闘技大会①
10万人を収容することができる円形の王立闘技場に、闘技大会を見ようと観衆が入場していく。無料で観られるということもあり、観衆は生徒の関係者よりも、学生闘技ファンのほうが多い。
ガルバは白いローブに杖を持って入場列に並んでいると、後ろから声を掛けられた。
「ガルちゃーん!」
ガルバが声の方向に顔を向けると、胸元がざっくり空いた赤のワンピースドレスを着た熟女がガルバに抱き着いてきた。
「やっぱり、そうだ! ガルちゃん以外にこんなゾクゾクさせられたことないもの」
「誰だ。うっとおしい」
「ひどい! ルザンヌよ。冒険者通りの一番人気を忘れたの?」
ガルバは、おお! というと、ルザンヌの頭を撫でた。
「いい女になったな、ルザンヌ」
「そこは、相変わらずいい女だな、でしょ。ガルちゃんが封印されてから、どんなに寂しかったか。英雄に抱かれたい病が激しくなったわ」
「俺様のせいにするな」
「だって、指名してくれても、いっつもおしゃべりだけで、抱いてくれなかったじゃない」
「あのときのお前は、ガキみてえなもんだったからな。俺様がいないならアカツキやゴードに抱いてもらえばいいじゃねえか」
「できるわけないでしょ。陛下は王女との婚約が決まるし、ゴード様は子分と宴会してばかりで娼館に来たことなんてないんだから。娼館をハシゴする英雄なんてガルちゃんぐらいだもの。そして童貞――」
ルザンヌは怪しい瞳でガルバを見上げる。
ガルバは抱き着いていたルザンヌの両肩を持つと引きはがした。
「だーれが! 童貞だ!」
「娼婦はみんな噂していたわ。どの娼館へ行っても飲むだけで、誰も抱かれたことがないって」
「飲んで騒ぐほうが好きだからだ。外じゃ、千人。いや、1億人は抱いている!」
「ムキになった顔も素敵だわ――あら、いけない。早くしないと試合が始まるわ。こっちへきて」
ルザンヌはガルバを一般客の列から連れ出すと、貴賓席に案内した。貴賓席にはアカツキとソフィーに大臣。そして大貴族たちが座っている。大貴族が学生の闘技を見る理由は、有望な生徒がいた場合、騎士団に入る前に高額な報酬を提示し、私兵にするためである。
アキがマロッキ商会で働くきっかけも、闘技大会でマロッキが気に入ったからだ。
ガルバが案内された席は、アカツキの隣だった。逆隣りにルザンヌが座る。
「アカツキ。いい席を用意したのは裏切った償いか?」
「弟子が負ける姿を特等席で見るがいい。そして、己の姑息さを思い知れ」
「俺様が姑息だと?」
「余に勝てぬからと、弟子を使ってミカエルをたぶらかそうなどと――」
「ミカエルを? 笑わせるな。アンナと戦おうとしなかった惰弱じゃねえか。たぶらかす価値すらねえ」
「とぼけても無駄だ。貴様の狙いはわかっている」
「わからねえことをくどくどと。この場でお前とやってやろうか?」
「回復術士でか? 瞬殺だな」
隣にいるソフィーが呆れた顔でいう。
「生徒の試合の前に二人で前座をやってはいかが? 余興にはちょうどいいかも」
「「何だと!」」
「ジョークよ」
冷や水をかけられた二人は互いに顔をそむけた。
「アカツキ、賭けをしねえか。もし俺様の弟子が勝ったら――」
「勝つことはない。絶対にだ」
「ほう。なら賭けてみろ。俺様の弟子が負けたら殺されてやってもいい。だが勝った場合は――」
「余に死ねとでも言うのか?」
「裏切った理由を話せ」
アカツキとガルバの間に長い沈黙が流れる。
その沈黙を打ち消すように後ろに座っている内務大臣のカムロンが叫んだ。
「陛下、第一試合が始まりますぞ!」
大歓声の中、闘技大会が幕を開けた。
闘技大会には、貴族科、普通科、補欠科から百を超えるパーティーが出場し、勝ち上がりのトーナメント方式で争われる。トーナメントはA、Bブロックに分かれており、Aブロックの試合が始まった。
第一試合は始まりから観衆がどよめいた。補欠科の生徒1人が4人のパーティー相手に戦い、勝利したからだ。モヒンカンズのメガネ、ネスコ・マロが片手剣を掲げる。
ガルバが笑いながらアカツキに言う。
「メガネの強さは3番目なんだがなあ。わかったか、アカツキ。連携技ばかりやっているから弱えんだ」
「不完全なパーティーに勝ったことが、そんなにうれしいか、ガルバ。あれを見ろ」
第二試合でオルゴ率いるパーティーがガルバの弟子であるデブモヒカンのランブー・タンを秒殺した。ミカエルの代わりに回復系が得意な生徒を入れ、後衛を任せていたが、出る幕はなかった。
「少しでも連携が取れれば、ああなる」
「クッ!」
その後、モヒカンズ同士やパーティー同士の戦いもありながら、Aブロックの代表を決める戦いは、メガネモヒカンのネスコ対オルゴ組となった。
勝負は白熱し、ガルバとアカツキは拳を握りしめて見守った。そして――。
「勝者! パーティー、オルゴ!!」
「よくやった! 息子よ!」
奴隷相手の特訓にいい顔をしていなかったカムロンだったが、現金なもので周りの貴族たちから賞賛の声があがると、立ちあがって拍手している。
ガルバは杖を叩きつけた。
「クソッ! もっと隙をつけただろうが! メガネは非情さが足りねえ」
「彼はいい若者だ。パーティーさえ組んでいれば優勝も狙えただろう。悪いのは彼ではなく、教え方だ。指導者が余程、無能なのだろう」
「まだ、試合は半分しか終わってねえ! 本命はBブロックだ」
★
Bブロック出場者控室。広い部屋には長机が並べられ、200人近い出場者がおのおの出番までの時間を過ごしている。その部屋の隅で、アンナがエントリー表を手にモンジを問い詰めていた。
「モヒカンズは一人でパーティーと戦っているのに、どうして、モンジとパーティーを組むことになっているの? あたしは一番弟子よ。一人でやれるわ!」
「手出しする気はねえよ」
「あたしが負けそうになったとき、出てくるってわけね。モンジがそんな過保護だと知らなかったわ」
「その逆さ。お前は王子が出てきたら、必ず手加減する。そのときが俺の出番だ」
「信用ないのね」
「当然だろ。師匠の気持ちを知っていて、王子にうつつを抜かしやがって。最近、師匠が薬を飲んでいることを知っているか? これで、お前が王子に手加減してみろ。頭に血が上りすぎてぶっ倒れちまう」
「そうなの?」
モンジの言葉にアンナがうつむく。
「あたし、ミカエルのことばかり考えて、ガルバ様のことを全然、見ていなかった――わかったわ。ミカエルの相手はモンジでいい」
★
アンナたちと離れたところでも、ミカエルがエントリー表を手にナイラを非難していた。
「なんで、ナイラが僕と同じパーティーなの! それにあの二人は?」
「貴族科の生徒ですが」
「僕は一人で戦う。父上もそれでいいと言ってくれた!」
「陛下がお許しになられたのは、オルゴ様とパーティーを組まなくていい、その一つだけだと伺っております」
「くっ! 父上に騙された。初めからこうするつもりだったんだ…」
「ご納得いただけたでしょうか?」
「ああ! ナイラに言っても無駄ってことがね! 終わったら、父上と話す」
★
Bブロックのトーナメントが始まった。アンナが圧倒的な強さで勝ち進んでいく一方、ミカエルのパーティーも順調に勝利を重ねていった。こちらはミカエルが前衛で戦い、ナイラが目立たぬようにサポートした。他の生徒二人は、邪魔しないように後衛で構えているだけだった。
そして、Bブロックの決勝でアンナパーティーとミカエルパーティーが戦うことが決まった。闘技場内で両パーティーが準備をする。ミカエルのパーティーでは、ナイラがミカエルの傷を薬草で治療していた。
「ナイラが全部倒して優勝するんだろうなと思って、ウンザリしていたけど、僕に戦いを任せてくれるんだね」
「殿下は試合の中で強くなっておられます」
「うん、一人でこれほど戦えるとは思ってなかった。自信がついたよ。いよいよ次はアンナとだ。アンナの強さに僕がどれだけ近づけたか楽しみだな」
ミカエルとナイラの姿を見て、アンナが口を尖らせる。
「あの人、くっつきすぎじゃない? 治療をするくらいなら、前に出て戦えばいいのよ。そうしたら、ミカエルが傷つかなかったわ。ミカエルもミカエルよ。あんなうれしそうに話して」
「脇役を心得ているのさ。見せ場は王子。ナイラは目立たないよう敵を削り、お膳立てをする。王子も手助けされていることに気づいてねえ。相当の実力者だ。アンナ、ムカついているのならナイラの攻撃を引きつけろ。その間に俺が王子を倒す」
試合時間がきて両パーティーが向かい合うと、司会の男が大声で紹介する。
「Bブロック代表を決める戦いはこの2パーティー! 今大会、ソロパーティーという異色の戦い方で旋風を巻き起こしている補欠科生徒。その中でもナンバーワンとナンバーツーの力を持つといわれる二人組で必勝を期したアンナパーティーですが、ここまではアンナしか戦っていません! 果たしてこの戦いも彼女一人で勝ってしまうのか!
そして、この国の未来の象徴! ミカエルパーティー。こちらも、殿下が強すぎて、パーティーメンバーがサポートする様子はありませんでした。互いに底を見せていないパーティー同士! どちらが勝利するかは、誰にも予想できないっ!」
貴賓席でアカツキがガルバを見て笑う。
「ソロで戦うのが貴様の教えだろう。自信を無くしたか?」
「ナイラという女は生徒じゃねえだろ。連携と言いながら卑怯な手を使う。まるでお前だ」
アカツキとガルバがにらみ合う。ソフィーはため息をつく。
「見るのは横じゃなく前ではなくって。試合が始まるわ」
試合開始の合図が鳴ると同時に、アンナがミカエルに向かって飛び出した。
モンジが舌打ちをする。
「作戦と違うだろ、馬鹿! 俺にナイラを抑えろっていうのかよ…」
やむを得ず、モンジは二つの短剣を抜くと、ナイラの動きを抑えに回った。
アンナはミカエルと両手剣同士で鍔迫り合いをする。
「嘘をついたの? 昨日は一人で戦うって言ったじゃない!」
「違う! ナイラが勝手に登録したんだ」
「あっそう。転入してまでパーティーを組むなんて、ずいぶん仲が良いのね」
「僕じゃない。父上の命令だ」
「ふーん。貴族同士、親公認ってことね。おめでとうっ!」
アンナはミカエルを弾き飛ばした。次の瞬間、アンナの右手に石礫が当たり、動きが鈍る。
再びミカエルが剣を打ち込んできた。
「誤解だ。アンナだって二人でパーティーを組んでいるじゃないか!」
「ガルバ様が決めたから仕方ないでしょ」
「パーティー嫌いのガルバが?」
「あたしがミカエルに手加減すると思っているのよ。要はお目付け役」
「なら、ガルバに僕を認めてもらわないとね。アンナ、僕が好きなのは君だけだ。僕の想いをぶつけるから受け止めて」
「ええ。ミカエルの強さを引き立ててあげる。でも、最後に勝つのはあたしよ」
「わかってるって」
ミカエルとアンナが派手に剣を打ち合うと、観衆は大いに盛り上がる。
しかし、貴賓席の二人だけは白けていた。
「腑抜けた戦いだ。見るに堪えねえ。だから、王子に近づくなと言ったんだ。アカツキ、お前のガキは技より、甘い言葉が得意みてえだな」
「黙れ、ガルバ。小娘がたぶらかしたのだ。だが、見るに堪えぬというのは同感だ。戦いとはにこやかにするものではない」
「あら、珍しく意見が一致したのね。なら、わらわのすることも許してくれるかしら?」
ソフィーは立ち上がると扇子を広げた。
「何の合図だ?」
「ジョークよ。質の悪い」
モンジはナイラを抑える役目だったが、ナイラが石礫をアンナに向けて飛ばすのを止められなかった。身のこなしの軽さで、攻撃を何とかしのいでいたが、ナイラが何かに気づいた仕草を見せた。
「アンナ! ナイラがそっちへ行った!」
ナイラがモンジから離れ、ミカエルの側に来た。
「ナイラ、こっちはいい。モンジと戦って」
「王妃様の御命令です。対戦相手を交換します」
「嫌だ。僕は…、ウッ!」
ナイラはミカエルの体を引き寄せると、唇にキスをした。




