闘技大会前
王宮の回廊に囲まれた中庭には王妃が選んだ色とりどりの花が植えられている。その中央には白い石のテーブルと10脚の椅子があった。テーブルの上には豪勢な料理が並んでいる。食事を楽しんでいるのは、アカツキ、ソフィー、ミカエル、ミカエルの妹・シャルロット。ミカエルの後ろにはナイラが立っていた。
ソフィーが黙って食べているミカエルを叱る。
「ミカエル、陛下に御礼を言いなさい」
「どうして? 洞窟にいる人はいいことをしていたんでしょ」
「付け焼刃のね。慣れない善行がどこまで続くかしら? それにガルバって男。一言もしゃべらなかった。気味が悪いわ」
「反省していたんじゃないかな」
アカツキはフォークを置くと布で口をぬぐった。
「ガルバの弟子のアンナとは親しいのか?」
「え? まあ…」
「あー、お兄様顔が赤くなってるー。彼女ができたの? 綺麗な人?」
シャルロットがからかう。
ソフィーの眉が上がり、ミカエルを問い詰める。
「わらわにお願いしてきたのは、その娘のためなの?」
「ソフィー、わかっただろう。君もガルバの策に乗せられたのだ。ガルバはミカエルを利用して王宮内に魔の手を伸ばしている。もうアンナには近づくな」
「ガルバが悪者だったとしてもアンナは違うよ! 今だって闘技大会に向けて僕を強くしようとしている」
「お前を信用させるためにな。ルザンヌに聞いた。カムロンの息子を殴り、徒党を組んで貴族科と対立し、学校の教えである連携戦闘をないがしろにしている。そして、教師を殴った。これが良い人間と言えるか?」
ミカエルは何か言おうとしたが、言い返す言葉は出てこなかった。
「闘技大会はパーティー戦だ。カムロンの息子たちと稽古をしろ。一人だけで強くなろうとするな」
「アンナたちはソロでパーティー戦に挑むって言ってた」
「ガルバの弟子らしい独りよがりの戦い方だ」
「オルゴに嫌われているから、僕もそうするかも。ご馳走様でした!」
「待て! まだ、話は終わっていない!」
ミカエルはナイフとフォークを叩きつけるように置くと、アカツキの制止を無視して出て行った。
後を追おうとするナイラをソフィーが止める。
「ミカエルはガルバの弟子に勝てるかしら?」
「殿下は着実に成長しています。ですが、勝つのは難しいかと…」
「ガルバは教え方が上手いのね。あなた、ガルバを学校に迎えてみては?」
「ソフィー!」
「ジョークよ。でも、闘技大会でガルバの弟子が優勝したら、ガルバの弟子が増えるかもね。ミカエルもますますアンナに夢中になるわ」
「闘技大会はパーティーしか参加させない」
「それは賢明といえるかしら? きっとガルバは学校側が逃げたと喧伝するわ」
ソフィーの意図がわからず、アカツキは苛立った。
「君は誰の味方なのだ?」
「無論ミカエルよ。だから、ミカエルをたぶらかす小娘は敵」
ソフィーはナイラを見ると、笑みを浮かべる。
「いい考えを思いつきました。闘技大会にも勝ち、ミカエルの目を覚まさせる。ホホホ」
★
貴族科の教室では、意外な転入生に生徒たちがざわついた。いつも校門前で軍服を着て立っていたナイラが制服を着ていたからだ。転入生を紹介するのが教師ではなく、教頭のルザンヌというのも異例だった。
「ナイラさんは子爵になられたということで、貴族科での卒業証書を取るために入学されました。卒業試験を受けるだけの短期間だけですが、仲良くするように」
凛とした姿に、男子生徒だけではなく女子生徒もナイラに憧れの視線を送っていた。ただ一人、ミカエルを除いては。
授業の間の休憩時間に、ミカエルは小声でナイラに話しかける。
「ナイラ、卒業証書を取るなんて嘘でしょ。何をするつもり?」
「殿下の護衛の任を解かれ、今は王妃の命で動いております」
「その命令は何かって聞いているんだって」
「殿下といえどもお話しできません」
「僕との稽古は?」
「アンナがいるではありませんか。では、失礼」
ミカエルとの話を打ち切ったナイラがオルゴに話しかけたので、ミカエルの疑問は大きくなった。オルゴが「俺たちの稽古をしてくれるんですか!」と大声で言ったので、ミカエルなりに状況を理解した。
「オルゴたちを鍛えてアンナと戦わせる気だ。もし、僕と同じぐらい3人が成長したら…。アンナでも勝てないかもしれない」
昼休み、校舎裏でミカエルはアンナにナイラのことを話した。
「稽古相手がいないのなら、一緒に練習しない? あたしもガルバ様からストレスが溜まらないようにって、自主練習を認めてもらっているし。ここで稽古すればバレないと思う」
「僕のことはいい。それより、オルゴへの対策を考えないと――」
「だったら、連携攻撃のパターンと弱点を教えて。あたしが体での戦い方を、ミカエルは頭での戦い方を教えあうの。素敵なアイデアでしょ」
「それなら、僕にもできるかも!」
二人が笑いあっていると、地面が揺れた。
「最近、地震が増えている気がしない?」
「小さな揺れだから、慣れてしまったたけど」
「気にしたところでどうしようもないものね。さあ、稽古を始めましょう」
★
それから一カ月間、各々が闘技大会へ向けて強さに磨きをかけていく。
王都の外の貧民街では、盗賊団のアジトをモンジが見つけていた。屋根伝いにアジトに近づいたモンジがモヒカンズを手招きして、二階の窓から下にいる盗賊たちを指した。モンジたちは皆、制服ではなく、白いローブをまとっている。ただし、手には杖ではなく剣が握られていた。
「モンジ、よくアジトを見つけられたね」
「蛇の道は蛇ってことさ。相手は20人でこちらは5人。どうする? もちろん俺たち同志が助け合うのは厳禁だ」
モンジが確認を取ると、メガネ、ノッポ、チビ、デブのモヒカンズがうなずく。
「ヤバイと思ったら、一人で逃げるってやつね」
「恐そうな大人が多いけど、修羅場の経験は僕らのほうが多い」
「ああ、何度死んだか」
「そう。そして何度殺したか」
モンジたちはそれぞれに二階の窓を選ぶと、同時に蹴破った。
驚いて見上げる盗賊団に向かってモンジたちが叫ぶ。
「「「先手必勝! 容赦無用!」」」
★
一方、カムロンの屋敷の庭では、奴隷の死体が積まれていた。その横でオルゴが激しく肩で息をしている。その姿を見て父親のカムロンは顔をしかめた。
「オルゴ、アンナを懲らしめるために稽古するのはいいが、殺しすぎではないか?」
「父上は奴隷愛護家になったの?」
「馬鹿を言うな。わしは財産愛護家だ。奴隷もタダではない」
「ナイラにアンナたちの稽古方法を聞いた。アンナたちは互いに殺し合いをすることで腕を磨いている。瀕死になれないなら、殺す経験で上回るしかない!」
オルゴが奴隷を一刀両断すると返り血が、カムロンの顔まで飛んできた。
カムロンは顔をしかめると、ハンカチで血を拭う。
「闘技大会までだぞ。お前は騎士ではなく、政治家として後を継がねばならぬのだからな」
闘技大会前日。アカツキとミカエルは王宮地下室の扉の前にいた。鉄の扉を近衛兵2人が引いて開ける。扉の前で警備する近衛兵の数は、元々4人だったが、ガルバの存在がわかってからは近衛隊長を含む10名が警備にあたっていた。
扉の中に入ると5m四方の空間だけがあり、その先にも扉がある。
入ってきた扉が閉まると、アカツキは内側から鍵をかけた。
「まだ、カムロンの息子とパーティーを組む気にはならぬのか?」
「母上はずるい。あいつらを鍛えるためにナイラを送り込むなんて」
「お前を思ってのことだ。カムロンの息子とパーティーを組むのが嫌なら、そうすればいい」
「いいの?」
「ああ、余との修練の前にお前の気が乱れては困るからな。参加登録はナイラにさせておく。それでいいな」
「うん」
アカツキがミカエルの前に手をかざし、スリープの呪文を唱えると、ミカエルは膝から崩れ落ちた。アカツキはミカエルの体を左腕で抱えると、奥の扉を右手で押し開いた。
奥の部屋には、青い液体の入ったガラスの柱がいくつも立ち並んでいた――。




