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洞窟前の舌戦

 稽古の覗き見の一件があってから、ミカエルとアンナは昼食後に校舎裏で稽古をするのが日課になっていた。人にバレないよう、汚れのつかない寸止めでの稽古を一勝負するだけで、ガルバが見たら生温いと激怒するだろう。


 稽古が終わり、剣を鞘に納めるとミカエルはうれしそうに言う。


「稽古が楽しく思えてきた。こんなの初めてだよ」


「あたしもよ。でも、いつまで続けられるか…」


 アンナの顔が曇る。


「ねえ、<壁耳のカムロン>って知ってる?」


「もちろん。オルゴの父親だからね。優秀な人らしい」


「その人がね、始まりの洞窟のことをいろいろ調べているみたいなの。それで、悪者の証拠が見つかったら、国王がやっつけにくるんだって」


「どうしてそんなことに…」


 ミカエルの頭にナイラの顔が浮かんだが、すぐに打ち消した。


――ナイラは僕に内緒で父上に告げ口はしない。一体誰が?


「それでね。師匠とモヒカンズはマロッキさんって人の指示を聞いておかしなことを始めたの。でも、あれで大丈夫なのかなあ」


「僕も時間を稼いでみるよ。来月に行われる闘技大会は父上も見に来るはず。そこで、アンナたちの強さを見れば君の師匠のことも見直すかもしれない」


「そうしたら、隠れずに稽古できるかも。ふふふ」


「うん。アンナとずっといっしょにいたい」


 ミカエルがアンナに顔を近づける。しかし、途中で止めた。


「手を打つなら急いだほうがいい。アンナ、また明日」


 ミカエルが走り去ると、アンナは腹を立てた。


「何なのよ、もう! 意気地なし」



「浮かれすぎだ。プリンセスにでもなったつもりか」


 空から声が降ってきたので、アンナが見上げると、校舎の屋根窓に手をかけているモンジが呆れた顔で見下ろしていた。


「盗み見なんて趣味が悪いわ」


「違うね。おままごとを見せつけられただけだ。夢を見るのはやめとけ。あいつは王子でアンナは平民。後で泣くだけだ」


「ミカエルはそんな人じゃないわ。とっても優しいもの」


「だったら、頑張って妾でも目指しな。王妃の座には貴族の娘が座り、アンナは日陰で暮らしていく。そして、ミカエルはアンナのことを忘れちまう」


「勝手に決めつけないでよ!」


「貴族が気まぐれで平民にも優しくすることもある。だが、長続きはしない。だから貴族に期待するな。俺は優しさで忠告しているんだぜ」


「あっ、そう。優しいのなら、あたしの稽古相手になってよ」


 アンナは剣を抜くと、モンジに向けた。


「闘技大会の前に頭がイカれたやつの相手をして、怪我するのはゴメンだ」


 そう言うと、モンジは屋根の裏側に姿を消した。

 アンナは八つ当たりをするように、近くの木を斬り倒した。


 ★


 カムロンは国王の部屋でアカツキとソファで向かい合うように座っていた。

 顔が描かれた絵をテーブルに置くと、真剣な眼差しで問う。


「この男、大魔王ガルバでしょうか?」


「…生きていたか」


 カムロンが息を大きく吐く。


「やはり。昔は誰もが顔を知る男でしたが、今あるガルバの石像は悪鬼のような顔で彫られているので、わしも自信を持てませんでした…つまり封印が破られたというわけで」


「前の出陣式のとき、余に挑んできた。そのときに倒したので、あえて卿にも言わなかった」


「あっさりと陛下に負けたあの男が。ガルバもずいぶんと弱く――いや、陛下がお強くなられたのでしょうな。それなら、恐れることはないでしょう」


「ああ」


 アカツキはそう答えたが内心は違った。


――あのときは対ガルバ用の技が決まったが、同じ技を何度も喰らう相手ではない。


「陛下がガルバに間違いないと言ったとき、王宮占い師の<王都の災厄>の予言が頭をよぎりましたが、違うようですな。しかし、陛下に殺されかけたのに、王都近くにいるのはなぜでしょうな。生徒たちを鍛えているのもわからない」


――復讐する機会を伺っているのか? だが、生徒を鍛えることに何の意味がある。


「もしかすると、陛下との仲を修復したいのでは?」


「生徒を鍛えることとどう繋がる?」


「ガルバの弟子が殿下と親しくしているのは、殿下を通して陛下との仲直りのきっかけを――いや、回りくどすぎますな」


「ミカエルに近づくことで――そういうことか!!」


 いきなり大声をあげたので、カムロンは驚いて体がソファからずり落ちた。

 アカツキは鈴を鳴らして執事を呼ぶと、命令を下す。


「一つ、騎士団長に王都内の騎士すべてに戦時召集をかけろと伝えよ。二つ、近衛隊長には、王宮への人の出入りを封鎖。地下室周辺に誰も近づけるなと伝えよ。三つ、魔術師長に王宮魔術師の全員で多重結界を敷けと伝えよ。急げ!」


 執事は非常事態ともいえる命令に顔を強張らせて部屋を出て行った。

 カムロンも口を開けたまま呆気に取られている。

 他の執事がアカツキの体に鎧を着けていく。


「いったい、どうしたというのです」


「ガルバの狙いは余ではない。ミカエルと地下室だ。そう考えればすべてが腑に落ちる」


――正解だ、ガルバ。研究を無にする。それが、余に与える一番の復讐だ。


 ★


 1時間後には<始まりの洞窟>を騎士団の兵が幾重にも囲んでいた。

 白いローブをまとったアキは足が震えそうになるのをこらえる。


――旦那様、話が違います! 陛下が来るとは聞いていましたが、これでは戦争です。


 アキは心の中でマロッキに抗議をする。マロッキは商品の仕入れと言って、すでに王都を離れていた。事の顛末次第では国外に脱出するつもりらしい。


 後ろを振り返ると、白のローブをまとった少年たちの瞳が、アキを見ていた。

 ガルバだけは少し離れた後ろでうつむいて立っている。

 アキは皆を安心させようと微笑むが、顔は引きつっていた。


「お、大船に乗ったつもりでいてね。アハ、アハハハ…」


 アキは前に進み出ると、勇気を振り絞って声を張った。


「皆さま、当教会に何の御用でしょうか?」


「教会だとお? いい加減なことを申すな!」


 アキが洞窟に取り付けた<聖洞窟教会>の看板を手で指し示すと、馬を前に進めてきた男がいた。アキはすぐにその男が内務大臣のアッカ・カムロンだとわかった。マロッキの商売の関係で王国の重要人物の顔は覚えさせられている。


「これは、カムロン様。ちょうど良いところにいらっしゃいました。グティンラ正教会本部の承認も得ています。承認状はここに」


 カムロンはアキの手から承認状を奪うように取ると、それが正しいものだと証明するように渋い顔をした。


「不正に決まっておる。功績がなければ、承認などしない。教皇にいくら賄賂を贈った」


「教皇への侮辱はお控えください。ささやかな寄付こそいたしましたが、承認されたのは功績によってです」


「貴様らに何の功績がある。不良を育てていただけではないか!」


「それは過去の話です。今ではこのように」


 アキが白ローブをまとったガルバたちに目をやると、眼鏡をかけたモヒカンが、洞窟の奥に声をかけ、ボロを着た老若男女、数十人とともに進み出た。

 ボロを着た老人が言う。


「王都の外で暮らす我々は貧しいため、怪我をしても回復術士に治療してもらうお金がございません。そんな我々にガルバ様はお金を受け取らずにヒールを施してくれました。弟子の方々も学校が終わった後に、貧民街の悪人どもを退治してくれております。我々にとってはまさに救いの神で、あなた様が言う不良などでは決してございません」


 老人が話し終わると、カムロンは背中に強い視線を感じた。

 振り向くとアカツキと目があったので、カムロンは強く首を振った。


「違うのです。わしが調査した時にはこのような話はまったく――ジジイ、今話したことはいつからの話だ?」


「一週間ほど前からでございましょうか」


 カムロンは唇を噛む。


――調査が終わり資料をまとめている間だ。だが、1週間で教会の承認まで取り付けるとは、手際が良すぎる。暴力だけの男と思い、甘く見すぎた。


「ご納得いただけたでしょうか? 生徒たちには問題があったのは確かです。しかし、こうして改心いたしました。正式な承認状もある以上、教会を兵で取り囲むのは暴挙というものです」


「黙れ!黙れ!黙れ! ここは取り潰し、ガルバは死刑だ」


「裁く理由をお教えください。私たちは何の法を犯したのですか?」


「貴様らに答える必要はない」


「理由がなければ、法を犯しているのはあなた方になります」


 挑戦してくるようなアキの瞳に、カムロンは自分がこの場を仕切ろうとしたことを後悔した。


――何なのだ、この展開は。話しなど聞かず、即座にガルバを殺すよう命じればよかった。それに、この娘は誰だ? 調査資料には無かったはずだ。


 カムロンは苛立ちを顔から消すと、アキを無視して、仕切り直すように騎士団長に全員の死刑を命じた。

 しかし、騎士団長は動かない。


「騎士団長! 何をしている。さっさとやらんか!」


「騎士たちは全員、正教会の教徒です。何の罪も無い教会を潰したとあっては、騎士たちの天国への道が閉ざされます」


「罪は必ず私が見つける! 全員殺せ!」


「貧民もですか? あの幼い子供も? 騎士団長として騎士団の名誉を汚す真似はできません」


「貴様ぁ! 内務大臣たる、わしに逆らおうというのか!」


 カムロンが騎士団長を怒鳴りつける。

 後ろで見ていたアカツキが前に馬を進めてきた。


「それぐらいにしてやれ。団長の気持ちもわかる」


「しかし!」


「騎士団は待機! 余、自ら手を下す。これなら騎士たちの名誉も天国への道も問題あるまい」


 アカツキは騎士団長に優しく言うと、騎士団長が慌てた。


「ですが、それでは陛下の天国への道が!」


「民のため、地獄へ堕ちる覚悟は、とうに出来ている」


 アカツキは厳しく言うと馬から降りた。騎士団全員もならって下馬をする。

 刺突剣を抜き、一番奥にいるガルバに向かっていくのをアキが止めようとしたが、アカツキの闘気に威圧され、一歩も動けなかった。


「ガルバ、余を見ろ。なぜ、ずっと下を向いている。貴様の策によって騎士団は封じられた。だが、貴様も茶番のため代償を払った。回復術士のままでは、余と満足には戦えまい。闇騎士に戻る隙も与えぬ」


 しかし、アカツキが近づいてもガルバは動こうともしなかった。

 アカツキが突きの構えを取る。


「なぜ、構えぬ。突きでは死なぬ自信があるのか? よかろう。ならば、一片残さず切り刻むまで!」


 アカツキが突きを放とうとしたとき、ざわめきが聞こえ、背後に人が近づいてくる気配を感じた。


「味方とて、間合いに入れば斬る」


「あなた、暴君に成り下がるつもり?」


 アカツキは後ろに飛ぶ。右手の構えはそのままに左手で声の主を抱いていた。


「ソフィー、何の用だ?」


「うれしいわ。戦いよりわらわの身を案じてくださるのね」


「戯言を言うな。戦場は王妃の来る所ではない」


 後ろに編み込んでまとめたブロンドの髪の上には、宝石が散りばめられた大きなティアラが乗っていた。

 ソフィーはアカツキの腕から降りると、飾りのついた扇で口元を隠して微笑む。


「ホホ。わらわも話を聞いておりました。戦場などと大げさではありませんか。剣を収めてはいかが?」


「ガルバは必ず王国の災厄となる」


「わらわには国益にしか見えませんわ」


「また戯言か。余は真剣だ」


「無論わらわも。大魔王が改心し王国の法を順守している。ジョークのような話ですが、この事実はグティンラ国の秩序がいかに優れているかの証です。国外に喧伝すれば、国威は高まり、大陸統一の手助けになるのではないのかしら」


 ソフィーがアカツキを説得し始めたので、カムロンが話に割って入った。


「王妃様、お待ちください。やつらを、このまま見過ごすことはできません」


「見過ごすって何を? そなたの息子が小娘に無様に負けたことかしら?」


 王妃の言葉に騎士たちから、私怨じゃないか、と声があがる。


「ち、違います。わしの調査によって、危険な存在だと――」


「そなたの調査の甘さで、こうなったのです。<壁耳>も年をとって耳が遠くなったのかしら」


「確かに遅かったやもしれませぬが、資料をまとめるにはある程度時間は――」


「おだまり! 陛下に誤った情報をお伝えし、騎士団に動揺を与え、あまつさえ陛下に自らに剣を抜かせた。これは、そなたの罪ではなくって」


「申し訳…ございません」


 カムロンはすごすごと引き下がった。

 まだ剣を収める様子がないアカツキの腕にソフィーは手を置く。


「改めてカムロンに調べさせましょう。今日に懲りて次は確かな情報を持ってくると思いますわ」


「ソフィー、ガルバは倒さなくてはならないのだ」


「あなたの気持ちが一カ月たっても変わらなかったら、わらわも引き下がります。ここはわらわに免じて」


 ようやくアカツキが剣を収めると、ソフィーはわざと明るく言った。


「さあ、今日の宴はこれでお開き。早く帰って、何の騒ぎかと不安がっている国民たちを安心させてあげましょう」


 アカツキと騎士団が引き上げ始める。

 ソフィーは二頭立ての箱型馬車に乗ると、侍女に扇をあおがせた。


「珍しくミカエルが頼みごとをしてきたので、うれしくなって引き受けたけど、こんなに大事だとは思わなかったわ。カムロンのミスが無ければ、どうなったことやら…」


 ★


 一方、<始まりの洞窟>の人々も緊張から解放され、そこかしこで安堵の声が漏れた。大役をこなしたアキはマロッキから託された最後の任務をこなすため、ガルバの前に立つと、両手でガルバの耳を触った。


「もう、顔をあげても大丈夫です」


「終わったのか?」


 アキは大切なものをしまうように耳栓を胸元に入れる。ガルバの足元には、<アキの指示があるまで、絶対に前を見ないでください>と、枝で書かれた文字があった。


 アンナが側にきて笑う。


「なあんだ、そういうことだったのね。また国王に飛びかかって殺されるかと思って、冷や冷やしちゃった。でも、国王の姿も声もわからなきゃ、怒りようがないものね」


「俺様は負けねえ」


「また言ってるわ。痛ったあい!」


 ガルバはアンナに拳骨を食らわせる。


「アキ、結果は?」


「ひとまずは事なきを得ました。ただ、一カ月後はどうなるかわかりません。もし戦われるおつもりなら、微力ながら私も――」


 アキが拳を握ってみせる。しかし、その拳は震えていた。


「もうお前らを困らせる気はねえ。アンナが闘技大会でアカツキのガキをぶっ倒すのを見たら旅に出る。探さなきゃなれねえもんがあるからな」


「そうですか…」


「そっか…」


 アキとアンナが顔を曇らせる。

 ガルバは弟子を集めて言う。


「稽古の総仕上げだ。王都の外に巣食う盗賊どもを一掃しろ。今日からはヒール支援は無しだ。油断すれば死ぬ。わかったか!」


「「「はいっ!」」」


 貧民街の民も、ガルバに礼を言うと引き上げていった。

 アキは二人きりになると、少女のようにモジモジしはじめる。


「アキ、お前は良くやった」


「そう思っていただけるなら、その…、ご褒美をいただけますか」


 アキは目を閉じて顔をガルバに向けると、ガルバは何も言わずにベッドに押し倒した。

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