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短編シリーズ

【短編】執着心が強い皇帝に捕まってしまった私の話〜あのさぁ、平民が皇帝と結婚できるわけないって馬鹿でもわかるよね〜

作者: 白雲八鈴

 私の目の前には、今にも死にそうな人がいる。その人が痛いほど私の手首を握って、何かを言おうとしていた。だけど、口からはヒューという音のみがこぼれ出ている。


 それはそうだろう。なんせ彼の横腹が抉れており、止め処無く血が出ているのだ。もう遺言を残すことも叶わないことが見て分かる。


「……っ……」


 口からは言葉が出てこないが、何かを訴えるような鋭い眼光は、生きることを願っていた。


「……会いたか……た。ずっと……」


 彼は誰かを探していたのだろう。


「リー……生きて……戻れたら……けっこん……をし……よう」


 はぁ。彼はリーという者を結婚相手として探していたようだ。だから、私は生き絶え絶えの彼に向かっていう。


「そう、私に会いたかったの?」


 彼が探していたのは、この私……あれから何年経っていると思っているのか。


「あの時言った言葉をもう一度言うけど、私と貴方の間には身分という壁がある。だから結婚はできない。その代わりに友にはなれる」


 私は瀕死の彼に向かって、最後に会った時の言葉を口にした。私には貴方の隣に立つ資格はないと。


 すると、彼は言った。


「……好きだよ……リー」


 そのセリフも最後に出会った時と同じ言葉。そうして、彼の手は私の手首から離れていった。








 彼との出会いは15年前に遡る。

 私は王都の貧民街で生まれた。家なんて大層なものはありやしない。壁と雨漏りがする屋根に囲まれた場所と言って良いところだ。

 その風景を見た瞬間に思った。


 転生って普通は、公爵令嬢じゃない! それも悪役令嬢なんて! というシーンがつきもののはずと。


 そう、私は生まれながらにして、今の自分ではない人生を記憶していた。とは言っても、病院で働く看護師だ。人間関係は最悪で、殆ど休み無しで働き、ストレスと疲労でぽっくり逝ったのだろう。寝に帰るだけの家の玄関先で目眩に襲われたあとの記憶がない。


 まぁ、つまらない人生だったということだ。


 そんな私が生まれ変わって目にした光景を見て、なんて最悪な場所に生まれたのだろうと思ったのは当然のこと。しかし、底辺から這いずり上がってこそ、異世界転生という認識もあった。


あうぅ(絶対に)あうぅぅぅうう!(成り上がってやる)


 と決意したのだった。

 親は私の事を邪魔だと思っていたようで、食事も最低限しか与えなかった。いや、そもそも食べられる物が無かったのだろう。母親はガリガリだった。そして、父親は生まれてから見ていないので、夫婦という形で私を授かったわけではないことは明白だった。


 そして、この世界には魔法という物があった。これには大いに助けられた。


 いや、臭いんだよ。何もかもが。

 絶対に風呂なんて入っていないだろうという強烈な体臭。それが自分から臭っていると知ったときは愕然とした。


 それから転生する前に見ていた漫画とかアニメの知識を総動員して、魔法を作り上げて色々した結果。

 母親は私を捨てて、どこぞの男とどこかに行った。

 うん。小綺麗にして、栄養がいきわたれば、母親はチョー美人さんだった。金色の髪に光を宿したような煌めく金色の瞳。女神かと言わんばかりの美人さんだった。それは男どもがほっておかないだろう。


 これが、私が4歳のとき。


 そして、私が次に行ったことは、知識をつけること。だってさぁ。文字が書けないって、仕事にありつけないでしょ。


 小綺麗な4歳児になって服もチートな感じで作った物を着れば、なんということでしょう! 商家の娘ぐらいには見えるではないですか。


 貴族は見たこと無いからね。貴族の娘とは言わないよ。


 そんな格好をしてどこに行くのかと言えば、図書館だ。事前に誰でも(・・・)利用が可能という情報は仕入れていた。

 そう、身分証が無くても利用可能という素晴らしい場所だった。


 私は堂々とした商家の子供という感じで、石造りの大きな建物に入っていき、入口にあるカウンターに座っている人に声をかける。


「おねぇーさん。ここの使い方と、わたしでも読める本のところを教えてください」


 カウンターといっても大人用のカウンターなので、司書の女性からは私の姿は見えなかったのだろう。

 カウンターから出てきた司書の女性は私の事を不思議そうな顔をして見てきた。


「お父さんかお母さんは一緒ではないの?」

「あのね。おかあさんはお隣のびょーいんにいるの。だからおとうさんがここでまっていろって」


 この図書館は市民街の比較的裕福な区画にある。言わば王都の中でも中心街と言って良い場所。そこには色々な施設が集められていた。

 図書館の隣には図書館より大きな建物があり、病気や怪我を治すところと聞いた。ならば、それを利用して母親が入院中であり、父親が見舞いに来ていると。それならば、長時間一人で子供が図書館に居ても怪しまれないだろうという浅はかな作戦だった。

 この国に保育施設や学校施設があるかわからないので、この作戦が通じるかは一か八かだった。


「そうなのね。一人で偉いわね。じゃ、おねぇさんが案内してあげるわ」


 涙を浮かべながら、私の手を引く司書の女性。案外ちょろかった。


 図書館は1階であれば自由に誰でも利用可能で、貸出には身分証明書がいるらしい。もし、勝手に持ち出そうとすれば、本が強制的に図書館に戻るシステムだとか。

 恐らくそこでも魔法が使われているのだろう。



 そして、私は適当な本を手に取り、開いて愕然とした。

 読めないということではなく、普通に読めてしまったのだ。ただ、文字を書き写そうとすれば、その文字がどういう形かわからない。これでは文字が書けないということだ。

 私はそこで文字を書くの諦めた。文字を書くのではなく、知識を得ることに集中すると。


 そこから一年通い詰め、1階の奥まったところで、分厚い本を読んでいるときだった。


「おや? 噂の本の妖精さんは、こんなところにいたのか」


 その言葉に視線を上げると、杖を持った白髪の老人がいた。なに? 噂の本の妖精って?


「誰?」


 私には知り合いという存在はいない。だから、この老人に繋がる人物は居ないはずだ。司書の女性を除いては。


「誰と問われてものぅ。じぃで良いぞ」


 偉そうにじぃと呼べと指定してきた。だけど、それでは何者かは全くわからない。


「ふーん。じぃは何をしている人?」


 だから、更に質問する。正直に答えるとは思っていない。いざとなれば、転移で逃げる用意はしておこう。


「自由を満喫している者じゃな」


 これは今まで働いていたけど、隠居して自由にさせてもらっていると解釈していいのだろうか。


「で、何のよう?」

「孫に何か目ぼしい書物はないのかと探していたところじゃ」


 ああ、それで、こんな奥まったところに来たと。老人が一人で? 普通だと身なりからして誰か付き添いが、いそうなんだけどなぁ。だって、私は初めて絹を着た人に出会ったよ。


「そう、付き添いの人に手伝ってもらえば?」


 ちょっとカマをかけてみた。私から見ても、魔法を使って周囲を探っても、この辺りには人はいない。


「折角、護衛を撒いてきたのに、つきまとわれるのは御免じゃな」


 本当に自由人だった。そして、護衛か。やはりそれなりの人物だったようだ。


「じゃ、好きに探すといいよ」


 私は立ち上がって、大きな本を持ったまま移動をする。この本の続きが気になるからね。


「見つけたから、構わぬ」


 ん? それはもう目星を付けていたってこと?


「古代文字が読める本の妖精を連れて帰ることにしようかのぅ」


 ……古代文字。私は持っている本を見る。え? 古代文字も普通に読めるってチート過ぎるんだけど。私、そんな魔法は作っていないから、これは元から備わっていた転生特典っていうやつ?


「じぃは人さらいってことで、いいかな?」


 私は本を床に置いてジリジリと後退する。


「いやいや。孫の遊び相手になってはくれんかのう?」


 遊び相手? 私は首を傾げる。

 どこの誰ともわからない私を、恐らく金持ちのお子様の遊び相手ってあり得ないよね。


「意味分からないけど? 護衛がつくような、じぃの孫と私とは話が合わないと思う」


 ジリジリと距離を取りながら、遠回しに断わる。


「あやつは可哀想な孫なんじゃ。母親は早くに亡くしておらぬ、そのことで、肩身の狭い思いをしておるんじゃ」


 母親が死んだからって何っていうんだ。私は母親から捨てられたっていうのに。


「だったら、私より友達に向いている子っているはずだよね」


 私にこだわる必要もない。


「確か、母親が入院しておるのじゃったか。そして、父親が毎日見舞いに来ておる。はて? 調べてみたが、そのような家族はおらなんだのぅ」


 ちっ! やっぱり調べられるとわかるよね。

 私は足元に術式を展開し、魔法陣を出現させる。これは逃げの一手でしょう!


「ほぅ。魔法阻害がされておる、ここで転移をするつもりか?」

「私の魔法と、ここに施されている魔法は違うからね! 詠唱術式の阻害なんて意味がない!」


 詠唱術式とはこの世界で普通に使われている魔法のこと。魔法を発動するための長い呪文を言ってから、発動キーである文言を唱えると、あら不思議。魔法が発現されるということだ。


「ではこれはどうかのぅ」


 じぃがそう言った瞬間、途轍もない恐怖が襲いかかった。なにこれ? 初めての感覚……怖い……寒い……


 そこで私の意識が途切れた。





「ということでな。孫の友になって欲しんじゃ」


 結局、私は攫われた。このじぃに。


「あのさぁ。私、身分がない底辺の平民なのだけど?」

「そうじゃろうなぁ。でなければ、親の許可が必要じゃからのぅ」


 くそじじい。どうやら、私のことは調べられていたらしい。攫っても文句を言われない存在だと。


「教養とか全くないけど? 口も悪いし、身分とかクソ喰らえだし」

「フォッフォッフォッ」


 変な笑い方をしないで欲しい。鳥肌が立つ。


「友とはそういうものじゃ」

「いや、駄目でしょ。どう見てもここ王様が住むところだよね」


 私はアニメの世界でしか見たことがない部屋にいる。ふかふかの絨毯に、沈み込みそうなソファ。よくわからない絵に、何の首かわからない動物の壁掛け。

 そして、じぃの背後にずらりと並んだ、鎧。ピクリとも動かないけど、恐らく中に人が入っている。


「何者にも囚われない本の妖精に頼みたいのじゃよ」

「ふーん。じゃ、口が悪くてもいい。性格が悪くても良い。悪い遊びを教えてもいい」


 はぁ、さっきから、恐らく中身入りの鎧からピリピリとした感じが襲ってくる。これが、殺気っていうやつだろうか。っと言うことは、じぃから受けた恐怖はそれに近い感じかな。呪文を唱えていなかったからね。


「よい。わしが許す」


 すると、ピリピリしたモノが無くなった。ふーん。じぃはやはり偉い人と言う感じか。


「それなら期限を作って欲しい」

「期限とな?」

「お孫さんの相手の期限。ずっとっていうわけにはいかないでしょう?」


 ここは裕福かもしれないけれど、窮屈なところだ。息がしにくい。そんなところ。


「よい」

「そうだね。期限はじぃが死ぬまでって……」


 さっきまで微動だにしなかった鎧の一つが剣を抜き、瞬間移動でもしたかのような速さで近づいてきて、私に向かって剣を振り下ろしてきた。じぃはというと、にやりという笑みを浮かべて静観する姿勢だ。

 まぁ、いいけど。


 すると、振り下ろされた剣は何かに弾かれたように、私の頭上で方向を変えた。


「あのさぁ。人はいずれ死ぬんだよ。病気だったり、怪我だったり、寿命だったり。いつまでも、こんなクソガキをここに住まわせる気はないでしょう? だから、私を攫ってきた本人が寿命を迎えるまでって言ったの。じぃが居なければ、私なんてここではゴミクズだ」

「そこまで酷くはないじゃろうに」


 それは本当のことだ。私には身分がない。となれば、自分自身で確固たる地位を得るか、誰かの庇護下に入らなければ、生きにくいだろう。


「ほれ、剣を収めぬか。お前たち、さっきからこの者に向かって殺気だっておるが、この者がどういう者かわからぬか?」


 ん? じぃは何を言っているのか。私は貧民街で生まれた親無しだ。それぐらい調査済だろう。


「聖女じゃよ」

「いや、違うし」


 思いっきりそこは否定する。そんな仰々しい者じゃない。


「フォッフォッフォッ」


 その気味が悪い笑い方をやめてほしい。


「わしの寿命は、あとどれぐらいじゃ?」

「さあね。知らない」


 まぁ。視るところによると、そこまで長くない。あと5年生きればいいぐらい。


 人の状態を視る魔法は構築した。とは言ってもとても大まかなもの。悪いところが黒く見えるっていうだけ、それがなんの所為で黒く見えるのかが、わからなかったりする。

 多分、私の魔法の構築の仕方が悪かったのだろう。治すところがわかる魔法がいいなんて、曖昧なことを考えていたから。


 で、じぃはというと、心臓と肺が黒い。あとは、脳の一部。

 考えられるのは心臓が弱っていること。肺の腫瘍。それが脳に転移をした。若しくは一部の脳梗塞を起こしているか。その辺りが曖昧。


「気ままに散歩をしながら、過ごせばいいんじゃない?」


 あと、人を治癒する魔法もあるけど、じぃにはしないほうがいい。使えば寿命を縮めるだけ。どうも治癒の魔法はその人の生命力を引き出す魔法だった。

 私が描いていたのは何も対価がなく治癒がされるものだったのだけど、そうはならなかった。


 人は寿命というものには抗えないらしい。


「なんじゃ? 治してはくれんのかのぅ」


 ちっ! どうやら、私が治癒の魔法の実験をしているのを、どこかで見られていたらしい。人気のないところで行き倒れている人に、試しているところを。


「人には寿命というものがある。天寿をまっとうすればいい」

「フォッフォッフォッ。わしは天寿を全うできるのか。それは良いことを聞いたのぅ」


 そうして、私はじぃのお孫さんという人物のお友達(仮)に選ばれてしまった。はぁ、きっと我儘姫さまなのだろう。






「孫のレオンカヴァルドじゃ。レオンちゃんと呼んでよいぞ」


 じぃ。すっごい目つきで睨んでくる黒髪の少年がいるのだが?

 女の私に友達になって欲しいと言ってくるものだから、てっきり女の子だと思っていたら、男の子じゃん!余計に駄目だし!

 しかし、契約書まで書かされてしまったのだから仕方がない。


「レオンちゃん。今日からお友達(仮)になるので、よろしく」


 私は右手を差し出して、よろしくアピールをする。すると私を無視して黒髪の少年は立ち上がり、私の横を素通りして、じぃの元に向かっていった。


「太上皇帝陛下。なんですか?あの珍妙な生き物は」


 珍妙な生き物とは失礼な!これでも生物学的に女だ。

 って皇帝?? いや、太上皇帝ってなに?


「じぃって王様?」

「ん? 王様のではなく皇帝だった者じゃな」


 王様と皇帝の違いが全くわからない! 何か違いがあるわけ?


「違いがあるの?」

「ふん! こんなモノを私の友になど、不要です」


 やっぱさぁ。権力者のクソガキっていけ好かないよね。私はちらりとじぃを見る。すると私に対して頷き返した。

 よし!


「レオンちゃん。教えてよ。友達だよね」

「お前など。友ではない!」

「えー? だってさぁ。皇帝だったじぃが、私をレオンちゃんの友達にって、言ったんだよ? その意味賢いレオンちゃんならわかるよね」

「くっ!」


 すごく悔しそうな顔で睨んできた。偉い人の命令は聞かないといけないという、嫌々感が溢れ出ている。


「ふん! 馬鹿でもわかりやすく言えば、多くの国を支配した王が皇帝だ。だから支配した国には当然王が存在し、属国をまとめ上げる王の中の王が皇帝だ」


 ん! これでピンときた。レオンの母親はその属国の何処かの国の王族で、母親が死ねば皇帝となる順位は低くなり、皇帝には立てないと言う感じだろうか。


「さすが私の友達だよね! レオンちゃん!」

「っ! レオンちゃんと呼ぶな! ……お前!」


 ああ、そう言えば私は名乗っていなかった。


「私はリリィ。趣味は読書と魔術の実験だ。金色がよく似合う女の子。5歳。よろしく!」

「女?」

「女の子じゃったのか?」


 え? 女の子に見えていなかった? じぃまでまじまじと見ている。いや、じぃ。私の事を聖女って言っていたよね! それて女ってわかっていなかったて、どういうこと?


「どう見ても女の子だよね!」

「女性はズボンを履かない」

「そうじゃのぅ。髪が短いから男の子じゃと思っておった」


 私は自分の衣服を見る。ズボン。歩きやすいからズボンにした。髪は長いと邪魔だから切った。

 あ……そう言えば、ナイフで自分の髪を切ったときに、母親が発狂していた。あれは女の子が髪を切るなんてという意味だったのか。


「じぃ! 私のこと“聖女”って言った。じゃ、あれはなに!」

「ん? あれは面白がって言っただけじゃ。しかし、聖気をまとっていることには変わりないじゃろう?」


 いや、知らないし。


「契約してしまったからには、仕方がないのぅ。期限まで男の子の姿でおると良い」

「らじゃー」

「太上皇帝陛下! それは問題です」


 私は何も問題はない。髪も短くていいし、服装もズボンでいい。


「次はレオンちゃんが自己紹介してよね。ほらほら、じぃが決めた友達だよー」

「くっ……レオンカヴァルド。皇帝陛下の第一子だ。歳は10歳」


 ……すっげー面倒くさいヤツの友達に任命されてしまった。


「はぁ。それだと私の役目は友達兼治療師だね」


 恐らくレオンの母親は、じぃが息子に充てがった嫁だったのだろう。しかし、普通ではない死を承った。

 だから、じぃは天寿をまっとうすることをワザワザ言葉にしたのだろう。




 まぁ、思っていた以上にレオンとのお友達生活はスリリングだった。


 毒を食事に入れられるのは日常的で、毒物を判定できる魔法を作ったほどだ。

 刺客に狙われる。それも昼夜構わずにだ。


 そんな生活を送っていたレオンは不眠になるし、物を食べても戻すし、かなりヤバイ状況でもあった。

 だから、私は護衛と治療と看病をすることになった。これほど前世が看護師で良かったと思ったことは無かった。でなければ、普通は吐瀉物や寝込んでいるときの下の世話なんて、嫌だしどうすれば良いかもわからなかっただろう。


 しかし、じぃ。5歳と10歳の子供には少々過酷な暮らしなのではないのだろうか。

 レオンがいるところはてっきり後宮の中だと思っていたのだけど、10歳になったということで、離宮を与えられたらしい。普通ならば仕える者は、母親が選ぶものらしい。しかし、皇帝が選んだため、レオンに忠義を尽くしているわけではなく、裏切ろうと思えば簡単に裏切る者たちだった。


 先ずはここから変えた。そのために、時々様子を見に来るじぃに信用できる人物を紹介してもらい。レオンの周りを固めていく。


 そして、レオン自身にも自分自身を守る力を得るために、剣術を指南してもらう人物と勉学を教える人物を一人ずつ紹介してもらい。魔法は私がレオンに教えた。まぁ、残念ながら、私には文字が書けないため、全て口頭だったけれど、今では使われていない(いにしえ)の魔法まで、叩き込んだ。これはもちろん図書館通いの成果だ。




 そして月日は流れ、5年後。


 じぃの容態が急変したという知らせが届いた。じぃの血族は1時間後に集まるようにという知らせと共に。


 とうとうこの時が来てしまった。私は出来ることは全てやったつもりだ。


「だからさぁ。第二皇子は絶対にだめ。付くなら第三皇子。そこなら弱みを握っているから、レオンの生存確率が上る」

「リィ。ここに残るつもりは無いのか?」


 レオンは知らせが届いてから、私に城に残るように言っている。それは無理な話だね。だから、私は少しでもレオンの生存確率を上げる話をしている。

 このときには、レオンは大分砕けた口調で話すようになっていた。


「それで第三皇子と共闘して、他の皇子共を牽制しろ。レオンにはそれだけの力がある」

「リィのためなら、皇帝になってもいいんだぞ」


 レオンなら皇帝になる力は持っていると思う。だけど、それはきっと泥沼と化すだろう。後ろ盾がないレオンが貴族をまとめ上げるには、恐怖政治の一択だ。それでは駄目だ。


「あとは第二皇女だ。あの女は危険だから、さっさと排除しろ。統治下の何処かの王の嫁にでもやるといい。いや、いっそ外に出した方がいいな」

「リィ。それとも俺がリィに付いて行ったらいいのか?」


 身分を捨てると? 私にはそこまでする価値なんてない。


「はぁ。レオン、この国は(あや)うい。戦いの種があちらこちらで燻っている。今は皇帝が力技で押さえ込んでいるけど、次代となると、どうなるかわからない。じぃの命が消えれば、皇帝は退く可能性が高いしな」

「そこがわからないのだが、何故太上皇帝が身罷られると、皇帝が退くことになるんだ?」


 これは口には出せないことだ。じぃの固有スキルを息子に使わせられるようにしていたため、今の皇帝が軍神と呼ばれるほど強いだなんて。

 じぃの恐怖を感じる程の力は“天竜牙爪”というスキル。使ったところを見たこと無いのでわからないけど、めっちゃ強いらしい。

 そして、私はスキルという物が存在すると初めて知った。


 因みに私のどんな文字も読めてしまうのも“翻訳”スキルだった。お陰で文字が書けないけれどね。


 そんなめっちゃ強い、じぃのスキルの力の一部を息子の皇帝に使わせるようにしたらしい。そんなことを私に話してもいいのかと聞けば『フォッフォッフォッ』とあの気味が悪い笑いをされた。

 まぁ、いいのだろうと解釈をした。


「それは知らない方がいい。それから、コレを……」


 私は自分の首に掛けていた鎖を外して、レオンの手のひらの上に落とす。鎖の先にはゴルフボールほどの白い球状の玉があった。


「私の聖気を凝縮したものだ。きっと役に立つ」


 これは、じぃの話を聞いて思いついたもの。自分の力をレオンに渡せないだろうかと思って、作った聖気の結晶だ。白い玉なのだが、中にはキラキラと星が輝いているように煌めいている。これがあれば、多少の怪我も治るだろうし、毒も解毒してくれるだろう。


「レオンカヴァルド樣。お時間が迫って来ております」


 レオンの侍従が呼びに来た。

 この人物もじぃから紹介された者で、レオンの侍従兼剣の指南担当だ。金髪金眼の長身の男性で歳は恐らく25歳か26歳だろう。

 私たちの存在を確認した侍従は呆れたような金色の瞳を向けてくる。


「レオンカヴァルド樣。いつも言っていますが、犯罪臭いですよ」


 犯罪臭い。いつの頃からかレオンは私を膝の上に乗せるようになっていた。そして、15歳にしては大人びた黒髪の青年が、10歳という本来の年齢よりも幼く見える金髪の少年(外見)を抱きかかえているのだ。

 第三者から見れば、怪しすぎる構図と言うことだ。


「リィは俺の嫁だから問題ない」


 いや、色々問題がある。

 時間が来てしまったのなら仕方がない。私はレオンの膝の上から降りる。そして、レオンの赤い瞳を見て言った。


「私と貴方の間には身分という壁がある。だから結婚はできない。その代わりに友にはなれる」


 私がここに居るのはじぃの許可があったからこそ。そのじぃが居なくなったとなれば、私はレオンの側には居られない。


 右手を差し出した私にレオンは、泣きそうな顔を見せた。そして、自分の耳に手をやり、そして私に手を差し出してきた。


「やる」


 それは、私がレオンに自分の魔力を溜めるように言っていたピアスの片割れだった。元は透明だったのに、今は真っ黒だった。……これ、呪われていないよね。


「耳に穴を開けていないからいらないよ」


 断わるのが一番いい。嫌だよ。レオンの怨念がこもってそうなピアスは。


「カルア。直ぐに行くからリィを押さえろ」

「はっ!」


 は?いやいやいや。それはないよねカルアさん。


 私は後ろから侍従に手首を掴まれてしまった。


「カルアくん。後ろからとは卑怯だね」

「レオンカヴァルド樣には早く太上皇帝陛下の元に赴いてもらわなければなりません」


 それとこれは関係ないよね! ……っ!


「いったー! 本当に突き刺した! 虐待だ! 虐待!」


 そして、何故か耳の後からパキッという音が聞こえた。もしかして……。


「これ外れるよね! 外れなきゃ困る!」

「大丈夫だ。これで夫婦だ」


 意味わかんないし! 何が夫婦だ!


「好きだ。リィ。浮気は許さんからな」


 そう、レオンは私に異常な執着心を持っていた。

 これは、レオンが弱っている時に、身の回りの世話をしたのが起因だろう。

 だから、私以外の者を周りに置いて、私への依存度を下げていったのだが、異常な執着心に変化はみられなかった。


「はいはい。私も好きですよ。私と結婚したいというなら、じぃぐらいの実力をつけないと駄目ってことも付け加えておくよ」


 私がそう言うと機嫌よくレオンは部屋を出ていった。その背中に私は声なき言葉を掛ける。


 “さようなら”と。


「で、さぁ。あなた達が来たってことは、もうじぃは天に召されたのかな?」


 私は一人しか居ない広い部屋の中で、大きな独り言を言う。


 いや、壁に亀裂が入り、壁が内側に開いた。隠し扉だ。そこから次々と鎧が出てくる。

 じぃの護衛をしていた鎧共だ。


「いやー。本当にじぃには色々教えてもらったよ。これ私が知っちゃいけないことだよねっていうの」


 私の言葉に鎧共は答えない。答える必要がないのだ。


「だからさぁ。権力者って嫌いなんだよねぇ。利用価値がなくなったらポイッて捨てればいいと思っているから」


 そして、鎧共は一斉に剣を抜く。所詮身分がない者など、捨て駒だ。皇帝だったじぃの目的は達成した。

 次代にはレオンの力が必要だ。じぃの血を濃く受け継いたレオンの力。


 ったくさぁ。私に言うなよ。『レオンは孫ではなく。わしの子じゃ』って。これを聞いた瞬間、私は殺されることを予見したよ。


 で、こうして私は鎧に囲まれているわけだ。


 いいよ。相手してあげるよ。10歳の子供だけど、前世合わせるとアラフォーだ!


 一斉に鎧共が剣を掲げて襲ってきた。その数にして30は居るだろう。きっとじぃの背後にいた者たちだから、精鋭に違いない。

 でもさぁ、私にとって数なんて問題じゃない。魔法って広範囲で攻撃出来るわけ、私を囲っていようが、全方位に魔法陣を展開すればいいこと。

 そして、相手は何かしらの金属の鎧を身に着けている。ということは、金属には融解度が存在し、タンパク質は60度を超えると、変質する。

 だったら、灼熱地獄にすればいいってこと。


「『獄炎』」


 魔法陣から千度を超える炎が吹き出し、熱風が吹き荒れる。私はちゃっかり自分だけは結界の中だ。

 別に発動キーは言わなくてもいいのだけど、言うと安定性が増すので、無詠唱よりも威力が上がるのだ。


 すると、鎧の一人が棒のような物を出して、何かをしようとしたので、魔法陣をその鎧に向けて展開する。


「『石刃』」


 魔法陣の中から鋭利な岩が吐き出され、鎧を押しつぶしていく。


 今、主流の魔法は詠唱術式だ。棒の先にある魔石に自分の魔力をまとわし、呪文と発動キーを唱えれば魔法という形に発現するもの。これは私のように魔力で魔法陣を描かなくて便利なのだけど、呪文を口にしなければ、魔法は発現しない。だから、魔法を使おうとした鎧の行動を阻害した。


 高温の炎に巻かれて、動けなくなっている鎧共。

 ふん! 私の命が簡単に取れるとは思わないで欲しい。


 灼熱地獄化した中から私の結界に剣を振り下ろしてくる者がいた。

 凄いね。この中を駆けて抜けてきたのか。


「高みの見物をしてたんじゃないの? カルアくん」


 私は瞬間移動でもしたように、目の前に現れた鎧に声を掛ける。


「カルアくんさぁ。私の結界をそんな剣じゃ貫けないことぐらいしっているよね。だって、5年の付き合いだしね」


 しかし、目の前の鎧は私の結界に剣を突き立てることを止めることはしない。


「ここは、交渉しない? その辺の死体をつかってさぁ。私を死んだことにしてくれないかな?」

「貴女のようなチビは我が隊の中にはいません」

「それは私がなんとかするよ。ついでに虫の息の鎧くんたちを元の状態に戻してあげてもいいよ」

「元に戻すですか?」

「そう、誰のお陰でレオンが今まで生きていると思っていたわけ? 私の魔法のお陰って理解していなかったのかなぁ? カルアくんっておバカだね」


 すると、カルアは剣を収めて一歩下がった。だから、私は火を吹いている魔法陣を消し、新たな魔法陣を展開する。


「バカではありません。私は主の命令には忠実にあらねばなりません」


 そういうところがおバカなんだよ。私の結界には剣は通らないと知っているのに、じぃの命令通り、馬鹿みたいに剣を振るってくるところが。


「真の皇帝がいなくなったのだから、これからこの国は荒れるよ。次の主を間違わないように選ぶんだよ。カルアくん。『原点回帰』」


 これは治癒ではなく、少し前の状態に戻す魔法。死んだ命は元には戻らないけど、生きている人は、私が攻撃する前の状態に、部屋も元通りに戻る魔法。


「もう、それは決めております」

「そう、なら余計なおせっかいだったね。っとこれでいいか」


 私は天井から落ちてきたのだろうねずみっぽい黒い塊の前にしゃがみ込む。

 人は弔いが必要だからね。さっきカルアに言ったことは勿論カルアを苛つかせる為の方便だったのだけど、じぃが選んだ人物なだけあって、普通に返されてしまった。

 きっとカルアが怒ることがあるのであれば、それはじぃのことだけなのだろう。


 黒い塊を私の手首を模するように、魔力でコネコネして形を変える。


「取り敢えず、この手首を持っていって、追い詰めたら自爆したって説明しておいて」


 そう言って、カルアに黒焦げの手首もどきを渡した。


「いつも思いますが、貴女の魔法は適当ですね」

「こんなの適当でいいじゃない? 私の魔力が混じった何かってことで」

「これからどうするのですか?」

「これから? まぁ、そうだね。ナイチンゲールでもしようかなぁ」

「相変わらず貴女の言っている言葉が理解できませんね。理解不能な文字を書くのですから、言葉ぐらいは、きちんと話してもらいたいものです」

「もう、私の言葉なんて聞くこと無いから大丈夫。さようなら、カルアくん」


 私はお別れの言葉を告げて、その場を転移で去っていった。もう二度とくることはないだろう。そして、彼らにも二度と会うこともないだろう。




 それから、私は治療師として、帝国中を回った。じぃが死んで一年経ったぐらいから、小競り合いのような戦いが各地で起こり、二年後には戦争と呼べる戦いが起こるようになった。


 私は各地の戦場を巡りながら、敵味方なく治療をしていった。別に私は誰の味方でもないのだから。


 すると、私の弟子になりたいという変わり者がついて来るようになり、夫が戦死した未亡人が私の手伝いをしたいと言ってきたり、息子の命が助かったのは私のお陰だと言って寄付をしてくれる者もいたりした。

 各地を巡っていると5年後には、聖女部隊なんて名までつけられてしまい、その数は10年で百人規模にまで膨れ上がってしまった。

 流石にこれは予想外だった。




「せ……聖女…さま」


 右半身が赤く爛れた男が、金髪の美しい女性に手を伸ばして、懇願している。


「た……たすけ……たす…け」

「大丈夫ですよ。直ぐに治ります」


 金髪の美しい女性は聖母のような微笑みを浮かべて、男に助かることを伝えている。

 すると、男は安心したような笑みと苦痛の引きつった笑みの間の表情を浮かべた。


「先生。お願いします」


 美女は振り返って私を見る。丁度私が、彼女の背後に立ったときにだ。


「ああ、で? どんな感じ?」

「主に火傷ですね。擦り傷はありますが、深い傷はありません」

「そうだね」


 私が火傷をしている男性が横になっているベッドの横に立つと、引きつった笑みに恐怖が混じっているように見える。


「あ……悪魔…ひっ!…ここ…ころさ…」

「煩い黙れ!」


 私は白衣のポケットから長細い紙を取り出す。それは紙をじゃばらに折りたたんだハリセンだ。そして、ハリセンを男の頭に一発かます。


「はい。麻酔完了」


 これは暴れる患者に使う、睡眠導入の術式の陣が組み込まれたハリセンだ。


「火傷の治療なら、聖女様にも出来るから大丈夫だよね」


 聖女と呼んだ美女は、勿論本物の聖女でなく、私の一番弟子……一番弟子はレオンだから、二番弟子だ。聖女というのは、ここに運ばれてきた者たちが勝手に言いふらしただけ。


「私が聖女でしたら、先生は神ですね」

「それ言うと、邪神とか言われるから止めてくれ。それから、年下の私より聖女らしい弟子の方が、皆の受けがいいだろう」


 彼女が聖女と言われるようになって、聖女部隊なんて巷では言われるようになってしまった。確かに聖女らしいキラキラした金髪に、大きな目を縁取る長いまつげ、そしてさくらんぼのような小さな唇。うん。聖女と言っても過言ではない。


「先生。何気に私をおばさん扱いしています?」

「していないから、さっさと治療しろ」


 こんな感じで、冗談を言えるようになったのは、弟子が育ってきた証拠だ。聖気を持つ者には治癒魔法を教え、それ以外の者たちには、患者の看護を教えていった。治療ができる聖女と呼ばれる者たちは今現在20人。それを半数に分けて、二つのグループにして国中の戦地を巡っている。自分たちは『サルバシオン』と名のり、救護を行っているのだ。


 私が直接治療を行うのは、本当に瀕死の者たちだけだ。それ以外は治癒魔法が使える者たちに任せ、私は治療の為に順番待ちをしているけが人を振り分ける役に徹している。

 しかし、私が直接患者の前に立つと騒ぎになるので、遠目から視て誰に治療させるか、若しくは完全には治さずに近くの病院に搬送して、長期の治療を行うかの指示を出す。


 結局のところ戦地での治療には限界がある。手足を失ってしまった者には止血して、後方に下がらせるしかないのだ。


 はぁ、今回の戦いは怪我人が多すぎる。最後まで抵抗をしているグランシャリオ王と帝国本隊との戦いだ。その戦いの少し離れた中間地点に救護施設を設置したものだから、両者の怪我人が運ばれてくる。

 いや、自分たちのところにも医者ぐらいいるだろう。




「先生! 急患です!」


 受け入れを担当している女性が慌てて、私の元に駆け寄ってきた。私に声を掛けてくるということは、重症者なのだろう。


「どんな感じ?」

「そそそれが」


 なんだか、パニックになっている。何年も経験を積んできた彼女からすれば、珍しいことだ。


 まあいい。直接見れば済むことだ。

 案内されたのは、何故か私の私室。ここは患者を診るところじゃないのだけど? そして、仕切りとは名ばかりの布のカーテンを開けて、目に入ったモノに思わず舌打ちが出る。


「ちっ! 私のベッドが血だらけじゃない!」

「この状況を見て、一番に言うことがそれですか」


 ベッドの横に立っている鎧から文句が出てきた。その私の硬いベッドの上には黒髪の男性が横たわっており、右の脇腹が抉れ、そこから止め処無く血が流れていた。一応止血のため布を当てて押さえているものの、はっきり言って意味がないほどだ。


「カルアくん。何故、君がピンピンしていて、レオンが死にかけているわけ?」


 私に文句を言った鎧はカルアだ。フルフェイスを取っており、三十半ばの色気ある男性となっていた。まぁ、あれから10年経っているからね。

 そして、死にかけているのはレオン。普通であればカルアがレオンを危険から身を挺して庇わなければならないことだ。


「貴女がここにいるからではないですかね」

「うわぁ。責任転嫁してきた」


 相変わらず冷淡な声で私に責任を擦り付けてきた。酷い理由だね。


「貴様! 将軍に楯突くのか! それから早く陛下の治療をしろ!」


 カルアの後ろに並んで威圧を放っている鎧共の一体から剣を向けられた。教育がなってないねぇ。

 別にただ話をしていたわけではなく、レオンの体に他の異常がないのか視ていた。結果、横腹の傷以外の傷はなさそうだ。しかし、気になるところがあるが、それは後で良い。


「はいはい。治療が終わったらさっさと出ていってね」


 すると鎧共から殺気が放たれる。私を威嚇しても仕方がないのにと、苦笑いを浮かべながら、意識がないレオンに近づくと、突然左手を掴まれた。


「りぃ」

「やあ、レオン。久しぶりだね」


 そう言いながらも、治癒の魔法陣を展開する。


「……っ……」


 そんなに睨みつけないで欲しい。人の生命力を引き出しながらの治療は多少の苦痛を伴う。なんせ、強引に自分の中の力を引っ張り出して細胞の再生を行っていくのだ。


「……会いたか……た……リー……生きて……戻れたら……けっこん……をし……よう」


 はぁ。レオンは探していたようだ。だから、私は息も絶え絶えの彼に向かっていう。


「そう、私に会いたかったの?」


 レオンが探していたのは、この私……あれから何年経っていると思っているのか。


「あの時言った言葉をもう一度言うけど、私と貴方の間には身分という壁がある。だから結婚はできない。その代わりに友にはなれる」


 私は瀕死のレオンに向かって、最後に会った時の言葉を口にした。私には貴方の隣に立つ資格はないと。


「……好きだよ……リー」


 そのセリフも最後に出会った時と同じ言葉。そうして、彼の手は私の手首から離れていった。

 そして、腕を伸ばして来て、私の腰を抱き寄せる。


「今度は絶対に逃さ……」


 パンッ!!


「勝手に動かないよ。今、治療中」


 私は睡眠導入の陣が組み込まれたハリセンでレオンの頭に一発入れる。


「先生。相手は皇帝陛下なのですが……」


 私を案内してきた彼女が恐る恐る声を掛けてきた。


「だから何? 治療の邪魔するなら、誰であろうと落とすよ」


 ったく、何が皇帝陛下だ。私は最悪の未来になるから止めろと言ったのに。


「そうそう、カルアくん。君に文句があるんだよ」

「私こそ貴女に文句がありますよ」


 私がカルアから文句を言われる筋合いはない。


「君さぁ。戦場の悪魔って言われているんだけど、すっごく迷惑なんだけど?」

「貴女には一つも迷惑を掛けていませんよ。ああ、怪我人は増えたかもしれませんね」


 確かにカルアがいた戦場は負傷者が増える。私のところに運ばれて来るのは、全体の一部だろうけど、倍と言っていい人数が救護施設に運ばれてくる。それも、特に精神がかなりやられているのだ。


「なんで君だけフルフェイスを取っているわけ? お陰で、私まで悪魔扱いなのだけど?」

「陛下の指示です」


 お前か!

 私はレオンの頭にもう一発入れておく。


「私と似た顔で、笑いながら戦場を駆けないでくれる?」


 そう、似ているのだ。私の母親に。ということは、私もカルアと似ている。金髪金眼で容姿が整っているのだ。


「それは私の姉が貴女の「あーーー!! 聞きたくない!」……いい加減に事実を認めては如何ですか」


 いや、絶対に認めない。認めるわけにはいかない。認めれば全ての話に筋が通ることも分かっているけれど、ここは頑として認めるわけにはいかないのだ。


「では、私からもいいでしょうか?」

「言わなくて良い」

「あの後、私、死にかけたのですが? わかっていて、トンズラしましたよね」


 ああ、カルアに焦げた手首もどきを渡したやつね。まぁ、レオンが怒るのはわかっていた。あと、諸々も。


「契約満了だからね。新たな契約される前に、逃げるでしょ? 普通。それに、置き土産も意味があったと思うけど?」

「お陰で、国葬の話ではなくなりましたよ」


 しかし、これもじぃの狙いだったと思うのだけど?


「カルアくん。最後のじぃの命令の意味きちんと理解していた? あれは狼煙だよ」

「狼煙ですか?」

「新たな時代が始まる狼煙。このバカがどの道を選ぶかのね」


 そう言って、私はレオンの様子を覗う。しかし、その状態に眉を顰めた。

 出血は止まったけれど、肉体の再生がされていない。


 何かが、私の魔法陣の力を阻害している?


 私は先程レオンの状態を確認した時に気になった場所を見る。黒髪と黒い眼帯で隠れている右目だ。私が居ない間に色々あったのだろう。右目を失っていた。


 私がレオンの眼帯に手をかけようとしたとき、私の視界に銀色の刃が映り込む。それが、私の首に突き刺さる一歩手前でとまった。


「カルアくん並みに忠犬だね。でも、君の力ではこの結界は突き抜けられないよ」

「貴様がして良いのは陛下の治療のみだ」


 だから治療しているし、なんで鎧共って脳筋なのだろう。いくら力を入れようが、私の結界は壊れないよ。


「カルアくん。下がらせてくれない? じゃないと、私がふっ飛ばすよ」

「お好きにどうぞ」


 そう言いながらレオンの眼帯に触れて取り外す。忠犬くんはカルアから見放されたようだ。


「貴様!」

「はぁ。面倒くさい」


 私は左手を結界に攻撃し続ける鎧に向け、相手の足元に魔法陣を展開させて、消した。元からこの場に居なかったように消したのだ。殺気立ちザワつく鎧共。


「ここは治療するところ。それを邪魔する奴は排除。カルアくんみたいに大人しく黙って待機するように!」

「そうですよ。存在を消されたくなかったら、動かないことです」

「いや、転移で外に出しただけだから」


 カルアに先程の説明をしながら、斜めに傷つけられたレオンのまぶたを押し開く。


「っ! ……ばっかじゃない!選りにも選って、眼球の代わりになんていうモノを入れているんだ!」


 私が見たものは白い眼球だ。それも思いっきり見覚えがあるやつ。


「私があげた魔力の結晶を普通は、こんなところに入れようだなんて思わないよね!」


 そう、私が別れ際にあげた白い魔力の結晶が入っていたのだ。私がレオンの為に作った強力な魔力の結晶。それは魔法陣の力を反発させるはずだ。


「はぁ、局所治癒に変えるか。面倒くさいなぁ」


 全体的に治癒の魔法陣を展開した方が、生命力を引き出すのに効率がいい。だけど、ここまで深手を負うと局所治癒は私の生命力を与えるというとても面倒なことが発生するのだ。



 そうして、私は抉れていた横腹を元通り治した。傷なんて元からなかったかのように、綺麗な皮膚が再生していた。


「でさぁ。カルアくん。なんで、こんな傷をレオンが負ったわけ? カルアくんが負うべき傷じゃない?」


 私の言い分としては、『お前は護衛だろう。何をしていたんだ』と言うことだ。


「はぁ、それは陛下が我々をおいて夜明け前から単独行動に出てしまわれたからですね。詳細は御本人にお聞きください」


 レオンには色々な魔法を教えたから、カルアを出し抜くことは容易だろう。気づいたときには、レオンがいた場所はもぬけの殻だったと想像できる。


「あっそ。カルアくんは私の一番弟子に出し抜かれたってことだね。はははっ」


 ワザとらしく笑った私は、レオンに背を向けて、私の私室を出る。


「もう、傷は治ったから連れて帰っていいよ。っていうか邪魔だからさっさと帰れ! 私はまだやることがあるから、さようなら」


 カルアの返事を聞かずに、仕切りと言う名の布を下ろした。恐らく今回の戦いが最後なのだろう。レオンは無茶をして、敵陣に乗り込んだと思われる。

 だってさぁ。

 グランシャリオ王の兵の負傷者が大半を占めている。それも魔法攻撃を受けた傷が多い。はっきり言って魔法の傷は剣の切り傷より厄介だ。止血して縫合すればいいという問題ではなく、火傷であったり凍傷であったり毒であったり、個々に合った対応が求められる。


 レオンの傷は恐らく死角になっている右側の背後から爆発系の魔法を放たれたのだろう。炎系の魔術より、攻撃力が高く肝臓と腎臓がやられ、腸も損傷しはみ出していた。よくここに来るまで保ったものだと思ったが、私が渡した魔力の塊が現状の回復を行おうとしていたようだ。お陰で、なんとか命が繋がった。

 しかし、私の魔法陣と魔力結晶が回復させようとしたものの、そもそも回復の仕方が違うかったので、互いに阻害しあっていたようだ。


「せ…先生! 探しました! どこに居たのですか」


 治療担当の一人が私を探していたようだ。


「二人がかりでも、治癒が困難な人が居るのです! 先生! お願いします!」


 私が行かなければならない患者がいるらしい。聖女と巷で言われている彼女たちは私が回復魔法を教えているけれど、なぜか私と同じ効力を持たなかったのだ。

 言うなれば、私の劣化版の治癒魔法しか使えなかった。だから、私が重症者を受け持つことになるのだが……


「ヒィィィィー」


 スパーン!


 意識があると私を見て、怯える怪我人。その場合はハリセン型魔道具で、意識を刈り取るのだ。これも全てカルアの所為。だから、私はなるべく人前に出ないでいたのだ。精神的な治療は長期療養が必要なため、私の担当ではない。


 しかし、どこにも属していない救護施設に運ばれてくる人の数が異常だ。これはレオンがやりすぎたのか。グランシャリオ王側の体制が機能していないのか。


 一段落がついたのは、夜が明ける頃だった。


「先生。朝食の用意ができました」


 食べるよりも先に寝たい。

 私はスープとパンがトレイに乗せられたものを持っている女性に目をやる。ここの運営は寄付金で賄われている。贅沢な食べ物は食べれないが、この戦時下で食べ物が食べられるだけありがたい。だが、今は寝たい。


「スープだけもらう」


 トレイの上にあるスープが入った器を手に取る。噛むほどではない小さな具材が水のようなスープの上に浮いていた。そして、スープを喉に流し込む。殆ど味がない。塩とクズ野菜と少しの肉が入っていた。


「ありがとう。昼には動けない者を街に運ぶから、用意をしておいてほしい」

「わかりました」


 そういって、女性は下がっていき、まぶたが落ちていく中、ふらふらと私の私室に入っていけば……なんでまだいるんだ?


「リィ。おはよう」

「私は今からお休みだ。さっさと帰れ」


 私のベッドに腰掛けている隻眼のレオンを睨みつける。っというか、殆どまぶたが下がっているので、必然的に目つきが悪くなる。


 誰かが綺麗にしてくれたであろう。ベッドの側に行き、レオンを押しのけ硬いベッドに横たわる。ったくこの十年で更に背が伸びたのか、デカくなっている。まぁ、私も成長はしたけど。


「リィ。一緒に帰ろう」


 こいつは何を言っているんだと、閉じていた目を薄く開け、私を見下ろすレオンを見る。


「私はまだやることがある。それに私の帰る場所はここだ」


 そして、レオンには話すことはないと言う風に、背を向けて目をつぶる。


「リィ。これでリィの好きな太上皇帝陛下と同じ立場だ」


 ……じぃは好きという部類には入らない。どちらかと言えば、上司に近い。私はじぃの命令を聞く側だ。


「リィは言っていたよな。結婚したければ太上皇帝陛下と同じになれと、だからリィを迎えに来たんだ。途中でヘマをしてしまったけどな」


 じぃと同じとは皇帝になれということじゃない。いや、確かに平民を妻に迎えようとすれば、ゴリ押しできる権力は必要だ。

 それもあるけど、信頼できる人物で周りを固めろという意味だ。


「カルアがリィの手だと言って持ってきたモノを見た時の俺の気持ちがわかるか? 絶望だ。この世の全てがどうでもいいという絶望。カルアを滅多打ちにすれば、リィは生きていると白状するし、このことはリィの画策だというし、俺を好きだといいながら、俺を絶望の淵に叩き落とすリィをどうしてやろうかと「ちっ!」……」


 何? 人が寝ようとしている時にグチグチと文句を言ってきて、全然寝れないのだけど!

 私はムクリと起き上がる。


「私は眠いって言っている! 徹夜の治療で疲れているの! レオンはさっさと帰れ! やることいっぱいあるよね!」


 そう言いつつ、首が下がっていく。魔力もかなり限界まで使った上に治癒の魔法には色々精神力が削られる。集中力が必要なのだ。

 今の状況は半分意識が飛んでると言って良い。


「―――は――こと―いいか?」

「ん? あ?」


 上手く聞き取れない。覚醒と眠りの間で漂っている私には既に思考能力はなかった。


「それで良かったら頷くだけでいい」


 聞き取れないのに誰が頷くか! と思った時に首がガクンと落ち、私の意識が途絶えた。これは決して頷いたわけじゃない。




 気がつくと、私の視線は深い緑色の天蓋を捉えていた。

 は? なにこれ? 私のベッドの天井は簡易施設の革の天井だ。


 今何時だ! 飛び起きて大きな窓から太陽の位置を確認すると、中天に差し掛かる前だった。まだ間に合う。ここがどこかは予想できるけど、さっさと転移をしよう。

 私は転移陣を展開すると、何故か足元がスースーする。何かと思って下を見ると……


「なに? このヒラヒラした服」


 言うなれば白いネグリジェだった。いや、私はこんなものは持っていない。


「リィ!」


 背後から扉が蹴やぶられるような破壊音と共にレオンの声が聞こえる。これは……レオンに着替えさせられた?


「お前か! 私にこんなヒラヒラしたヤツを着せたのは!」


 振り向きざまにレオンを睨みつけた。いや、睨みつけたのだが、視界は塞がれ足は地面から離れていた。というか、レオンに抱きかかえられている。ちょっとゴテゴテとした装飾品が私に当たって痛いのだけど、どこの王子様だ!

 あ、皇帝だった。


「リィ。俺と契約をしたのだから、何処かに行きたい時は言ってもらわないと駄目だ。それから着替えさせたのは侍女だ」


 あ? 契約? そんなものをレオンとした記憶はない。私は首を上げて見下ろしてくるレオンに聞く。


「何の契約だ?」

「俺と夫婦になること」


 ……いつそんな物をした? 私には保護者という立場の者はいない。だから私自身が結婚を了承しないとできないはず。


「そんな契約していない」

「何を言っているんだ? 既に夫婦の儀はすんでいるから、書類上でも夫婦になることで、いいかって聞いただろう? リィは頷いて了承した」


 あれか! 私が寝る前の話か!

 ちっ! こんなやり方まで、じぃの真似をしなくていい!


「それは騙し討ちというやつだろう! 私が眠いのをわかっていて、契約をするなんて卑怯というものだ!」

「酷いのはリィの方だ。俺を好きだと言って、夫婦の儀をしておきながら、俺から逃げ続けただろう」


 さっきも言っていたけど……フウフノギ? なにそれは?


 私がレオンを好きだと言ったのは本当だ。嫌いなら早々にレオンは死んでいただろう。逃げ続けたのも本当のことだ。ここ五年ほどレオンが戦場に立つことが多くなった。

 情報が入れば私は重症者の搬送者として戦場を離れ、別の戦場の救護施設に向かった。ここに私が作った『サルバシオン』を二つに分けた理由がある。

 だってさぁ、見つかったら面倒なことになるのは目に見えているじゃない? だから、戦場をわたり歩く理由を敢えて作ったのだ。


 しかし、フウフノギがわからない。


「フウフノギなんてした記憶はない」


 するとただでさえ機嫌が悪いレオンの機嫌が急降下していくのが、目に見えてわかってしまった。


「リィは俺の心を(もてあそ)んだのか?」

「は? もてあそぶ?」

「浮気をするなと言っていたのに、俺以外の者には色目を使うし」

「いろめ? なにそれ?」

「俺を好きだと言ったのは嘘だったのか!」

「え? 嫌いなら早々に見放していたけど? そうなっていたら、今頃レオンは生きていないね」


 ちょっとレオンの言っていることが理解できない。私は真剣にレオンと向き合って、レオンが生き残れる選択肢をしたつもりだ。

 それに私が男に色目を使った? それはない。絶対にないと言える。


「レオンちゃん。じぃとの契約はレオンちゃんのお友達になること」

「レオンちゃんというなリリィ」

「私を本名で呼ぶな。お陰で簡易魔法契約を簡単にされてしまったんだよ!」


 私の名前は平民のため母親が付けたリリィという名しか与えられなかった。そう、氏が無かったのだ。まさかこの世界では名を知られることは簡単に魔法契約をされることとは知らず、普通に名乗ってしまった。だから、じぃから一方的に簡易魔法契約をされ、レオンのお友達兼治療係になってしまったのだ。本当に恐ろしい世界だ。

 まぁ、私に課せられたのはレオンと仲良くすることと、怪我や病気の治癒だ。だから私が魔法を教えたり環境を整えることは含まれていない。例えばレオンが暗殺されて胴と首がおさらばした状態で発見されたとなれば、私に非はないということになる。


「レオンとはきちんと向き合っていたから、私がもてあそんだということはない! それに色目ってなに? 髪は弟子たちが伸ばして欲しいって言うから伸ばしたけど、服装は動きやすい様に男装していたから、色目も何も無いと思うけど?」

「リィは可愛いし、小さいし、男の手を握って『辛いのをよく頑張ったね』って言われたら、惚れるだろう! っていうか、俺も言われたい!」


 レオンにはそういうことは、山程言ってきた。それぐらい暗殺されかかったら、周りの環境を変えようという気になるよね。


「私が小さいのではなく、レオンがデカイんだ。それは誰からの情報だ?」


 ここはきちんと訂正しておかないとならない。私がレオンの胸辺りまでしか無いこと、イコール背が低いということにはならない……はずだ。


「カルアの弟子だ。顔を赤くしながら報告している奴は、勿論後でカルアに訓練倍増させておいた」


 なんて酷いやつだ。人に報告させておいて、お仕置きをするなど、悪人以上だ。


「レオンがなんて呼ばれているか知ってる? 虐殺皇帝だよ……周りの人ぐらいには優しくしないと、いつか寝首をかかれるよ」


 はぁ、レオンはじぃが亡くなったあと、一族を皆殺しにした。だから、皇帝になる選択肢は止めろと言ったんだ。貴族たちは恐怖で身を震わせていると風の噂で私の耳に届くほどだった。


「その名の原因はリィだ」

「は?」


 カルアと同じくレオンも私に責任転嫁してきた。


「夫婦の儀までしておいて」

「それがわからないのだけど?」

「……」


 なに? その目。

 そんな事を知らないのかという呆れた目は。


「あのさぁ。私の常識はじぃに与えられたもの以外存在しないわけ。じぃに拾われる前は母親は生きていくのに必死で私に食事を与えることで終わった。レオンとの暮らしもレオンを守ることに苦心した。あとは、戦場を転々としていたから、常識なんて無いようなもの。どこに一般常識を知る機会があったと思う?」

「そうか。そうだな。俺との生活が全てだったということだな」


 どういう解釈をしたわけ? 私はレオンとの生活は毎日がスリリングだったことを濁して言ったのに、何が全てなんだ?


「互いの魔力が込められた物を交換することだ。普通は結婚式の儀式に組み込まれるのだがな」


 あれか! 私がレオンに魔力の結晶を渡したら、レオンが真っ黒なピアスを渡してきたことがあった。

 そして、レオンは私の右側の髪を耳に掛ける。


「言ったよな。これで俺たちは夫婦だと」


 言われたね。だけどさぁ。


「10歳と15歳の夫婦はないよね」

「太上皇帝陛下は8歳の時に結婚したと聞いた」


 じぃ! この国には結婚できる最低年齢って設定されていないのか!


「皇帝の血筋が太上皇帝陛下しか、残らなかったのだから仕方がなかったのだろう」


 ……それは8歳のじぃが皆殺しにしたってことじゃないよね。


「ということで、何も問題は無かった」


 何が問題が無かっただ。私には身分がないと言っているだろう。


「ふーん。では皇帝陛下は下民の女を妻に迎える気ですか? 愛人ですか? 妾ですか」


 レオンは何を思って私と結婚しようと言っているのか。平民は皇帝と結婚できないぐらい、馬鹿でもわかる。


「リィ。何を言っている。皇妃に決まっている。それにリィ以外の女はいらん」


 いや、側室は娶れよ。仮にも皇帝だろう?


「それにリィはどう見てもヴァンジェーロ公爵家の血筋だ。誰も文句は言わない」


 いやぁぁぁ。薄々は理解していたけれど、カルアと親戚だとは見た目でわかってはいたけれど、言葉で聞かせないで欲しい。すごく否定したい気分だ。


「だってそうだろう? カルアに顔を晒して、戦場で暴れろと命じれば、リィに言い寄って来るやつは激減しただろう?」


 そもそも言い寄られては居ない。お陰で私も悪魔扱いされたんだよ。


「怪我人に悲鳴上げられて、暴れられる身にもなって欲しい。治療に支障をきたしたのだけど?」


 だから、睡眠導入の魔道具を作ることになったのだ。


「それに黄金の聖女様だ。皇帝の嫁としてはこれ以上無い。リィは身分が無いことを良いように使う天才だ。そして、自分でその地位を築き上げる努力をする天才だ。俺はそんなリィが好きだよ」


 ちっ! 全部バレていたのか。


「身分がなければ、そもそもレオンの周りを自由に動けない。じぃのお墨付きがあったからこそ、動けただけだ」


 レオンの周りを万全にするために、情報を仕入れ人を固めて、レオンの命を脅かす、兄弟共の弱みを握っていった。身分がないからこそ、あの魍魎跋扈する皇城で自由に動けた。男の子の格好をしたり女の子の格好をしたりして、スパイ活動に勤しんだのだ。


「戦場の聖女様も俺のためだろう?」

「ちっ!」


 レオンがどの道を選ぼうが、帝国の中が荒れることは予想していた。それを押さえ込むには、じぃの直系であるレオンの力が必要となってくるのは必然的。


 剣術はカルアが教えていたため、私はわからないが、魔法の方は私の一撃よりもレオンの魔法の一撃の方が威力が上だった。これはきっと皇帝の血族のなせることなのだろう。

 いくつかの魔法はレオンには使うなと言ったほどだ。


 そして、レオンが戦場に出れば、相手側に多大なる死傷者が出ることは目に見えていた。

 大切な人を失った人々の苦しみが、いつかレオンに刃として向けられる可能性を少しでも下げておきたかった。


 何だったかな? 伊邪那美が一日千人殺すなら伊邪那岐は千五百人生み出そうだったか?

 まぁ、私は生み出せはしないが、人々の心が闇に染まらないことを願った。


 私の願いは私一人のものだったのだが、今は百人もの人たちが付いてきてくれている。


「そんなリィを俺の妻にすることを否定する奴らなど、この国には存在しないだろう。もし、そんなことを言えば、虐殺皇帝の名に恥じぬ行いをするまでだ」


 いや、恥じてよ。

 カルアが死にかけたということは、相当暴れまわったのだろうと予想はできる。真実はどうなっているのかは、私にはわからないけれどね。


「私、そろそろ救護施設に戻りたいのだけど、いいかな?」


 物騒な話をしだしたので、取り敢えず私は重症者の搬送という業務につきたい。


「駄目だ。話を聞いていなかったのか?」


 聞いていたけど……瞳孔が開いた赤い目で見下さないで欲しい。


「誰だったか知らんが、金髪の女に後を任せるといえば、『先生をよろしくお願いします』と言われたから大丈夫だ」


 金髪の女性は沢山いるので、誰かわからないな。

 もしかして、私をこの皇城から出さないつもりか? それは無理だろう。色々秘密の通路を熟知した私を出し抜くことはできないと思う。


「で、先生ってなんだ?」

「ん? 名前を名乗ると強制的に契約されるかもしれないから、皆には『先生と呼べ』と言っていた」

「名前だけで勝手に契約できるのは、皇族ぐらいだ」


 なんだって! 私は一番知られてはならない人たちに、最初に名前を知られてしまったのか!


「皇族は悪魔だった」

「はははっ! 強制魔法契約はこちらもリスクを伴うから普通はしない。失敗すれば、右腕一本は持っていかれるだろうな」


 え? それは何と契約したのだろう。本当に悪魔と契約をしているのか?


「ではそろそろ行こうか」

「は? どこに?」

「謁見の間だな。朝から属国の王たちを集めている」


 ……朝から? 今何時ですか? 太陽はほぼ真上ですよ。


「レオン。それはもう解散したってことでいいよね。どうみても今は昼だよね」

「いいや、朝からリィが起きるのを待たせていた」


 何か私が悪いことになっているのは何故!

 私が寝たのは夜明け頃だから、そんな朝と呼ばれる時間帯に起きないことは分かっていたはずだけど?

 嫌がらせだ。絶対にこれは嫌がらせだ。

 自分に逆らった者たちへの嫌がらせに違いない。


「直ぐに用意する。……で、私の服はどこに行ったんだ?」







 そのあと、レオンと何を着るのかで攻防があった。レオンはドレスを着ろといい。私はいつものパンツスタイルで、白衣を上から着たいと言う。


「どちらでもいいので、さっさと行ってください」


 というカルアの冷たい声と共に、白いワンピースが差し出された。使用人の服に近いシンプルな白いワンピース。


 色は違うが、昔スパイごっこをしていた時に着ていた服に近い感じだ。

 私の嗜好を理解しているカルアといえば、黒い軍服だった。そう言えば、将軍とか言われていたね。


 そして、謁見の間の皇族が出入りする場所まで連行されてきた。いや、気分的に連行だ。


 周りは鎧共に囲まれ、その前には黒い軍服姿のカルアが歩き、私の横をレオンが私の手を握って歩いている。これが連行と言わずになんと言う。


 何の説明もなくそのまま、開け放たれた扉を進み、まばゆい光に目を細めれば、整列して立ったまま頭を下げている人、ひと、ヒト。

 やっぱり、私は場違いだ。


 壇上には重そうなゴテゴテした玉座が一つしか用意されていないことから、私は横に控えればいいというのだろう。


 が、手を引かれたまま中央までいき、私はレオンに抱えられてしまった。

 そう、玉座に座るレオンに座る謎の女。


 これは駄目なヤツだ。

 カルアに視線を向けるも、無視。カルアくん。ここは注意すべきところだよ。


『面を上げろ』


 どこからか、声が聞こえたかと思うと、頭を下げていた者たちが、頭を上げ視線を前方に向けた瞬間、属国の王たちは様々な反応を見せた。

 戸惑う者。敵意を見せる者。恐怖の色をまとう者。様々だ。


 そして、なにやら口上が述べられている。まぁ、ただの集まってきた属国の王たちへのねぎらいの言葉だ。

 全然感情はこもってないけれどね。


「これにて皇帝レオンカヴァルド陛下の元に帝国が一つとなったのですが、何か意見はございますでしょうか?」


 進行役の人が質問するけど、この場で意見を言う強者(つわもの)は居るのだろうか。


 すると前の方の人物が手を上げた。ん? この顔どっかで見たことがあるなぁ。


「皇帝陛下。その……抱えている女性を紹介していただけますでしょうか?」


 この声覚えがある。


「第三皇子じゃん」

「今はミルガレッドを治める者にすぎませんよ」


 苦笑いを浮かべながら、二十代中頃の青年が答えた。ミルガレッドか……あそこの戦いも酷かったね。結局王族全て殺されたんだっけ?


「この者はリリィメリア・ヴァンジェーロだ」

「誰だよ。それ」


 思わず突っ込んでしまった。

 カルア。睨まないで欲しい。普通、自分でない名前で紹介されれば、突っ込むよね。


「見ての通りヴァンジェーロ公爵家の者だ。この者を皇妃として迎える」


 すると、謁見の間の中がざわめきで満たされる。そうだよね。今年で二十五歳の皇帝が突然現れた女を妃に迎えるといえば、困惑するよね。


「異義は認めん。それから、この者以外の妃を娶るつもりはないことを述べておく」


 すると、顔が見えない奥の方から声が上る。


「ヴァンジェーロ公爵家に、そのような年頃の娘は居なかったはずです」


 うーん? カルアの兄が公爵家を継いでいるけど、その娘は二人いて一人は私と同じ年と聞いたことがあったのだけど? まぁ、二十歳じゃ既に結婚していると思うけどね。


「見た目はこのような感じですが、歳は二十歳ですよ」


 親族にされてしまったカルアが補足してくれるけど、見た目が何って?

 そのカルアの言葉を聞いた者たちから、どよめきが沸き起こった。それはどういう驚きなのかな? ちょっと説明してくれない?


 ……何? 詐欺だって。十五歳ぐらいだと思った? ……それは私の胸がないって言っている?


「陛下。その教養がなさそうな娘よりも、私の娘……うぐっ……」


 は? 今発言した人、血を吹き出して倒れたけど?

 私は魔法で攻撃したレオンを睨みつける。


「そうやって、誰も彼もを敵に回すのは駄目だって言っていたよね」


 私はレオンの腕を振り切って、レオンから降りる。そして、壇上になったところから飛ぶ。言葉どおり飛んだのだ。まぁ、浮遊の魔法だ。これは古代魔法なので、私とレオンぐらいしか使えない。


 そして、倒れた人の側に降り立つ。

 なんだ、てっきり首をやられたのかと思えば、肩口を深く切られただけだ。これなら、直ぐに治せる。


「はぁ。これはレオンにしてやられたかな?」


 そんな独り言と共に、治癒の魔法陣を展開する。そして大きくざわめく人々。


「教養が無くて悪かったね。だったら、戦争なんて起こさないで欲しかったのだけど」


 治癒を完了させた人は意識を失っているものの、呼吸は安定している。失った血は元には戻らないので、ゆっくりと休めば大丈夫だ。

 再び私は体を浮遊させて、レオンの元に戻る。


「謀ったな」


 私が文句を言うと、レオンはニヤリと口元を歪め、私の手をとり抱きかかえた。

 いや、私がレオンの膝の上に座る理由がないのだけど?


「これでわかったと思うが、リリィメリアは戦場の聖女だ。この中にも助けられた者がいるだろう。リリィメイア以上に皇妃にふさわしい者はいない」


 はぁ、レオンの思う通りに事が運んだのだろう。私の力を見せつけ、長きに渡った戦いの一番の影の功労者は私だと。


 すると、誰も指示をしていないにも関わらず、次々と頭を下げていく目の前の統治者たち。


 誰もが認める皇妃だと決められてしまった瞬間だった。


「皇帝陛下。万歳。聖女リリィメリア妃殿下。万歳」

「「「「皇帝陛下。万歳。聖女リリィメリア妃殿下。万歳」」」」


 ……ちょっと待とうか君たち。私はまだ妃じゃない。ん? いや……ちょっと待て、レオンが何か契約をしたと言っていたな。書類でも夫婦になるって……。


 もしかして、私は既に皇妃になっていたってこと?

 私は思わず頭を抱えてしまった。





「いつの間に妃に……」


 誰の部屋かわからないところに連れてこられて、長椅子に座って項垂れているのが私だ。


「言ったはずだが?」


 気楽な格好に着替えてきたレオンが入ってきた。

 そして、項垂れている私を抱え上げて、膝の上に乗せた。


 毎回抱きかかえる意味がわからない。昔も散々文句を言ったのに、止めてくれなかったな。


「まぁ。いいよ。私が皇妃になっても、出来ることは限られているってことを、言っておく」

「それは誰もが理解していますよ。怪我人をバシバシ容赦なく叩く医者だと、巷では有名ですから」


 え? それはカルアの所為だって言ったじゃない。黒い軍服のカルアはレオンの斜め後ろに立って、私の噂話を教えてくれる。


「それはカルアくんの所為で精神的にやられた人たちに眠ってもらうため。暴れたら治療なんてできないからね」

「人の所為にするなんて、相変わらず酷い人ですね。私が死にかけた恨みは死ぬまで続きますから」

「しつこい男は嫌われるよ。カルアくん。それにレオンの剣の師なら、軽く受け流せばよかったのに」


 私に文句を言い続けるカルアに、弟子に負けるとはどういうことだという意味も込めて皮肉ってみた。


「陛下の実力は既に私を超えています。貴女が居なくなったと知った陛下は、貴女に害になりそうな者を次々始末していきましたからね。阿鼻叫喚とはこの事を言うのかと、薄れゆく意識の中で思いましたよ」


 これはカルアが私に害を及ぼす存在と思われたということか。まぁ、所詮私達の繋がりはじぃの命令だったからね。じぃの命令次第で敵にも味方にもなる存在。

 しかし、次の主をレオンとしたことで、命が助かったということなのだろう。


 しかし、弟子のしつけがなっていないな。


「カルアくん。因みにそこの忠犬は何故私に敵意を向けているのかな?」

「ああ、そうですね。紹介しておきましょう。フェリオス。顔を見せなさい」


 すると、忠犬くんはフルフェイスを取って、その容姿を顕にした。


「ぐはっ! カルアくん二号!」

「なんです? その呼び名は。彼は貴女の弟ですよ」


 ……理解不能なことを言われた。何? 弟って。私の母親は男と何処かに行って行方不明ですけど?


「私には私を捨てた母親しか居ませんので、弟なんて存在しません」


 すると、金髪金目の十五歳ぐらいの少年が、私を睨みつけてきた。なんで、私に敵意を向けるのかさっぱりわからない。


「姉は聖女を身ごもると神託を受けましてね」

「は?」

「色々あって子供を身ごもったまま攫われて、長い間行方不明だったのですよ」


 今、とんでも無いことをカルアの口から聞いたような気がする。神託って何? 聖女? ……せいじょ。それって私の事じゃないよね。


「数年後に下街で、ヴァンジェーロの特徴を持った男の子がうろついていると噂になっていましてね。私が見つけて後を追うと貧民街に、姉が隠れ住んでいるではないですか」


 下街でうろついていた事は認めよう。それをカルアに見つけられて、後を付けられていたのか。全然気が付かなかった。


「姉の夫に迎えに行って貰えば、居るはずの子供は居ないし、姉は精神を病んでまともな返答ができない状態で、それから子供を探し出すのに一年も掛かってしまいましたね。寝床を転々とするのを止めて欲しかったものです」


 ああ、アレが母親の夫だったということか。すっげー態度が悪かったけどな。どこの馬の骨ともわからない男と出来たガキはどっか行けと、言われたね。

 あれは母親も変な男に捕まったものだと思ったが、夫か……最低な夫だな。

 で、あの忠犬くんが生まれたということか。夫婦間が冷めてそうだな。


「はぁ。同じ場所で寝ていると、人さらいが来るからね。私は可愛い幼女だったから、自分の身は自分で守らないといけなかったんだよ。母親と隠れ住んでいたところは、何故か壊されたし」


 まぁ、今更言っても仕方がないことだ。あの時は生きるのに必死だったのだから。

 寝床がないのなら、別のところに行けば良い。それだけだ。


「でさぁ。なんで私は睨み続けられているわけ?」

「母上は俺のことなんて見えていない。いつも俺をリリィと呼ぶんだ。それはお前のことだろう!」

「それで、君は母親に対してどう接しているわけ?」

「フェリオスだと言い続けている」


 はぁ。これはこじれるわ。


「それで母親は発狂するって感じかな?」

「そうだが……どうして分かる」


 ごめんよ。多分それは私が髪を切ってしまったからだと思う。髪を切って男の子の格好をしていたから、忠犬くんを大きくなっても男装をしている私だと思っているのだろう。

 はぁ、貧民街の暮らしは母親にはキツすぎて現実逃避をしているなとは思ったけど、まさかこんなところに弊害が出ていたとは。


「忠犬くん。女装をしてリリィだよっと言えば、母親は納得してくれるよ」

「あ?」

「そうですか。そういうことですか。フェリオス、姉の前でドレスを着て見ればいいです。きっと喜びますよ」


 カルアも私の意見に賛成らしい。それは子供の頃の私の姿を知っているからなのだろう。

 すると、微動だにしていなかった鎧共の肩が揺れている。きっと女装しても似合ってしまっている忠犬くんを想像してしまったのだろう。


「フェリオス、命令だ。今から戻って実行してこい。その内、義母上にも挨拶しなければならないと思っていたところだ。そんなことで改善するなら、ものは試しだ行ってこい」


 忠犬くんはレオンに命じられて、肩を落としながら部屋を出ていった。きっと忠犬くんからすれば、意味がわからないだろう。


「リィ。そろそろカルアばかりでなく、俺にも構ってくれないか」


 私を抱きかかえている奴から不貞腐れた声が聞こえた。カルアと私が言い合いをしているのは昔から変わらないと思うけど?


「カルアくんとは意見が合わないからね。それは言い合いにもなるよ」

「それは仲がいいということだ」


 どこを見て仲がいいと?

 私が睨みつけると、レオンは私の肩に顔を埋めるように、抱きしめた。


「長かった。やっと。やっとリィを取り戻した」


 何か言葉がおかしい。私は攫われてはいない。


「リィ。これからはずっと一緒だ」


 言葉に不穏な気配を感じるのは、気の所為だろうか。


「勿論部屋も同じだからな。公務も共にすればいい。どこに行くのも一緒だからな」

「私のプライベートは?」

「必要か?」

「必要」


 ここは譲らん!

 何気に徐々に背中の圧迫感が増えている。ちょっと力を入れすぎていない?


「目を離すと、直ぐにどこかに行くよな」

「個人の時間は必要」

「他の男に色目を使って、お菓子を貰っていたことあったよな」

「レオン。その時の私の格好を思い出そうか。男の子の格好をしていたはずだ」

「お菓子を貰ったリィがキラキラした笑みを浮かべて、『このお菓子好き』って言われたやつの顔をみたことあるか? 俺のリィに向かって顔を赤くさせるなんて万死に値する。それに俺も言われてみたい」


 いや、お菓子しか見てなかったから、人の顔なんて見ていない。


「はいはい。そういうことは二人っきりの時に言ってくださいね。心の声がもれていますからね。陛下」


 レオンが私に異常な執着を見せると、さり気なくディスるカルアは健在だった。君のそういうところには助けられたよ。


「良し! 二人っきりならいいのだな」


 そう言ってレオンは私を抱えたまま立ち上がる。ちょっと落ち着こうか。


「俺たちが夫婦になっても、誰も咎めるものは居なくなったんだ。この十年間の空白をリィに埋めてもらわないとな」


 くそ恐ろしいことを言ってきた。十年間の空白って何?

 私を抱えたまま隣の部屋に行き、少し前まで私が寝ていたベッドに落とされた。


「ちょっと待とうか。レオン」

「十年も待ったんだ。十分だろう」


 獲物を目の前にした獣のような隻眼を私に向けないで欲しい。


「それとも、リィは俺のことを嫌いになったのか?」


 はぁ。嫌いだったらとっくに見捨てている。


「レオン。最初はじぃに言われたからだったけど、今までこれでもレオンの為に動いてきたと思っていたのだけど?」


 すると、意地悪そうな笑みをレオンはニヤリと浮かべた。


「リィは素直じゃないな。遠回しに言わずに、俺にもわかるように言って欲しいな」


 素直じゃなくて悪かったね。


「こんなにレオンを愛しているのは、私ぐらいだと自負できるね。今までの人生の殆どをレオンの為に使ったと言って良いと思う」

「全然伝わらないなぁ」


 くっ……


「愛しているよ。レオン」

「リィ、狂おしいほど愛している」


 そう言って、レオンは口づけをしてきた。

 ……狂おしいほど?



 その後どうなったかは、言わないでおこう。ただ、私が部屋を出られたのは三日後だったことは付け加えておく。




______________


書くつもりはなかったのですが、投稿して一ヶ月が経ったというのに、評価をいただきランキングに居座っているという状況に心苦しくなり、書かせていただきました。

どうぞ、お納めいただければ、ありがたいです。



おまけ話(一番弟子と二番弟子)



「リィ」

「なんだ?皇帝。暇なのか?」


 接客中だった私は、邪魔をしに来たレオンをギロリと睨む。


「先生。皇帝陛下にもそのような態度を取られいると、殺されても文句は言えませんよ」


 私の客はレオンへの態度を改めるように苦言を呈する。いや、脅しをかけてきた。


「レオンは私の一番弟子だから問題ない。それよりも今後の『サルバシオン』の事だが……」

「リィ。俺に客人を紹介してくれないのか?」


 レオンはそう言って、私が座っている長椅子に強引に腰掛けてきた。


「おい。私を横にずらしてまで座ることか? 一人掛け用の椅子があるから、そこに座れ」


 私が睨みつけて文句を言っても、どこ吹く風と言わんばかりに、レオンは居座っている。


「一人はさみしいじゃないか」


 いや、寂しいも何も、ここは王城のサロンの一つだ。この一室の中にどれほど座る場所があると思っている。一緒に座る意味もないし、この場に居て寂しいとは如何なものか。


「ふふふっ。先生に言い寄る男性は何人もいましたが、全然相手にしておられないと思えば、やはりそういうことだったのですね」

「そういうこととは、どういう意味だ。イリア」


 金髪が似合う二番目の弟子は、おかしいと笑っているが、何がそんなにおかしいのか、私には理解できない。


「おい、リィに言い寄る男とは、どこのどいつだ?」


 隣から殺気立って二番弟子に聞いているが、そもそも私に言い寄る男などいなかったが?


「私どもからすれば、患者ですので、どこの誰とは存じませんが……」

「が?」

「先生にその辺の野花を摘んでくるのはよくありましたね。貴族の方らしき人は、指輪などの装飾品ですね」


 ん? 野花は飾り気がない救護施設に飾るように言われたのだと思ったのだが、私に好意を向けられてはいないだろう。あと、装飾品は手元にあるのがこれしか無いからと、言っていたので、あれは治療費の代わりのはずだが? 装飾品は全部現金化して『サルバシオン』の運営費に回したな。


「それから熱烈な方ですと、我々の活動の支援をしてくださいました……匿名でしたけど。毎月かなりの金額を寄付していただけました」


 あ……それは……私はちらりと、隣を仰ぎ見る。


「お陰様で、我々『サルバシオン』は多くの者の生命を繋ぎ止めることができました。直接お礼を言うことができないことは、残念で仕方がありません。帝都でも治療院を用意してくださり、我々が路頭に迷う事なく、活動を続けられることに、我々一同、とても感謝しております」

「は? 治療院? この帝都で? 私聞いていないけど?」


 私は隣でニヤニヤ笑っているレオンに詰め寄るが、何故か腰に手を回され、レオンの膝の上に座らされてしまった。


「なぜだか、俺が救護施設に近づこうとすれば、姿を消してしまうヤツがいたからな。顔を見るついでに、困った事があれば、援助しようかと言いに行っただけにも関わらず、毎回『先程まで患者の治療にあたっていた』と言われるのだ。不思議だな」


 ……これはレオンの近づく気配を感じて、別の戦場に移動したことに対して、文句を言われている?


 しかし、治療院というか聖女の彼女たちの居場所というべき救護施設を帝都内に作ろうとは思っていた。

貧しい者には低価格で貴族からは高額をぶんどる金額設定にするつもりだった。私が常駐できないとなると、女性ばかりの救護施設は防犯が心配なので、戦争で負傷したものの、警備ぐらいできるという厳ついおっさんを数人雇おうかとも画策していた。

 なのに既に治療院なるものが存在しているだって!


「先生はご自分への好意には否定的ですので」

「そうだよな。俺があれだけ、好意を伝えても、ここ()にいろと言っても、結局出ていったしなぁ」

「先生を褒めても、素直に受け取ってくれず、おかしな解釈にされますし、スッと別の仕事に姿を消してしまいますし……」

「普通に会えるまで10年掛かるってどうなんだ?逃げすぎだろう」


 何故か一番弟子と二番弟子から責められている。

 レオン。レオンから好意には、もちろん気づいてはいたが、あのまま私が城に留まり続けると、確実に身分がない私は足を引っ張っただろう。どの未来を選ぶにしろ、じぃの直系の力は帝国には必要だったからね。私はレオンの弱点でしかなかった。好きならなおさら、側にはいられない。


 それから二番弟子よ。私が褒め慣れていないというよりも、生きるのに必死だったからだ。私ひとりで戦場を彷徨くのであれば、何も気を使うことはないが、流石百人規模となると色々考えることもある。


「まぁ、先生は色々言い訳をすると思いますが、『サルバシオン』の皆は先生にとても感謝しておりますし、大好きなのですよ。ですから、時々弟子たちに会いに治療院へ足を運んでくださいね」


 そう言って二番弟子は立ち上がり、私とレオンに向けて頭を下げた。


「そして、皇帝陛下。先生をお願いします。はっきり言って、両親を殺した陛下のことは憎いです。しかし、先生はその憎しみを陛下に向けないように、色々動いていることを我々は知っております。元ミルガレッド国の最後の王女イリアメーベルが願います。先生をどうか幸せにしてください」

「お前に言われなくとも、リリィは俺が幸せにする」


 その言葉を聞いた二番弟子は頭を上げた。その表情はレオンを憎いといいながらも聖女らしい慈愛の笑みを浮かべている。


 イリアを助けたのは成り行きだった。罪のない幼い少女まで処刑されるのは避けたかったし、王族最後の生き残りがいると、噂に流せば国民からの反感は少しは抑えられるだろうと思ったからだ。


「ええ、切実に願います。先生を陛下から離すと戦争の火種になるでしょうからね」

「イリア。君から見た私はどんな酷い悪党に映っているんだ?」

「そうやって湾曲して考えて、陛下の好意を受け取らない先生が火種なのですよ」


 二番弟子は私が悪いと言い放って、金髪を翻しながらサロンを出ていった。

二番弟子イリアよ。レオンから離れるも何も、殆ど一緒にいる私に離れるという選択肢はないと思っている。現に知り合いが訪ねてきたから行ってくると、執務室を出ていった数分後がこの状態だ。私に自由はないに等しい。


「恨まれるのは当然のことだ。特にミルガレッドは王族を生かすつもりはなかった」


 みなごろし宣言! まぁ、レオンの言い分も理解できる。一番に帝国に反旗を翻したのがミルガレッド国だった。戦火は王都にまで迫り、ミルガレッド国は国王の首を差し出して、降伏宣言をした。

 ここまでは普通だ。戦争を引き起こした責任を国王に背負わせ、国の存続を願った。


 その講和条約を結ぶという日、帝国に赴いた王太子と第二王子がレオンに向けて決死の攻撃を仕掛けたのだ。

 しかし、その攻撃はレオンのチート過ぎる力によってねじ伏せられ、ミルガレッド国の王子二人はその場で始末された。


 そして、大軍を率いてレオンはミルガレッド国の王都に攻め入り制圧した。講和条約を結ぼうとして油断を誘い、暗殺まがいの事をしようとしたミルガレッドの暴挙は無視できるものではなく、王族の血を絶やすという決着をつけたのだ。


 で、私は血を残す危険性も感じたけれど、ミルガレッド国民の感情の行き所に懸念した。

 だから当時王太子の第三王女であった十四歳のイリアメーベルの救出に向かったのだ。


「処刑前日に地下牢で騒ぎが起こっているという報告を受けた後に、おかしな手紙が目の前に落ちてくるじゃないか。わざわざご丁寧に翻訳がされたヤツだ」

「いや、だって私の文字を誰も解読できないから、それは読み仮名をふるよね」


 勝手に連れ去ったら、それこそ大捜索される。だから、レオンの前に転移で手紙を送りつけたのだ。

 何故レオンの位置がわかったかと言えば、私自身の魔力の結晶を基準に転移で送りつけたのだ。まぁ、近くに居なくても、そのうちカルア辺りが気づくだろうと思ってのことだ。

 あの男は変に気が回るからね。


「『イリアちゃんをもらっていくから』ってだけを処刑前日に置き手紙をしていくな。あの後大変だったんだからな。カルアが」


 一応、王族は全員処刑したという事実が必要だったらしく、どこからかイリアの身代わりの死体が用意されていた。カルアくんが頑張ってくれたのだろう。


「いいじゃない? 水面下で帝国に入り込もうとしてた人達もいたようだし、王女さまが生きていて良かったでしょ?」


 別に私はただ単に戦場を巡っていた訳では無い。そこから生み出される悪意を払うためでもあった。

 私が訪れた各国の戦地や首都に広範囲の傍受の魔法陣を仕込んでおき、帝国や皇帝のキーワードを優先して傍受し受信して記録していった。


 もし私が軍師であれば、勝ち戦同然の情報収集能力だ。まぁ、私はよっぽどのことが無い限り、直接は動かなかったけどね。


「それも聖女として帝国も、それ以外の国の兵も、平等に治療する素晴らしい聖女さまだ。その聖女さまが争い事は駄目だという。親が居ない子共が増えていく現状を嘆くわけだ」


 イリアには弟子になってもらおうとは最初は思っていなかった。ただ私に付き従っていれば、その内彼女が亡国の王女だと気づく者が出てくるだろうという魂胆だったが、イリアは私の予想を超えて、私の弟子になると言い、治療師として不動の地位を得た。


 いつもいつも戦争をやっている訳では無いので、雪がふる時期は慈善活動をして資金調達をするときにイリアを全面に出して、戦争は駄目だと訴える。すると、あれは亡国の姫君なのではという噂が流れるわけだ。

 となれば、イリアの姿を確認するために元ミルガレッド国の過激派が接触してくる。そこで私が登場だ。戦場の悪魔と呼ばれるカルアにそっくりな私がイリアを抱え込んでいると知れば、大方二通りの反応に別れる。


 一つは完璧に心が折れるパターンだ。何もかも帝国の手のひらの上だったと理解する。

 もう一つが私に敵意を持つパターンだ。残念ながら私にいくら敵意を持とうが、カルアが斬れなかった結界を安々と壊されるはずもなく。王女さまより幼い私に勝てないあなた達って何?っと言って心を折ってあげるのだ。


 最後の仕上げとしてイリアに争うことよりも、新たな主君の元で国民を守って欲しいと願ってもらう。完璧な聖女さまだ。

因みに後から私がイリアにキラキラエフェクトを振りまいて、癒やしの効果倍増にしておくのも忘れてはいない。


「私のおかげで事前に防げた案件は、それなりにあると思うけど?」

「そうだな。これだけリィに愛されているのは俺ぐらいだな」


 なんか、違う言葉が返ってきた。普通は私のお陰で助かったというべきじゃ無いのかな?


「しかし、浮気をしていたとは、聞き捨てならない」

「いや、今の話のどこに浮気要素があったわけ?」


 人の話を聞いていたのだろうか?私はイリアのことについて話ていたはずだ。


「そうだよね!カルアくん!」


 レオンと一緒にサロンに入って来ていたカルアに確認を取る。カルアは皇帝だからと言ってレオンの言葉に“是”と言う人物ではない。


「そうですね。色々貢物を貰った貴女の話でしたね」

「どこが!」


 金髪金目の黒い軍服を着たカルアが、真顔で答える。

まさかカルアに裏切られるとは!


「さて、誰からどんな物をもらったか、教えてもらおうか」


 だから何の話だ。貢物なんてもらったことなど無い。

 視線だけで射殺すような、隻眼の赤い目を向けて来ないで欲しい。


 これはアレか?さっきイリアが言っていた治療費の件か?


「レオン。治療費の装飾品のことなら、サルバシオンの運営費に記入している。誰からというのはわからないが、どのような品がどれぐらいで売れたかを記入している」

「……」

「……それはそれで、いたたまれません」


 二人して、先程の私を批難する視線から、可哀想な者を見る視線へと変化した。

 利益はきちんと計上しておかないといけないだろう。ほとんど寄付で賄っていたサルバシオンの運営の貴重な収入源だ。


「あ! 勿論、レオンからの寄付金も記載している。イリアも言っていたが、毎月の多額の寄付金は本当に助かった。ありがとう。レオン」


 私はニコリと笑みを浮かべて、レオンにお礼を言う。匿名で誰からかわからない寄付金だったが、戦時下で多くのお金を出してくれるところなど限られてくる。

 まぁ、実際は皇城に仕掛けていた、情報収集の魔法陣がレオンとカルアの話を拾ったお陰で、わかったのだけどね。


「リィが可愛いからすべてが、許せそうだ」

「陛下。それは鈍愚の始まりですから、やめてください」

「カルア。リィが俺がプレゼントしたお金を記録しているっているんだぞ。とても、可愛らしいじゃないか」

「陛下。プレゼントの記録ではなく、運営費の計上です。そろそろ休憩を終えて執務室に戻っていただきたいですね」

「そうだな」


 レオンはそう言って立ち上がった。ということは、私を抱えたまま立ち上がったのだ。


「レオン。私は自分で歩くから下ろして欲しい」

「イヤだ」


 嫌だとは何だ!子供の駄々のように言うな。


「この前も何処の馬の骨ともわからない女と喧嘩していたよな」

「ああ、レオンの婚約者という人」

「何度も言うがそんなもの居ないからな。それに皇妃はリィだということを忘れるな」


 はぁ、知っているしわかっている。レオンの自称婚約者もポッと出の私が気に入らないだけだ。


「聞いているのか?」

「聞いている。聞いている」


 しかし、昔は有象無象が存在する皇城だったが、今では綺麗なものだ。そう、私が出入りしていた秘密の通路まで封鎖されて使えなくされていて、皇城の出入りが難しい状態になっている。これはかなり酷い。


 まぁ、いいか。レオンがレオンとして生きることができているのであれば。


「レオンには私がいないと駄目だってことだね」

「そのとおりだ」


 そう言ってリオンは抱えた私に口づけをしてきたのだった。……レオン、執務室通り過ぎているが、どこに向うつもりだ?




______________


ラブラブを書くつもりが、結局二人はお互いを思って行動していたという話になってしまいました。




ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。


●長編化したものはこちらになります。

『虐殺皇帝と悪魔と呼ばれた私~あのさぁ、平民が皇帝と結婚できるわけないって馬鹿でもわかるよね〜』

https://ncode.syosetu.com/n0855ip/



相変わらずの長編設定で申し訳ありません。しかし、題名は回収しましたよ。


少しでも面白かった。良かったと評価していただけるのであれば、下にある☆☆☆☆☆をポチポチポチと反転させてもらえると、嬉しく思います。

ご意見ご感想等があれば下の感想欄から記入していただければ、ありがたいです。


読んでいただきまして、ありがとうございました。


追記

“いいね”で応援ありがとうございます。

ブックマーク。ありがとうございます。

☆評価ありがとうございます。ななななんと!日間ランキングに載りました!本当にありがとうございます。

誤字脱字報告、いつもながらありがとうございます。


投稿して一週間経ちましたが、異世界転生恋愛ランキング週間2位の評価ありがとうございます。


たくさんの方に読んでいただきまして、とても嬉しく思っております。ありがとうございます。


おまけ話を追加しました

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― 新着の感想 ―
[一言] 読みごたえはあったけど、それでもやっぱり長編で読みたかったな。長編で読ませるだけのねっちりとした設定があるもの。削って短編にするより、もっともっと読みごたえのある長編で読みたかったのが本音。…
[良い点] 短編なのを感じさせない大河ドラマ [一言] 面白かったです
[良い点] やってることは可愛くないですけどどっちもかわいいですね笑 じぃははたしてどこまで想定内だったのか空の上で笑ってそうです フォッフォッフォ さくさく読み進められましたけど1冊分丸々読んだよ…
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