足りない力
冒険者ギルド・アバンドーノ支店に戻ってきたシュンカから、アンナが生きていることを伝えられると、安堵と喜びが部屋中埋め尽くした。しかし、アンナが帰らないということがわかると、ガルバは首を傾げた。
「実は――」
ネスコはアンナが戦場で母親を探していたことを話した。
「ようやく見つけた母親がゾンビかもしれねえとはな…。まあ、シュンカが脅したのなら殺されることもねえだろう。お前らはシュンカの店に戻れ」
ネスコはしばらく黙った後、意を決したように口を開いた。
「店を辞めさせてください。師匠の治療に来た回復術師の元で学びたいと思っています。シャーキと戦ったときどうすれば良かったか、ずっと考えていました。あのとき一人でも回復術師がいれば、まだ戦いようがありました。少なくともアケビーが右腕をすぐに繋ぐことはできた」
「回復術師はソロじゃ戦えねえ。連携で戦うってことだな」
「僕は師匠のようにはなれません」
「…わかった。お前を破門する」
「師匠!」
「ノッポにデブ。ここにいねえチビも破門だ。元々はアンナに頼まれて、嫌々、弟子にしていたんだ。この戦いでわかっただろ。お前らみたいな役立たずが弟子だと俺様の恥なんだよ! とっと消えろ!」
「ひどすぎるよお」
「恥ってなんだポ!」
「行こう。アケビー、ランブ―。師匠は初めからこういう人だった。僕たちが忘れていただけだ」
3人が部屋を出て行くと、シュンカが憤慨する。
「言い過ぎだよ、お兄ぃ! 弟子っていっても3年間何も教えてなかったじゃんか!」
「うるせえ! アホ!」
「アホって言うな! 心配するんじゃなかった!」
「誰が頼んだ! お前らも出ていけ!」
ガルバは全員を部屋から追い出すと、左の胸を押さえた。
「…くそったれ。この心臓で奴らに勝てるのか?」
★
冒険者ギルド支店から離れた場所ではネスコたちがこれからのことを話し合っていた。
「おでも鍛えたいよお」
「そうだね。ランブ―だったら――」
ネスコは言いかけた言葉を止める。
「どうしたあ?」
「ゴードさんに相談したほうがいい。僕よりもいいアドバイスをくれるはずだ」
「だったら、僕も行くポ」
「アケビーは僕らにつきあう必要はないよ。ゆっくり考えたほうがいい」
アケビーは肘から先が無くなった右腕を見る。
「…わかったポ」
★
ネスコは一人になると老回復術師の元へ行った。
「師匠に破門にされました。思い残すことはありません」
「それで良いのか?」
「はい。先生の元でA級の回復術師を目指したいと思います」
「おぬしなら賢者になれそうじゃがのう。賢者であれば回復と攻撃。両方の魔法を使える」
「買い被りすぎです。賢者なんて、そもそも誰から学べばいいかもわかりません」
「私なら教えてやれる」
老回復術師の全身が凍り付き、砕け散った。
しかし、砕けたのは表面だけで、中から緑髪の女が現れる。
「私はエルザ・ホイスーン。知っているか?」
「もちろんです…。英雄譚に出てくる大賢者。<唯王独尊>の一人。そして、師匠や冒険者が血眼になって探している人」
「お前に覚悟あるなら賢者にしてやろう」
エルザの右手から小さな魔法陣が現れる。
「奴隷契約だ。私の命令に逆えなくなる。ガルバを殺せ、という命令でもだ」
「師匠とは――いえ、ガルバとは縁を切りました。先生、アンナを殺そうと思っていますか」
「私の関心はアカツキとガルバだけだ」
「契約を受け入れます」
「その女を愛しているのだな」
「アンナが心臓を貫かれた姿を見たとき、自分の気持ちを知りました」
「いいだろう」
エルザの手から魔法陣が離れ、ネスコの左腕に張り付いて光った。
鈍い痛みにネスコが顔をしかめる。
「優しい方なんですね。エルザ様は」
「手加減はしていない。奴隷契約の痛みはこんなものだ」
「エルザ様の力なら、僕を無理やり奴隷にすることもできた。それに――」
「無駄口はいい。行くぞ」
エルザは黒円を発現させて、中に入る。
ネスコも慌てて後を追う。
ネスコの左腕には「001」の刻印があった。
★
シムタラにギルド長室に連れてこられたランブ―はゴードの前で緊張していた。
ゴードは机の上に置かれた皿の上から饅頭を渡す。
「何個でも食べると良か」
「いいのお」
むしゃむしゃと食べるランブ―にゴードが聞く。
「強さは一つじゃ無か。どんな強さが欲しか?」
「わかんないよお」
「好きな戦い方は?」
「わかんないよお」
横で聞いているシムタラが苛立って注意する。
「ランブ―、食べてばかりいないで、少しは考えて答えなさい!」
「おまんは黙っとけ。ランブ―、おまんメシは好きか?」
「大好きだあ。ずっと食べてたいよお」
「おまんの才はそれじゃ。食堂で好きなだけ食べて良か。金ばおいが払う」
「いいのお」
「ただし、おまんのメシば、皆のもんとする」
「なんでえ。取られちゃうよお」
「メシば守り抜けば良か」
「そうかあ。食べてくるう!」
ランブ―が食堂へ走っていった。
「これで良いのですか?」
「シムタラ、料理長にとびきり番美味いメシばランブ―に出せと伝えるんじゃ。冒険者やミスリル鉱夫たちが、奪いたくなるようなメシをな」
「…そういうことですか。承知しました」
★
火龍飯店の厨房で、アケビーが左手で料理を口に運ぼうとすると、箸が落ちた。
コック帽をかぶったジャポがテーブルにレンゲを置く。
「無理してハシを使わなくていいんじゃない」
「ありがとポ」
「大丈夫。慣れれば、左手も右手のように使えるって」
「早く慣れたいポ みんな鍛えているポ」
「もう戦わなくていいんじゃないかな。アケビーは凄いよ。こんな怪我をするまで戦ってさ。オイラなんてあの場にいたら絶対おしっこチビってる」
「みんなと一緒に戦いたいポ」
「こんな目にあっても戦いが怖くないの?」
「怖いポ」
「だったらやめろよ! 左腕だけで鍛えたって、たかがしれてる!!」
アケビーは無言で箸を置くと立ち上がった。
「あっ、ごめん…」
ジャポが引き留めようとアケビーの腕を掴もうとした。
しかし、腕は無く、ジャポの手が空を切る。
「ごちそうさまポ」
アケビーは厨房から出て行った。
★
次の日の朝。アケビーが川辺で剣を振っていると、モトクがやってきた。
「おー、おー。剣筋がふらついてるぜ」
「モトクさんも戦うなって言うポ?」
「睨むなよ。腕が無くなった冒険者なんて珍しくもねえ。みんな辞めていったがな」
「やっぱり、そうなのかポ」
「あーそうそう。何人かいたなあ」
「どんな人ポ!」
「一つの技だけを磨いていた。他はてんでダメだったがな。でも、その技が凄かった。まさに必殺技ってやつだ。パーティからもずいぶん頼られてたぜ」
「必殺技…。頼られていた…」
「まあ、必殺技なんて簡単に見つからねえがな。見つかったら大幸運だぜ」
モトクはそう言ってアケビーから離れると、荷馬車に背をもたれかかせた。
懐から紙を取り出して広げる。
「芝居なんて柄でもねえ。台本通り言えたよな。死人の役は得意なんだが…。おい、次はお前の出番だぞ」
荷馬車の中でガチガチに緊張したコットが座っていた。
「大丈夫か? お前」
「さ、最近ポーション作りしかしてないんで…」
「おいおい、台本間違えんなよ。俺まで依頼主にぶっ飛ばされちまう。マロッキ商会で働けるようにしてくれた恩人なんだろ」
「はい。が、頑張ります」
コットがぎごちない動きでアケビーに近づいていく。
「そ、そこの君、剣は向いてないな」
「誰だポ」
「わ、私を知らないのか。巷では槍の神と言われている」
「凄いポ」
「私が見るところ君は槍が向いている」
「そんなこともわかるポ!」
「腕のリーチが長い。槍ならもっと生かせる」
「片手じゃ持てないポ」
「この槍を持ってみろ」
槍戦士は自分の持っている槍を渡した。
「軽いポ」
「中に空洞がある。強く叩けば曲がる」
「それじゃ使えないポ」
「横に振ればそうだ。突きなら違う。やってみろ」
アケビーが突きを放つ。
「肘が曲がっている。肩から槍の先端まで一直線にし、ひねりながら穿つのだ。さすれば強い衝撃でも槍の長さで吸収する」
「手本が見たいポ」
「や、槍の神の技が簡単に見られると思うな!」
「すいませんポ! 技名は何というポ?」
「わ、技名か。えーっとだな。神技<直線突き>だ」
「普通の技っぽいポ」
「し、神技を愚弄するな! 私ぐらいになると一周回って、シンプルな名前をつけるのだ。この技を極めれば川をも貫ける! …かもしれない」
「すみませんポ」
「では、さらばだ!」
コットはそう言うとそそくさと去っていった。
荷馬車の隠れていたシムタラに不安そうに聞く。
「汗びっしょりじゃねえか」
「技名を教えてもらってなかったので、焦っちゃって。上手くいったでしょうか?」
「覗いてみろ」
コットが荷馬車の陰から顔をだすと、アケビーが直線突きを何度も繰り返していた。
登る朝日に照らされるアケビーの姿を見てコットが目を細める。
「まぶしいなあ」
「は?」
「一心不乱に武を極めようとする。純粋すぎてうらやましい」
「俺から言わせれば、お前もまぶしい存在だぜ」
「私が? からかわないでください」
「誰も傷つけず真っ当に働いて、嫁と子を食わせる。まぶしすぎる生き方だ」
モトクが太陽を背に歩いていく。
「あっ、モトクさん。銀貨置き忘れていますよ」
「ポーションの代金だ。一つもらった」
「もらいすぎです。おつりを用意しますね」
「やるよ。嫁も子もいねえが、金だけはあるんでな。まあ、負け惜しみだ」
モトクは橋を渡ると見えなくなった。
コットは近くで嗚咽する声がしたので振り返る。
ジャポが肩を落として泣いていた。




