雪夜の戦い①
北部方面団砦の廊下で、ジョバンニの先を走るモンジが侵入者を見つけると、両手の短剣で斬りかかった。
熊の毛皮を被った侵入者が剣で弾き返すと、モンジは宙返りして着地する。
「ジョバンニ! 敵は手強い!」
「ひい、ふう、みい、たった3人か」
「獲物を見つけたぞ、フィフス」
「エイス、ナインス。他は構うな。命令を遂行する」
「狩るのはこっちじゃ。小僧」
ジョバンニは腰から短い剣を抜いた。
エイスが切り込み、ジョバンニも踏み込む。
交差したとき、エイスの体が回転し、床に叩きつけられた。
「団長は何をしたんだ?」
「剣を絡めてひねっただけじゃ」
「凄え」
そばにいた兵士長が誇らしげにモンジに言う。
「見えずのジョバンニ。団長の二つ名だ」
「剣の長さが短くねえか。子供の持つような長さだ。今の技と関係あるのか?」
「一番手に馴染むらしい」
フィフスがつぶやく。
「3人でかかるぞ」
フィフスとエイス、ナインスが襲い掛かる。
ジョバンニは捌きつつ。的確に相手に傷を与えていった。
「ナインス、やれ」
ナインスが斬られながら、ジョバンニに抱き着いた。
羽交い絞めにされたジョバンニにエイスが斬りかかる。
ジョバンニがロックしているナインスの両手の指を折って外した。
「ジョバンニ! 後ろ!」
フィフスがナイスの体ごとジョバンニを貫く。
ジョバンニは体をひねるが脇腹に傷を負う。
ナイスのほうは心臓を貫かれて即死だった。
「そういう戦い方は嫌いじゃのう」
「失敗だ。エイス、撤退する」
「逃げられると思うてか! 千手貫斬!」
無数の斬撃と刺突がフィフスとエイスを襲う。
エイスが足を止め、両手を広げ、すべての攻撃を受けた。
その隙にフィフスは窓に手をかけ外へ逃げた。
ジョバンニはエイスの顔に手をあてると瞼をおろす。
「徹底しておるの。いや、徹底させられているというべきか…」
ナインスとエイスの腕から奴隷契約の刻印が消えていく。
「戦闘奴隷とやるのは気が滅入るわい」
★
副団長室前では、アンナたちは4人がかりでシャーキと戦っていた。
ネスコが右手を掲げると炎が筒状に伸びていく。
「ファイアランス!」
腰を落としてかわすシャーキを、アケビ―とランブ―が炎をまとわせた剣で攻撃する。
シャーキは鉤爪を横なぎにして払いのけた。
シャーキの体が開いたところをアンナが潜り込み、脛を狙う。
「チィッ!」
シャーキは跳ぶと天井に鉤爪をひっかけ、反動でアケビ―を蹴り倒した。
4人の戦いぶりを見ながら、オルゴは興奮する。
「狂戦士に引けを取っていない! いける! いけるぞ!」
アンナも手ごたえを感じていた。
「あたしたち強くなっている! 前ほど怖くない」
「でも、連携みたいになってるポ」
「師匠に怒られるよお」
「たまたまだから許してくれるさ。パーティー編成も無茶苦茶だしね。アンナ、足を狙うのにこだわるな!」
「殺す必要なんてないわ」
「討ち取りにきたんだポ!」
「捕まえればいいのよ。今のあたしたちならできる!」
アンナの言う通り、シャーキが防戦に回り始めた。片足をひきずっている。
そのとき、砦の外から遠吠えが聞こえる。
「娘、少しだけ生かしてやる」
シャーキは外に飛び降りた。
オルゴが周りに命令する。
「俺に続け! 奴を追撃する! 敵将を討つ機会を逃すな!」
オルゴが階段を下りていくと兵士たちも続いた。
「あたしたちも行こう!」
「勝てるポ」
「寒いところやだよお」
「危険だけど、ずっといるわけにもいかないしね」
「決まりね!」
アンナたちも外へ飛び降りた。
★
「団長! 副団長が砦から出撃しています!」
「動くなと命令したはずじゃ! 引き返すよう伝えよ!」
「ハッ!」
モンジは外を見ると、オルゴ隊が隊列も組まずに突進していた。
「あの勢いじゃ、言うこと聞かねえと思うぜ」
ジョバンニはため息をつく。
「しょうがない子じゃ。全軍出撃! オルゴ隊を連れ戻す!」
シャーキは足を引きずりながら逃げ続けた。
だんだんと積もっている雪が深くなっていく。
後ろからはトナカイに乗ったオルゴ部隊が迫っている。
シャーキの前方にビスカが待っていた。
「釣れたが、小物だ」
「そうでも無いよー」
ビスカの足元が盛り上がると、地中からビスカを押し上げるように巨象の骸骨が現れた。
巨象骸骨の背にのるビスカが指さす。
「小物の後ろからわんさか来てる。大漁、大漁♪」
シャーキも巨象骸骨の背に飛び乗る。もう足は引きずっていなかった。
突然現れた巨象骸骨にオルゴ隊が驚く。
「副団長! 魔物です!」
「怯むな! こっちは千人もいる。囲んで逃がすな!」
「馬鹿、馬鹿のバーカ。囲んでるのはこっちー」
ビスカが両手を合わせると魔石のネックレスがすべて砕けた。
同時に雪の中から万を超える人々が現れる。
みんな体中を黒く塗られており、極寒の中、ボロしか来ていない。
オルゴ隊の兵士には闇夜に無数の瞳が浮かんでいるように見えた。
兵士たちは悲鳴を上げパニックに陥った。
「副団長! 囲まれました! 兵士たちに命令を!」
「何だこれは…。魔物が相手だなんて聞いてない! どう戦えばいいか、わかるわけなんかない。貴様らで考えろ!」
オルゴはトナカイの上で頭を抱え込む。
巨象骸骨から飛び降りたシャーキがオルゴの頭上に迫る。
「無能な頭なら必要ないな。我が刈り取ってやる」
「ヒィッ!!」
オルゴがトナカイから転げ落ちて腰を抜かす。
「させないわ! ランブ―!」
「よいしょおお!」
ランブ―がアンナを放り投げ、空中でシャーキの攻撃を受け止めるが、勢いを吸収できず、オルゴの側の地面に叩きつけられた。
「キャッ!」
「アンナ…」
「痛ててて。オルゴ、助けるっていったでしょ。ネスコ、これからどうする?」
「早く退却したほうがいい。団長が救出にきているようだが、あっちも囲まれている」
オルゴの命令を待たずとも、崩壊した部隊は逃げ始めていた。その背中を黒塗りのゾンビが突き刺していく。
「わ、わかった。退却! たいきゃ――」
「退くな! 留まって密集しろ!」
ジョバンニの本体がオルゴ部隊に合流してきた。
オルゴが不安を隠さずに聞く。
「どうして…。逃げたほうがいいんじゃ…」
「雪の中、散り散りに逃げても背後からゾンビに噛まれるだけじゃ!」
ジョバンニは剣を高く掲げて叫ぶ。
「集まったら、矢尻のように隊列を組み、砦に向かって突撃しろ! 敵は軍ではない! 統制の無い群れにすぎぬ! 殺そうと思わず! ただ突き抜けろ! 背後は恐れることはない。わしが殿軍じゃ!」
「団長が守ってくれるぞ!」「なら、安心だ!」「生き延びられるぞ!」「みんな隊列だ! 隊列を組め!」
兵士たちから安堵の声が聞こえ、混乱状態が収まり始めた。
ジョバンニの側にいた兵士長がいさめる。
「団長! いけません! 殿軍は私が!」
「兵士長。気持ちはありがたいが、お前じゃ耐えきれん」
「それなら、御供を」
周りの兵士もうなずく。
「邪魔じゃ、邪魔じゃ。兵士長。兵士を連れて矢尻の先端になれ。お前は兵を預かる長ということを忘れるな。心配するな。わしがゾンビに食われるような男に見えるか?」
「…わかりました。ご武運を!」
兵士長が兵を連れて走っていくと、ジョバンニはさらに叫ぶ。
「傷ついて逃げられぬ者は助け合って戦うんじゃ。なあに、夜明けまで待てば、太陽の光でゾンビは朽ちていく。それまで耐えるだけじゃ。わしがいる。共に戦おうぞ!」
「「「おおーっ!」」」
ビスカが巨象骸骨の背で頭をかく。
「弱点がバレちゃったかー。まあ、あの年ならゾンビと戦った経験あるよねー。だけど、夜明けまではまだ長いよー」
遠くでドーンという轟音がした。
ビスカが振り返るとゾンビが数百人、宙に舞い上がるのが見えた。
「…そうでもないみたい。ヤバヤバのヤーバ。シャーキ! そろそろ引き揚げるよー」
アンナたちの攻撃をさばきながらシャーキが答える。
「なぜだ! まだ時間はある!」
「夜明けより先にヤバイやつが来るからさー」
「なら、我にやらせろ!」
「無理無理の無理ぃ~。まだキミじゃ勝てない。命令には従ってもらうよー」
「クッ!」
シャーキは近くで戦っている戦闘奴隷を呼ぶ。
「ファースト! 副団長に構うな。シングルスでジジイを殺れ」
「承知しました」
「S級だ。半数は失う覚悟をしろ」
ファーストは目でうなずくとジョバンニの元へ向かった。
アンナがくやしそうに言う。
「なんか余裕でさばかれてない? さっきより全然強い!」
「深手を負っていたときの我と同じと思うな!」
鋭い斬撃にアンナは受けた剣ごと吹き飛ばされた。
「ネスコ、どうしよう!」
「連携をやってみよう。オルゴ、教えてくれ!」
しかし、ネスコの問いにオルゴは答えず、へたり込んだまま黙っていた。
ネスコは諦めたように首を振る。
「こうなったら、闘技大会を思い出してやるしかない! アケビー、ランブ―はサポート。僕は後衛で魔法援護。アンナがアタッカーだ!」
★
アンナたちから少し離れた場所では、兵士長が隊列を組んで、ゾンビの群れに突撃を開始した。ゾンビは統制が取れてこそいないが、死の恐怖を持たないのでひるむことなく襲ってくる。進みつつも兵士の犠牲は増えていった。それでも皆、ジョバンニを信じて砦に向かった。
ジョバンニの側に唯一残っていたモンジが言う。
「こいつらはゾンビじゃねえ! 侵入してきた奴らだ!」
「わかっておる」
ファーストをはじめとするシングルス7人がジョバンニを囲もうとしていた。
「ジョバンニ、兵士の突撃が進んでいる。俺たちも逃げよう」
「まだ副団長が残っておる」
「あのクズのせいでこうなったんだ。自業自得だろうが!」
「これから変わればいい。わしはな。宝石店で捕まえたことをずっと後悔しておった。わしの間違った行いで、貴族のあの子もお前も苦しめた」
「何言っているんだ! 俺はアンタに感謝している!」
「あのとき、誰にもわからないように捕まえるべきだった。そうすれば、貴族の子が反省し、お前に罪をなすりつけることもなかったかもしれん」
「あいつはクズだ! そんなやつじゃねえよ!」
「わしも昔はクズだった。盗みの技におぼれていた。ある日、ガルバ様に見つかってぶん殴られた。店員は役人を呼んだが、ガルバ様は何も言わず、暴れた客として連れていかれた。みんな子供のわしに同情してくれたが、心は晴れなかった。牢屋から出たガルバ様は黙ってこの剣を渡してくれた。剣を振っていくうちにわしは変わった」
ジョバンニが懐かしそうに剣を見る。
「モンジ、オルゴを連れて逃げろ。老い先短いわしに付き合うな」
「嫌だ! いっしょに死ぬ!」
「わしに後悔させたまま死なせたいのか!」
「…ジョバンニ」
「子供の死を願う親などおらん。生きてくれ、モンジ」
「…わかった。あいつらの顔は覚えていく」
モンジは目に焼け付けるようにシングルスの顔を睨むと走り去っていった。
ジョバンニはファーストに頭を下げる。
「親子喧嘩を黙って見ているとは、戦闘奴隷にも人情はあるとみえる」
「やつが消えれば貴様を殺しやすくなる。それだけのことだ」
表情を変えずに答えるファーストを見て、ジョバンニは笑う。
「そりゃ見誤っとる。今からは兵を率いる団長では無い。一人の戦士。見えずのジョバンニじゃ!」




