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捨てる神あれば呪う騎士あり~師匠と弟子の物語~  作者: キムラナオト
山の王編
26/65

20年前<生存戦略>

「到頭、この日がやってきた」


 今から20年前の夏。

 シムタラは冒険者ギルド館のギルド長室から、凱旋パレードを見下ろしていた。

 魔王討伐という大殊勲をあげた<唯王独尊>のリーダー、アレックス王子が白馬に乗って先頭に立ち、アカツキ、シュンカ、エルザ、ゴードと続く。


 王都中の民が歓喜に湧くお祭り状態の中、シムタラは一人、気を引き締めていた。


「これからギルドを守るための戦いが始まる。見えない闇の中で…」


 シムタラは机の上に拡げたリストを見る。

 貴族の名前が並び、財力、私兵の数、住民からの信頼度、敵対貴族などが書かれており、最後に評価が記されていた。ギルド発注で冒険者に調査を依頼して作成した資料だ。


 シムタラが一年前に考えたのは情報を売ることだった。

 ある程度、情報が集まったとき、マロッキに相談したが一笑に付された。


「情報は嗅ぎまわれば数は集まる。たが、鼻が悪ければ間違え、頭が悪ければ分析を誤る。ここの冒険者の半分は読み書きすらできない。闘犬は猟犬とは違う。現に間違いだらけだ」


「なぜ、そんなことがわかるのです」


「貴族の社交場で得た情報と全然違う」


 シムタラは努力を笑われたことで、ムキになった。


「社交場こそ貴族の見栄の張り合いで、真の情報は無いのではないのですか?」


「当然、見栄というバイアスを差っ引いて考えるさ。それに酒は人の本音をあぶりだす。特に悪意というやつをね」


 マロッキに忠告を受けても、シムタラはあきらめなかった。

 貴族に売り込みに歩き、断られ続けた。

 情報の質の前に、平民が多数を占める冒険者ギルドというものが、貴族にとって信用されていなかったのだ。


「貴族たちの態度を見る限り、アカツキの王族入りも難しいものになる」


 そう思うと、王国軍の遊撃隊としての雇用もあてにはできなかった。

 途方に暮れながらも、他に策が浮かばないシムタラは惰性で貴族を回り続けた。

 そうすると、一人の老いた貴族がシムタラに言った。


「情報はいい。それより秘密の依頼を受けてくれぬか?」


 落ち窪んだ目でそう問いかける老貴族は、多くの妻妾と過酷な税の取り立てで有名だった。

 思いがけない言葉にシムタラは喜んだ。この老貴族の依頼にギルド生き残りの手がかりがあるかもしれないと思った。


「ぜひ! やらせてください!」


 だが、老貴族が続けた言葉はシムタラの心を暗くした。


「領内で農民をまとめて、文句を言ってくる愚か者がおってのう。そやつを殺してほしい。無論、わしに火の粉が降りかかるようでは困るぞ。賊に殺されたか、魔物に食われたか。やり方は任せる」


 重税にあえぐ農民の抗議を暗殺で解決しようという卑劣さえに、シムタラは怒りを覚えたが、表情に出ないよう必死でこらえる。


「上手くやれば他の貴族を紹介してやらんこともない」


 この言葉がシムタラの背中を押した。良心から遠ざけるように―ー。


「依頼を…お受けいたします」



 シムタラがギルドへ戻ると、5万人近くいる冒険者の資料を昼夜忘れて目を通した。

 暗殺者に向いている人間を選ばなくてはならない。

 まずやったことはソロの冒険者を抜き出すことだった。

 資料を見ても口の堅さはわからないが、ソロを選ぶ冒険者なら、人と関わりあるのが嫌いな人間の可能性が高い。


 5百ほどいたが、ほとんどが依頼達成件数の少ない、腰かけ冒険者だった。

 さらに実力のあるB級以上に絞ると、50人にも満たなかった。


「問題がある人間のほうがいい」


 シムタラは資料の備考欄を見る。そこには、以前のパーティー所属歴や、共有したほうがいい情報を、ギルドの事務員が書き込んでいた。


 最終的にシムタラの手元には11人の冒険者の資料が残った。

 備考欄には一様に『冒険者同士のトラブルあり。相手を殺害』と書かれてある。


 冒険者には気が荒い者も多く、ギルドの建物内でも喧嘩は日常的に起こっていた。しかし、暗黙のルールがあり、殺しは厳禁だった。


 破った場合、殺された冒険者に親しい者たちがいれば、その者たちによって、リンチが行われる。そこで殺される者もいるし、死ななかったとしても、冒険者たちから敬遠される。当然、受け入れるパーティーは無かった。


「この少年は覚えている」


 ★回想


 シャーキ・リキノト。遠い異国から流れてきたという。魔王が現れてから街や村が襲われ、流民も増えたが、言語が違うほど遠い国からきた人間を見るのは初めてだった。


 剣歯狼(サーベルウルフ)の皮鎧をまとい、戦いの際には剣歯狼の頭を被るという。両手には飛び出し式の鉤爪を着けていた。


 冒険者たちも少年がまとっている空気で強者であることはわかった。

 だが、文字も読めなければ、依頼を受けることができない。


 冒険者には無学な者が多い。そうなると当然、食い物にしようとするパーティーも出てくる。優しく声をかけ、依頼書を読んでやる。そして報酬の部分は嘘をつき、中抜きをする。あるいはパーティーに入れ、こき使う。逆らえばパーティー全員でのリンチだ。


 案の定、シャーキも「犬! 犬!」と呼ばれながらこき使われていた。

 だが、この少年は文字を学ぼうという向上心があった。

 まず、よく使われる犬という言葉を調べ、侮蔑されていると知った。


「我、狼」


 シャーキは剣歯狼の頭を被るとパーティーのメンバーに言った。

 パーティーのメンバーはシャーキの言葉の意味を理解する前に切り刻まれた。


 皆殺しにされたパーティーは質が悪く嫌われてはいたが、同時に同じような搾取行為を行っているパーティーにとっては見逃すことはできなかった。見せしめをしなければ、自分たちも搾取した相手にいつ寝首をかかれるかわからない。


 シャーキは20人の冒険者からリンチを受けた。しかし、リンチをする側が10人殺されたとき、皆が逃げ去ってリンチは終わった。


 シャーキは望み通り「狼」と呼ばれるようになった。

 ただし、「犬」と同じく、侮蔑は込められたままだった。

 依頼書を読むのを手伝ってくれる人間はいなくなった。

 人は残飯を漁るシャーキを「餓狼」と呼んで、忌み嫌った。


「このままでは冒険者を襲うようになるかもしれません」


 シムタラはシャーキを要注意人物としてゴードに報告すると、ゴードは机の引き出しから古びた本を取りだした。そしてシャーキの元に案内するよう命じられた。


 シャーキはとある食堂の残飯を漁っていた。


「シュンカの弟子の店か。良か舌をしとる犬っころだ。」


 シャーキは剣歯狼の頭を被り、両手の鉄のかぎ爪を飛び出させた。

 ゴードは武器も持たずに近づいていく。


「犬は良か獣だ」


 ゴードが一言いうやいなや、シャーキが飛びかかってきた。

 たちまち、ゴードの体の傷が増えていくが、ゴードは微笑むだけで意に返さない。


「ギルド長! 反撃してください」


「言い返す言葉を知らんからこうしとる。だから、おいもシャーキと同じ言葉を使う」


 少しするとシャーキが攻撃を止めたので、シムタラは驚いた。

 ゴードがうなずく。


「悪意が無かことば伝わった。言葉を覚えれば問題無か」


 そう言うとゴードは古びた本をシャーキに渡した。

 シャーキは本を開くと、むさぼるようにめくっていった。

 シムタラが覗き込むように見ると、絵とそれを表す言葉が記してあった。


「ガルバが作った本じゃ」


「言葉を覚えるための本でしょうか? なぜ、こんなものをガルバが?」


「ガルバは異国人だ。言葉を覚えるため、自分で作った言うとった」


「そうだったのですね」


「辺境生まれで言葉に苦労しとったおいにくれた。おいは途中でやめたから、変な鈍りがついてもうたがの」


 そう言って、ゴードは笑った。


「言葉を覚えるだけで、凶暴な性格が変わるでしょうか?」


「あの本は、おまんにとっての魔術書だ。おまんは変わった」


 それから、しばらくするとシャーキは依頼をこなすようになった。

冒険者ギルドに張ってある依頼書の中から、文字の少ないもの選び、翻訳本と照らし合わせながら確認しているらしい。


 だが、他の冒険者とは打ち解けようとしなかったし、他の冒険者もシャーキを避けていた。シャーキが笑顔を見せるのはゴードを見つけたときだけだった。自身の勉強成果を発表する様にゴードに話しかけ、ゴードもうれしそうに聞いていた。


 ★


 シャーキ・リキノトの資料が朝日に照らされる。

 シムタラが資料を調べているうちに夜が明けたのだ。


「…この少年がギルドを照らす光だという啓示か」


 シムタラの顔が明るくなる。が、すぐに自嘲するように薄く笑った。


「占い師でもない私が何を言っている。光にも照らされる闇とも言えるではないか」


 シムタラはすぐに11人の冒険者殺しを集め、高額報酬を条件に闇ギルドを結成した。


 秘密を守るため、闇ギルドメンバー同士は会うことはなく、シムタラが個別に呼び出し依頼する形をとった。


 早速、闇ギルドメンバーの一人に、農民をまとめて領主に逆らっている若者を、証拠を残さずに殺すよう依頼した。選んだ理由は、口数が少ない男で口も堅いだろうと思ったからだ。


 依頼した日の次の夜。シムタラは会計室を一人で落ち着きなく立っていた。

 深夜に成果を報告しにくることになっている。


「頼む、成功してくれ」


 月明かりが重い雲に隠されていく。

 シムタラの心の中からは領主に対する義憤も、農民のリーダーを殺すことにたいする良心の呵責も消えていた。


 会計室に近づいてくる足音が聞こえると、シムタラは待ちきれずに廊下へ出た。

 蝋燭が弱弱しく照らす廊下に立っていたのは、シムタラが依頼した闇ギルドの男ではなくシャーキだった。

 シャーキが左手に闇ギルドの男の首を持っているものを見て、シムタラは驚愕した。


「…シャーキ、なぜこの男を殺したのです」


「こいつはしくじった。農民を殺すとき、抵抗されて、人に見られた。だから、俺が全員殺した。次は俺に依頼しろ」


「なぜ、この男が闇ギルドの一員で、依頼した内容まで知っているのです!」


「見張って、つけて、脅して、吐かせた」


「なっ…。わかりました」


「報酬をくれ」


 シムタラが金貨を渡してシャーキを帰すと、自分の考えの甘さを反省した。机の上で考えた秘密組織など、修羅場を潜り抜けている冒険者から見れば、子供だましに過ぎないのだ。口が堅いと思っていた男も、シャーキに秘密を吐かされた。


 ダメを押すように、闇ギルドの男が4人やってきて、モトク・ハラシノという口ひげを蓄えた男が、パーティーで依頼を受けさせてくれと言ってきた。


「あなたたちも闇ギルドメンバーを探し当てたのですね」


「一人で生き抜いてきた冒険者の猜疑心を舐めてもらっちゃ困る。当然、他のやつらも知っているだろうよ」


 シムタラは了承するしかなかった。


 老貴族は他の貴族を紹介してくれたが、人に言えるようような依頼は誰もしてこなかった。

 暗殺、誘拐、放火、強盗。

 魔王との戦いで、貴族同士は結束しているように見えていたが、にこやかに話すテーブルの下で激しく足を蹴りあっていたことを、シムタラは知った。



 過去を思い返していたシムタラは、パレードの歓声で我に返った。

 一年前に作った貴族のリストに丸をつけていく。

 闇ギルドに依頼をしてきた貴族たちだ。

 貴族同士の紹介で依頼を受けるので、当然、敵対する貴族とは繋がらない。

 おのずと闇ギルドは王国内の一派閥に接近することになった。


 リストの一人け二重丸をつける。

 チラミワナ・カジノフ公爵。

 派閥の領袖で、カジノフ派の貴族の領土を合わせれば王国の三分の一に達する。

 カジノフ家は代々、内務大臣も務めており、国王にも公然と意見ができる地位にいた。


 当面の目標はそのカジノフと会うことである。

 アカツキとエルザの王族入り計画を信じるのは危険だと考えていた。

 自分自身でギルドの有力な庇護者を見つける必要があった。


 しかし、カジノフは直接依頼してくることはない。

 カジノフかと思う依頼内容でも、派閥の貴族を使って依頼をしてきていた。


 腕がインク瓶にあたり、貴族リストがインクに染まっていく。

 手についたインクを拭きながらパレードを見下ろすと、大勢の冒険者たちが巨漢のゴードを胴上げしていた。


「カジノフに信頼されるためには、もっと悪辣な、もっと危険な依頼をこなすしかない」

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