前職
グティンラ王国の南へ向かって走る馬車の荷台で揺られながら、ガルバは10枚の金貨のうち5枚を取り出すと、モンジとモヒンカンズに投げた。金貨1枚は宿屋を使いさえしなければ、一年は食事には困らない額だ。
アキはマロッキ商会からの給金があり、ルザンヌはこれまで貯めた金を宝石に変えて身に着けている。
ガルバは手のひらの金貨5枚を見て、テンションが下がった。
――血の流れを整えるための薬代で、マロッキからもらった金貨は消えた。今、考えるとマロッキの野郎にぼったくられたかもしれねえ。金魚の糞と臓器強盗の手袋を探すのも時間がかかる。金の心配をしながら旅をしたくねえ。
ガルバは御者をやっているアキに向かって言う。
「西の国境まで向かってくれ」
「ゴマシカ山脈は険しすぎて、馬車は通れませんが…」
「山脈の麓まででいい」
ゴマシカ山脈までは馬車で一カ月ほどかかる。途中の街ではガルバとアンナは宿屋に、アキはマロッキ商会の支店に泊まり、モンジとモヒンカンズは馬車の荷台で寝た。
その荷台での恒例行事が、ルザンヌの雑用係を決めるためのコイントスである。
ルザンヌだけは街で一番高い宿屋に泊まっていた。当然、出てくる料理は美味いし、ソファで寝ることもできる。だから、毎回白熱の戦いが繰り広げられた。ただし、いつもモンジだけは参加せずに外へ出かけていく。
「用事があるって出ていくけど、街ごとに用事なんてあるのか?」
モンジが歩いていく後姿を見ながら、チビモヒカンのジャポ・チカーバが言うと、デブモヒカンのランブー・タンが答える。
「きっと盗みだよお。きっと一人でいいものを食べてるんだあ」
「王都の盗賊団のことも詳しかったポ」
ノッポモヒカンのアケビー・キワノも同意する。
「はい、コインの表。今夜の雑用係は僕に決定」
メガネモヒカンのネスコ・マロがにやりと笑う。
「見てないよお!」「そうだポ!」「もう一回やれ!」
「勝負の最中に外を見ていたほうが悪い。戦いでもよそ見するつもりか」
ネスコはチャンピオンベルトを掲げるようにルザンヌのトランクを掲げ持つと、荷台から降りていった。
★
一カ月後、ガルバたちはゴマシカ山脈の麓に着いた。剣俊な山々が連なり、狩りをするにも大変な急勾配な山なので、平野で暮らす人々は誰も寄り付かない。山の民と呼ばれる人々が住んでいるだけだ。
「村人の話では、ここ数年、山に入って帰ってきた者はいないそうです。魔物がまだ生き残っているのではないでしょうか?」
近くの村でヤギを借りてきたアキが不安そうにガルバに聞いた。
「魔物っていうのは女王蜂と同じで、増やすことができるのは魔王だけだ。魔物同士では繁殖できねえ。寿命も十年程度だ。もし、今も魔物がいるとすれば、新しい魔王が誕生したか――」
新しい魔王という言葉に、皆がギョッとする。
「屍を扱う死霊導師だな。いや、それも違うな。こんな山に死体がわんさかあるとは思えねえ。確かに不思議だ」
「おやめになったほうがよろしいのでは?」
「不思議なもんは調べる、危険なもんには飛び込む。それが冒険者だ」
ガルバはアキに村人が一番恐れていた山を聞く。
「あの山です。村人は迷林山と呼んでいました。一度入ると出ることができないと」
「モンジ、モヒカンズと迷林山に入って探索しろ。これも修行だ」
「ガルバ様、あたしもみんなといっしょに修行したい」
ガルバはアンナを見て考える。
――並みの山賊なら死なねえ力はついた。だが、学校にいた期間が短くて魔法をろくすっぽ覚えていねえ。他のやつらも魔法の成績は良くなかった。
「山の三合目までってところか。ヤバそうな奴を見たら逃げろ。薬草と毒消草を切らすな」
「ガルバ様はどうするの?」
「アキ、隣の岩肌が多い山、あれに名前はあるのか?」
「迷林山と対になって呼ばれていて無林山と言います」
「そうか。俺様は無林山を登って、ミスリル鉱脈を探す」
ガルバは黒ずんだ矢尻がついている鎖を取り出すと、鎖の端を持ってぶら下げた。
「死宝の振り子という。その昔、鉱脈を見つられるといって、振り子を売る魔術師がいた。みんなが信じていたわけじぇなく、鉱山師のゲン担ぎとして流行ったんだ。ところが、魔術師が売った振り子が人を殺し始めた」
「振り子が襲い掛かってくるの?」
「違う。振り子の揺れが鉱山師を崖に導き、転落させる。魔術師は裁判で、呪具ではなく鉱脈を見つけるものだ、と反論したが認められず射殺された。鉱山師たちが皆、買った振り子を捨てたころ、崖の下にミスリル鉱脈があることがわかった。鉱山師たちは慌てて捨てた振り子を探したが一つも見つけることができなかった」
ガルバは死宝の振り子の矢尻の部分を指でつまむ。
「その魔術師の怨念がこもっているのが、自分を射抜いた矢尻だ。こいつは危険な場所にある鉱脈しか誘導しない。持ち主を試すのだ。疑ったり、躊躇すると、矢尻が持ち主の首を貫く。信じて進んで死ぬこともある」
話を聞きながらアキは、いつの間にか矢尻の揺れを見つめていた。頭がボーッとしてきたので慌てて首を振る。
「この振り子がガルバ様を王都からゴマシカ山脈に案内した、ということでしょうか?」
「そこまで広範囲で探せねえ。せいぜい1km圏内だ。この山脈は俺様が昔に当たりをつけていた場所だ。闇騎士になる前は鉱山師で食っていたからな」
「ガルちゃん、地道に働いていたことあったのね~」
横で聞いていたルザンヌが意外そうに言うと、皆がウンウンと頷いた。
「地道だが鉱脈を発見できれば大儲けだ。だからこそ、川や山から湧き出る温泉にミスリルの粒が落ちてねえかと、飽きるほど調べる。今回はコイツがあるからそこまではしねえがね」
「温泉! ガルちゃん、私も連れて行って!」
「わ、私もお供します!」
ルザンヌがガルバの左腕に自分の右腕を絡ませ、豊満な胸を押し付ける。
アキも対抗して腕を絡ませようとしたが、自分の胸を見て、ガルバの右手首を掴むだけにした。
★
ガルバたちが無林山に登っていった後、アンナたちは作戦会議を開いた。山道があるわけでは無いので、どこから登れば良いのかすらわからない。迷林山は20mを超える広葉樹に覆われているので、差し込んでくる太陽の光も少ない。何も考えずに進めば迷ってしまう。
メガネモヒカンのネスコが枝を持つと地面に山を二つ描く。
「まずは迷林山と無林山が繋がる位置を目指し、そこから迷林山を登ろう。強敵に遭遇したときや、迷ったときは無林山に向かって逃げればいい」
「獣がいるかなあ。久しぶりにお肉食べたいよお」
「魔物が出てくるかもしれねえぞ」
「怖くてドキドキしてきたポ」
「ワクワクもよ。きっと冒険者っていつもこんな気持ちなんだわ」
方針が決まり、アンナたちは山の中へ入っていく。
剣を抜き、茂みを斬りながら進むが、半日歩いても、鳥の鳴き声が聞こえるだけで、獣の痕跡を見つけることすらできなかった。
デブモヒカンのランブーが腹を撫でながら叫ぶ。
「おおい! お肉ぅ! 出ておいでえー!」
「ランブーったら、大声出したら、余計獣が逃げちゃうわ――キャッ!」
アンナが転ぶと、遠くでカラカラという音がした。
「痛ぁい。もう、蔓がそこら中に張っていて、歩きづらいわ」
モンジが傍で屈みこむ。
「これは蔓じゃねえ。人が張った紐だ。この山には人がいる」
「山の民かな?」
「それを調べるのが冒険者だって師匠が言っていただろ」
さらに山の中をネスコとモンジを先頭に進んでいく。
すると、突然ネスコが肩を押さえて膝をついた。
「弓矢だ! 気をつけろ!」
「え!? どこにもいないわ」
「どこ! どこ!」
アンナたちが周りを見ながら言う。
ネスロを庇うように立ったモンジが、矢が刺さった傷口を見て叫ぶ。
「アンナ、上だ! 上に敵がいる!」
アンナが見上げると、大樹の枝に木製の仮面を被った男が数人立っていた。




