港湾国家アバンドーノ
ガルバ一行が次に訪れた国、アバンドーノは面積こそ一つの都市程度だが、大きな港を持ち、商業が栄えていた。樹木の枝のように街の中に水路が通り、荷物を積んだ小舟が行きかう。
「ここに来ると元気になるわ」
アキがアンナたちにうれしそう言う。
「アキさん、来たことあるの?」
「大きな商いをしているのなら、必ず来る場所よ。若い国だから活気があるでしょう?」
「国を作ったのは誰なのですか?」
「魔王軍から逃れてきた人たちよ。流民になり、他国にも拒絶された人たちは、魔王軍から離れた湿地帯に住み着いた。彼らに選べたのは、畑に適さず、他国が捨てた土地しかなかったの。ただ、幸運なことに港に適した場所だったわ。彼らは漁業と水運で生きていくことを決めた。湿地を埋め立て、水路を整え、船を造った。そして建国したの」
「とんとん拍子だ」
「埋め立てた土地には何万人もの死者が眠っているわ。餓死や事故死。それでも彼らはこの土地と戦うしかなかった。皮肉なことに死者の欠員は流民が補い続けた」
「そう上手くはいかねえよな」
「アバンドーノって国の名前。捨てられた、という意味なの。あえてそう名付けたそうよ」
骨付き肉を食べていたガルバが笑う。
「いい名じゃねえか。人は誰しも何かを捨て、何かに捨てられて生きている」
「ガルバ様、それって悲しくない?」
ガルバが食べ終わった骨を捨てると、野良犬がくわえて走っていった。
「そうしねえと人は壊れる。世の中も回らねえ」
「意味わかんない。あたしはそんなことしないわ」
「それでいい。理解と感情は別だ。お前ら、この国で一番の料理を出すとこを探してこい」
アキが困った顔で答える。
「ここには世界中から有名な料理人が集まっています。どこが一番とは言えないかと」
「世界中からだと? 何で最初に言わねえ」
「ガルバ様と長く旅をしたくて。つい遠回りに…」
「お前なあ…、捨てるぞ」
「そんな! 私の体なら好きにして構いませんから。捨てるのだけは!」
アキはメイド服の胸元を開けると目をつぶった。
ガルバがアキの胸元に手を入れる。
「みんなが見ている前で恥ずかしい…。辱めの罰ですね」
「そうだ、お前の代わりにこれを捨てる」
ガルバの手にはお椀が二つあった。そのまま川へ投げ捨てる。
アキの胸がしぼんでいく。アキは膝を抱え込んで落ち込んだ。
「アキさん、気にしていたんだね」
「巨乳は肩凝り爆発しろ…」
ぶつぶつつぶやいているアキを無視してガルバが言う。
「美味いと評判の店を手分けして食べてこい。食べ終わったら不味いと叫べ」
「え~、そんなことしたくないわ」
「嫌だって!」
「修業だ」
「何の修業だよ!」
「鋼のメンタルが手に入る」
★
半日後、ガルバが飲んでいる酒場にアンナたちが集まった。
ルザンヌが歌っていたのでアンナが驚く。
「教頭先生ってあんなに歌が上手かったのね」
「一流の娼婦は歌と踊りも一流だ」
「アキさんは?」
「下だ」
アンナが床を見ると、アキが腕立てをしていた。
「Bの壁を超える。あしたのためのその一。大胸筋を鍛えるべし!」
「こんなところでも稽古しているなんて。この調子だとA級はすぐね」
「Aなんて最悪! 目指すのはDよ!」
アキの迫力にアンナは後ずさりする。
「よ、よくわからないけど頑張って…」
ガルバはアンナたち全員を見比べると、一人を指さした。
「お前が食った店にシュンカがいる」
アンナが首をかしげる。
「この人知らないわ。誰なの?」
「修業ら、なはったのらよ」
モンジの顔は原型がわからないほどボコボコに腫れあがっていた――。
★
モンジが袋叩きにあった店に行くと『火龍飯店』の看板があった。
5階建ての店内はテーブルも椅子も大理石でできており、上に行くほど豪華な席になっている。吹き抜けになった中央には噴水があった。
「素敵だわ!」
「凄く儲かってるポ」
「値段が高いのに流行っている理由は料理だけじゃなさそうだよ。あれを見て」
ネスコの視線の先では、調理人がお客の目の前で火魔法をつかって肉や魚を焼いていた。
「わあ、凄い!」
「見世物としてもいいですね。知り合いを連れてきたくなります」
「商人の接待にもよく使われているのよ。旦那様は高すぎるといって使わないけど」
ガルバが店の奥に向かって歩いていく。
「ここで間違いねえ」
店員の制止を無視してガルバは進んでいき、厨房のドアを蹴破った。
「シュンカ・オーバ! ここにいるんだろ!」
厨房にいる料理人たちの顔が強張る。
「何ですかあなたは! そのような名の者はおりません!」
「もうわかった。あの派手な頭を見ればな」
厨房の一番奥にアフロヘア―に褐色の肌。ファイアパターンの入ったコックコートを着た人間がいた。
「シュンカ! お仕置きの時間だ!」
「その名前で呼ぶなって、やばっ! お兄ぃだ」
シュンカと呼ばれた女は黒円を出すと、逃げるように中へ入った。
すかさず、足首をガルバが掴む。
「逃がすかよ」
「やだ!」
黒円から炎が噴き出し、ガルバの体が焼かれる。
「ウラァッ!」
黒円からシュンカを引っこ抜き、そのまま壁に叩きつけた。
シュンカは起き上がると、両足から炎を噴射させた。
体が浮くと、厨房から飛び出した。
「待ちやがれ!」
ガルバが追って厨房を出ると、吹き抜けの上のほうで浮いていた。
アンナたちが目を丸くする。
「空を飛んでるわ!」
「足から炎が噴き出ている。火魔法でそんなことができるのか」
「できるのはオーナーだけだ」
長いコック帽をかぶった料理人が答えた。
シュンカが両手を掲げると炎が発生し、大きくなっていった。
長いコック帽をかぶった料理人が鉄鍋を叩いて叫ぶ。
「お客様に申し上げます! 速やかにテーブルを立てて、体を隠してください。顔を出した方の命の保証はいたしません! 料理人はテーブルが持ち上がらない人を手伝って!」
「「「はいっ!」」」
料理人が店内に散る。
「噴火孤島」
シュンカが炎を放つ。ガルバの立っている場所が噴き出すように燃え上がる。
「大蝙蝠」
ガルバが背負った血喰い剣から黒い翼が生えると、宙へ舞い上がった。
「お兄ぃ、剣を使わなくていいの?」
「女は斬らねえ。ぶん殴るだけだ。紳士だろ?」
「殴りっこなら、付き合うよ。火炎魔人!」
シュンカの体を赤い炎が包み、鎧のようになった。
ガルバに炎のパンチを浴びせる。
「大魔導士だと思って油断したでしょ。パーティーを離れても一人で戦えるように考えたんだ」
「ガキのいたずらだな」
「そう? 防戦一方でお気に入りの鎧が壊れ始めているじゃん」
「殴る場所を探していたんだよ!」
ガルバはシュンカのお尻を叩いた。
「キャン!」
シュンカは吹っ飛んで柱に叩きつけられた。
崩れかかった柱を背に立ち上がる。
「怒ったよ。お兄ぃ―――――っ!!!」
シュンカを包む炎が赤から青に変わる。
長いコック帽をかぶった料理人が叫ぶ。
「オーナー青い炎はダメです! 店が潰れます!」
シュンカが立っている床と後ろの柱が沸騰したように溶けていた。
「ヤバっ!」
シュンカが慌てて炎を赤色に戻した。
「隙見せちゃったら、来ちゃうよねー」
シュンカの目の前にガルバの拳があった――。
数分後。シュンカはお尻の痛みで目を覚ました。
ガルバの脇に抱えられ、お尻ペンペンされている。
「ごめんよ! お兄ぃ」
「裏切った理由を言えば、止めてやる」
「ほんと! アレをくれるって言ったから」
シュンカは小さな瓶を指さした。ネスコが持ってくると黒い粉が入っている
「胡椒―――か」
「さすが物知りだね。肉がめっちゃ上手くなるの。お詫びに一振りだけあげる」
「こんな…、こんなものために俺様は20年も封印を…」
「お兄ぃにはスパイスの価値をわからないかー。ほら言ったでしょ。ねえ早くおろしてよ」
「このアホウが! 尻が無くなるまで叩く!」
「キャン!」
一時間後、シュンカの尻は無くならず2倍になった。
「オーゲンラバリを知っているな」
「お兄ぃが持っていた、ウネウネ動くきしょい手袋でしょ」
噴水にお尻をつけながらシュンカが答える。
「持っているのなら出せ」
「んなわけないじゃん。あんな腕が腐り落ちちゃう手袋」
――嘘をついている様子はねえ。だとしたらエルザか。
ガルバが考えていると、ネスコがやってきてシュンカに頭を下げた。
「僕をここで雇ってもらえませんか」
「あんた誰?」
「俺様の弟子だ。ネスコ、何のつもりだ?」
「火魔法を学びたいんです。死霊導師との戦いのとき、火魔法が使えれば、王子の力を借りずに逃げられたかもしれない」
「死霊導師? あいつ、アタイの顔を見るといつも逃げたよねー」
「お前との相性は最悪だからな」
「やっぱり、火魔法に弱いんですね」
「言いたかねえが、こいつの火魔法はレベルが違う」
「えっへん」
シュンカは胸をそらし、バランスを崩して噴水に落ちた。
ネスコがガルバをまっすぐ見る。
「弱くても構わない。このままだと王子との差が開いていくだけです!」
「あたしも!」
「オイラも!」
「僕ポ!」
「おでもお!」
「いいらほ、しひょー」
ガルバの眉がピクリと動く。
「アカツキのガキに負けるのだけは許さん。シュンカ、こいつらを雇え」
「いいよー。立派な料理人してあげる」
「「「やったー」」」
シュンカの好意でアンナたちは火龍飯店に入店することになった。




