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病原菌

 ガルバがいじめられっ子グループの生徒たちを教えはじめてから一カ月後。新王立士官学校では、いじめられっ子グループの変化が話題になっていた。いじめてきた貴族科の生徒に反撃し、時には勝つのだ。棒で殴られ続けても反撃をやめようとしないので、貴族科の生徒も徐々に関わり合いを避けるようになった。


 いじめられっ子グループは全員、髪型をモヒカンにしていた。彼らはモヒカンズと呼ばれ、普通科の人気者になり、彼女ができる者までいた。


 アンナは食堂を肩で風を切って歩いているモヒカンズを見て呆れる。


「モンジだけでもトサカ頭にしなくて良かったわ。普通科の生徒もちょっと引いているもの。みーんな、師匠の、強い魔物はたいがいトサカを生やしている、って、言葉に影響されちゃって」


「俺は髪型に命をかけているからな」


 モンジはツンツン頭を撫でると、冗談めかして言った。


「師匠のおかげで強くなったんだ。素っ裸のほうが強くなると言われてもやるさ」


 始めは渋々教えていたガルバだったが、今では乗り気になり、生徒に師匠と呼ばせていた。


 二人が話していると、ミカエルがやってきた。


「君たちの稽古を見せてもらえないか? アンナの強さは才能と思っていたけど、他の生徒まで強くなった。できるなら、師匠と呼ばれる人の教えを請いたい」


「絶対に無理よ」


「まだ僕のことが嫌いなのかい? あれからオルゴとはいっしょに行動していない。まあ、オルゴが僕が平民に謝ったことを怒っているんだけどね」


「あたしは嫌ってない。王子は優しいし。いつもオルゴの乱暴を止めようとしてた」


 アンナはオルゴの家で魔法攻撃の実験台をさせられたときのことを思い出して言った。


「僕のことをよく見てくれたんだね。うれしいよ」


「でも、無理。きっと教えてくれないわ。国王様にボコボコにされてもうちょっとで死ぬところだったの。だから、王子のことも嫌いって言っているわ」


「父上に闘いを挑んだの!? でも、それならわかる。父上の代わりに謝るよ」


「王子が謝る必要なんてないわ。弱いのにつっかかっていっただけだもの」


「アンナは正しさを大切にしているんだね――そうだ、僕たち友達にならないかい」


「王子とあたしが?」


「ああ、次からはミカエルと呼んでよ」


 そう言うと、ミカエルは食堂から出て行った。モンジが鼻を鳴らす。


「気に入らねえな」


「なんで? いい人じゃない。王子が平民と友達になろうなんて言わないわよ」


「平民とじゃない。アンナとだ。あいつ、俺を一度も見なかった」


「あたしに用件があったからでしょ。うふふ。変なモンジ」


 ★


 貴賓への応接間も兼ねている校長室はテーブルからソファまで一流の調度品が揃っていた。しかし、校長が利用することはほとんどない。とある侯爵の名誉職の形になっており、実質、この部屋の主は教頭のルザンヌだった。


 「童貞喰い」「娼婦上がり」「インチキ教師」と陰で呼ばれている彼女だが悪口とは感じていない。真実だからだ。彼女が文句を言うとすれば、「才能のある童貞しか喰わない」「ただの娼婦じゃなく<冒険者通り>で一番の娼婦」「人を教えようと思ったことすらない」だった。彼女が娼婦から足を洗い、この地位についたのは、人の才能を見抜く目があることを知っていたアカツキに抜擢されたからだ。


 そんな彼女を悩ませているのが、一部の生徒たちの変化である。

 ソファで読んでいた資料をテーブルに置き足を組む。

 スカートから脚があらわになり、豊満な胸が揺れた。

 彼女の前で生真面目に座っているのは、教師兼秘書のハーベイだ。

 良い報告として持ってきた資料に対し、ルザンヌが難色を示したので彼は意外に思った。


「生徒たちの戦闘力が上がるのが問題でしょうか? 確かに彼らは貴族科の生徒と問題を起こしていますが、性格の良さより、強さ。強い生徒を送り出すことが、陛下の覇業を支えると教頭もおっしゃっていたではないですか」


「あなた、どこ見て言っているの?」


「な! きょ、教頭の胸など見ておりません! 視界に入ってくるのです!」


 ハーベイは慌てて目を伏せる。


「資料よ。戦闘力の項目の下にある連携力。見て見なさい。全員下がっている。これじゃあ、強くしても意味がないでしょ」


「なぜ…、でしょうか?」


「陛下の覇業を支えるっていう意味、ちゃあんと理解している?」


「それは王国軍への有能な人材の供給――」


 ハーベイがハッとして顔を上げる。


「わかったようね」


「はい。軍の行動は連携が必須です。個が強くても輪を乱すような存在を軍は求めていません」


「そして、連携に関心が無い生徒が規律の厳しい軍への入隊を希望することもない。学校にとって無価値の生徒よ。彼らだけなら諦めもつくけど、問題なのは普通科全体にも、連携力軽視の傾向が現れ始めていること。彼らの成長を見て、同調する生徒が増えている証左よ」


「連携の授業を増やしましょうか?」


「教師がやかましくいっても逆効果よ。相手を繁殖力の高い病原菌だと思いなさい。そうした場合、応急処置は一つ」


 ★


 数日後、定期的に行われている実技試験の結果が廊下に張り出された。普通科の順位は1位が同率でアンナ、モンジの定位置になってきている。その後に特待生が続くのだが、前回、モヒカンズが特待生の順位に割り込んできて話題になっていた。


 アンナとモンジは教室にいて、結果を見に行こうともしない。

 モンジがくやしそうに言う。


「速さと体術は俺のほうが勝ってるんだ。でも、粘られて引き分けちまう。理由はわかっている。アンナの呼吸法だ。師匠は教えてくれないし、見様見真似でやっても上手くできない。なあ、頼むから秘訣を教えてくれよ」


「だから、体質だって言っているでしょ。それに変な顔になるからやらないほうがいいよ、あたしも恥ずかしくて、モンジと戦うとき以外やってないもの」


 アンナは本気になると口を突き出して戦うため、<タコ顔の戦士>とからかわれていた。


 二人が話しているところに、モヒカンズが息を切らしながらやってくる。


「大変だ!」


「順位が入れ替わったのか?」


「それどころじゃない。アンナやモンジ、僕たちの名前が無いんだ」


「なんだと!」


 アンナが廊下に張り出されている結果表を見に行ったが、モヒカンズの言う通り名前がどこにもなかった。普通科の生徒も異常事態にざわついている。すると、教師のハーベイが結果表の横に紙を貼った。そこには、1位アンナ、モンジ、3位以下はモヒカンズの名前が並んでいた。


「先生、何であたしたちだけ別なんですか?」


 ハーベイは答えずにもう1枚、紙を貼った。

 そこには、アンナたちの名前が書いてあり、文の冒頭に、こう記されていた。


<以下の生徒が、本日付けで補欠科へ異動したことを告示する>


「どういうこと?」


「補欠科なんて聞いたことないぞ」


「急になんだよ!」


 アンナたちの質問にハーベイは感情を消した顔で答えた。


「今日、新設された。君たちのためにね。教室は校舎の外の倉庫だ。すぐに移動しなさい。嫌なら退学してくれていい。どうせ――」


「なんだよ、それ…。理不尽すぎんだろうが!」


 モンジがハーベイにつかみかかろうとしたが、逆に裏拳で張り倒された。


「私が戦闘を教えている教師ということを忘れたのか?」


「このやろう!」


「やめようよ、モンジ」


 再び向かっていこうとするモンジをアンナが押さえる。

 ハーベイが軽蔑の眼差しを向ける。


「粗暴で愚か。どういう育てられ方をしたんだか。親の顔が見てみたい――」


 次の瞬間、アンナがハーベイの顔を拳で打ち抜いた。

 吹っ飛ばされたハーベイを見て、そこかしこから悲鳴があがり、貴族科の生徒までもが集まってきた。

 モンジが驚いてアンナの肩をつかむ。


「おい! 止めたやつがなんで殴るんだよ!」


「あたしの想いを…、歪んだ心で口にした…」


 ハーベイが足元をふらつかせながら立ち上がると、口元の血をぬぐって言った。


「やはり、教頭の言われた通りだ。病原菌は隔離しなければならない。そして、アンナ、君は教師に暴行を働いた。これは退学処分に値する」


「俺が殴るはずだったのに、アンナが代わりにやったんだ。だから、退学にするのなら俺にしてくれ!」


「モンジ、違うわ。あたしが許せなくてやったの」


「アンナには恩がある。借りを返させてくれ」


「連携に興味もないくせに友情ごっこか。君たちに退学処分を選ぶ権利などない」


「先生!」


「いいの、モンジ。あたしも戦闘教師を殴れるほど強くなったし、もう卒業よ」


 アンナは笑顔で腕の筋肉を盛り上げてみせると、モヒカンズが泣きだした。

 モンジが何かに気づきハーベイを睨む。


「おかしくねえか。俺より攻撃力の低いアンナがなぜ殴れる? アンナを退学させるためにわざとやられたな!」


「………」


 ハーベイが黙って睨み返す。

 そのとき、野次馬の生徒の中からミカエルが現れた。


「アンナが殴ったのは悪いことですが、ハーベイ先生にも非が無いと言い切れますか?」


「殿下!」


「僕も補欠科なんて聞いたことがない。わけも教えられずに異動させられたら、怒りたくなる気持ちもわかります」


「だからといって教師に手を出していい理由には…」


「それなら、僕も退学になりますね」


「意味がわかりません」


「生徒のみんな! 聞いてほしい。僕がアンナに命令して先生を殴らせた。一番の罪は僕にある。みんなにはその証人になってほしい」


 生徒たちから、「わかった!」「証人になる!」「いいぞ!王子!」と、声が上がる。


 ミカエルはアンナをうながすと、二人でハーベイの前に膝まずいた。


「先生。どうか僕たちに寛大な処置を」


「くっ…、殿下を退学にできるわけがないでしょう。今回は処分を見送ります」


「やったーーーーっ!」


 モヒカンズが喜びの声をあげて抱き合う。

 アンナがミカエルに頭を下げた。


「ミカエル、ありがとう」


「僕にできるのはここまでだ。補欠科行きまでは覆せない」


「退学にならないだけで充分よ。ミカエル、あたしの稽古を見たがっていたわよね。バレずにのぞける場所を教えてあげる」


「いいのかい?」


 モンジがたまらずアンナを注意する。


「師匠が許さないぞ」


「ミカエルにお礼がしたいの。あたしに借りを感じているのなら1回だけ見逃して」


「…バレても知らねえからな」

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