国王
ガルバはアンナを連れてマロッキ商会を出た後、まっすぐ城門に向かおうとした。しかし、目に入る景色一つ一つに感動をして声をあげているアンナの姿を見て考えを変えた。
「王都にはしばらくは戻ってこねえ。王宮を見たいか?」
アンナは頭をぶんぶん振ってうなずいた。王都の城壁の内は4km四方の広さでここから中心にある王宮までは1時間もかからない。
歩いていくうちにガルバは昔の王都との変化に気づいた。
――こんな静かな街では無かった。もっと喧騒にあふれていた。寂れたというのも違う。街は王都の外にまで拡がるほど繁栄している。お行儀の良い街とでも言うべきか。変わったのは冒険者が減ったせいか?
魔王がいた時代、冒険者ギルドにいたのはお世辞にも行儀のいい連中じゃ無かった。仕事でいつ死ぬかわからない。弱ければ命を懸けてもその日暮らしの報酬しかもらえない。気が荒くなるのも当然だ。冒険者を好きでやっているのは半分もいなかった。彼らは社会的弱者だった。農地や家業を継げない次男坊や三男坊。魔物に村を襲われて流民になった者。罪を犯し公務を追放された者。彼らに残された道は、盗賊、娼婦、奴隷。そして冒険者だけだった。
ガルバは十字路をいくつか通り過ぎたときに、この街の行儀の良さの理由がわかった。道の辻々に鎧こそ着けてはいないが、帯刀した兵が立っているのだ。深緑色の軍服の胸には首から吊り下げられた赤い魔石が見える。魔石には魔力を貯めておくことができ、自分の魔力の代わりに使用することができた。
「あのヘータイ、俺様をじろじろと見てやがる」
「きっとガルバ様の仮面が珍しいのよ」
王宮に着くとアンナは感嘆の声を上げ、時間を忘れたように見つめていた。白い石材だけで作られた宮殿は高貴な美しさがあり、国民に<白亜の麗人>と呼ばれていた。
「おい、もう行くぞ」
ガルバが退屈を覚えてアンナを促したとき、王宮前の広場に騎士が集まってきて整列を始めた。ラッパの音が鳴り、騎士たちが王宮のほうへ向く。王宮からは白いマントに装飾が施された白い鎧を着けた壮年の男が現れた。男が白馬に飛び乗ると騎士たちが敬礼をする。
「わぁ~、きっと王様よ~」
「国王はジジイだったはずだが――二十年も経てばくたばってるか。にしても、あの臆病な王子が自ら兵を率いるようになるとはな。地位が人を作るってのは本当らしい」
「近くで見ましょうよ」
アンナはガルバを引っ張って、騎士が行進する大通りの道端に連れていくと、見物の群衆が大勢いた。再びラッパの音が鳴り、槍隊、弓隊、青の鎧で統一された騎馬隊と進んでいく。その先の空間に大きな黒い穴が開いていた。
「あれは何?」
「巨大な転移魔法だ。黒い穴の後ろの祭壇にローブを着たやつらが千人近くいるだろ。やつらが軍を戦地に移動させる」
「そんなことができるのね!」
行進する兵の中に家族がいるのだろう。励ます者、別れを惜しむ者の声がそこかしこでした。そんな声をかき消すように、「国王陛下万歳!」「王国に勝利を!」と歓声が上がった。いよいよ国王が近づいてくる。
「凄い人気ね。国王陛下って」
「弱っちいはずなんだけどな」
ガルバの知っている王子は、ガルバが謁見に訪れた際、ガルバの姿を見ただけで身を隠すような男だった。だが、今、ガルバの前に近づいてくる男は違う。
「威厳もある。腕も立ちそうだ。髪の色も銀に変わった。鼻も高くなった。目元も涼やかに――って、あれはアカツキじゃねえか!! マロッキの豚野郎、騙しやがったな!!」
「マロッキさんが何かしたの?」
「アンナ、これを預かれ。臓器強盗の手袋<オーゲンラバリ>」
ガルバはアンナの懐に手を突き入れた後、叫んだ。
「あいつをぶっ倒す!!!」
ガルバは真紅のマントを翻して宙に舞うと、アカツキの目の前に立ちふさがって、背負っていた大剣を抜いた。観衆はざわつき、鎧を着た兵がアカツキを守るように前に並ぶ。
「裏切り者が国王だと。笑わせてくれる」
「…その鎧。早いな。もう出てきたのか」
「お仕置きは早いほうがいい。罪を忘れちまうからな?」
「兵は下がれ。余を守るに及ばぬ。軍楽隊、<守護天使の曲>を」
アカツキは馬から飛び降りるとオリハルコン製の刺突剣を抜いた。
ラッパの音が響く。先ほどとは違う曲だった。
「戦闘開始の合図のつもりか? ご大層なことだ」
ガルバが血の色をした大剣を大上段に構えた時、無数の石がガルバに当たった。
「陛下になんて口を!」「邪魔だ!」「謀反者!」「勝てるわけがないだろ」「とっとと負けろ!」「無礼者!」
群衆の罵声と石がガルバに降り注ぐ。
ガルバが聞いた声があると思って横目で見ると、マロッキが「死んじまえ~! 疫病神~!」とガルバに石を投げていた。
その横で石を抱えたアキが申し訳なさそうにマロッキに石を渡している。
「…あの豚野郎。ウオッ!」
アカツキの刺突を危うく躱す。だが、アカツキの攻撃は止まらない。
――先手を取られた。ったく、うっとおしい。コイツは昔から小技が得意だった。他の金魚の糞もいるかもしれねえ。周りに警戒しろ。チッ、身体が重い。封印されて鈍っちまったのか。
アカツキの攻撃の速さが増し、ガルバに当たり始める。
身体には小さな傷が増えていった。
「チマチマと刺してきやがって。ダセー戦い方だ」
アカツキが反撃の間を与えないためガルバは防戦一方になっていた。徐々に体力を削られていく。だが、徐々にと感じているのは二人だけの感覚で、群衆からすればほんのわずかな時間だった。
「アカツキ、ダセー攻撃を続ける気じゃねえだろうな。大観衆がいるんだ。見せ場を作れよ」
「見せ場はある。余の完封だ」
「てめえ!」
吠えたガルバだったが、同時に地面がぼんやり光っていることに気づいた。
――身体が重いのは結界か。いつの間に仕掛けやがった。そしてこのダセー攻撃は俺様用のハメ技か? 相変わらず準備周到なやつだ。このままじゃヤベー。いったん逃げるか。
ガルバの視線が退路を探す。
――逃げる? 逃げるだと? この俺様が? 大観衆の前で?
「ありえねえ…、ありえねえぞ! 血喰い剣よ。我が流血の捧げをもって闇の力を示せ!」
ガルバが真紅の大剣を大上段に構えると、傷口から血が霧となって吹き出し、大剣に集まっていく。
「吸血王恨斬!!」
「遅い」
ガルバが大剣を降り下ろす前に、アカツキの突きがガルバの左胸に貫いた。
アカツキは刺突剣を抜くと、剣を振って血を払う。
ガルバは膝をつき、そして前のめりに倒れた。
「反逆者の命を神への生贄とする。これで我が軍の勝利は約束された!」
アカツキが刺突剣を突き上げると、群衆がどっと沸き、王を称える声が辺りを埋め尽くした。
マロッキが両手を上げて喜ぶ。
「疫病神が死んだ! ざまあみろ! 正直、陛下でも勝つのは難しいと思ったが、いらぬ心配だったわい。20年で陛下はガルバ様よりお強くなられた。王都の災厄は国王自らが払ったのだ。あー、すっきりしたわい」
アキが心配そうに聞く。
「旦那様、アンナがガルバ様の死体に縋り付いていますが、よろしいのでしょうか?」
「ほっとけ、ほっとけ。小娘がどうなろうと知ったことではないわい」
「いえ。アンナが来ているメイド服にはマロッキ商会の名前が入っています。謀反の嫌疑が旦那様に降りかかりませんでしょうか? 金貨10枚のこともあります」
「わしがガルバ様に国王暗殺を依頼したと疑われる。そう言いたいのか? そんなことはありえない」
マロッキは顔をゆがめる。
「とも言い切れん! アキ、行くぞ!」
マロッキは群衆をかきわけながら、ガルバの側に駆け寄った。
「陛下、マロッキです。お久しゅうございます」
アカツキはアンナと同じメイド服の女がマロッキの側にいることに気づく。
「泣いているメイドは貴様の使用人か?」
「それはですね…」
マロッキは冷や汗をかきながら頭をフル回転させる。
「ええっと、この娘にとっては仇敵でして…、き、金貨を、娘が大事にため込んだ金貨を盗んだ大悪党なのです。だから、こうしてうれし泣きを…」
泣き伏せていたアンナが不審げに見上げると、マロッキは慌ててアンナの頭を手で押さえた。
「御前に現れたのはこの娘のことではございません。使用人からの報告で、此度の戦の物資を運ばせていたところ、襲撃に会いポーションを強奪されたとのこと。すでに敵が領内に侵入してるやもしれません。軍を急がれたほうがよろしいかと」
アカツキは顔色を変えると、白馬にまたがった。
「全軍に告ぐ! 最大の進軍速度をもって戦地に向かえ。騎馬隊は余と共に先行する。急げ!」
ラッパが吹き鳴らされ、全軍が駆け足で移動し始めた。その光景を見て観衆の関心はガルバから敵との戦に移った。その隙にマロッキはアキにガルバを担がせると、乗ってきた馬車の荷台に放り込んだ。
馬車が走り出すと、荷台に乗っているマロッキにアンナは泣きながら訴えた。
「マロッキさん、ポーションを早くガルバ様に!」
「死人に使っても無駄だ。そうだろ、アキ」
ガルバの左胸に耳を当てていたアキが顔を上げてうなずく。
「泣くな、小娘。お前さんにとってもこれで良かったんだ。この世でガルバ様ほど身勝手な人はおらぬ。いっしょにいても酷い目にしか合わなかっただろうよ」
「それは間違いよ! ガルバ様はあたしを奴隷から解放し、目も治してくれた!」
「お前さんのためじゃあない。雑用係が欲しかっただけだ」
「何か方法は無いの!」
「無い。死んでしまったら宝物のエリクサーでも助からぬわい」
マロッキは必死に懇願するアンナを諭すように優しい目をして言った。
「ガルバ様に感謝しているのなら、その心もって生きよ。死者の魂は生きる者の支えになってこそ報われるというものだ」
「マロッキさん…」
アンナが泣き止むと、マロッキは、どっこいしょ、とガルバの顔に大きな尻を落とした。
ガルバの顔が縦に押し潰される。
「あ~、疲れたわい」
「ひどい!」
「ガルバ様の魂はアンナの心の支えとなり、頭はわしの尻を支える。きっと、ガルバ様もあの世でよろこんでいるだろう」
「…てめえ、ふざけるな」
「ん? 何か言ったか、アキ」
「…旦那様、ガルバ様の指が動いています」
「心臓が止まっているのだぞ。そんな訳が…」
マロッキの目にも血喰い剣を握るガルバの指に力が入っているのがわかった。
「…血喰い剣。ただ飯喰いめ。技を出しそこねたのなら、さっさと俺様の血を返せ…。早くしねえと叩き折るぞ」
「ひぃっ! ゾンビィ!」
怯えたのはマロッキだけではなく、血喰い剣も震えているように見えた。
血喰い剣から血の霧が立ち昇り、ガルバの体に血の霧が吸い込まれていく。
ガルバの四肢がゆっくりと動き始めた。
「アキ! 早くゾンビを倒せ!」
「ハッ! ガルバ様、お許しを!」
アキが放った蹴りは血喰い剣で防がれた。
ふらつきながらガルバが立ち上がる。
「…誰がゾンビだ。お仕置きしてやる」
「悪気は無かったのです! お許しを!」
「許さねえ。血喰い剣。やつらの血を吸って俺様に渡せ。吸血切り」
ガルバはマロッキとアキの腕を斬った。
傷口から血が霧のように吹き出し、血喰い剣に吸収されていく。
「ああ、出血が止まらない!」
「殺しはしねえ。生命力をもらうだけだ。てめえらがぶっ倒れるまでな!」
「そんなあ…、あっ!?」
マロッキとアキは急性貧血になったかのようにバタリと倒れた。
アンナがガルバの胸に飛び込む。
「ガルバ様ーーーー! 良かった! 本当に!」
「痛え。まだ半分も回復してねえ」
「でも心臓を疲れたのに、どうして? やっぱりゾンビ?」
「アカツキは俺様より弱いとはいえ、二十年ぶりだ。初見の敵と変わらねえ。用心として、臓器強盗の手袋<オーゲンラバリ>で、お前の体に心臓を預けていた」
アンナはガルバがアカツキと戦う前、懐に手を入れられたことを思い出した。
「あたしの体の中に入れたの!? 凄い! そんなことも出来るのね」
「この手袋は呪具でもレア中のレアだ。それじゃあ、心臓を返してもらおう。臓器強盗の手袋<オーゲンラバリ>」
しかし、手袋は変化しなかった。
ガルバが手袋を見ると大穴が空いていた。
「まさか、アカツキの攻撃で壊れたのか。アイツは聖属性の武器使っている。ありえない話じゃねえ。だとしたら…」
ガルバは愕然とする。
――心臓は戻せない。アンナが死ねば、俺様も死ぬ。