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闘技大会②

 王立闘技場であれだけ湧いていた歓声が止まった。

 Bブロック代表戦でのありえない光景に司会者が叫ぶ。


「信じられないことが起こりました! 戦いの最中、なんと殿下とナイラがキスをしています。これは公開告白なのでしょうかっ!」


 観衆から冷やかしの声や指笛が鳴り、戦っている両パーティーの動きも止まった。

 状況が呑み込めなくて固まっているミカエルに対し、キスをしているナイラは目でアンナを挑発していた。

 アンナの声が震える。


「嘘でしょ…。ミカエル、どうして…?」


「言ったろ。王子の目に映っている女はアンナだけじゃない。遊ばれたのさ」


「モンジ…、胸が苦しいよ…」


 胸を押さえるアンナを見て、モンジは目を伏せた。


「…悪りぃ。俺が無神経だった」



 貴賓席でもガルバが胸を押さえていた。隣のルザンヌがガルバの顔を覗き込む。


「どうしたの? ガルちゃん」


「…胸がキューっと締め付けられる」


 ガルバがポケットから薬瓶を取り出そうとしたとき、ルザンヌが言う。


「ガルちゃん。ナイラが好きだったの?」


「なんでそうなる?」


「失恋したときみたいだもの。私もガルちゃんが封印されたと聞いたとき、そうなったわ」


「馬鹿言ってんじゃねえ」


 そう言うと、ガルバは手のひらに収まる大きさの薬瓶を取り出して飲んだ。

 しかし、胸が締め付けられる感じに変化は無かった。


――いや、馬鹿は俺様かもしれねえ。


「ルザンヌ。アカツキはアンナとミカエルがつきあっているとを言っていたが、お前から見てどう思う?」


「つきあっていたと言ったほうが正しいかも。アンナの落ち込んでいる姿を見れば誰だってわかるわ。ガルちゃんってホント、鈍いわよねえ」


 逆隣に座っているアカツキが鼻で笑う。


「まったくだ」


 アカツキの表情が物憂げに変わり、ボソリと言った。


「鈍さが人を苦しめることもある」


 ガルバの耳にはアカツキの言葉は入っていなかった。

 持っていた薬瓶を握りしめる。粉々に砕け、サラサラとガラスの粉が落ちた。


――今までの胸の動悸はアンナの恋が原因で、ずっと気にしていた病気は恋煩いだってえのか。間抜けな話だ…。病気に悩まされなくて済むのは最高だ。だが、俺様の弟子をもて遊んだのは最悪だ。


 ガルバは立ち上がると、アンナに向かって叫んだ。


「アンナ! うつむいてんじゃねえ!」


「ガルバ様! あたし、もう何も信じられない。こんな世界なら死にたい!」


「無理だな。もう、奴隷時代のお前じゃねえ。光を知り、仲間を知った。前の二人を見て、もういっぺん自分の心に聞いてみろ。どうしてえかってな!」


 アンナはミカエルとナイラを見つめる。

 すると、弱弱しかったアンナの目に力が戻ってきた。


「あたしの心を傷つけたあの二人を――ぶっ飛ばす!」


「それでこそ、俺様の弟子だ」


 ガルバがニヤリと笑うと、アンナが飛び出して、ミカエルに剣を振り下ろした。

 ナイラが庇うように剣で受ける。


「私が相手よ。あなたは殿下の相手にふさわしくない」


「盗人が言ってくれるわね。初めてよ。こんなに頭に血が昇ったのは!」


 アンナがナイラに猛攻撃を仕掛けた。

 呆然と見ているミカエルの前にモンジが立つ。

 その両手にはミカエルパーティーの生徒二人を引きずっていた。


「これで2対2だ。モテ王子」


「違う! あのキスはナイラが無理やり!」


「まいったな。アンナを傷つけて、なお被害者面してやがる」


「そんなつもりは…」


「無いんだろう? そうさ、お前ら貴族は無自覚に人を傷つける。魔物と何も変わらねえ。なぜだかわかるか? 痛みを知らねえからだ。剣を構えろ。俺が痛みを教えてやる」


 モンジは短剣を両手に握ると、風のように襲い掛かった。



 貴賓席ではソフィーがアカツキに微笑んでいた。


「対戦相手が変わって、真剣勝負になったでしょ?」


「これではパーティー戦とは呼べない。二つの個人戦。ガルバの戦い方だ」


「そうね。お仕置きのためには仕方がありませんわ」


「お仕置き? 誰にだ?」


「ミカエルに手を出したアンナをナイラが、そしてモンジはミカエルを」


 ソフィーの言う通り、アンナが一方的に攻撃を加えているようにみえるが、クリーンヒットは無い。逆に時折反撃するナイラの攻撃が当たっていた。


 モンジがアンナに向かって叫ぶ。


「冷静になれ! 考えていた作戦通りに行動しろ!」


「嫌よ! この女はあたしが倒す!」


「アンナの力じゃ、無理だ! 作戦通りにやれば倒せる。俺を信じろ!」


「…わかったわ」


 アンナは一歩後ろに飛びのくと、口を尖らせて、ホッ、ホッ、ホッと早い呼吸をはじめた。

 会場にいる生徒から、タコ顔の剣士になった!と声があがる。


 ナイラはアンナの姿をみて、自らも呼吸を整えた。


「殿下が言っていた呼吸法。守りながらのスタミナ勝負。仕留めるのが難しくなる。そして時がかかれば…」


 ナイラはミカエルのほうを見る。モンジの攻撃でミカエルの傷が増えていた。


「殿下が先に倒される。そして、二人がかりで攻撃されたら、私とて苦戦は必至」


 ナイラの心のうちを読んだかのように、アンナが言う。


「心配しないで、あたしたちは一対一しかしない。あたしの役目はあなたのスタミナを限界まで絞りつくすこと。その後に、モンジがあなたを倒す」


「くっ!」


 石礫を飛ばそうとしたナイラに対し、アンナはモンジとの射線を塞ぐ場所に位置取る。


 そのアンナに対し、貴賓席のガルバが怒鳴りつけた。

 

「持久戦の目的をはき違えんじゃねえ! スタミナを削るのは二番! 一番の目的は時間をかけ、敵の癖を見つけることだ! 勝つことを諦めたらぶっ飛ばすぞ!」


 闘技場のモンジとアンナがにやりと笑う。


「俺らの師匠は厳しいなあ、アンナ!」


「そうね。でも、間違ってないわ」


 今度は貴賓席のアカツキが叫ぶ。


「ナイラ、攻撃に虚実を混ぜろ! 嘘の癖を見せ、伏兵とせよ! ミカエル、身軽な敵を追おうとするな! 剣の腹に手をそえ盾として使え! 分断されているのではない。囲んでいると思え! そうすれば連携に等しくなる!」


「ハッ!」


 しかし、闘技場からはナイラの返事しか聞こえなかった。

 ガルバは王妃に声をかける。


「お前のガキはジョークがお気に召さねえようだ。このままじゃ、国民の前でモテ王子様が負けちまうぞ。まあ、ジョークとしては悪くねえ」


 ソフィーの眉がキッと上がる。


「あなた…、ミカエルのパーティーはガルバの言う通り負けるのかしら」


「余の助言を受け入れぬミカエルは倒れる。ナイラの強さに賭けるしかない」


 白熱の勝負が続き、観衆は大盛り上がりを見せる。

 アカツキの予想通り、ミカエルの傷は目に見えて深くなっていったが、ミカエルはアカツキの予想を超えてきた。

 モンジが攻撃の手を止める。


「血まみれじゃねえか。さっさと倒れちまえよ」


「…僕に痛みを教えてくれるんじゃなかったのかい」


「これ以上は、死んじまう」


「…構わない。それぐらいのことを僕はアンナにしたんだろ?」


「何ひたってやがる。願い通り殺してやりてえが、反則負けなるのはゴメンだ」


 ナイラの攻撃をかわしながらアンナがミカエルに向かって叫ぶ。


「ミカエル、もういいわ! 許してあげる! だから、もう倒れて!」


 アンナの声を聞いてモンジの額に冷たい汗が流れた。


――ここまでミカエルが根性を見せたのは誤算だった。アンナは優しい女だ。ミカエルの傷つく姿を見て、怒りが収まり、すでに心配し始めている。そして、動揺したアンナじゃ、ナイラの攻撃をかわし切れねえ。


 モンジがそう思った矢先に、アンナが攻撃を受けて倒れた。

 その隙にナイラがミカエルの側に駆け寄る。


「くそったれ!」


「殿下、どうかお倒れください。後は私が死を賭して、二人を倒します」


「…君の言葉は聞かない。君は僕の心も傷つけた」


「殿下…」


 貴賓席ではガルバが杖を叩きつけていた。


「あんの、馬鹿どもが! 敵に気を使うのは、勝ってからにしろ!」


「…ミカエルの命を危機にさらすわけにはいかぬ。ルザンヌ、直ちに試合を止めさせろ」


 アカツキの敗北宣言にルザンヌが戸惑い気味に応じる。


「陛下、殿下の負けでよろしいのでしょうか?」


「地震だ。救護班を急いでミカエルへ!」


 ルザンヌが立ち上がると、闘技場の審判に向かって両手で合図を送った。

 試合途中での突然の中止に観衆からブーイングが起こる。


「おい、まさか、こんな小さな地震を負けた言い訳にする気じゃねえだろうな? 観衆も納得いってねえ。最後までやらせろ!」


 だが、ガルバの言葉とは裏腹に揺れはどんどん大きくなった。

 観衆から悲鳴が上がり、貴族たちは慌てふためいた。


「遅かったか。貴様の罠を見破れぬとは一生の不覚!」


「アカツキ! てめえ、何言ってやが――」


 闘技場の地面が破裂したかと思うとドラゴンが飛び出した。

 同時に地中から塔が斜めに突き出す。

 アカツキが立ち上がり、騎士団長と近衛隊長を呼んだ。


「近衛隊は王妃と貴族の避難を護衛! 騎士団は観衆の退避を誘導! 急げ!」


「「ハッ!」」


 ガルバは闘技場に舞い降りると、アンナとモンジにヒールを打ち込んだ。

 モンジが指を震わせながらドラゴンを指す。


「師匠、あれは…」


「アースドラゴンの幼体だ。角も小さいし、まだ目も開いてねえ――だが、でかさは異常だ。20mもある幼体など見たことねえ」


 アースドラゴンは全身にぬめりがあり、白い皮膚には竜鱗も無く、ドラゴンというよりも巨大なトカゲのようだった。


「そして、突き出したあの塔」


 闘技場の中からは争うように人が逃げ出し、留まっているのはガルバたちとミカエルたちだけだった。不幸なことにミカエルたちはドラゴンと斜塔に挟まれる位置にいた。


 直径10m、高さ20mの斜塔の外壁全面が、外に両開きになる。その中から巨獣が現れた。体は鉱石でできており、上半身が下半身の倍はある。両拳を握り、前足代わりに四つん這いに歩いている。ただ、頭は体と比較して極端に小さかった。


 巨獣は両腕をあげ、上半身をそらせるように立ち上がると、観客席の観衆に向かって両拳を振り下ろした。潰される者、飛び散った破片が当たって死ぬ者、崩れた観客席の下敷きになる者と、あっという間に数百人が殺される。


「師匠、あれは…」


 モンジが同じ質問をガルバに投げかけたが、ガルバは無視してて斜塔に向かって歩いていた。


「石の巨人、ゴーレム…」


「知ってんのか、アンナ」


「昔、お母さんに読み聞かせてもらった話に出てきた…」


「どうする、師匠を追うか?」


「いいえ、ゴーレムは観客席に向かっているし、助けるならあっちよ」


 モンジがアンナの指す方向を見ると、ナイラがドラゴンの攻撃からミカエルを必死に守っていた。


「嘘だろ。お前を傷つけた奴らだぞ」


「でも、死ぬほどの罪じゃないわ!」


 アンナがそう言うやいなや、ドラゴンの背に飛びかかった。

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