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捨てる神あれば呪う騎士あり~師匠と弟子の物語~  作者: キムラナオト
山の王編
21/65

山の王

 アンナたちは目隠しをされると、途中に野営を挟みながら、丸一日かけて迷林山の五合目に連れていかれた。その場所は木の小屋が立ち並び、巨大な村のようだった。しかし、50mある大樹に囲まれているため、山の麓から、その存在を知ることは難しい。


 アンナたちは目隠しを外され村の中央に連れていかれる。村に入ってからは緑の仮面の男たちは仮面を外して背にかけた。その姿を見てモンジは納得する。


「なんで顔の倍ほどもある仮面をつけているか不思議だったけど、正体を隠すだけじゃなく、盾として使うためだったんだな」


「小さな木の盾より、大きな鉄の盾のほうが良くない?」


「奴らの戦い方を見ただろ。樹の上で戦うには身を軽くしたほうが有利だ。下からの弓なら木の盾でも防げるしな」


 村の中央には広場があった。正面には伐採された材木が積み上げられており、その上に2mは超えるであろう大男が腰を下ろしていた。その下に黒いローブをまとった痩身の男がいる。


 シャーキが大男に侵入者だと報告すると、大男が大きな目を丸くした。短く刈り込んだ髪には白髪が混じっている。太い眉は横一直線に生え、体は大きな樽のようだった。


「ほお、まだ童《わっぱ》じゃ。シャーキを負かすとは並みじゃ無か」


「ゴード! 俺は負けていない!」


 アンナたちは大男の名がゴードだと聞いて、顔を見合わせた。

 英雄譚に伝わる魔王を倒した<唯王独尊>のパーティーメンバーであり、<三公の乱>でアカツキに敵対した後、消息不明になった男だとわかったからだ。


「ダハハハ、すまん、すまん。隣山に向かったモトクから知らせが無か。おまんらの知り合いがやったんか?」


 ネスコがみんなに目線を送った後、口を開いた。


「僕たちの師匠だと思います。連れの女性が二人いますが、戦闘力はありません。師匠は隣山に鉱脈を探しに行き、待っている間、この山で修業するよう命じられました。ここを嗅ぎまわろうなどと考えてはいません」


 ネスコはわざと聞かれたこと以上の情報を必死に話した。


――正しい大量の情報の中に混ぜた一つの嘘。アキさんの実力は切り札になるはず。


「師匠ちゅう男は大したもんじゃ。おいより強か思うか?」


「僕には英雄を計るほどの力はありません。アンナはどう思う?」


「あたしだって、そんな力はないわよ…」


「国王と比べたらどう? 闘技大会で殴ったんだろ」


「アカツキを! どげんして!」


 ゴードが再び目を丸くする。

 誰もが予想もつかない答えに、広場中がざわついた。


「友達にひどいことをしたから、頭がカッとなって。だからよく覚えていないの」


「ダハハハ! シャーキ。きっと、おまんと同じ狂戦士(バーサーカー)じゃ」


「犬といっしょにするな」


「犬は悪い獣じゃ無か。なつかせん人が悪か」


 ゴードがアンナたちの縄を解けと命じたので、シャーキは怒った。


「こいつらを許す気か!」


「アカツキば殴ったのなら同志じゃ」


「嘘に決まっている。俺はこの犬と戦ったからわかる。犬の腕ではアカツキに指一本も触れられない」


「そげん童を目の敵にせんでも良か。おいが知るシャーキは大軍相手に一歩も引かん男だ。そげん小さな男じゃ無か」


「ありがとう! あたしたちを開放してくれるのね。もう山には入らないし、ここのことはみんなにも口止めするわ」


 しかし、ゴードの答えはアンナたちを戸惑わせた。


「ここで暮らすとよか。子をたんと産め」


「へ!? あたしたちは帰りたいの!」


「止めはせん。降りても迷うて死ぬだけじゃ」


「へっへーん、そんなの簡単よ。隣山を目印に降りれば…。あれ、ネスコどこだっけ?」


「見えないよ、アンナ。この山は上に登るほど樹木が高くなっているらしい。ここは――天然の牢獄かもしれない」


「嘘でしょ…」


 ゴードは東の端の小屋が空いているから、そこへ住めと言うと、集会の解散を命じた。


 アンナたちは案内役の後ろについていく。


「ネスコが天然の牢獄って言ったとき、ゴードさん、悲しそうな目をしてた」


「侮辱されたと思ったのかな。だとしたら怒られなくて良かった」


「違うの。ゴードさんもそう思っているんじゃないかなって…」


「ここの王様みたいなものなのに? 考えすぎだよ」



 解散を命じた後の広場では、ゴードとシャーキ、黒いローブの男だけが残った。

 ゴードの裁定に納得がいかない、シャーキが怒りのぶつけ先を求めるように言う。


「ゴード、隣山に行かせてくれ! 手勢はいらない。我だけでいい」


「おまんは怪我しとる。シムタラ、おまんが行って誘うてこい」


 ゴードは黒ローブの男に命じた。

 シムタラ・パーチンという魔術師で三将軍の一人でもある。

 ゴードの言葉にシャーキは怒りを爆発させた。


「モトクを殺ったやつを誘うだと!」


「アカツキば殴った童の師匠じゃ。同志にすりゃ頼もしか」


 シャーキとは対照的にシムタラが冷静に質問する。


「師匠という男が交渉に応じない場合はどうします? モトクを拷問し情報を得ている場合、人質を見捨てて王都へ向かっているかもしれません。その場合は追いますか?」


「放っとけ。弟子ば見捨てる男なら、笑うてやれば良か」


「良くはない! 騎士団がやってくるかもしれん!」


「戦えば良か! <三公の乱>に敗れて、王国の端ば潜んだのは逃げるためじゃ無か。騎馬ば入れず、重い鎧ば邪魔になる山で迎え撃つ。シャーキ、これはおまんの策だ」


「…確かにそうだ。しかし、力を蓄えるまで、まだ時がいる!」


 いつまで? とは、ゴードは聞かない。


 この山には、中年以上の男しかいない。支援してくれていた周辺国もアカツキに各個撃破されていった。巨大になるアカツキに比して、こちらの戦力は老いていき、協力者も減っていく。


 時は味方にならず、敵になった。


 山に入ったときは、誰もがアカツキを迎え撃つ気でいた。しかし、アカツキに発見されないまま年月を過ごすうち、山での生活に慣れ、このまま発見されなければ、という保身の心が皆に生まれた。口を揃えてアカツキ打倒と叫ぶが、やっていることは発見されないことだった。


――おいたちは山ば出られなくなった。あの童の言う通り、自ら天ば牢獄に収監されたのじゃ。おいが仲間にしてやれることは、一緒に死んでやることだけじゃ。


「シャーキ、戦の支度ばせい。おいも鍛えなおす!」


 ゴードは有無を言わせないとばかりに、強く言い放った。


 ★


 案内役の男がいなくなると、モンジが樹のてっぺんまで登った。下にいるアンナたちの姿を見るが枝に隠れてまったく見えない。

 息を吸い込むと下に向かって大声で呼びかける。


「アンナー! 聞こえるかー!」


「聞こえるよー!」


 モンジが違う大樹に飛び移って、もう一度、叫ぶ。


「どの樹に移ったかわかるかー!」


「わかんなーい!」


 モンジ大樹から降りてくると、ネスコは首を振った。


「樹が密集していて音が反響する」


「やっぱ、師匠が来るまで待つしかねえか。ゴードって男は優しそうだし」


「もう一つ手はあるわ。シャーキの後をつけるのよ。きっと、また下に降りると思うの」


 モンジたちが露骨に顔をしかめる。


「あの化け物の後をかよ」


「無茶言うなよお」


「真っ二つにされるポ」


「人目につかない森の中なら、シャーキは僕たちを殺すと思う」


 アンナは頬を膨らませて、モンジたちに人差し指を突き付ける。


「あたしたちはここで暮らすために来たんじゃない。修行するためでしょ!」


「う~ん」


 モンジたちは腕を組んで考え込む。

 しばらくしてネスコが口を開いた。


「それなら、みんなで隠れんぼをしよう」


「だから、遊んでる場合じゃないでしょって」


「修行さ。森の中を隠れながら移動するためのね」


「わかったわ! 上手くなったら、シャーキを尾行するのね! じゃあ、あたしが鬼をやる」


 モンジたちはうなずくと、森の中に散らばった。


 ★


 無林山までたどり着いたチビモヒカンのジャポだったが、丸一日、探してもガルバの姿を見つけることはできなかった。その代わりに温泉を見つけたので、ジャポの疲れ切った体は導かれるように湯船に入った。ジャポは誰にともなく言い訳をする。


「サボってるんじゃない。疲労を取るのは師匠を探すために必要なことなんだ」


 湯船につかったままジャポは眠ってしまった。

 ジャポが目を覚ましたのは、大勢の声が近づいてきたときだった。

 慌てて岩陰に隠れると耳をすませる。


「将軍、血の跡だ! 近くで谷底へ垂らしたロープも見つけましたぜ」


「降りられますか?」


「いや、とんでもねえ高さだ。俺たちじゃ途中で腕の力が尽きて落ちちまう」


「やはり、師匠という男はただ者じゃないようですね」


「将軍なら降りられるんじゃないですかい?」


「私一人で降りれば、モトクの二の舞です。谷底へつながる道を探しなさい」


 大勢の足音が去っていくのが聞こえた。


「なぜ谷底へ降りる必要が? 鉱脈探しというのは本当なら、王都へこの場所を知らせることはなさそうですが…。念には念を入れておきましょう」


 間もなく黒いローブの男も去っていった。

 音が聞こえなくなったので、ジャポは恐る恐る顔を出し、辺りを見回す。

 人影が見えなかったので、会話の聞こえた場所へ小走りでいった。


「そんな…。ロープが切られている。これじゃ師匠は戻ってこられない。だとしたら、アンナたちは…」


 ジャポは全身から力が抜け、その場にへたり込んだ。

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