オーゲンラバリ
迷林山の広場の丸太が積み上げられた上に座り、シムタラの話を聞いていたガルバが最初に言った言葉は「話が長え」だった。
「要は冒険者ギルドを守ろうとして、俺様を裏切ったけど、アカツキにハメられて山へ逃げこんだ間抜けって話だろう」
「詳しい事情を話したほうがよいかと思いまして」
「事情? お前の言い訳を延々聞かされただけだ」
「すいません…」
「マロッキが言った通り、お前は損切りできねえ未練タラ夫だ。勝負センスがねえ。センスがあればゴードに俺様を裏切らせなかった。なぜなら、俺様ならギルドを守れるからだ」
「どうやってですか? 依頼が激減したのですよ!」
「タラ夫は黙ってろ」
ガルバは立ち上がると宣言する
「俺様がギルドを復活させる! てめえらを冒険者に戻す! ワクワクする気持ちと、ヒリヒリする日常を帰してやる! だから従え!」
兵士たちがざわめき、ゴードを見る。
「ガルバ、ギルドば本当に復活させると信じてもいいのか」
「信じるのは信者だろ? 冒険者なら賭けろ」
「良か!」
話がまとまると、ガルバは最初の依頼として隣にある無林山の鉱山開発をあげた。
それじゃ、鉱夫じゃないかと不満を漏らす兵士もいたが、なら冒険から降りろ、というと皆、黙った。
「おいが一気にやれば良か」
「やめろ。お前の馬鹿力じゃ崖が崩れる。見ろ、さっきの一撃で山が欠けている。お前はミスリル鉱脈から山の麓までの道慣らしでもしてろ。おい、タラ夫!」
「…役立たずの私に何か用ですか?」
先ほど叱られたシムタラは拗ねた様子で答える。
「転移魔法だけ練習しろ。お前ならでかい黒円も作れるはずだ。そうだろ? ゴード」
「おまんは役立たずじゃなか」
「ゴードは俺様がいれば大丈夫だ。後悔を忘れるぐらい魔法に打ち込め。A級になれたんだ。そっちなら役にも立つ。冒険者になって一流の魔術師になるのが夢だったんだろ」
「うっ…。ありがとうございます…。やってみます。魔法だけを考えて」
シムタラの目から涙があふれ、顎を伝って落ちていった。
「さて、もう一人、親離れさせなきゃいけねえ奴がいたんだが…」
ガルバがシャーキの姿を探したが見つからなかった。
「家出か。まあ、グレるのも親離れみてえなもんだ。気にするな。子離れのいい機会――」
そこで言葉を止めるとガルバは辺りを見回す。
「そういや、俺様の弟子は?」
「あれはおもしろか童だ」
「感想は聞いてねえ。どこにいる?」
ゴードはシムタラを見ると、シムタラは首を振った。
「たぶん、下山ばして迷うとる」
ガルバは舌打ちをすると、右手を上げた。宙に黒円が現れる。
「探しば行くのか?」
「馬鹿言うな。俺様は子離れできてる」
「おまん、変なクセばできたのう」
「クセ?」
「よく左胸に手をあてとろうが」
「………」
ガルバは無意識に左胸に手を当てていたことに気づき、わざと不機嫌におろした。
そして黒円の中に入ろうとしたとき、ルザンヌが駆け寄ってきてガルバの腕を掴む。
「ガルちゃ~ん、一人でいいとこに行くんでしょ」
「すぐ終わる。待ってろ」
「むさくるしい男の中にいたら、あっという間に犯されちゃうわ」
胸の谷間を見せながら、クネクネするルザンヌに呆れると、ガルバは二人で黒円の中に入っていった。
★
鬱蒼と木が生い茂った林の中、生きることに疲れた老婆を思わせる洋館があった。洋館の窓に浮かぶぼんやりとした灯りと、細くつながる道が草木に覆われていなければ、この館に主がいるとは思わないだろう。
洋館の正面に黒円が現れると、ガルバとルザンヌが中から出てきた。
ルザンヌが周りを見て怪訝な顔をする。
「いいとこには…、見えないわね。ちょっと、入るつもり?」
ガルバは洋館の扉を開けると、暗い廊下を進んだ。突き当りの部屋には扉の代わりに分厚い紫の布が二枚垂れ下がっている。布の真ん中を分けるように入ると、しゃがれた声がガルバを出迎えた。
「クレームは受け付けてないよ!」
「フッ。いまも呪具商いは続けているみてえだな」
「ガルちゃん、ババアが趣味になったの?」
ルザンヌが見たのは顔に幾重もの皺を刻み込んだ老女だった。
「それに部屋は汚いのに、棚に並べてある武器や道具はピッカピカ。変だわ」
「誰だいアンタら。知った風な口を聞くが、こっちは見覚えないよ」
「この顔を知らねえのなら、初代からの言いつけを守ってねえってことだな」
「なんじゃと?」
「呪具の他に毎日、手入れしろって言われてるもんがあっただろ」
老女はハッとして、立ち上がると床に無造作に置いてあった、額縁を手に取った。
腕で額縁のホコリをぬぐうと、肖像画が見える。描かれていた顔はガルバだった。
「まさか、あんたがガルバ様なのかい?」
老婆はガルバの肖像画を前に出す。ガルバの顔には落書きが描き足されていた。
ガルバのこめかみに血管が浮き上がる。
「そりゃ、すぐにわかんねえよな。スポンサーを舐めてんのか!」
「わしだけじゃない! 代々書き足されていったんじゃ!」
「代々ってどういうこと?」
「ガルバ様はね。不老不死の化け物なんじゃ!」
ルザンヌは肖像画を手に取るとガルバと何度も見返した。
持つ手が震えている。
「封印されていたから老けてないと思ってたけど、この絵とも変わってない…」
「そうじゃろ、そうじゃろ。早く逃げたほうがいい」
その瞳に喜色が浮かび上がってくるのを見た老婆が訝しげに言う。
「ア、アンタ、怖くないのかい?」
「究極のアンチエイジングだわ!!」
「へ!?」
「ガルちゃん、どんな美容法なの! 私にも教えてよ~!」
「やめておくんじゃ。ガルバ様に関わると、我が一族のように代々、呪われるぞ」
老婆が肖像画を磨きながら言うと、ルザンヌは同情の目を向けた。
「呪いをかけたの? なんか可哀そう?」
「逆だ。このババアの先祖が俺様に呪いをかけた」
「どういうこと?」
「めんどくせえな。ババア、お前が話せ」
老婆が目を瞑って必死に思い出す。
「あ~、確か、初代から語り継がれておる話では、昔のガルバ様は凄腕の山師として、数々の鉱山を見つけておってな。皆、どうやって探しているのかを知ろうと、あの手この手でガルバ様に近づいた。しかし、ガルバ様は極端な無口で、欲も無く、誰も相手にしなかったそうじゃ」
「ちょ、ちょっと待って! 無口って、本当にガルちゃんなの?」
ルザンヌは目を丸くしてガルバを見るが、ガルバは顎を動かして老婆に先を促した。
「だが、初代様は頭が違った。呪具商人をやっておった初代は呪いの猿ぐつわをガルバ様が寝ている間につけたのじゃ」
「呪いの猿ぐつわ?」
「昔、悪趣味な領主がおってな。罪人を処刑する前に正直に話せば無罪にすると約束した。しかし処刑場に出る前に猿ぐつわをさせられた。罪人は必死で話そうとするができるわけがない。領主は無残に斬り殺されるのを見て、笑いながら酒を飲んでいたそうな」
「いったん希望を見せて殺すのね。ひどい話だわ」
「罪人たちの話せなかったという怨念は呪いとして猿ぐつわに宿った。猿ぐつわにはいくつもの口が浮かびあがり、つけられたものは猿ぐつわが本人に変わって何でも正直に話す。それが呪いの猿ぐつわじゃ」
「それでガルちゃんは全部話したの?」
「ところがじゃ! 無口なガルバ様は、横暴で傲岸なガルバ様に変わったのじゃ。恐ろしや。初代様は殺されまいと逃げに逃げた。何か国も、何十年も。しかし、とうとうガルバ様に見つかり、この館の中で呪具商人として大量の呪具の管理をさせられることになったのじゃ…。その子も、孫も、何代も何代も! あ~、恐ろしや、恐ろしや」
「なんかどっちもどっちだけど、二代目からはかわいそうね」
「何言ってやがる。俺様の金で何代も何不自由の無い生活をしていた。何代も続いているってことは、結婚して子を育てているってことだ」
「あら、そういえばそうね。お子さんはいるの?」
「旦那も子も逃げたわい。なんせ20年も送金が止まったからのう。魔王がいなくなった後は呪具もとんと売れなくなった」
「あ~、ガルちゃん、封印されていたものね」
「肖像画に落書きしたい気持ちもわかるじゃろ?」
「やっぱり、てめえ一人で描いたんじゃねえか」
ガルバは拳を鳴らす。
「ヒィっ!!」
「お仕置きの前にチャンスをやる。オーゲンラバリの在り処を知っているか? 右手袋のほうだ。呪具の情報収集もお前らの一族に命じたはずだ」
「ま、待つんじゃ!」
老婆は台帳らしきものを取り出すと、指を舐めてめくっていく。
「おお! 10年前の記録にあったわい。オーゲンラバリの持ち主の情報を売りに来た男がおった」
「良かったわね、ガルちゃん」
「<唯王独尊>の女メンバーで――」
「<唯王独尊>だと!? エルザか! シュンカか!」
「名は…、名は…」
「早く言え!」
「書いてあるのはここまでじゃ」
「なんで最後まで聞いてねえ!」
「情報料を払えなかったんじゃよ。送金が無かったから仕方ないじゃろう! 文句の前に金じゃ、金!」
ガルバはミスリル鉱石を取り出した。
「とりあえず、これで黙れ。金が出来たらまた送る」
「老婆の弱脚で遠くの町まで売りに行けとな。あー、むごいお人じゃ」
「ババア、これで頭をかち割ってやろうか」
ルザンヌは手から指輪を一つ抜くと、机の上に置いた。
「おばあちゃん、ガルちゃんのことを教えてくれたお礼よ。今度、またいろんな話を聞かせて」
「おお、いいとも、いいとも。ガルバ様よりよほど良いスポンサーじゃて」
「言ってろ、ババア」
ガルバは黒円を発現させると、ルザンヌとともに中に消えた。
★
バンテ王国。
大陸の南端にあるこの小国の国王は王子の寝室で、何十年ぶりに頭を下げていた。
ベッドでは王子が気持ちよさそうに寝息を立てている。
「王子を救ってくれて感謝する。大司教殿は命の恩人だ。しかし、この死体は…」
大司教と呼ばれた女は道具を見るように死体を見た。
「ああ、神への供物です」
「そ、そうか。約束通り、諸国連合入りは考えよう」
「考える? 決めるという約束でしたが?」
「国の大事に関わることだ。大臣とも諮らねばならぬ」
「いつまで待てば?」
「期日は約束できぬ」
「…なるほど、小国なわけだ。王が愚物ではな」
「無礼者!」
「フフフ、恩人ではなかったのか? 臓器強盗の手袋」
大司教は素早く王の体に手を突き刺すと臓器を抜き取った。
「グハっ! 余の体に何をした!」
「少し軽くしただけだ。連合入りの血盟書を用意しろ。期日は求めないが、早くしたほうがいい。貴様の体は長く持たない」
大司教はウネウネとした黒手袋の上で臓器を弄ぶ。
「その忌まわしさ…。邪教の大司教というのは本当だったのだな。近衛兵入れ! 王を脅す不届き者を捕らえよ! 賢者よ、死にたくなければそれを早く戻せ。その後は、たっぷりと犯してやる。ぐふふふ」
しかし、部屋には誰も入ってこなかった。扉を叩く音だけが王の耳に聞こえてくる
「鍵は開いている。さっさと入ってこんか!」
王が振り向くと扉が厚い氷で閉ざされていた。氷が部屋全体に広がっていく。
「これは…」
「私をこれ以上、煩わせるな」
「は、はいいいいっ!!」
王は紙を取り出すと、急いで文章を書いて血判を押した。
「これでよろしいでしょうか」
「ご苦労」
大司教は血盟書を受け取ると臓器を握りつぶした。
「そんな! 約束が!」
「貴様に腎臓二つはもったいない」
大司教が手をかざすと部屋の氷は消えた。
王に一瞥もせずに大司教が部屋から出ると、近衛兵が何人も倒れていた。
漆黒の肌の修道女が人の太ももの骨を指先でくるくる回しながら言う。
「必要なかったみたいだねー。エルザ様」
大司教はフードを脱ぐと頭を振る。美しい緑髪が広がった。
「反乱軍のその後は?」
「興味なーい。アカツキ相手じゃ負けるに決まってるしー」
「残党を他の国へ逃がせ」
「えー、全滅してるってー」
「ゴードなら一人でも多く助けようとする」
「はいはい、わかりましたー。行きますよー」
「もし、ゴードの命が消えていたら――」
エルザが手のひらを広げると冷気が集中し、美しい氷の花が一輪できた。
「彼に捧げて」




