ドラゴンの主
闘技大会の場はドラゴンとゴーレムの出現により、惨劇の舞台へ変わった。
逃げ遅れた観衆が、観客席ごとゴーレムの拳で潰されていく。
逃げようとしないのは、重傷で動けないミカエルと、ナイラ、アンナ、ガルバだけで、その仲間に渋々、モンジが加わろうとしていた。
モンジはアンナを連れて逃げたかった。しかし、アンナはミカエルを死なせない、といって、ドラゴンと戦い始めたので、やむなく参戦せざるを得なくなったのだ。
モンジは二つの短剣を指先で回転させながらドラゴンを見る。
「助けるどころか、全員、殺られちまうって」
そのとき、ナイラはドラゴンが前足で攻撃するのを必死で防いでいた。ドラゴンは目が見えないが、臭いでだいたいの位置がわかるようで、おおざっぱな攻撃を仕掛けてくる。
ナイラはよけようとせずに固い爪を剣で受けた。ミカエルが重傷で倒れているため、ミカエルを守るナイラも動いて避けることができなかった。
「前足を傷つける程度じゃ、ドラゴンは止まらない。頭や腹を狙いたいが、殿下から離れるわけにもいかない。どうすれば打開できる?」
ナイラが悩んでいると、ドラゴンが泣き声とともに頭を振り、アンナが落ちてきた。
「頭を刺そうとしたけど、ヌメヌメしていて深く刺せなかったわ」
「どういうつもり?」
「ミカエルを守るために、ずいぶんと傷を負ったのね。あなたの愛を認めてあげる。ドラゴン、あたしが相手よ!」
アンナが大声を出してドラゴンの注意を引いた。
ナイラが一息つくと、モンジがポーションの瓶を投げてきた。
「救護班が置いていった物をくすねてきた。これを飲めばまだ戦えるだろ」
ナイラは受け取ったポーションをミカエルに飲ませた。
モンジが慌てて止めようとする。
「おい! それはあんたのために持ってきたんだ! ミカエルに飲ませたって起き上がる程度しか、回復しねえだろうが!」
「殿下を頼む。貴様の身軽さなら担いで逃げきれるはずだ」
「ったくよー!」
モンジは頭をくしゃくしゃさせる。ツンツン髪が前に垂れてきた。
「いけすかねえモテ男と二人っきりなんてゴメンだ。あんたが連れていけ」
「しかし、それでは貴様が…」
「救護班のところまで行け。まだ少しだけポーションが残っている」
「…感謝する」
モンジもドラゴンに飛びかかり、注意を引くための攻撃を仕掛けた。
その隙にナイラはミカエルを担いで移動する。しかし、ドラゴンは体を捻り、行く手をふさぐように前足を叩きつけた。
モンジがアンナを見る。
「なんでヌメヌメがナイラたちに気づくんだよ、逆を向いていただろうが!」
「全員、許さないつもりかも」
「傷をつけた私に対して怒っているのだろう。やはり貴様に殿下を預ける」
「だったら、俺がもっと傷つけてやればいいだけの話だろ」
「モンジ、後ろだ!」
ナイラが叫ぶと。モンジの全身が影に覆われた。
次の瞬間、ゴーレムの拳が振り下ろされ、間一髪でモンジが飛んでかわす。
「なんで、コイツまで! こっちにくんだよ!」
「観客席に誰もいないわ!」
モンジが観客席を見ると、大量の死体だけがあり、動いている人間はいなかった。辺りを見回すと、外壁が開いた斜塔の中にガルバがいるのを見つけた。
「師匠は何をやってんだ! おい、ゴーレム。狙うなら、白いローブのオッサンにしろ!」
ゴーレムは拳を振り上げると、今度はナイラとミカエルに振り下ろした。
アンナの顔が青ざめる。
「ミカエルを担いだままじゃ避けられない。剣で受け止めようとしても、あの拳の重さだと、二人が潰されちゃう!」
そのとき、ドラゴンがゴーレムの腹に頭から体をぶつけるように突進した。
ゴーレムが土煙をあげて倒れる。
アンナとモンジが顔を見合わせた。
「なんでヌメヌメがタックルしてんだ? 仲間割れか?」
「獲物を取られるのが嫌とか?」
「違う。師匠の頭の悪さを、弟子まで真似る必要はない」
闘技場の入り口からアカツキと騎士団が入ってきた。
アンナとモンジが安堵した声を出す。
「国王! 騎士団もいるわ!」
「やれやれ。これで助かったぜ」
アカツキが青と黒が中心を境に二色に塗られているマントをつけた鎧の騎士に命令する。
「騎士団長、ゴーレムに矢は無意味だ。囲んで槍を投擲しろ。動きが遅いからといって油断するな」
「ハッ!」
「軍楽隊は<守護天使の曲>を」
ラッパの音とともに騎士団がゴーレムに向かう。
闘技場の地面がぼんやりと発光した。
「なんで、ゴーレムだけ? ドラゴンはどうするの?」
アンナの疑問には答えず、アカツキはナイラの側に歩み寄る。
ナイラがアカツキの姿を見て安堵の涙を浮かべた。
「殿下は生きておられます」
「卿を弟子に持てたのは、余の誇りだ。もう休め」
「陛下…」
その言葉で気が抜けたのか、ナイラは気を失った。肩を担いでいるミカエルごと倒れこむのを、アカツキが左手で支えた。ミカエルだけが地面に崩れ落ちる。
ドラゴンが口を開いてミカエルに迫ると、アカツキは離れていった。
「…父上は僕がドラゴンに殺されてもいいの?」
「まだ、気づかぬのか。愚か者め」
アンナとモンジが助けようと動く。
「ミカエル、危ない!」
「息子を食わせるなんて、何考えてやがる!」
「動くなっ!!」
モンジとアンナは上から押しつぶされそうな圧を感じて膝をついた。
「これって、師匠の大殺気か?」
「似ているけど違う。それより、ミカエルが! ああっ!」
モンジは目をそらし、アンナは目をつぶる。
しかし、二人の耳に聞こえてきたのは、ミカエルの断末魔ではなく笑い声だった。
アンナが薄目を開けると、ドラゴンがミカエルの体を舐めていた。
ミカエルは応じるようにドラゴンを撫でる。
「夢にいつも出てきたのは君だったんだね」
顔をあげたがモンジが状況を理解できず、アンナを見るが、アンナも首を振った。
アカツキが二人に向かって言う。
「ドラゴンはミカエルを守ろうとしていたのだ」
「血まみれのミカエルを見て、側にいる、あたしたちを敵だと思ったってこと?」
「人を守るドラゴンなんて、伝説でも聞いたことねえぞ」
「ミカエルは世界で初めての竜騎士だ。そうなるよう余が育てた」
一方、ガルバは塔から出てくると、騎士団と戦っているゴーレムを眺めていた。表面こそ槍を跳ね返していたが、関節部分には何本もの槍が刺さり、動きが鈍くなっている。騎士団のほうは馬を操りゴーレムの拳をかわしていた。
「昔と変わらねえじゃねえか。ウスノロ、少しは進歩してんだろ。見せてみろよ」
ゴーレムが上体をそらすように両手を挙げたが、騎馬の速さでかわせると思っている騎士団がひるむことはなかった。
すると、ゴーレムは腕を振り下ろさず。肘関節を軸に拳をドリルのように回転し始めた。肘関節に刺さっていた槍が落ちていく。そのまま、ゴーレムは両拳を観客席に打ち付けた。
砕けた破片が高速で騎士団に襲い掛かる。兜ごと首を吹き飛ばされる者、鎧に破片がめり込み落馬する者、鎧がない馬は体のどこに当たっても致命傷で、あたりには人馬の断末魔が響き渡った。
騎士団長が馬を降りて盾を持つように指示を飛ばす。
その横にガルバは立つと、アカツキの隣で観戦したのを知っている騎士団長が驚いた。
「ガルバ殿! まだ逃げてなかったのか?」
「破片は防げるかもしれねえ作戦だが、今イチだな」
「余計な口を挟まないでもらいたい――あっ!」
徒歩になった騎士の中で、ゴーレムの拳から逃げきれない者が出てきた。
「ハンパが一番ダメだ。やるのなら徹底しろ。ゴーレムの飛ばす破片に対し盾以外は無意味。鎧も捨てさせろ」
「騎士の魂を捨てるわけにはいかない」
「フン。なら、命を捨ててろ」
騎士団長はゴーレムの拳を避けるべく、間合いの外から投擲するように命じた。これにより、危険は減ったが、投擲の精度と威力が落ち、投げる槍も無くなってきた。再び、攻撃を仕掛けるためには、ゴーレムの足元に落ちている槍を拾いにいかなければならない。
騎士団長は唇を噛むと、騎士団に鎧を脱ぎ捨てるよう命じた。
「素直になったな。お前らが捨てたのは魂じゃねえ。いらねえプライドだ。次は盾を二枚重ねで持たせろ。二枚目は死んだ兵から取りゃあいい」
「…助言、感謝する」
騎士団長は騎士に盾を二枚重ねで持たせ、投擲する騎士と二人一組で動くよう命じた。
そうすると、騎士は死なずに戦えるようになったが、ゴーレムの動きを止めるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
膠着状態を破ったのはゴーレムだった。ゴーレムの拳の親指大の大きさの頭の口が開き、細い一筋の光が放たれると、一人の騎士が二枚重ねの盾ごと貫かれた。
騎士団長が驚きの表情でガルバを見る。
「ガルバ殿、あれはマジックアローか? 威力は桁違いだが…」
ガルバは騎士団長の鎧をコンコンと鳴らす。
「あの攻撃を防げるのはお前のミスリルの鎧ぐらいだ。これからは、死人が増える。後は俺様に任せろ。素直に言うことを聞いた褒美だ」
ガルバは杖一つでゴーレムに向かっていったので騎士団長は慌てたが、ゴーレムは騎士を攻撃するばかりか、ガルバに目もくれない。
「ガルバ殿、一体どういうことです!」
ガルバはゴーレムの背に飛び乗ると、頭の場所まで上っていった。
騎士たちは苦も無く上ったガルザを、信じられないような顔で見ている。
ガルバがしゃがみ込んで間もなくすると、ゴーレムの動きが止まった。
「おお! ゴーレムが止まった! 急所をついたんだ!」
騎士団の歓声を聞きながら、騎士団長は呆然と立っていた。
「何という御方だ。ガルバ殿はずっと急所を見定め、一人で倒した」
ガルバは誰かに言い聞かせるようにつぶやいた。
「セーフティをかけてるようじゃ、何億年経っても俺様には勝てねえ」
「そうかしら」
ガルバが振り向くと太陽を背に六翼を広げた女が見下ろしていた。その姿はかつての<唯我独戦>の一人、大賢者エルザ・ホイスーンだった。周りには無数の魔法陣が浮かんでいる。
「エルザ…、人を捨てたのか」
「ええ。神になったの」
「馬鹿野郎が…。じゃあ2回ぶっ飛ばさねえとな」
「無理よ。以前の私は違う」
エルザが左手をあげると魔法陣から光の槍が獲物をうかがうようにゆっくりと出てきた。
「魔法陣の複製による飽和攻撃。芸達者になったな」
「天魔反槍」
無数の光の槍がガルバに襲い掛かり、光がゴーレムを覆いつくす。
「さようなら、ガルバ」
エルザは転移魔法で黒円を発現させると、その中へ消えていった。
競技場にいるすべての者が光に気を取られている間も、ミカエルは泣き叫んでいた。その傍らではドラゴンも苦しそうに泣いている。白い皮膚はただれるように溶けていた。
「父上! ドラゴンの体が崩れていく! 助けてあげて!」
「手遅れだ。アースドラゴンは幼体時に地中で育ち、成長して陽の光に耐えられるようになってから地上へ出る。だが、主の危機を感じて飛び出した。地上で生きられぬのを知っていてな」
「僕のために…」
「瀕死になっても負けを認めぬからだ。くだらぬ意地のせいで大切なドラゴンを失った。主なら息を引き取るまで、そばにいてやれ」
「くだらない意地なんかじゃないわ! あたしの心を変えたもの! だいたい国王は…」
「娘、何が言いたい?」
アンナの言葉に、アカツキはわずらわしそうに答える。
「ちゃんとミカエルに説明しておきなさいってこと!」
「殺されるぞ! 馬鹿!」
アンナはモンジの制止を振り切るとアカツキに向かって飛びかかった。
アカツキが左手で払おうとする。
しかし、左手の動きが止まり、アンナの右拳がアカツキの頬にめり込んだ。
アカツキの体はふらつきもしなかったが、ありえもしない光景に全員が静まりかえる。
「娘、油断したぞ。麻痺を隠し持っていたとはな」
「何それ! そんなの知らないわよ」
「余に迫る刹那、瞳が赤く光った」
「へ!? そうだったの? モンジは見てた?」
「いや、見逃した」
モンジの脳裏に、アンナが教師を殴ったときのことがよぎった。
「麻痺か。俺より遅いアンナが殴れたわけだ」
アンナはハッとする。
「そんなことどうでもいいわ。ミカエルに謝って! ねえ、ミカエル。何してるの?」
皆がアカツキとアンナに注目する中、ミカエルは一人でドラゴンが出てきた穴を手で掘っていた。
「地中に戻すんだ」
しかし、20mを超す穴をドラゴンが生きている間に掘り返すことが無理なことは、誰の目にも明らかだった。
「…あたしも手伝うわ。モンジもお願い」
「へいへい。ここまで来たら何でも付き合うさ」
アカツキが侮蔑の表情で首を振る。
「馬鹿な真似はよせ。王子ともあろう者が、皆の前で恥をさらすな」
「馬鹿はてめえだ」
ゴーレムの頭に座っているガルバが笑う。
ガルバがゴーレムの頭を触ると、ミカエルのほうへ動き出す。
「やはり、貴様が使役していたのだな」
「こんなウスノロ、俺様の趣味じゃねえ。使役するのは今からだ」
「先ほどの光は何だ?」
「知らねえ」
騎士団がアカツキを守るように集まると、騎士団長が叫んだ。
「ガルバ殿、我々を守るのではなかったのですか!」
「助けただろうが。次はドラゴンの番だ」
「貴様もそろって穴を掘るのか?」
「掘るのは俺様じゃねえ、なあ、ゴーレム」
ゴーレムは両手をあげると肘を軸に拳を回転させる。今までとは違い、強風を起こすほどの速さだった。
「ガキども、死にたくなけりゃ、そこをどけ!」
アンナとモンジはミカエルを掴むと、素早く離れた。
ガルバがぼそりとつぶやく。
「力を出し尽くせ。一滴も残さずにな」
ゴーレムが猛回転する拳を地面に叩きつけた。
大量の土が宙へ舞いあがり、その中にはゴーレムの一部と思われる鉱石の破片もあった。
巨体が煙を上げて赤くなり、沈んで見えなくなる。
「よくやった。もういいぞ」
ゴーレムが穴から出てくると、肘から先が無くなっていた。目の光がゆっくりと消えていく。
「アカツキのガキ、穴は通じた。ドラゴンを誘導してやれ。これは俺様からの餞別だ」
ガルバはそう言うと、両手からヒールの雨をドラゴンに降らせた。
ミカエルはドラゴンに優しく語りかける。
「さあ、あの穴から家に帰ろう。僕が見送ってあげる」
ドラゴンはキューッと鳴くと、ゴーレムが掘った穴へ潜っていった。
振り返ってミカエルが頭を下げる。
「ガルバさん、ありがとう」
「礼はいらねえ。餞別返しはこの場でもらう。アンナ! 剣を寄こせ!」
アンナが空高く剣を放り投げると、ガルバはゴーレムから飛び降り、宙でつかんだ。
その剣で地上にわずかに見えるドラゴンの尻尾を切り落とす。
ドラゴンが大きな声で鳴くと、ミカエルとアンナがガルバを睨んだ。
「助けてくれたんじゃないのか!」
「ガルバ様、ひどい!」
「騒ぐな、ガキども。ドラゴンの尾は再生する」
「だからって!」
「やかましい! アースドラゴンの幼体は、地上じゃお目にかかれねえ代物だ。食わなきゃ、一生後悔する」
モンジが呆れた顔で言う。
「師匠はすげえんだけど、これだから尊敬できねえんだよなあ」
「尊敬なんて呪いはいらねえ。俺様を敬うのは俺様だけでいい」
こうして、波乱の闘技大会は幕を閉じた。




