父、あいつは変わったよ」
グラスを合わせる音が小さく鳴った。




