森の戦い
迷林山の三合目で、アンナたちは知らぬ間に仮面の男たちに包囲されていた。モンジが確認できたのは大樹の枝に立つ六人。顔の倍近くある楕円形の木製の仮面は葉をすり潰して塗ったのか、緑色をしていた。体は皮の防具をつけており、樹木の魔物のように見える。一人だけ仮面の色が青い男がいた。
青仮面の男がアンナたちを指して言う。
「その制服。アカツキの犬か」
「いきなり矢で射るなんてひどいわ! あたしたちが何したっていうの!」
「嗅ぎまわり、よく吠える。犬どもを生かして返すな」
「アンナ! 話しても無駄だ!」
モンジは両手に短剣を構えると、デブモヒカンのランブーとチビモヒカンのジャポに向かって叫ぶ。
「ランブーはネスコ担いで樹の陰に! ジャポは薬草で傷の治療! アンナは二人をフォロー!」
「わかったよお」
「任せて!」
ランブーの間延びした返事は聞こえたが、ジャポの声は聞こえなかった。
モンジは舌打ちし、ノッポモヒカンのアケビーに治療の指示を出す。
アンナがモヒカンズの前に立ち、飛んでくる矢を防いでいるのを見てモンジが感心する。
「目がまた良くなっている。俺も負けてらんねえな」
モンジが走り出すと、ランブーが立ち上がって叫ぶ。
「モンジも逃げたあ!」
「ランブー立ち上がらないで。的が大きくなるわ」
「おでは足が遅い。もうお終いだあ」
「あきらめる前に戦うの!」
「剣が届かないのにどうすればいいんだよお」
「できることを考えるのよ。いいこと思いついたら、ガルバ様秘蔵のドラゴンジャーキーをあげるわ」
「ほんとかあ! おで、考えるう」
「アケビー! ネスコの傷はどう?」
ノッポモヒカンのアケビーが傷口に当てていた薬草を毒消草に取り換える。
「矢に毒が塗ってあったポ。体を動かせば、毒の周りが早まるポ」
一方、モンジは敵に追走されていた。敵が笑う。
「ヒハハハ! 逃げ切れると思っているのか、バーカ。上から丸見えなんだよ」
「逃げていると思ったのか、バーカ」
「何ぃ!」
モンジは走るのを止めると、樹を枝から枝へ飛び移るように登っていく。
「俺が反転して向かってくるとは思わなかったろう。この身軽さもな」
敵が弓を放つが、モンジは矢を叩き落す。
「アンナほどの目はねえが、一直線に向かってくる矢なら落とせるんだよ!」
敵が弓を捨てて剣を抜くのを見て、モンジが笑う。
「今さら遅えよ」
モンジが右袈裟斬りと左袈裟斬りを同時に放つと、敵の体にXの文字が刻まれ、血を噴き出しながら落ちて行った。
アンナは矢を防いでいるなか、ランブーが、うおおおお! と、大きな声をあげたので体をビクリとさせた。
「急に大声あげないでよ! ビックリするじゃない」
振り向いて起こったアンナはさらに驚いた。ランブーが人の体ほどもある岩を持ち上げていたからだ。岩でネスコたちを隠すように落とすと、ズシンという音が響く。
「オラ、考えたあ。これで矢を防ぐ。早くあいつらを倒せえ」
「剣が届かないのにどうすればいいのよ!」
「オラ、できること考えたあ。アンナも考えろお」
「そ、そうよね。うーんと」
アンナはガルバだったらどう戦うか考える。
「そういえば、アキさんがガルバ様に倒されたとき、あたしを使ったって言ってなかったけ? たしかあれは――! ランブー、あたしを木の上の敵まで投げることができる?」
「ぶんぶん回せば、いけるんじゃないかなあ」
「じゃあお願い! あ、あんまり回しすぎないでね」
ランブーはアンナの両足首を持つと、自分の体を軸にぐるぐると回り始めた。
その間もアンナは剣で矢を防ぎながら、タイミングを計っていた。
「いつ、離せばいいんだあ」
「…3、2、1、投げて!」
「ほおおいっ!」
ランブーが手を離すと、アンナが弓を構えていた敵に向かって飛んでいく。
「いっけー!」
剣ごと体当たりすると、敵は吹っ飛んでいった。
「問題はこの後なのよ、ねっ!」
アンナは手ごろな枝に剣を引っかけるようにして落ちていく。
衝撃を吸収してくれそうな枝を次々と見定めるのが難しかった。
青い仮面の男が怒りに震える。
「犬ごときが! 皆、弓を捨て、あの娘を斬り殺せ!」
しかし、他の仮面の男は動かなかった。というより、一人しかいなかった。
「貴様は誰だ?」
「さすがだな。他の奴らは仲間だと思って油断してくれたのによ!」
モンジが仮面を脱いで投げつけた。
青い仮面の男が抜刀して仮面を割る。
仮面に隠れる形で、すぐそこまでモンジが迫っていた。
「驚いたか。仮面の隊長。胴がガラ空きだ」
「格が違う!」
「グハッ!」
青い仮面の男が素早く手首を返し、斬り上げた剣の柄頭をモンジに叩きつけた。
地面に落ちたモンジをアケビーが受け止めるのを見て、舌打ちをする。
「犬が群れようと我のみで充分! 降りてやるから、全員でかかってこい」
「降りる必要はないわ!」
アンナが再び、ランブーに両足首を持たれて回っていた。
「大道芸が二度も通用するか。一刀両断にしてくれる」
「…3、2、1、今よ!」
ランブーが手を離すとアンナが飛んでいく。
しかし、青い仮面の男の横を通り過ぎた。
「フッ、土壇場で臆したか」
「狙い通りよ」
アンナは枝にぶつかる直前で体をくるりと前転させると、枝に両足をつけ踏ん張る。枝は大きくしなり、反発力でアンナを跳ね返した。
青い仮面の男の背に向かって飛んでいくアンナに対し、男は腰を回転させる。
「それがどうした! 見ずとも斬れる!」
しかし、ズシンという音とともに樹が揺れ、青い仮面の男の足元がぐらつく。
ランブーが岩を男の立っている樹の根本に投げていた。
「おのれええええ!!」
「相手の剣が届かなく、こっちだけが攻撃できる場所――それはここよ!」
仰向けで飛ぶアンナは見上げる形で男の足首を斬った。
アンナは枝に剣をひっかけながら落ちていく。
男も落下しながら剣を枝にひっかける。が、アンナほど上手くなかった。
「あたしたちの勝ちよ」
「舐めるな! 頭が上になれば充分!」
男は剣を振りかぶると絶叫した。
「キイイィヤアアアァッ!!!」
樹の幹に剣を打ち込むと、幹がベキベキと音を立てて、真っ二つに裂けていく。
男は幹を裂きながら落下速度を落とし、ゆっくりと着地した。
「嘘でしょ。ランブー、モンジをネスコのところに!」
アンナは遅れて着地すると、男の前に立って剣を構える。
男は青い仮面を投げ捨てた。面長の顔に、小さく細い目。綺麗に整えられたオールバックの黒い髪が現れる。
「シャーキ・リキノト。貴様らを皆殺しにする男の名だ」
「そ、そんなに頑張らなくていいんじゃない。その足首じゃ踏ん張れなさそうだし」
「腕だけで充分!」
シャーキは左手の手のひらに炎を出すと、剣にまとわせた。
アンナは足を引きずりながら、近づいてくるシャーキと切り裂かれた大樹を見て焦る。
「とんでもない馬鹿力だわ。炎の剣って振ったら、炎が飛んでくるのかな。こうなったら、やることは一つ」
アンナはアケビーを見る。
「ネスコの傷はどう!」
「もう毒は消えたポ」
「ランブー! モンジを担いで逃げられる?」
「いいよお」
シャーキが剣を突き立て激昂する。
「…待て、娘。ここまでして逃げる気か!」
「やばい奴が現れたら逃げろって言われてるの。あたしの薬草あげるわ。お大事に」
「おのれえええ!!」
アンナが薬草をシャーキに向かって投げたとき、アケビーが情けない声で言った。
「だめだポ。大勢に囲まれてるポ」
「そんな…」
アンナが見上げると、数十人の仮面の男たちに包囲されていた。
シャーキが炎の剣を振り上げて、命令する。
「よく来た、同志よ。犬を皆殺しにしろ!」
「将軍、そいつぁダメです。大将に生かして連れて来いと言われている」
配下らしき、緑の仮面の男が首を振る。
「立ち入る者は誰であろうと殺す。それが掟だ!」
「隣山に向かった、モトク将軍がやられちまったんです」
「モトクが!?」
「へい。敵はただ者じゃありません。だから、こいつらを人質にしろってえことで」
「…連れていけ。後は本営で聞く」
シャーキは渋々、剣を収めた。
ネスコがアンナに耳打ちする。
「将軍というからにはシャーキに近い強さだ。あんな化け物を倒せるのは師匠しかいない。おとなしくしていれば、きっと助けに来てくれる。逃げたジャポも師匠に伝えてくれるはずだ」
「そうするしかなさそうね」
アンナたちは武器を捨てると、両手をあげて降伏の意を示した。
そのころ、ジャポは無林山に向かって泣きながら走っていた。
「オイラは間違ってない。やばい奴を見たら逃げろって言われたじゃないか! でも…、みんな卑怯者って思っているかも。見捨てたって思っているかも。何で逃げたのがオイラだけなんだよ!」
★
一方、無林山のガルバはというと、襲ってきた仮面の男たちを半殺しにし、死宝の振り子が激しく揺れて示した谷底に蹴り落していた。
「や、やめろ…。私は三将軍の一人、モトク・ハラシノだ。私を殺せば大将が黙って――ひいいいっ! ぎゃああああああああ―――っ!」
ガルバは落ちていく男の悲鳴に耳をすませ、谷底の深さを測る。
「そこまで、深くはなさそうだ。っておい! いつまでそこにいやがる」
崖の近くの温泉で、ルザンヌとアキが湯につかっていた。
ルザンヌの豊満な体とアキの引き締まった白い体は、男なら誰しも見入ってしまうだろう。
「だってえ、お肌にいいっていうじゃない。ねえ、アキちゃん」
「そうですね。肌がスベスベになった気がします」
「ガルちゃんもおいでよ。二人で洗ってあげる」
「わ、私は殿方の裸を見るのは…」
「アキ、あっちを向いてろ。俺様も汗をかいた」
ガルバが鎧を脱いで温泉に入る。
「い、いえ。私も見たい…じゃない! 洗います…」
アキは消え入りそうな声で言った。




