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捨てる神あれば呪う騎士あり~師匠と弟子の物語~  作者: キムラナオト
山の王編
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21年前<裏切りへの誘い>

 冒険者ギルド館の三階にある会計室で、シムタラは壁に張ってある、冒険者登録数と仲介手数料の総額が記してある折れ線グラフを見て不安を抱いた。今までは、両者とも右肩上がりに伸びていたのだが、仲介手数料の総額が下がり始めたのだ。


 シムタラが依頼書を調べなおすと、依頼の数こそ減ってはいなかったが、高難易度の依頼の割合が急激に落ち込んでいた。


「B級でも討伐できる魔物しかいない。強力な魔物が減ったということか…」


 シムタラの頭に<唯我独戦>が浮かんだ。メンバーでもあるギルド長から、ガルバはさらに強くなる必要があると言って、依頼と関係なく、強力な魔物を狩り続けていると聞いていた。それも凄まじい勢いで――。


「世界にとっては良いことだが、このままでは、いずれギルドは立ち行かなくなる。ギルド長にお願いして、強敵討伐を控えていただかなければ…」



「そういう問題じゃない」


 ビクリとしてシムタラが振り向くと開いたドアの前でマロッキ・ドーチンが立っていた。


「失礼。ノックをしたが返事が無かったので、入らせてもらった」


 肩まで伸びた濃紺の髪に整ったまつ毛、女にも見間違われることが多いマロッキは、ここ数年で頭角を現してきた商人である。<唯我独戦>との取引が多いため、ギルド建物内にも自由に出入りをしており、シムタラとも顔なじみの仲だった。


 シムタラはマロッキの服が庶民的なものから、高級品に変わっていることに気が付いた。よく見れば指輪などの装飾品も身に着けている。


「どうしたのですか? 冒険者の嫉妬を買わないために、華美な恰好をしないと言っていたあなたが」


「取引先を変えたのさ。冒険者から貴族にね。どちらも見た目で判断する馬鹿が大半なのには変わりがない。君も身の振り方を考えたほうがいい。冒険者の終わりはすでに始まっている」


「…そうでしょうか? 討伐数を調整すればいいだけかと思いますが」


「<唯我独戦>は遠くない未来に魔王を倒す」


 シムタラは頭をガツンと殴られた気がした。

 <唯我独戦>がもうすぐ魔王を討伐するのはわかっていた。と、同時に生まれる前から当たり前のように存在している魔王が倒されることは想像できなかった。他の冒険者たちも同じで、せいぜい想像できるのは人間が魔物に対して優勢にはなることぐらいだった。


「…まだ、わからないでしょう」


 シムタラは魔王の肩を持つような発言をする自分がおかしかった。


「私は<唯我独戦>の戦いを見てきた。全員、化け物じみた強さだが、中でもガルバ様は常軌を逸している。辺境の小国を滅ぼした死霊導師(ネクロマンサー)は知っているだろう」


「たしか魔王軍四天王の一人とか」


「その死霊導師(ネクロマンサー)に一人で勝った。それも圧倒的な強さで」


「なっ!」


 シムタラはごくりと唾を飲む。


「わかっただろう。ガルバ様は一人で魔王に圧勝しようといまだに鍛え続けている。頭がおかしいとしか思えないがね。もう魔王の命運は決まった。魔王が倒されれば魔物は激減し、依頼書は消え、冒険者ギルドは無用の長物になり果てる」


 高難易度の依頼が減ったことで悩んでいたはずなのに、マロッキに存続の危機という難題をつきつけられ、シムタラは頭が真っ白になった。


「どうすればいいのでしょうか?」


「沈む船のことを考えるよりも、他の船に乗り換えることを考えたほうがいい。遅れると逃げることすらままならなくなる」


「乗り換える?」


「マロッキ商会に来ないか? 君は真面目で実務能力も高い。今よりもいい生活を約束する。実はいうと今日は君を誘うためにきたんだ」


「頭を混乱させて誘うのが商人のやり方ですか」


「否定はしない」


 シムタラは静かに頭を振った。

 マロッキは机の上に置いてある魔術書を見る。

 縁がボロボロになっていた。


「損切り出来ないと不運に足を掴まれる」


 そう言ってマロッキは部屋から出て行った。

 シムタラは魔術書を開いてみる。もう何度読み返したかわからない。


 元々、シムタラは魔術師になりたかった。しかし、才能が無く、E級の依頼をこなすのがやっとで、小遣い程度の報酬では、到底、生活できなかった。それでも、コツコツと依頼をこなすシムタラの姿を見たゴードが、ギルドの事務職にスカウトした。


 シムタラは冒険者でいたいと断ったが、ゴードは説得をやめなかった。


「E級の依頼をこなすだけで一日が終まいじゃ、魔術を学ぶ時間は無か。おまんは先に学ぶほうが向いとる」


 冒険者たちにとって憧れでもあるゴードに、学んでからのほうが強くなると言われると、自分でもそうかもしれないと思い、事務職についた。


 安定した生活の中で、シムタラは少しずつ魔術を覚えていき、今ではC級の魔術師のライセンスを持っている。今はB級の勉強中だった。


「もう力はついた。冒険者をやると良か」


 そう言われてもシムタラはまだ勉強がしたいといって事務職をやめなかった。ゴードは冒険者たちの面倒見が良く、シムタラのように多くの冒険者がゴードのフォローで成長していった。そんな、ゴードを見ていくうちに、ずっと側にいたいと思うようになった。そして、今はギルド長代理としてゴードを支えている。


 シムタラはゴードの帰りをもどかしい思いで待った。ゴードは<唯我独戦>として、冒険にも出ているため、いつ戻ってくるかは、おおよそでしかわからない。

 ギルド存続の悩みなど、他人には言えない。早くゴードに相談したかった。


 数日後にゴードが戻ってきたが、すぐに相談することは難しい。

 ゴードは冒険で得た報酬を使い、冒険者を集めて三日三晩宴会を開くのが恒例だからだ。

 とはいえ、他の<唯我独戦>のメンバーはいない。


 闇騎士ガルバ・ベラルトは娼館をハシゴし、大魔導師シュンカ・オーバは高級料理店を食べ歩く。聖騎士アカツキ・クジョウと大賢者エルザ・ホイスーンは恋人同士なので、きっとどこかで楽しんでいるのだろう。


 ゴードが帰ってきて四日後の昼、ようやくシムタラはギルド長の部屋をノックすることができた。

 部屋の中には頑丈さだけが取り柄のような骨太な机と椅子があるだけだ。

 いい家具をそろえたほうがいいとシムタラはいつも言っているのだが、野宿から比べれば十分贅沢だ、といってゴードはきかなかった。


 ゴードは自分の机の前の椅子に座るようにうながすと、シムタラの顔を覗き込んだ。


「なぜ宴会にこんかった。悩みがあるのか?」


 シムタラはゴードが馬鹿騒ぎをしながら、自分のことを気にかけてくれたことがうれしかった。

 しかし、今は喜んでいる場合ではないと気を引き締め直す。


「単刀直入に聞きます。<唯我独戦>の力は魔王を超えているのでしょうか?」


「超えとる」


 あっさりとゴードが言ったので、シムタラは目の前が暗くなりそうだった。


「い、言い切れるのはなぜです。まだ戦ってないでしょう」


「対峙すれば相手の力はわかる」


 シムタラは慌てて立ち上がると、ギルト長の部屋の内鍵をかけ、ドアの前を椅子で塞いで戻ってきた。額には汗が浮かんでいる。


「まさか、もう倒してしまったのですか」


「無か。アカツキに紹介ばされた」


「紹介?――アカツキは魔王を知っているのですか?」


「少し前から会うとったらしい。おいが疑ったら、証明ばする言うて紹介された」


「魔王と何を話したのです」


「なんも話しとらん。話したのはアカツキとだ」


 ゴードは魔王と会う前に、アカツキに説得されたと言った。


 ★回想


 とある夜、宿屋の一室には、アカツキ、ゴード、シュンカ、エルザがいた。

<唯我独戦>のリーダーであるガルバがいないのは、アカツキがそうなるように図ったからだ。その部屋でアカツキは魔王が降伏を申し入れてきたことを説明した。


 ゴードは驚いたが、シュンカとエルザは知っていたのか、表情を変えずに聞いている。


「一年後に降伏を受け入れようと思う」


 アカツキがリーダーのように話すのは不思議ではなかった。ガルバが勝手な行動をするので、実質的にパーティーをまとめていたのはアカツキだったからだ。


「一年後?」


「ガルバが一年後に魔王を討伐すると言っているからだ。その間に魔王討伐後の対策を整える。魔王がいなくなれば英雄扱いされている<唯我独戦>もどうなるかわからない。用済みとみなされ、消されることもありうる。王国にとって僕たちはそれほど危険な存在になっている」


 ゴードはそんなことを考えたことも無かった。


「そうだとして、一年でどうにもなるもんじゃ無か。なんなら王国と戦っても良か」


「<唯我独戦>なら騎士団にも勝てるだろう。だけど、魔物じゃなく人間を何千何万と殺すことになる。中には僕たちの討伐依頼を受けた冒険者もいるかもしれない。でも、それでは僕たちが魔王になってしまう。それよりも戦わずに王国の中枢に入ったほうがいい。僕たちで王国を乗っ取るんだ」


「どげんして?」


「僕は王族になる」


 アカツキの答えを聞いたゴードは鼻で笑う。


「馬鹿らしか。おいたちは国王に嫌われとる」


「主に嫌われているのはガルバだ。だからガルバを倒して、代わりに王子をリーダーにしたパーティーを組みなおす。それが王族入りの第一歩だ」


「無か。ガルバはおいたちを拾うてくれた男だ」


「ガルバの性格はわかっているだろう。魔王の降伏も、王子の加入も絶対に認めない。ガルバがいてはダメなんだ。魔王討伐後は、冒険者ギルドも解散させられる。魔物がいなくなれば当然だ。だが、僕が王族になれば守ってやれる」


「守られても、依頼が無ければギルドは終いじゃ」


「王国軍の遊撃隊として雇用する」


「あのケチな国王が金ば出すわけ無か。騎士団さえ増やすのを嫌がっとる」


「戦争が起これば軍を増強するしかない」


「…おまん、何を考えとる」


「僕が世界を一つにする」


 ゴードは頭を大きく振った。


「話が飛びすぎて頭がついてこん。おまん、これを飲め」


 ゴードは袋から万能の宝薬であるエリクサーの瓶を取り出すと、アカツキの前に置いた。

 アカツキは一気に飲む。


「僕は混乱や魅了、他の状態異常にもかかっていない。正気だ」


「王族ばなるなんて出来ぬことを言うとる」


「王女と結婚する」


「な! おまんはエルザとずっと――」


 ゴードはエルザが心配になって顔を向ける。

 エルザは緑色の髪を指で流すと藍色の瞳でゴードを見つめ返してきた。


「別れたので、お気になさらずに。私は王子と結婚するわ」


 負け惜しみとも反発ともとれる言葉だが、冷厳なる智者の異名を持つエルザは、普段から感情を表に出さない。ゴードには彼女の本心がわからなかった。

 アカツキはエルザを気にかけずに続ける。


「これで僕たちが王族になる確率は二倍だ」


「無茶苦茶言うとる」


「だからおもしろいんじゃん」


「シュンカ! おまんもか」


 シュンカが人差し指に赤い炎を灯す。炎がゆっくりと青色に変わる。


「想像できる未来なんて、定番料理しか出さない店と同じでつまんないじゃん。あたいたちが未来のスパイスになれば、この世界はもっと刺激的になる」


 指先の炎が緑、黄、ピンク、紫に変わっていく。

 炎の魔術を極めたと言われるシュンカにしかできない芸当だ。


「やめとけ。まず、ガルバに勝てん」


「うん。今のあたいたちじゃお兄ぃの勝つのは無理。だけど、後一年の期限の中、どうやったらガルバを倒せるかを考える。魔王攻略なんかよりよっぽどスリルがあるね」


「遊びじゃ無か」


「もちろん仕事としてだって。魔王から報酬をたっぷりいただくよ♡」


 アカツキがゴードの肩に手を置く。


「なあ、ゴード。僕も冒険者ギルドが心配なんだ。次の旅までに返事をくれ」


 こうして宿屋での話し合いは終わった。


 ★


 ゴードの話を聞き終わると、シムタラは言った。


「私の悩みもギルドの今後についてでした。ギルド長はどうなさるおつもりですか?」


「気が乗らん」


「ですが、その場で断らなかった」


 ギルドや冒険者のことを考えて保留したのはシムタラにもわかる。同時にアカツキの計画は荒唐無稽に感じた。

 しかし、アカツキが先を読む目を持っていることだけは確かだ。


「アカツキ様の提案に賭けるべきです」


「ガルバを裏切れ言うんか」


 シムタラにとってガルバはどうでも良かったが、ゴードが拘っている以上、何とか納得させなければいけない。


「ガルバに眠ってもらう、というのはどうでしょうか? 殺すのではなく、封印するのです」


「解けなければ死ぬのと変わらん」


「ガルバの強さが魔王を超えているのなら、いつの日か解けるはずです」


 ゴードは腕を組んで考えた後、一言「良か」と答えた。

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