山の王
アンナたちは目隠しをされると、途中に野営を挟みながら、丸一日かけて迷林山の五合目に連れていかれた。その場所は木の小屋が立ち並び、巨大な村のようだった。しかし、50mある大樹に囲まれているため、山の麓から、その存在を知ることは難しい。
アンナたちは目隠しを外され村の中央に連れていかれる。村に入ってからは緑の仮面の男たちは仮面を外して背にかけた。その姿を見てモンジは納得する。
「なんで顔の倍ほどもある仮面をつけているか不思議だったけど、正体を隠すだけじゃなく、盾として使うためだったんだな」
「小さな木の盾より、大きな鉄の盾のほうが良くない?」
「奴らの戦い方を見ただろ。樹の上で戦うには身を軽くしたほうが有利だ。下からの弓なら木の盾でも防げるしな」
村の中央には広場があった。正面には伐採された材木が積み上げられており、その上に2mは超えるであろう大男が腰を下ろしていた。その下に黒いローブをまとった痩身の男がいる。
シャーキが大男に侵入者だと報告すると、大男が大きな目を丸くした。短く刈り込んだ髪には白髪が混じっている。太い眉は横一直線に生え、体は大きな樽のようだった。
「ほお、まだ童《わっぱ》じゃ。シャーキを負かすとは並みじゃ無か」
「ゴード! 俺は負けていない!」
アンナたちは大男の名がゴードだと聞いて、顔を見合わせた。
英雄譚に伝わる魔王を倒した<唯王独尊>のパーティーメンバーであり、<三公の乱>でアカツキに敵対した後、消息不明になった男だとわかったからだ。
「ダハハハ、すまん、すまん。隣山に向かったモトクから知らせが無か。おまんらの知り合いがやったんか?」
ネスコがみんなに目線を送った後、口を開いた。
「僕たちの師匠だと思います。連れの女性が二人いますが、戦闘力はありません。師匠は隣山に鉱脈を探しに行き、待っている間、この山で修業するよう命じられました。ここを嗅ぎまわろうなどと考えてはいません」
ネスコはわざと聞かれたこと以上の情報を必死に話した。
――正しい大量の情報の中に混ぜた一つの嘘。アキさんの実力は切り札になるはず。
「師匠ちゅう男は大したもんじゃ。おいより強か思うか?」
「僕には英雄を計るほどの力はありません。アンナはどう思う?」
「あたしだって、そんな力はないわよ…」
「国王と比べたらどう? 闘技大会で殴ったんだろ」
「アカツキを! どげんして!」
ゴードが再び目を丸くする。
誰もが予想もつかない答えに、広場中がざわついた。
「友達にひどいことをしたから、頭がカッとなって。だからよく覚えていないの」
「ダハハハ! シャーキ。きっと、おまんと同じ狂戦士じゃ」
「犬といっしょにするな」
「犬は悪い獣じゃ無か。なつかせん人が悪か」
ゴードがアンナたちの縄を解けと命じたので、シャーキは怒った。
「こいつらを許す気か!」
「アカツキば殴ったのなら同志じゃ」
「嘘に決まっている。俺はこの犬と戦ったからわかる。犬の腕ではアカツキに指一本も触れられない」
「そげん童を目の敵にせんでも良か。おいが知るシャーキは大軍相手に一歩も引かん男だ。そげん小さな男じゃ無か」
「ありがとう! あたしたちを開放してくれるのね。もう山には入らないし、ここのことはみんなにも口止めするわ」
しかし、ゴードの答えはアンナたちを戸惑わせた。
「ここで暮らすとよか。子をたんと産め」
「へ!? あたしたちは帰りたいの!」
「止めはせん。降りても迷うて死ぬだけじゃ」
「へっへーん、そんなの簡単よ。隣山を目印に降りれば…。あれ、ネスコどこだっけ?」
「見えないよ、アンナ。この山は上に登るほど樹木が高くなっているらしい。ここは――天然の牢獄かもしれない」
「嘘でしょ…」
ゴードは東の端の小屋が空いているから、そこへ住めと言うと、集会の解散を命じた。
アンナたちは案内役の後ろについていく。
「ネスコが天然の牢獄って言ったとき、ゴードさん、悲しそうな目をしてた」
「侮辱されたと思ったのかな。だとしたら怒られなくて良かった」
「違うの。ゴードさんもそう思っているんじゃないかなって…」
「ここの王様みたいなものなのに? 考えすぎだよ」
解散を命じた後の広場では、ゴードとシャーキ、黒いローブの男だけが残った。
ゴードの裁定に納得がいかない、シャーキが怒りのぶつけ先を求めるように言う。
「ゴード、隣山に行かせてくれ! 手勢はいらない。我だけでいい」
「おまんは怪我しとる。シムタラ、おまんが行って誘うてこい」
ゴードは黒ローブの男に命じた。
シムタラ・パーチンという魔術師で三将軍の一人でもある。
ゴードの言葉にシャーキは怒りを爆発させた。
「モトクを殺ったやつを誘うだと!」
「アカツキば殴った童の師匠じゃ。同志にすりゃ頼もしか」
シャーキとは対照的にシムタラが冷静に質問する。
「師匠という男が交渉に応じない場合はどうします? モトクを拷問し情報を得ている場合、人質を見捨てて王都へ向かっているかもしれません。その場合は追いますか?」
「放っとけ。弟子ば見捨てる男なら、笑うてやれば良か」
「良くはない! 騎士団がやってくるかもしれん!」
「戦えば良か! <三公の乱>に敗れて、王国の端ば潜んだのは逃げるためじゃ無か。騎馬ば入れず、重い鎧ば邪魔になる山で迎え撃つ。シャーキ、これはおまんの策だ」
「…確かにそうだ。しかし、力を蓄えるまで、まだ時がいる!」
いつまで? とは、ゴードは聞かない。
この山には、中年以上の男しかいない。支援してくれていた周辺国もアカツキに各個撃破されていった。巨大になるアカツキに比して、こちらの戦力は老いていき、協力者も減っていく。
時は味方にならず、敵になった。
山に入ったときは、誰もがアカツキを迎え撃つ気でいた。しかし、アカツキに発見されないまま年月を過ごすうち、山での生活に慣れ、このまま発見されなければ、という保身の心が皆に生まれた。口を揃えてアカツキ打倒と叫ぶが、やっていることは発見されないことだった。
――おいたちは山ば出られなくなった。あの童の言う通り、自ら天ば牢獄に収監されたのじゃ。おいが仲間にしてやれることは、一緒に死んでやることだけじゃ。
「シャーキ、戦の支度ばせい。おいも鍛えなおす!」
ゴードは有無を言わせないとばかりに、強く言い放った。
★
案内役の男がいなくなると、モンジが樹のてっぺんまで登った。下にいるアンナたちの姿を見るが枝に隠れてまったく見えない。
息を吸い込むと下に向かって大声で呼びかける。
「アンナー! 聞こえるかー!」
「聞こえるよー!」
モンジが違う大樹に飛び移って、もう一度、叫ぶ。
「どの樹に移ったかわかるかー!」
「わかんなーい!」
モンジ大樹から降りてくると、ネスコは首を振った。
「樹が密集していて音が反響する」
「やっぱ、師匠が来るまで待つしかねえか。ゴードって男は優しそうだし」
「もう一つ手はあるわ。シャーキの後をつけるのよ。きっと、また下に降りると思うの」
モンジたちが露骨に顔をしかめる。
「あの化け物の後をかよ」
「無茶言うなよお」
「真っ二つにされるポ」
「人目につかない森の中なら、シャーキは僕たちを殺すと思う」
アンナは頬を膨らませて、モンジたちに人差し指を突き付ける。
「あたしたちはここで暮らすために来たんじゃない。修行するためでしょ!」
「う~ん」
モンジたちは腕を組んで考え込む。
しばらくしてネスコが口を開いた。
「それなら、みんなで隠れんぼをしよう」
「だから、遊んでる場合じゃないでしょって」
「修行さ。森の中を隠れながら移動するためのね」
「わかったわ! 上手くなったら、シャーキを尾行するのね! じゃあ、あたしが鬼をやる」
モンジたちはうなずくと、森の中に散らばった。
★
無林山までたどり着いたチビモヒカンのジャポだったが、丸一日、探してもガルバの姿を見つけることはできなかった。その代わりに温泉を見つけたので、ジャポの疲れ切った体は導かれるように湯船に入った。ジャポは誰にともなく言い訳をする。
「サボってるんじゃない。疲労を取るのは師匠を探すために必要なことなんだ」
湯船につかったままジャポは眠ってしまった。
ジャポが目を覚ましたのは、大勢の声が近づいてきたときだった。
慌てて岩陰に隠れると耳をすませる。
「将軍、血の跡だ! 近くで谷底へ垂らしたロープも見つけましたぜ」
「降りられますか?」
「いや、とんでもねえ高さだ。俺たちじゃ途中で腕の力が尽きて落ちちまう」
「やはり、師匠という男はただ者じゃないようですね」
「将軍なら降りられるんじゃないですかい?」
「私一人で降りれば、モトクの二の舞です。谷底へつながる道を探しなさい」
大勢の足音が去っていくのが聞こえた。
「なぜ谷底へ降りる必要が? 鉱脈探しというのは本当なら、王都へこの場所を知らせることはなさそうですが…。念には念を入れておきましょう」
間もなく黒いローブの男も去っていった。
音が聞こえなくなったので、ジャポは恐る恐る顔を出し、辺りを見回す。
人影が見えなかったので、会話の聞こえた場所へ小走りでいった。
「そんな…。ロープが切られている。これじゃ師匠は戻ってこられない。だとしたら、アンナたちは…」
ジャポは全身から力が抜け、その場にへたり込んだ。




