北部戦線
グティンラ国王の部屋で、ナイラはアカツキから近衛隊長の制服を受け取った。
「やっと受け取ったな」
「A級になり隊長服を着る自信が持てました」
「卿が一心不乱に鍛錬を積んでいたことは余も知っている」
「殿下は私をあっという間に越えていかれました。殿下に置いていかれまい。それだけを考えて剣を振りました」
「息子はいつか余を超える。そう言ったはずだ」
「己の不明を恥じます」
ナイラは薬草を取り出すとアカツキの前に置いた。
「何の真似だ?」
「滋養にいいと評判の薬草です。殿下が戦いに出るようになってからは、前線に立たれるお姿を見なくなりましたので」
アカツキは書棚の前に歩いていくと、歴史書を手に取った。
「余は世界の半分を手に入れた。巨大な国家にとって強敵は外にはいない」
「国内の大貴族のことでしょうか?」
「余が目を光らせなければ、良からぬことを考える。新しく得た領土の一部を与えてはいるが、大半は王家の直轄にしているからな」
「当然です。国王や殿下が戦わなければ、ここまで国が大きくなっていません」
「能力の無い人間ほど不満を貯める」
アカツキは歴史書を書棚に戻すと言った。
「余は爵位を一代限りにするつもりだ」
「…そんなことができるのでしょうか?」
「やる。血筋ではなく、能力のあるものが上に立つ。そうでなければ世界は守れない。竜騎士団を平民だけで組織しているのは、そのためだ。将来、竜騎士団は英雄ミカエルを支える家臣団となる」
「貴族たちの憎悪の対象にならないのでしょうか?」
「戦場では竜騎士団がミカエルを守る。王宮では卿が守れ」
「身命を賭して!」
ナイラが国王の部屋から出ようと扉を開けると、ナイラを押し退けてカムロンが入ってきた。
「北部方面団への増援はどうなりましたか!」
「砦を造り、守りに徹するよう命じた」
「兵は!」
「送らぬ」
「それでは勝てぬではありませんか! 陛下は世界統一なされるのでしょう!」
「北は不毛の地だ。急ぎ攻略する必要は無い」
「ああ、息子が哀れだ。国のため、あんなに健気に頑張っているというのに」
「愛する息子に手柄を取らせたいのなら、戦闘奴隷を買えば良い。余は止めぬ」
「心無いことをおっしゃる。敵の主な産業が奴隷輸出なのは知っているでしょう。市場に戦闘奴隷は一人も出ていませんわい」
「異形の国。スレイブキングダム。手の内がまだ見えぬ」
北の果て。永久凍土の地にスライブキングダムの壮大な王宮がある。いや、王宮だけがあるといったほうが正しい。街は無く。草木も無い。それでも数万の人が王宮で暮らしていた。国民ではない。奴隷であり、商品であった。
シャーキが4年前にここへ来てからは、戦闘奴隷の訓練と戦争しかやっていない。ビスカとは話すが、戦闘奴隷には命令するだけだ。奴隷の他は青白い体に魔石を埋め込まれたゾンビが働いていた。ビスカに言わせると戦闘奴隷に向いていない者は、売りに出すので王宮にはいないらしい。
シャーキは初めて国王に会ったときを思い出す。
魔石で装飾された玉座にはビスカに瓜二つの少年が座っていた。双子の兄だという。ビスカとは対照的な物静かで無口な少年だった。
「なぜ、こんな場所に国を? って思うよねー」
あるときビスカはシャーキに言った。
「膨大な魔石が眠っているのを兄さんが見つけたのさ。寒さでゾンビも腐らないし、僕にとっても最高の場所ってワケ。攻め込んでくる物好きもいないしねー。って思ってたらアカツキがちょっかい出してきて、やんなっちゃうよー」
「二人だけの国なのか?」
「二人の国ね。ボクには兄さんさえいればいい」
「奪われないようにしないとな」
「そのためにキミを雇ったんでしょ」
「ああ、我には戦いさえあればいい――」
「今日もガンガン減らしてきてねー」
後ろから声を掛けられ、シャーキは追憶から現実に戻った。
誰かはわかっている。この王宮で話しかけてくるのはビスカだけだ。
「敵は砦に籠って出てこない。攻めれば無駄死にが出る」
「あれれれ~。奴隷の命を気にするようになった?」
「戦力が減る」
「突っ込むだけしか知らないと思っていた」
「反乱軍時代に染みついた貧乏性だ。劣勢で戦い続ければ嫌でもこうなる」
「じゃあ、策を考えとくねー」
そう言うと、ビスカは去っていった。
シャーキは訓練場に入る。数万人の戦闘奴隷が訓練している光景を見ると力がみなぎるのがわかる。皆、熊の毛皮を着ていた。
「シングルス!」
シャーキが叫ぶと9人の戦闘奴隷が集まってくる。戦闘奴隷には名前の代わりに番号がつけられており、数字の小ささが強さを表していた。シャーキが狂戦士になるときは敵味方構わず切り刻む。9人はそんなときも、巻き込まれずに戦える実力を持っていた。
「砦の背後の村を潰す。麦を、命を、家族を、尊厳を、奪え!」
「「「ハッ!」」」
「ククク。相変わらず残酷だ。ですが、我らは奴隷。命令とあらば従うまで」
言葉とは裏腹にサードがうれしそうに笑った。
★
北部方面団の守備砦内にある食堂でチャーハンを食いながら、モンジが文句を言う。
「これじゃあ、火龍飯店と変わらねえじゃねえか」
「モンジが食べてるだけってこともね」
アンナが兵士たちの食べ終わった皿を片付ける。
「これのせいだポ」
厨房にいるアケビ―が背中を向ける。毛皮のコートの背には大きく『火龍飯店』の文字が刺繍で入っていた。店員ではないモンジは冬用のボアがついた軍服を着ている。
「しょうがないでしょ。休みを認めくれる条件がお店の宣伝って言われたんだから」
「僕たちが着く前に、守りを固める方針に変わっていたからね。敵が手を出してこなければ、討ち取る将軍にも会えない。戦争に参加しない僕たちは、ただの居候だ。うん、いい出汁が出ている」
ネスコはオタマでスープの味見をする。
食堂に荒々しい足音を立てて、オルゴがやってきた。一目で高価とわかるコートの下にはミスリルの鎧が輝いていた。
オルゴが憤慨する。
「団長は臆病だ! 周りの村が焼かれているというのに、戦おうとしない!」
「救出には行っているんでしょ?」
「間に合うものか。敵は風のように襲い、霧のように消えていく。根を絶たないでどうする!」
「お前も変わらねえよ。部隊を持っているんだろ? 独断専行しても手柄を上げりゃいい。違うか? 副団長様」
「機会があれば行く!」
「ありがてえ。退屈しなくてすむ」
「モンジ、煽らないの!」
ランブ―が大皿に山盛りになった肉団子を置いた。
「腹いっぱい食べなあ。イライラがおさまるよお」
★
その日の夜、モンジは団長の部屋に忍びこんだ。
天井に張り付いてベッドをのぞき込むと老人が寝息を立てていた。
――税を絞りとっておきながら、戦いもしねえで惰眠をむさぼる。こいつも腐った貴族だ。
老人がむくりと起きたので、モンジは気配を消した。
執務机に座ると、引き出しから酒と木の実を取り出す。
老人は酒を注ぎながらつぶやいた。
「酒は飲めるか? 若いの」
老人が魔法で蝋燭に火をつけると、机の上にグラスが二つあった。
モンジは天井から降りると、素早く短剣を両手で持つ。
「勘のいいジジイだ」
「飲めんのか?」
モンジが老人の背後に回り、首に短剣を当てた。
「殺すつもりはねえよ。腕が見たかっただけだ」
「肩を叩いてくれるのかと思ったわい」
「なっ!」
モンジの両手に握っていたはずの短剣が消え、グラスの横に並べられていた。
「手業はやるのも見抜くのも得意でな」
「…まさか、アンタは?」
モンジが老人の前に回り、火魔法で手から小さな炎を出す。
照らされた老人の顔を見て、モンジの瞳から涙が流れ落ちた。
「ずっと礼を言いたかった…」
「大きくなったな。モンジ・ヤラゴイエ」
両膝をついて泣くモンジの背を老人は優しく撫でた。
モンジを落ち着かせると椅子に座らせ、グラスを合わせる。
「再開の祝杯だ」
モンジが今までどう過ごしていたか話し、老人は嬉しそうに聞いていた。
盗賊になった話のときは悲しい顔をし、ガルバの話が出ると老人は喜んだ。
「いい師を見つけたな。ガルバ様ならお前が牢屋に入ることも盗賊になることもなかっただろう」
「何、言ってんだ! アンタのおかげで人に希望が持てた! 俺の心を育ててくれた!」
「それなら、わしは心の父親じゃのう」
老人がカラカラと笑ったとき、敵の侵入を告げる鐘の音が激しく鳴った――。




