芽生え
補欠科事件が起こった放課後。ミカエルは迎えにきていた馬車に乗り込む前に、手綱を握る御者に紙を渡した。
「<始まりの洞窟>を知っているかい?」
白髪まじりの御者はうれしそうにうなずく。
「懐かしい場所ですなあ。昔、乗り合い馬車をやっていたときは、新米冒険者を大勢乗せて行ったものです」
「その洞窟から少し離れた、この場所に行ってほしい」
「お待ちください」
ミカエルと御者の話を側で聞いていた護衛のナイラが割って入った。
「この後は王宮に戻り、稽古の予定です」
「アンナが自分たちの稽古を見て良いって言ってくれたんだ。隠れてだけどね」
「殿下にのぞき見をさせるとは、なんと無礼な!」
「アンナは悪くないよ。稽古をつけている師匠が僕を嫌っているんだ。これは最大の好意だよ。ナイラも稽古を見たくない?」
アンナの師匠がミカエルを嫌っているという事実にナイラは腹が立った。一方、急成長したモヒカンズの噂はナイラの耳にも届いている。ナイラはミカエルの稽古を試行錯誤し、ミカエルの戦闘力は少しずつ延びていた。しかし、モヒカンズの成長速度とは比べ物にならなかった。
「今日だけでしたら。頻繁に王都の外に出るとなると、警護の数も増やさねばなりません」
「うん。近衛隊に迷惑をかけるつもりはないよ」
★
30分後。ミカエルは馬車を<始まりの洞窟>から少し離れた場所に止めると、ナイラを連れて、アンナが教えてくれた草木が生い茂っている丘に登った。
「見て、ナイラ。もう稽古が始まる。アンナたちはいつも走って帰っているんだ。僕も馬車をやめようかな――でも、そうなると御者が職を失ってしまうね」
「それ以前の問題です。殿下が馬車に乗らずに走っていれば、国の一大事と勘違いする国民もでるでしょう。騒動が起きかねません」
コックコートを被った男の号令が聞こえると、二人の会話は終わった。
整列したアンナたちに、コックコートの男が大声で言う。
「俺様の言葉に続け。俺様の言葉は絶対!」
「「「師匠の言葉は絶対!」」」
「先手必勝!」
「「「先手必勝!」」」
「容赦無用! 弱点必中!」
「「「容赦無用! 弱点必中」」」
「パーティーはクソだ!」
「「「パーティーはクソだ!」」」
「他者を頼るな!」
「「「他者を頼るな!」」」
「よし。いつも通り、二人一組になって殺しあえ!」
「「「はい、師匠!」」」
彼らが剣を抜くのを見て、ミカエルはギョッとした。
深手を負いながら斬り合う様子を見て二人は息を飲む。
「…あれは、稽古なの?」
「ほとんど実戦です。ですが、毎日行っているとすれば、学校へ通えないほどの重傷になるはず」
「ああっ! 真っ二つに斬られた! 師匠が魔法でとどめを刺してる!」
「殿下、お声が。気づかれます」
戦争に従軍した経験のあるナイラは生徒が死ぬ姿を見ても動じなかったが、斬られた生徒が立ち上がったのには驚いた。
「死体が…。まさか、あれが伝説の死霊導師」
「死霊導師って?」
「陛下の英雄譚の中に出てくる。魔王四天王の一人です。死者の軍を操るとか」
「そういえば、アンナの師匠は父上に殺されかけたって言っていた」
「思えば、あのトサカ頭も死霊導師の眷属の証のように見えます。あの男は四天王で間違いありません! すぐに騎士団に報告を――」
ミカエルは急いで立ち去ろうとするナイラの腕をつかんだ。
「待って。他に死霊導師の特徴は?」
「わかりません。英雄譚に出てくるだけで…」
「見てよ。立ち上がった生徒。死霊ってあんなに健康的な肌をしているの?」
「わかりません。が、そうかもしれません」
「そうじゃないかもしれないよね。少なくとも僕にはアンナが死霊とは思えない。もう少し様子を見よう」
不満げなナイラ屈ませるとミカエルは稽古を注視した。殺されても復活して稽古を続けていた生徒たちだったが、アンナの相手がモンジから師匠に変わった。すると、あっという間にアンナは杖で滅多打ちにされた。
「ひどい…」
「強い。死霊導師は武器の扱いは苦手かと思ったのですが…」
アンナは剣を杖にして立ち上がると、一人だけ林の中に入っていった。
ミカエルは何も言わずにアンナが向かった方向に走った。
ナイラも慌てて後についていく。
ミカエルが林の奥で、傷口に薬草を当てているアンナを見つけた。薬草は夏になると白い花を咲かせる。自然に生えたのか誰かが栽培している畑なのか、白い花が辺り一面に咲き誇っていた。
ミカエルが座っているアンナの横で片膝をつく。
「アンナ、大丈夫?」
「えへへ、こっぴどく怒られちゃった。今日はヒール抜きだって」
「僕に稽古を見せたことをバラされたの?」
「モンジはそんな男じゃないわ! あたしの友達よ」
「ごめん、じゃあどうして?」
「ん~、どう言っていいかわかんない」
アンナがミカエルに助けられた一件を、モヒカンズが嬉しそうに話しているのを聞いたガルバがモヒカンズを問い詰めたのだ。そして、リベンジ戦でもミカエルを倒さなかったことを知ったガルバが怒った。
「僕も友達だろ」
「そうだけど…」
ミカエルはアンナが自分の後ろを見ていることに気づいた。
ナイラに辺りを警戒するように命じるが、ナイラは側を離れるわけにはいかないと首を振った。
――殿下、意図が見え透いています。なぜ、こんな娘と二人きりになりたいのですか。
「アンナの師匠が僕を嫌っていることは知っているだろ。近づかれたら、僕の危険はもっと増すと思う。ナイラの護衛としての判断を聞かせて」
師匠と呼ばれる男が魔王軍の四天王だとしたら、ナイラ一人では守り切れない可能性が高い。ミカエルの言う通り、警戒行動に出るのが正しく、護衛としての意見を求められれば同意せざるを得なかった。
「承知いたしました。ですが、最も正しいのはこの場所から早く離れることです。その娘との用件を早くお済ませください」
ナイラが離れると、ミカエルは苦笑した。
「王子というのは窮屈だよ。友達と二人になることさえ、建前が必要になる」
「あの人、あたしを睨んでた」
「真面目過ぎるだけだよ。気にしないで。それより――」
アンナはガルバに怒られた理由を正直に話した。
「ミカエルと友達の縁を切れって言われたわ。嫌だけど、ミカエルもあたしをかばったせいで、オルゴに嫌われているんでしょ? 仲良くしないほうがいいかも」
ミカエルは肩を震わせる。そして、溜まっていたものが爆発するように叫んだ。
「いっつもこうだ! それは君の師匠と父上の問題で、僕たちには関係の無い話じゃないか! オルゴにしてもそう! 僕の友達は僕には決められない。幼いころから親の都合で決められる。僕の友達なのに…。ウッ…、ウッ…」
ミカエルが泣き出したのでアンナは驚いた。
アンナがミカエルの肩に手をそっと置く。
「泣かないでミカエル。貴族科にも生徒がいっぱいいるし、いい友達はいくらでも作れるわよ」
「違う、アンナは特別なんだ。目を見たときから惹かれていた」
ミカエルは潤んだ瞳でアンナを真っすぐ見た。
今度はミカエルの手がアンナの両肩を掴む。
「ちょ、ちょっと、顔が近い。ミカエル、重いってば! 痛っ!」
アンナはミカエルを押し返そうとしたが、傷の痛みで力が入らなかった。ミカエルはアンナに体を預けるように倒れていく。次の瞬間、白い花びらが舞い、二人の姿は薬草の茂みの中に消えた。
木に隠れて稽古を監視していたナイラは、死霊導師と見られる男が指導を止め、頭に被ったコックコートをなびかせながら、こちらに走ってきたので驚いた。
「見つかった? 視線がこちらに向いた様子は無かったのに。なぜ?」
ナイラは疑問に思ったが、最優先で行うべきことは、ミカエルの退避である。薬草の茂みに走っていくと、二人が黙って座っていた。
「殿下、敵が迫っています! 早く退避を!」
「…ああ」
ミカエルはゆっくりと立ち上がると、小さい声で言った。
「…アンナ、また学校で」
「…うん。気を付けて」
アンナも消え入りそうな声で答える。
ナイラは二人の緊迫感の無さに苛立ったのか、ミカエルの腕を強くつかむと風のように立ち去った。
★
ガルバが走って薬草の茂みにやってくると、アンナの体を慌てて確認した。
「誰に襲われたのか? 致命傷はあるか?」
「無いわ。ずっと一人だったもの」
ガルバは安心して一息つく。だが、左胸を抑えると難しい顔をした。
――稽古や実戦でも心臓の動悸がこれほど速まることはなかった。当然だ。アンナの運動能力程度じゃ、俺様の心臓に負担はかからねえ。てっきり死を感じるほどの恐怖に会ったかと思ったが…。違うなら原因はなんだ?
「病だとしたら、やっかいだな。原因はストレスか、肉ばかり食わせすぎたせいか…」
「何を一人でぶつぶつ言っているの?」
「これからお前は自主稽古にする。睡眠時間も増やせ」
「いいの!」
「しばらく、食事は肉禁止。野菜だけ食え」
「えー! どうしてー! 力が出ないわ」
アンナは顔をふくらませて抗議する。
「健康のためだ!」
ガルバはアンナを怒鳴りつけると、俺も薬を飲んだほうがいいかもな、とつぶやきながら、洞窟に戻っていった。




