王都フォミニディ
グティンラ王国、王都フォミニディ。王家の名を関した都の城壁は、王家の持つ歴史を誇示するかのように高い。ガルバにとっては懐かしい光景だった。しかし、変化もある。街が城の外にまで大きく拡がっていた。
「魔物が消えて数年じゃここまでは発展しねえ。俺様はどれだけ封印されていたんだ? 裏切り者は皆、天寿を全うしました。じゃ、笑えもしねえ」
念のため顔の上半分が隠れる仮面をつけたガルバは黒鎧<班目>に目を閉じさせると王都に入った。まず情報が集まる場所である冒険者ギルドへ向かう。しかし、冒険者ギルドがある<冒険者通り>に入ると、情報は期待できないとわかった。
「すっかり、寂れちまったな」
かつて一攫千金を狙う冒険者たちが集まっていた通りは、冒険者たちの懐をあてにした娼館や酒場が立ち並ぶ歓楽街でもあった。かつて、娼館に必ず一人馴染みの娼婦がいたガルバは、むなしく踵を返した。
「あいつが生きてれば、何か知っているだろう」
次にガルバが向かったのはマロッキ商会だった。一介の行商人だった若きドーチン・マロッキは、早くからガルバのパーティー<唯我独戦>に目をつけ、専属商人としてガルバたちと共にのし上がった男だ。目端が利き、頭もよく回る。
道中、貴族の館が立ち並ぶ区画を歩いていると女の悲鳴が聞こえてきた。
ガルバが門から中をのぞくと、同じ制服を着た13歳前後の少年たちがボロをまとった同じ年ぐらいの少女に魔法を放っていた。小さな火球が少女の背に当たる。
「どうだ? 奴隷」
「熱いに決まっているでしょ…」
少女はよろよろと立ち上がると拳を握りしめた。オレンジがかった赤髪は雑に切られたのか不揃いで、肌は痣と汚れでかろうじて白色だとわかる。焦点の定まらない瞳には光が無かった。
「ギャハハ、どこ睨んでいるだよ。みんなもやってみるか?」
「僕らにもやらせてくれるの! じゃあ行くぜ。アイス!」
「サンダー!」
他の少年も魔法を唱える。石礫ほどの氷がアンナの額にあたり、脚は電流を受けたようにビくりと硬直した後、再び倒れこむ。
「生きているか、奴隷?」
「オルゴ様、いい加減にして…」
「あのチビの代わりに練習台になると言ったのはお前だろ? 奴隷同士の美しい助け合いだ。頑張って耐えろ。お前が死んだら、あのチビの番になるぞ」
ボロをまとった幼女が大男に髪を掴まれ持ち上げられていた。
ヘラヘラ笑っている大男に対し、幼女は大粒の涙を流して泣いている。
その嗚咽が少女の耳にも聞こえてきた。
「クッ…、わかってるわよ!」
「それでいい」
オルゴと呼ばれたおかっぱ頭の少年が得意げに鼻を鳴らすと、一人だけ魔法を放っていない少年を見た。
「王子もやろうぜ」
「もうやめよう。死んだらどうする」
「何言ってんの? こいつ奴隷だぜ。死んだら新しいのを買えばいいだろ。学園じゃ、殺人は退学だけど、奴隷なら遠慮なく魔法の練習ができる。王子は強くなりたくないのかよ?」
「だとしても、人相手に使うのは…」
「人じゃなくて奴隷だっての。魔物が減ったんだからしょうがないだろ」
他の少年たちもオルゴに同意する。
「王子は家畜を殺して食べないの?」
「それは食べるよ。生きていくために必要だから」
「家畜は殺していいけど、奴隷はダメっておかしくない? 奴隷は僕ら貴族が生きていくために必要なもの。王子は奴隷を見慣れてないから、可哀そうって思うんだろうけど、これって、当たり前のことだよ」
「そうそう。一々そんなことまで考えていたら、奴隷なんて飼えないよ」
三人に反対意見を言われ、王子は黙り込む。
オルゴは満足げにうなずくと、みんなをうながした。
「次は合わせ技をやろうぜ。4人が別系統の魔法を使ってさ」
王子が渋々と手をかざすと聖魔法を示す白い魔力が発光した。他の少年の手にもそれぞれ赤・黄・青の魔力が発光する。
「プチ五神封印! なんてね」
門前でつまらなそうに見ていたガルバが、条件反射のように飛び上がって門を越え、4つの魔法を右手でつかむように受けていた。手からは申し訳程度の煙が上がっている。
「ガキ、そのクソ呪文の名。どこで知った?」
「誰だよ、オッサン。よそ者か? 英雄譚に出てくる呪文なら王国の誰でも知っている。魔王と大魔王をやっつけた呪文だ」
「大魔王なんていたか?」
「英雄だと思っていた闇騎士ガルバが実は大魔王だったんだ。英雄譚で一番盛り上がるところさ」
「…くそったれ。そういう話になってやがるのか」
ガルバは少女を睡眠の呪文で眠らせると、肩に担ぎ上げた。
「コイツはもらっていく。奴隷契約を解け」
「待て! その奴隷は俺の物だ!」
「練習台なら、今の呪文で死んでいた。俺様が身代わりになったからチャラだ」
「そんなのわからないだろ。死ぬまでやるからな!」
「聞き分けのねえガキだな。班目、願いを叶えてやれ」
ガルバが黒鎧に命令すると鎧の目が一つ開き、紫色に光った。
オルゴが怯えたような声で叫ぶ。
「う、腕が勝手に上がってく! ファイア! か、勝手に口が動くぅ!」
オルゴはガルバに向かって延々とファイアを放ち続けるが、ガルバは気にも止めない。水滴にいちいち反応できるかといった態度だ。
徐々にオルゴの息が荒くなり、苦悶の表情を浮かべる。
「ファイア! ヒィ…、ヒィ…。このままじゃ死ぬ。ファイア! 助けて…」
「死ぬまでやりたいと言ったのはお前だ」
「それは俺じゃなくて奴隷のこと…。ファイア! 許して…」
大男が幼女を放りしてガルバに迫る。その手には剣が握られていた。
「この野郎! 坊ちゃまに何てことを! 相手は子供だぞ!」
「お前が言うな」
次の瞬間、ガルバは手を大きく振り下ろすと、大男の体は半分に圧し潰された。
「子供の体になったから勘弁してやる」
「これじゃあ、もう死んでるうぅぅ! ゲバッ…!」
大男は血を吐いて死ぬと、少年たちが悲鳴を上げた。
王子だけがオルゴの顔がチアノーゼで紫色に変わっていくのに気づき、ガルバに懇願する。
「おじさん、オルゴを許してあげてください! お願いします!」
「おかっぱ頭、奴隷契約を解くか?」
「はひ…」
オルゴが左腕につけた腕輪をかかげる。
「ど、奴隷、おまへとカムロン家の契約を解く。たすへて…」
班目が目を閉じると、オルゴは泡を吹いて倒れた。
少女の腕から奴隷契約を表す、数字の刻印が消える。
オルゴを介抱する少年たちを背に、ガルバは屋敷を後にした。
不慣れな作品を読んでいただきありがとうございます。
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