17年前<三公の乱>
魔王封印後から3年。王国の作物収穫量は増え、餓死者や流民は見なくなった。人々の生活の安定にともない、商人の活動も盛んになっていた。
だが、反比例するようにギルドは衰退していく。
依頼が減ると競争原理が働き、魔物一匹あたりの討伐単価は下がる。乱獲が始まり、魔物は急激にいなくなった。
魔王封印後、3年も経つと魔物討伐の依頼書は珍しい存在に変わっていた。
シムタラはゴードに尋ねたことがある。
「冒険者が乱獲しているとはいえ、ここまで魔物が減るものなのでしょうか?」
「皆、魔物と獣と同じと勘違いしとる。魔物は繁殖せん」
「そうなのですか?」
「ガルバがそう言うとった」
魔王に聞いたのならわかるが、なぜガルバが知っているのか不思議だった。
ゴードは、ガルバは物知りだからの、としか言わなかった。
冒険者の数は5万人から2万人にまで減った。
まず、帰る場所がある貴族出身者と潰しの利く回復術士が去り、蓄えを貯めていた冒険者は田舎でスローライフを送るといって旅立っていった。
悲惨なのはどこにも行き場の無い冒険者である。
例外無くといっていいほど盗賊に落ちていった。
王都周辺に十を超える盗賊団が生まれ、ギルドの掲示板には魔物に代わり、盗賊団の討伐依頼が張られるようになった。
3年前のパレードで抱き合って喜んでいた者同士が殺しあう状況を知ると、ゴードはギルド長室から出てこなくなり、皆で盗賊をやれば良か、それなら殺し合いせんで良か、と言って、シムタラを困らせた。
ゴードが頼みにしているアカツキは、騎士団長になり、王女との結婚まで果たしていた。
しかし、アカツキに対するやっかみは多く、国政の場への参加に難色を示す貴族が多かった。遊撃隊として冒険者を雇う計画は、提言すらできていないらしい。
エルザも王宮魔術師長になり、王子の信頼を得てはいたが1年前に王都を去った。今は学問好きで有名なガノー公爵家に賓客として招かれている。
王位継承権1位の王子アレックスの結婚相手は未来の王妃が約束されているため、王女を狙ったアカツキとは比にならないほどエルザのライバルが多かった。その中でも最大の有力候補はカジノフ公爵の令嬢アリーナで、シムタラの闇ギルドでも、アリーナ以外の花嫁候補への妨害工作の依頼を請け負っていた。王宮内でエルザと親しくしていた貴族を暗殺したこともある。
エルザの邪魔をすることになるので悩んだが、カジノフ公爵に試されていると思った。
大賢者の敵に回れる覚悟はあるかと、問われているような気がした。
依頼をやり遂げると、カジノフに直接会うことを許されるようになった。
アレックス王子とアリーナの結婚が決まると、カジノフ家の門前には祝賀の礼物を持った貴族たちが列をなした。国王は病気がちで、王子アレックスが国王になるのは時間の問題だったからだ。そうなればカジノフは国王の義父になる。
シムタラは我が世の春を謳歌しているカジノフに、まだ繁栄の頂点では無いと、説き続けた。
「王家を握った今こそ、他国に戦争を仕掛け、カジノフ家の領土を拡げる機会です。その尖兵として、ギルドの冒険者は必ずやお役に立てるでしょう」
「考えておこう」
即答こそしなかったが、カジノフの目が興味を示したのをシムタラは見逃さなかった。
ギルドへ帰る足どりも自然と速くなる。
「賭けに勝った。あと少し、あと少しでギルド長にすべてを話せる」
シムタラはその日、シャーキやモトクたち6人を呼んで、高級レストラン「カプリシャス」で祝杯をあげた。
この店は大魔導士シュンカ・オーバがオーナー兼料理長で、メニューは「気まぐれシェフのコース」しかないが、人気も値段も王国一だ。
最高級店で食事ができるほど、闇ギルドのメンバーは多額の報酬を得ていた。その代わり、闇ギルド創設時11人いたメンバーのうち、5人はこの世から去っている。
散々、飲み明かした後、会計室で寝ていたシムタラを起こしたのはゴードだった。
いつにない険しい表情のゴードを見て、シムタラは闇ギルドの存在がゴードにバレたと思った。この日のために想定していた説明を、二日酔いの頭の中から引き出す。
「ギルド長、申し訳ございません。これには訳が…」
「王子が死んだ」
「…何ですって?」
「落馬だ」
シムタラは何か言おうとしたが胃が締め付けられて、言葉にならず、嘔吐した。
その姿を見てゴードは静かに言った。
「おまんにとって悪か知らせか…」
その日のうちに王都で政変が起こる。
アカツキは王子が暗殺された可能性があるとして近衛兵の責任を問い、国王が病で臥せっている寝室の警護を近衛隊から騎士団の受け持ちに変えると、大臣はおろか王妃とも面会させないようにした。看病は妻である王女ソフィーがしている。
そして、国王の言葉としてソフィーを王位継承権1位にすると王国中に発布した。
当然、アカツキの強引なやり方に、貴族たちは猛反発した。元々、王女との結婚でさえ、平民の思い上がりと、苦々しく思っていた貴族たちである。王都のあちこちで貴族たちが、反アカツキの会合を行い始めた。
しかし、王都での最大戦力は騎士団である。アカツキは国王の意思に従わない者として、貴族たちの会合を次々と摘発していった。
一週間も経たないうちに、反アカツキ派の貴族たちは王都内にいられなくなり、自分の所領に戻っていった。結果、王都はアカツキに掌握されることになる。
カジノフをはじめとする派閥の領袖は、「君側の奸、アカツキを討つ」を合言葉に反アカツキ連合を組む。その勢力は王国の8割にも及んだ。同時に貴族出身者で構成されている騎士団から離脱者が相次ぎ、騎士団の戦力は半分以下に落ちた。
そんな折、アカツキがギルドへやってきた。
ギルド長室でゴードとシムタラが応対する。
「単刀直入に言おう。カジノフ公爵の首が欲しい」
「カジノフば十万を超える兵ば持っとる。簡単じゃ無か」
「その男なら容易に近づけるはずだ。暗殺もお手の物だろう」
アカツキの言葉でシムタラは心臓が止まりそうになった。
「なぜ、知っているという顔だな。私の盟友を紹介しよう」
ギルド長室に入ってきたのは、カジノフ公爵の屋敷で見たことがある顔だった。
おかっぱ頭の男は、こんな安物しか無いのかという顔をして、木の椅子に座る。
「アッカ・カムロン伯爵だ。<壁耳>の異名は聞いたことがあるだろう? 王都で彼の耳に入らぬ情報は無い」
「カムロン伯爵はカジノフ内務大臣の側近だったのでは…」
「カジノフ公は更迭した。今は伯爵が内務大臣だ」
「いったい、いつから…」
シムタラの背中を汗が濡らしていく。
――カムロンは諜報のプロだ。裏切りがずっと前からであれば、闇ギルドがやった悪辣な行為もすべて握られているだろう。
「そやつが行った罪状を紙に記せば、一冊の本になる。触りだけ聞かせてやろうか?」
「やめてください!!」
シムタラはへたり込み嘔吐した。震えるその姿は罪の意識に押しつぶされているように見えた。救いが無いことに、シムタラの恐れは、殺した者たちへの罪ではなく、ゴードを騙し続けた罪だった。
「聞く必要は無か。全部、おいが命じた」
カムロンがアカツキと目配せする。
「私の調べでは、ギルド長に隠れてやっていたようだが――」
「おいが命じた!!」
怒気を含んだ一喝が部屋全体を震わせる。
「ヒッ!」
カムロンが驚いて椅子から転げ落ちた。
「すまない。しばらく会わないうちに貴様の性格を忘れていた。今日は帰るとしよう。ゴード、カジノフの首を取れば、その勲功をもって、これまでの罪を赦免し、ギルドを遊撃隊として扱うこともできる。良く考えてくれ」
アカツキはそう言って部屋から出て行った。
カムロンは立ち上がると威厳を示すように胸をそらす。
「明日、カジノフ公爵からの密使がここに来る。何を言うつもりかは知らないがね。ギルド長はそやつと相談したほうがいい。多少は知恵が回りそうだ。それと、この椅子は変えたほうがいい。座りづらくて転げ落ちてしまったわい」
カムロンが去り、二人きりになるとシムタラは、ゴードに闇ギルドのことを洗いざらい話した。
その間、シムタラはずっと頭を下げていた。謝罪の気持ちとゴードがどういう目で自分を見ているのかを知るのが怖かった。
ゴードもシムタラの気持ちを察したのか、ずっと窓の外を見ていた。
すべてを聞いたゴードは静かに言った。
「ギルドはおまんらに守られとったか。おいは弱か」
「そんなことはありません! 英雄ゴードは最強です! 私は冒険者たちの太陽を汚したくなかった!」
「おまんらが汚れるのも無か!!」
ゴードの一喝が再び部屋を震わせる。
「間違いは直せば良か。闇ギルドは――」
「すぐに解散いたします。ですが、最後にカジノフ公の暗殺だけ許していただけないでしょうか?」
「無か」
「しかし、それでは、闇ギルドの罪が明らかになってしまいます」
「まだ、アカツキの勝ちは決まって無か」
ゴードの言葉でシムタラは我に返る。
――ギルド長の言う通りだ。カムロンが裏切ったとて、戦力的にアカツキが不利なのは変わっていない。カムロンの諜報部隊は脅威だが、戦力の差を埋めるほどとは思えない。
「…カジノフ公についてアカツキを倒しましょう」
次の日、カムロンの言った通り、カジノフ公爵からの密使が文書を渡しに来た。カジノフ公爵の近くに内通者がいるのは確実だろう。だが、密使が来るとわかっていてもカムロンが阻止するのは不可能だ。密使は転移魔法を使う。
ギルド長室に黒円が発現した。大皿程度までしか拡がらず、そこから腕だけが出てくる。手にはカジノフ公爵家の蝋封がされた手紙を持っていた。
シムタラが手紙を受け取ると、腕が引っ込められ、黒円も消えた。
「ちっこい転移だ。カジノフには良か魔術師がおらんの」
「そんなことは無いとは思うのですが…」
シムタラが手紙の内容をゴードに読んで聞かせる。
対立していた王国の三大派閥、カジノフ公爵派、ガノー公爵派、ノマタイ公爵派が反アカツキで結束し、強固な貴族連合ができたこと、次に<唯王独尊>の大賢者エルザ・ホイスーンがガノー公爵家に、魔導士シュンカ・オーバがノマタイ公爵家に加わったことが記されていた。
そして、最後にカジノフ公からの依頼内容が書かれていた。
『勝利をより確実にするため、王女ソフィーを暗殺せよ。成し遂げれば、冒険者すべてをカジノフ公爵家で雇うことを約束する』
シムタラが手紙を読み終わると、ゴードが拳を机に叩きつけた。
机が粉砕され破片が飛び散る。
「無か!!」
ゴードが仁王立ちでシムタラに命令をする。
「アカツキもカジノフも好かん! 冒険者を集めろ。王都を出る!」
「どこへ行くのですか?」
「ガノーとノマタイに会う」
「我々を受け入れてくれるでしょうか?」
「エルザとシュンカを通せば良か」
「承知しました」
シムタラは部屋を出ると、すぐに冒険者を招集するようギルド職員に指示を出した。
しかし、シムタラにはガノー公爵やノマタイ公爵が2万人もの冒険者受け入れてくれるとは考えられない。むしろ、アカツキかカジノフのどちらかの依頼を受けたほうが良いと思った。
シムタラは井戸へ行くと頭から水をかぶると、自分に言い聞かせる。
「迷うな、シムタラ。ギルド長についていくことだけを考えろ」
「何があったか、すべて話せ」
「昨日、アカツキが来てからゴードが何度も怒声をあげていた。珍しいことだ」
シムタラが顔をあげるとシャーキとモトクが側にいた。
モトクが顔を近づける。
「闇ギルドメンバーには隠し事は無しって約束だったよな」
「ギルド長にすべてバレました」
「おいおい、さっさと逃げねえとヤベえな」
モトクが逃げようとすると、シャーキは鉤爪を飛び出させてモトクの首に突き付けた。
「闇ギルドを抜けるのは死ぬときだ」
「何言ってやがる。バレた時点で闇ギルドは終わりなんだよ」
「シムタラ、ゴードは何と言った?」
「すべての罪は自分にあると言われた。そして私たちを許すと」
モトクの顔が神妙になる。
「そうか…、俺たちゃ、いい親分を持ったな」
シャーキが鉤爪をシムタラに突きつける。
「ゴードに罪を被せる気なら、今ここで貴様を殺す!」
「そんなわけないでしょう! だから王都を離れるのです。さあ、あなたたちも出立の準備をしてください」
「まだ、貴様が迷っている理由を聞いてない」
「そうだったな。今の話で迷うことなんてあったか?」
シムタラは声を潜めると、アカツキとカジノフ公の依頼の件を話した。
モトクは腕を組む。
「どっちもヤベえ相手だな。十中八九全滅する」
「考える必要はありません。私はギルド長に闇ギルドを解散すると言いました。だから、依頼は受けません」
「なら、なぜ迷う」
シャーキの視線を裂けるようにシムタラは横を向いた。
「私は迷ってはいません」
「そうか。俺は今晩王宮に行く」
「シャーキ!」
「報酬はいらない。だから貴様には関係がない」
立ち去ろうとするシャーキの背にモトクが声を掛ける。
「おめえ、王宮に入ったことねえだろ。俺のパーティーはカジノフのお姫様の恋敵を消すために何度か潜入している。部屋の前まで道案内してやるよ」
「モトク! あなたまで何を言うのです!」
「田舎モンに王宮を案内するだけだ。自殺願望はねえよ」
「ですが!」
モトクがシムタラの肩を掴む。
「B級魔術師のライセンスを取ったんだって。報酬をもらって楽しんでいた俺たちと違い、おめえが闇ギルドの報酬を受け取らずにコツコツとやってきたことは、みーんな知っている。おめえは報われなきゃならねえ」
「モトク…」
「俺たちを待たずに冒険者を連れて王都を出ろ。王女の暗殺は大事件だ。成否は王都にいなくてもわかる。おめえはゴードの側にいなくちゃいけねえ男だ」
モトクは肩から手を離すと、照れ臭そうに笑う。
「この辺でやめとこう。ガラにもねえこと言うと死神に鼻で笑われちまう。って、おい! シャーキ! 道案内を置いていってどうする」
二人が去った後、シムタラは井戸の水を被った。
迷いを振り払うためではなく、涙を隠すために。




