旅立ち
花に囲まれた庭園のテーブルにはドラゴンのテールステーキが並べられている。テーブルには、アカツキ、ガルバ、ソフィー、ミカエル、アンナ、シャルロットが座っていた。アカツキが座るべき上席の椅子は無い。ガルバが、気に入らねえ、と言って壊したからだ。ガルバは白いローブ姿ではなく、闇騎士の姿で座っていた。
ガルバは王宮料理長が調理したステーキを見て不満顔になる。
「カリカリになるまで焼けよ。せっかく良い肉が台無しじゃねえか」
「だからレアにしているのだ。味音痴め。ウェルダンだと肉の良さが死ぬ。シュンカに散々、言われたのを忘れたのか」
「何が美味いかを人に決められてたまるか」
ミカエルが黙って席を立つと庭から出て行った。その後を、アンナが追いかける。
「ほら見ろ。お前のガキも焼き加減が気に入らねえってよ」
「貴様はどこまで鈍いのだ。救ってくれたドラゴンの肉を食べたいわけがなかろう」
「食わねえほうが、ドラゴンに悪りぃ」
ガルバはミカエルのステーキにフォークを突き刺す。
「おじ様、シャルロットが焼いてあげる」
金髪のストーレートに大きなリボンをつけている幼女が地面に届かない足をプラプラさせながら、手を前に突き出すと炎がステーキを包んだ。
「ありがとな、嬢ちゃん。ミカエルよりセンスがある」
「エへへ。炎は好きなの」
「好きってのは上達の早道だ。何でも燃やしゃいい」
「いいの!」
「娘に余計なことを吹き込むな。早く本題を話せ。いつ出ていくのだ」
アカツキがガルバと渋々ながら会食しているのは、ガルバが王都から離れるので最後の挨拶をしたいと言ってきたからである。
「その前に約束を果たせ。闘技大会ではアンナが勝った。俺様を裏切った理由を話せ」
「正式な決着の前にドラゴンが現れた。それに貴様が勝手に言っただけで、余は話すとは約束していない」
「せこい言い訳しやがる。てめえ、それでも国王か?」
アカツキは横を向いて答える。
「…人類の大義のためだ。これで満足したか」
「うす汚ねえ言葉を吐きやがる」
「黙れ! 皆が闘技大会で助けられたと止めるゆえ、余が堪えているのを忘れるな。出ていかねば斬る!」
「ああ、出ていくさ。俺様の代わりにアンナがお前をぶっ飛ばしてくれたからな。実に痛快だ。お前、案外隙があるんだな」
「人に呪具を仕込むなど、外道すぎて思いもつかぬ。第一、貴様も知らなかったではないか」
闘技場での一件の後、アカツキはアンナを魔物として討とうとしたが、ガルバが呪具のことを説明して、アカツキを止めたのだった。
ガルバがアカツキに手のひらを差し出す。
「なんだ、その手は?」
「ドラゴンを助けた礼とゴーレムから騎士団を守ってやった礼をよこせ。マロッキが帰ってこねえから金がねえ。金貨10枚でいい」
「断る」
「困ったな。出ていきたくても出ていけねえ。ドラゴンを見つけて肉を売りさばくか。いるんだろ? ここに」
「…どこまで知っている?」
ガルバは答えない。
アカツキは使用人に金貨10枚が入った皮袋を用意させると、ガルバに渡した。
「答えてやろう。何も知らねえ。これで満足か?」
「貴様!」
「なら調べてやろうか。この金貨で俺様は動かねえ。安いもんだろう」
アカツキは立ち上がると、刺突剣を抜き打ちした。
剣を返したとき、ガルバのフォークに刺さっていたステーキがアカツキの剣先に刺さっていた。
シャルロットが手を叩いて喜ぶ。
「お父様、すごーい」
「てめえ、俺のステーキを!」
「息子のステーキだ。用が済んだら、さっさと帰れ」
ガルバは立ち上がって椅子を蹴り飛ばすと帰っていった。
アカツキも食事を終わらせ王宮内に戻っていく。
ソフィーはため息をつくと、シャルロットの頭をなでる。
「陛下もガルバ殿もお行儀が悪いこと。あなたは真似しちゃだめよ」
「はあい。お母様、わたし、あんなにおしゃべりするお父様を初めてみたわ。仲良しなの?」
「ホホホ。そう見えたとしたら、あなたには特別な才能がありますね。わらわにはつまらない意地の張り合いにしか見えなかったわ。でも――妻の務めとして二人の過去の関係を知っておくのも必要ね」
ソフィーは執事に、カムロン内務大臣を王妃の部屋に呼ぶように命じた。
★
アンナは王宮内の回廊でミカエルを捕まえると、ガルバのことを謝った。
「ごめんね。ああ見えてガルバ様って無神経なの。って、見た目通りか。うふふ」
「アンナが謝らなくていいよ。それより本当に王都を出ていくの?」
「ええ。身を守れる程度は強くなったしね」
「…僕のことまだ怒っている?」
「もうカンカン!」
「やっぱり…。だから出ていくんだ」
「嘘よ。もう気にしてないわ。ナイラさんと仲良くね」
「あれは違うんだ! 父上と母上の罠で!」
ミカエルは闘技大会で、ナイラと無理やりパーティーを組まされたこと、ナイラのキスもソフィーの指示だったことを説明した。
「これで、はっきりわかったわ」
「良かった! だったら、王都に!」
「そうじゃない。わかったのは、ミカエルの両親はそこまでして、あたしをミカエルに近づけたくないってこと。ガルバ様もずーっと怒ってる。あたし、憎まれてまで人を好きになりたくない。だから、これはちょうどいい機会なのよ」
「そんな…」
「情けない顔をしないで。ミカエルは世界でたった一人の竜騎士でしょ。あたしなんかよりずっと強いわ」
「アンナも僕を一人にするんだ…」
「違うわ。どこへ行っても友達よ。ミカエルがピンチと聞いたら必ず助けに来る。それじゃ、元気でね!」
アンナは明るく言うと、手を振って去っていく。
回廊を曲がるとモンジが立っていた。
「好きだったんだろ? いいのか?」
「また覗き見?」
「師匠の命令で王宮を探っていたら、お前らが来ただけだ」
「貴族は平民のことなんてすぐ忘れる。モンジが言ったじゃない」
「まあ…、そうだけどよ…」
アンナの目に涙が浮かんでいるのを見て、モンジは何も言えなくなった。
一人残されたミカエルは暗い顔で沈んでいた。
「なんだよ。自分だけすっきりしてさ…」
ミカエルは振り返ると、回廊の角に向かって声をかけた。
「ナイラ、見ていたんだろ。僕の情けない姿を」
ナイラが気まずそうに回廊の角から出てきた。
「悪気があったわけではございません。殿下の護衛に戻りましたので…」
「僕の護衛から外してもらうよう父上に言うよ。顔を見たくない」
「殿下…」
「ナイラの立場はわかっている。それでも、許せないんだ…」
ミカエルは地下室へ向かって歩いていったが、ナイラは後をついていくことができなかった。
闘技場の一件以来、ミカエルは一人で地下室に入ることを許されていた。
地下への階段を降り、近衛兵に1枚目の扉を開けさせると、2枚目の扉の鍵を自分で開ける。
研究室と呼ばれる大きな部屋には、青い液体が入ったガラスの柱が数十本立ち並んでいた。青い液体の中にはドラゴンの赤子が目を閉じて浮いている。
「独りぼっちになったよ。みんな早く大きくなって。もう僕には君たちだけだから」
ミカエルは翼の大きいドラゴンの赤子が入ったガラス柱を手で撫でる。
何度か訪れているうちに、ミカエルが気にいった赤子だった。
「不思議だね。君はまだ眠っているのに、僕は君が好きになっている――そうだ。君に名前をつけてあげる。アンナ。いい名前だろ?」
研究室の奥から紫に金の刺繍が入ったローブを着た老人がミカエルに近づいてくる。
「精が出るのう、王子。赤子のドラゴンへ語り掛けるのはいいことじゃ。主人と従魔の絆がより深まる」
「竜の血を体に入れれば、博士のようになれるのでしょうか? 僕は竜に近づきたい」
竜鱗の肌を持つ老人は首を振る。
「賢い考えではないのう。王子の体は一つしかない。実験の失敗はつきものだ。わしを見ろ。強靭な体と4本の腕を手に入れたが、老人のようになってしまった。だから逆に人の血を竜に入れる手法に変えた。これなら何度でも実験ができる」
「実験に失敗したドラゴンはどうなったのです」
「引き取り手がおる。王子に敵意を見せたドラゴンは幼いうちにそやつに渡した。そして、王子に親しみを見せたドラゴンだけを残して交配させ、より親しみが深く、巨大な種を残していく。地道な作業ではあるが、確実だ」
「騎士団が乗る馬も、交配を何代も重ねて頑丈で脚の早い種を作ったと聞いたことがあります」
「よく知っておるな。ただ、わしは気が短くてな。ドラゴンが交配できるまで成長するのを待たず、幼体から体の小さな小さな一部を取り出して結合させ、交配を重ねていく」
「そんなことができるのですか?」
「わしにしかできぬ。だからこそ至福なのじゃよ」
そう言うと、老人はカラカラと笑った。
★
数日後、ガルバはアンナと旅に出る。
二人の後を、モンジとモヒカンズが追いかけてきた。
モンジが文句を言う。
「師匠、黙って出ていくなんてヒドイぜ」
「アンナ、話すなといっただろうが」
「だって、お別れの挨拶をしたいもの。ガルバ様のほうが変よ」
モンジたちがガルバの行く手に回り込んでひざまずく。
「俺たちもいっしょに連れて行ってくれ。もっと強くなりたいんだ」
「ガキの面倒はアンナだけで間に合っている」
「きっと、人が多いほうが臓器強盗の手袋も見つけやすいわ」
「そうよ、ガルちゃん。雑用係は多いほうがいいわ」
後ろから二頭立ての荷馬車に乗ったルザンヌがやってきた。
馬の手綱を持っているのはマロッキ商会のアキだ。
「何しに来た?」
「教頭を辞めたの。ゾクゾクしない学校になんて興味がないわ」
「旦那様からガルバ様が王国を出るまで警護するように命じられました」
「監視だろ。まあ、アキなら構わねえけどな」
「ガルバ様…」
アキが顔を赤らめるのを、ルザンヌが目ざとく見つけた。
「ちょっと、ガルちゃん! この女と寝たんじゃないでしょうね!」
「そ、そんな。添い寝をしていただいただけです」
「ふうん。ガルちゃん、荷台で寝ましょう。添い寝だけじゃすませないけど」
「ルザンヌさん、マロッキ商会の荷馬車で不謹慎なことをはやめてください!」
「うるせえぞ、てめえら! 俺は荷台で寝る。ルザンヌは入ってくんな」
「え~、ガルちゃんのいけず~」
体をくねらせるルザンヌを無視してガルバが荷台に乗り込んだ。
その後、アンナがモンジたちと荷台に入ってきた。
「おい、コラ! 勝手に」
「みんなは師匠についていくじゃなく、ルザンヌさんの雑用係で乗っているだけよ。ねえ、ルザンヌさん」
「これで補欠科の恨みっこは無しよ」
「いいわ。じゃあ、出発しんこーう!」
アンナの言葉でアキが馬に鞭を打つと、荷馬車がガラガラと音を立てて動き出す。
ガルバの思惑とは異なり、大所帯での旅出となった。
★
魔王の間に黒円が発現し、中からエルザが現れる。エルザが指を鳴らすと、壊れたガラス柱の中に小さな炎が灯る。ぼんやりとした光は青い灯篭が並んでいるようで美しい。
エルザは魔王の石像の横を過ぎ玉座に座る。正面にはガルバが破壊した扉があった。
背後の闇にいくつもの光が浮かぶ。
「しくじったな、エルザ」
「ガルバは誘い通りにゴーレムの安全装置に気づき、あの位置にきた」
エルザはそう言って目を閉じると、背もたれに頭を預けた。
「急ぐから見落とすのだ」
「新しい聖魔法の多重攻撃も狙い通り。後は塵になるだけ。完璧だった」
「だが、やつは無傷だ。奇跡でも起こったか?」
「ガルバが神父になっていたなんて、奇跡の他に言い表せる?」
「お笑い草だな。究極まで純度を高めた聖魔法が仇となるとは」
「聖職者になっているなど、誰が予想ができる」
「選択肢があれば可能性はある。体は変わっても、頭はまだまだ人間だな」
「ならば天界の門を開き、導いてみせろ」
「神はリスクを取らない。万に一つもだ。だから永遠であり続けられる」
「そう…」
エルザが立ち上がる。
「新しき魔王よ。戦を育み、雲を衝く屍の山を見せてみろ。そうすれば門は開く」
エルザは右手から光を放つと魔王の石像を破壊した。
「エルザでいい」
「魔王と呼ばれるのは嫌か。フハハハハハ!」
笑い声が魔王の間に響き渡った。




