プロローグ
裏切りだけは裏切らない。
人を信じずに生きていても、裏切りはわずかな絆を見つけて寄り添ってくる。
そして熟練の植木職人のように細い絆まで切り落としていった。
残ったのは幹と裏切りだけだった。
友に寝取られ、師に盗まれ、妻に見限られ、神に見捨てられた。そして――。
弟子に追放された。
周りから人が消え、孤独に慣れたころに、傲慢な性格が招いた災いだとわかった。天才と言われ続けていた弊害だ。性格を変えるのは難しい。だから神の誘いに乗り、天使として仕えた。だが、結局捨てられた。
一人で生きていくために鍛錬を重ねた。時が経ち、最強と呼ばれるようになり、金魚の糞のように慕ってくる若者とパーティーを組んだ。そして裏切りを忘れたころ、パーティーを追放された。
「裏切りとは腐れ縁だ。今さら、怒ったところでしょうがねえ…」
人里から遠く離れた森の奥深くに塔が二つ、お辞儀をする親子のように前傾でそびえたっている。外壁に窓は無く、地表近くに入口が一つあるだけだ。人が見れば出来損ないの塔だと笑うだろう。だが、それは人から見た場合のことだ。大きな斜塔はかつて魔王城と呼ばれていた。
「弟子の不始末は師匠の責任。だから、怒っちゃいけねえ…」
城の最上階になる魔王の間に続いていた静寂を終わらせたのは、パラリという小石が落ちる音だった。次第にパキッバキッと音が大きくなる。
「い~や、やっぱり弟子が悪い! あいつら、ぶっ飛ばああああす!」
雄叫びとともに、ドンッという爆発音が魔王の間に響き渡った。粉砕された破片が煙になる。爆発の中心には黒鎧に真紅のマントをつけたガルバがいた。
年のころは25歳ぐらいだろうか。兜は着けず、肩まで伸びたくせ毛の金髪に、相手を威圧する様に釣りあがった眉毛と目。荒々しい印象の顔だが、わずかに口端からのぞく八重歯が愛嬌となっている。
「石化封印しやがって。体が凝り固まってる」
ガルバは大きく伸びをする。肩当と胸当だけの鎧からは金属がこすれあう音はしない。鎧は鉄でも白銀でもミスリルでもなく皮だった。皮には血管が浮き出ており、胸当のところどころで七つの目がゆっくりと開いた。人によってはハスの実のよう嫌悪を覚えるだろう。光彩の無い瞳が左右に動く。
「班目、弟子どもが残っているわけねえだろ」
ガルバは目線を下に落とすと黒鎧に班目と呼びかけた。
「クェーッ!」
鎧は口も無いのにどこからか、鶏の首を絞めたような鳴き声を出す。
言葉に出さずとも憤慨していることは男にはわかる。
「ああ、裏切り者にはきっちりお仕置きしてやらねえとな」
班目はこの世界では呪具と呼ばれている鎧だ。人や魔物の恨みがこめられた武具や道具が時を経て変化して、持つ者に仇をなす。その代わり、持つ者に能力を与えてくれる。
ガルバは玉座の前にある石像に気づくと笑みを浮かべて歩み寄った。
石像は腕が四本ある男で、肌は竜の鱗で覆われていた。縁取りがされたローブをまとい、石版を持っている姿は知性を感じさせる。
ガルバは旧友に会ったかのように石像の背に手を回すと肩をポンポンと叩いた。
「笑っちまうな、魔王。お前まで封印されたんじゃ世話ねえな。まあ、お前の力じゃ封印を解けたとしても数百年後ってとこだろう――にしても、あいつらがあんな大魔法を隠し持っていたとは…」
ガルバは目を細めると記憶がどこかに落ちていないか探すように魔王の間を見渡した。
何重もの鎖でふさがれた扉が目に入ると目を見開く。
「ああ、あの扉の前だ――」
★回想
魔王の間の扉の前には、松明代わりの魔法に照らされる男女5人の冒険者パーティーがいた。
ガルバは剣の柄に手をかけると他の4人に言った。
「絶対に手出しすんじぇねえぞ。俺様が圧倒して勝つところを見せつけてやる」
「お好きにどうぞ。パーティーで魔王を倒せる力があるのにも関わらず、一人で倒すと言って一年も鍛えていたんですからね」
「師匠に向かって嫌味か? アカツキ」
ガルバとは対照的な白い鎧を着けた聖騎士のアカツキ・クジョウだ。銀髪に思慮深さを感じる眼差し。汚れ一つない鎧。絵画から飛び出したかのような美しい姿だった。
「いいえ。皮肉です」
「同じだろうが」
「遠回しに言っています。師への敬意は忘れていませんよ」
「フン、立派に成長したな。小賢しさだけがなっ!」
ガルバはアカツキを睨みながら大扉を蹴破った。
中に入ると奥へ導くようにガラスの大きな柱が立ち並んでいた。柱の中は青色の液体が満たされており、竜の赤子が眠るように浮かんでいる。柱の先に階段が数段あり、魔王は落ち着いた様子で玉座に座っていた。その背後ではいくつもの光が暗闇の中で浮かんでは消えている。
魔王はため息をつくと、地から響くような低く沈んだ声で言った。
『降伏しよう。我の負けだ』
「ハァ?」
『貴公らが悪い。一年前、貴公らが扉の前に立ったとき、勇者何するものぞ、と我は奮い立った。しかし、貴公らは入ってこず、我の眷属を狩り続けた。我は眷属の断末魔を聞きながら待ち続けた。眷属が死に絶えるまでな。魔族顔負けの精神攻撃には敬意すら覚えるぞ。おかげで我の気力はすっかり萎えた』
魔王はもう用は済んだと言わんばかりに背もたれに体を預ける。
闘志の欠片さえ見えない姿にガルバは舌打ちをした。
「それじゃあ、俺様の強さを示せねえ」
「力を誇示するためだけに、無抵抗の我を斬るというのか?」
「殺されるしかねえと分かれば抵抗もするさ」
ガルバは背負っていた大剣を抜く。大剣は鮮やかな血の色をしていた。
アカツキがガルバの肩に手を置くとゆっくりと首を振る。
「我々は戦わずして勝ったのだ」
「止めるな、アカツキ! 俺様は圧倒的な力を見せつけなきゃならねえ!」
「自尊心を満足させるだけの無意味な戦いです」
「意味はある! 大事なことだ!」
「我々は魔王の降伏を受け入れます」
ガルバの後ろにいたパーティーメンバーもうなずき、同意を示した。
「僕たちに考えがある。パーティーの決定を信じて欲しい」
「金魚の糞どもの考えを信じろだと? 誰がてめえらのリーダーか教えてやる」
「…そう言うと思っていました。あなたをパーティーから追放します。ゴード!」
2mを超える大きな樽のような男がガルバの前に立った。名前はゴード・イーサン。着けている赤鎧の表面は多くの傷と返り血で黒ずんでいる。ゴードは人の胴ほどの大きさのハルバードをガルバに突きつけた。
「おまんは強か。おいたちが束になってもかなわん。じゃが、おまんが強うなればなるほど、金魚の糞も経験を積んでいく。パーティーの恩恵だ。今ならおいたちが勝て――」
言い終わる前にガルバは大剣で斬りつけた。
ゴードがハルバードを持つ腕に力をこめて受ける。
「アカツキ! 早よ、やると良か!」
アカツキは刺突剣を天に向かって突き上げた。パーティーメンバーである女魔導士シュンカ・オーバと女賢者エルザ・ホイスーンが詠唱を始めると刺突剣に向かって魔力が集中していく。彼女たちの詠唱の長さが、ガルバの肌を粟立たせた。
「初めて聞く詠唱だ。昨日今日で覚えられるモンじゃねえ…。アカツキ、いつから裏切る気だった?」
「一年前」
「てめえら全員で…、ずっと…、ずっと騙していたのか!」
膨大な魔力の流れで空気が歪む。
ガルバには全員の顔で自分をあざ笑っているように見えた。
血が逆流し、叫びながらアカツキに突っ込んでいく。
「てめええええええ!!!!!」
ガルバが斬りかかるより早く、アカツキの突撃剣の切っ先がガルバを捕えた。
五色の光が放出され、魔王の間が光に包まれる。
「五神封印」
光がガルバを包み込んだ――。
★
ガルバの記憶はここで終わっていた。その後のことは何も覚えていない。五神封印を食らった次の記憶は、封印が解ける数時間前まで飛んでいる。だから、魔王が封印されたことも知らなかった。
ガルバは床から大剣を取ると、扉に向かって一閃した。
赤黒い衝撃波が扉と塔の外壁まで破壊し、光が差し込んでくる。
ガルバは再び魔王像に向き直ると切っ先を突き付けた。
「二度と勘違いしないように、何者なのか教えてやるよ」
魔王像に刻み込むように「雑魚」と書くと、ガルバは扉へと歩いていく。
「もう地上はあきらめろ」
『貴様が封印されている間に、我らはさらに強大になった』
魔王の間全体から低い声が響く。壁のいたるところがボウッと光った。
「聞いていたのか? 雑魚らしくおとなしくしてろ」
『戻ってくるのだ。天使ガルバよ』
「許すつもりはねえ。てめえも、てめえらの計画もな」
『神に逆らう愚か者め。楽に死ねると思うな。ゆっくりと時間をかけて狂わせる。心を粉砕し微塵も残さぬ』
「ふん、呪いみてえなことを言いやがる。呪いなら大歓迎だ」
ガルバはマントを翻す。
「どんな呪いも飼いならす。それが闇騎士だ」
不慣れな作品を読んでいただきありがとうございます。
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