思惑
ビスカが地下神殿に行くと、エルザの部屋に教団の服を着たネスコがいたので驚いた。
ネスコも気持ちは同じらしく身構えて、手から炎を出す。
「あれれれれ~。なんでガルバの弟子がいるのー」
エルザが本を読む手を止めずに答える。
「今は私の奴隷だ」
「…死霊導師と仲間だったのですか?」
「配下だ。互いに争うことは許さぬ」
「アンナを守ることはお認めになりました」
「あの娘は殺さない。そうだな、ビスカ」
「そうだよー。シュンカとやったら大損だもん。エルザ様、持ってきた魔石はセゲロに渡しといたよー」
ビスカの言葉を聞き、ネスコは炎を消した。
「要件は?」
「え? 今、言ったじゃん」
「奴隷に運ばせている魔石を、貴様自身が持ってきた」
「バレちゃった。上手く切り出そうとしたんだけどなー」
「無意味な時間は嫌いだ」
「えーっと、儀式で使わないとき、オーゲンラバリを貸してもらえないかなー、なんて」
ネスコの表情が一瞬、強張った。しかし、二人は気づかずに話し続ける。
「自由になりたいのか?」
「違うよー。試したいことがあるんだ」
「呪具をつければどうなるかは、知っていよう」
「奴隷を使えば、問題無でしょー」
「神の名において命ずる。オーゲンラバリに近づくな」
ビスカが跪き、頭を垂れる。
「承知しました」
「下がれ」
ビスカが部屋から出て行った後、ネスコが聞いた。
「急に態度が変わりました。奴隷契約を結んでいるのですか?」
「似て非なるものだ」
ネスコは書棚から離れて、エルザの前に立つ。
「稽古をつけてくれませんか。ここへ来てから、本しか読んでいません」
「本が貴様の教師だ。何千もの教師が不眠不休で教えてくれる。まず知識を満たせ。貴様は近道を歩いている」
「エルザ様もそうなされたのですか?」
「私の教師は何万といた。寝食を忘れ、むさぼるように読んだ。くだらない教師も多かったがな」
良い思い出なのか、エルザは顔が優しくなった。
ネスコは回復系の呪文にまつわる本を10冊ほど抱え持った。
自分の部屋に戻っていくと、途中にビスカが待っていた。
「ボクと取引しない?」
「交換できるものなんて持っていませんよ」
「オーゲンラバリを取ってきてよー」
「近づくなと命令されたところでしょう。渡しても使えないんじゃないですか?」
「嘘嘘のウソ~。ボクに命令は通用しない。あれは芝居さ」
「契約を無効にしたということですか。どうやって?」
「聡明な兄さんが機転を利かせてくれたのさ」
「不用意ですね。あなたには何の借りも無い。エルザ様にすべて報告するだけです」
「アンナのためでもー?」
「脅迫ですか? あなたがシュンカ様に焼き殺されますよ」
「オーゲンラバリを研究すれば、アンナの母親も元に戻せるよー」
ネスコの脳裏に、アンナが必死に母を呼んでいた姿が浮かぶ。
「エルザ様も使えない死霊魔法を完成させたボクを信じろ」
「できるかは保証しませんよ」
「取引成立~♪」
★
エルザが部屋から出て、地下神殿の奥へ向かう。
徐々に赤い光が辺りを照らしていく。突き当りには赤く光る女神像があり、大麻をくわえたセゲロがほおずりをしていた。
エルザに気づいたセゲロが興奮気味に話す。
「この聖人は凄いですよ」
「人ほどの大きさしかない」
「全身が魔石です。小さくてもパワーがダンチだ。後一年で完璧に仕上ります。ガルバだってぶちのめす」
「今の完成度は?」
「70%ってとこです」
「動かす準備をしておけ。ガルバにぶつける」
「なんで急に! 見てわかるでしょ! 両腕が無いんですよ!」
セゲロがエルザに詰め寄る。大麻の煙がエルザの顔にかかりそうになったが、薄い氷の幕が発現し、煙が左右に流れた。
「神の名において命ずる」
「…承知しました」
★
数日後、地下神殿の祭壇で行われる儀式を、首から聖人の欠片を下げた信者たちが見守っていた。信者の中には、モトクとB級冒険者の二人が紛れ込んでいる。
全裸にオーゲンラバリを右手につけたエルザが横たわる女の前に立つ。
「年増なのに良いカラダしてんじゃねえか」
「モトクさん、スケベ面しているとバレますって。信者は真面目な顔してんだから」
「オーゲンラバリを見てニヤつかずにいられるかよ。なんでガルバがあれを探しているのかがようやくわかる」
「マズイ飯を食い続けた甲斐がありましたね。金貨100枚は山分けですよ」
「あたりをつけたのは俺だ。7:3だな」
「せめて6:4にしてくださいよ。アバンドーノに好きな女ができたんです。金のかかる女だけど、根は悪くないんですよ。そいつと結婚したくて」
「足を洗うのか?」
「大きな家を買っていっしょに暮らします。だから6:4で」
「それとこれとは話が別だ。小さな家にするんだな」
「シビアだなあ、モトクさんは」
儀式が始まったので二人は黙った。エルザが生贄の女から心臓を抜き取り、祭壇に捧げる姿を信者たちは立ちながら息を飲んで見つめる。
――見ているものが現実なら、臓器を新しく交換し続けて、不老不死も可能かもしれねえな。だがあれだけの力を持った呪いの道具となれば…。
エルザは紫色に染まっていく右腕を凍らせると砕け散った。
――当然ああなる。力が強ければ呪いも強い。
エルザが氷の剣を発現させ、生贄の右腕を切り落とすと、自分の右腕があった場所に持ってきた。すると生贄が寝かされていた台から、鉄の茨が何本も出てきて右腕に絡まり、エルザと結合させた。
――あれも呪いか? それとも魔物か?
エルザが裸体に一枚の白いローブを羽織ると言った。
「そなたたちの信仰を確かめる」
隣にいた冒険者がモトクを見る。
「確かめるってどうするんですかね?」
「嫌な予感がする」
「神を見よ」
エルザが言うと、モトクと冒険者はとっさに上を見上げた。
だが、信者たちは膝をつき、下を見ていた。
「クソ! ズラかるぞ! 侵入者をあぶりだすサインだ!」
「異端裁判を行う。皆の意見を聞こう」
「信仰無き者には死を!」「信仰無き者には死を!」「信仰無き者には死を!」
「裁きは決まった」
エルザの頭上に氷の矢が無数に発現する。
「氷華鏡」
かがり火の揺らめきを反射して、光る氷の矢がモトクたちに何本も突き刺さる。
「おい、大丈夫か?」
冒険者の体にはモトクと比べ物にならないほど、多くの矢が刺さり、前のめりに倒れた。
モトクは落ちている氷の矢を掴み、自分の左胸に浅く刺す。
「ぐあっ!!」
声をあげ、モトクも仰向けに倒れると、シュンカのスパイスが入った小袋を手に握る。
――足音が二つ。近くと遠く。どっちに目潰しをかける? 後に決めた。偉い奴は後からくるもんだ。己の悪運を信じろ。俺はアカツキからも、ガルバからも生き残った。
モトクは左胸に手が触れるのを感じた。
――鼓動を確かめてやがる。
「ネスコです。モトクさん、目を開けずそのままで」
ネスコは立ち上がると首を振った。
「エルザ様、すでに絶命しています。もう一人はかろうじて生きています。やるならこちらかと」
エルザは手に持ったオーゲンラバリを冒険者につけた。
冒険者の腕が紫に染まっていき、胸が激しく上下する。
少し間を置いてからエルザはオーゲンラバリを外す。
冒険者の全身が紫に染まり動かなくなった。
「冒険者ギルドへ運べ」
「転移魔法は使えません」
「本で理解しているはずだ。やってみろ」
ネスコは覚えた術式をイメージする。
「転移」
目の前に人の半分ほどの大きさの黒円が発現する。
ネスコは自分で自分に驚いていた。
★
冒険者ギルド長室でガルバとゴードが紫色に染まった腕を見ていた。
「ガルバ、これがギルドば前にあった」
「オーゲンラバリの呪術反応だ。間違いねえ」
「腕の持ち主は、カフイサヤ神国へ派遣した冒険者です。腕が斬られた死体も一緒に置かれていました」
「誘ってやがる」
「罠じゃ」
「だからなんだ。こっちは今すぐ欲しいんだよ」
――俺様の心臓が死んでしまったのなら、早急に強力な心臓を手に入れる必要がある。
「おまん、顔色が悪か」
「少し血の巡りが悪いだけだ」
ガルバが黒円を発現させると、ゴードが立ち上がった。
「おいが行く。おまんには借りばある」
「相手はエルザだ。命のやり取りになる」
「反乱軍のときに一度捨てた命を、おまんが拾うてくれた」
ガルバはゴードを見つめる。
「…お前の命。俺様の物と思っていいか?」
「良か」
「ありがとう」
ガルバは黒円の中に入った。
「待つんじゃ!」
ゴードが縮まる黒円の中に入ろうとしたが、体が大きくて無理だった。
シムタラが不安な顔をする。
「ありがとう。って、ガルバ様らしくないです」
「おいも初めて言われた。シムタラ、急いで追うぞ」
「転移先を知らなければ行けません」
「世界中に冒険者ば行かせたんじゃ! 誰かおる!」
「それが…。カフイサヤ教国に派遣した者は、誰も帰還しておりません」
「地図ば出せ!」
シムタラが地図を広げると、ゴードはカフイサヤ神国の周りを指でなぞった。
「カフイサヤの隣国で良か!」
「直ちに行ったことがある冒険者を探します!」
シムタラは部屋を飛び出した。




