04 空腹時に悪い妄想は捗る
*
結局、一睡もできなかった。
「体は眠いのに、頭だけ冴えている。」
カーテンを開けると、日差しが容赦無く網膜を刺す。
小鳥が鳴いている。
体がだるい。
「いや、怖すぎるだろ、普通。なんなんだよ、この能力」
学校を休もうか迷ったが、成績万年最下位の僕が授業を休めるわけがない。
渋々ベッドを出た。
「増殖。」
と口に出してみる。
しかし、何も起きない。
昨日シャワーで石鹸を増殖させて以降、増殖は起きなかった。
増殖を目の当たりにした僕の感想は、
「怖い」
だった。
漫画とかアニメとかドラマで、みんな当たり前のように特殊能力を扱うけれど、
いざ自分に起きるとなると、底知れぬ恐怖を感じてしまっていた。
目の前の物が突然増える。
これが案外、怖い。
ふと、どこかのSFを思い出す。
倍になっていく薬を使って、アンパンを増やしていた主人公の話。
最初は好物のアンパンが増えて喜んでいたが、増殖の量が抑えられず、
天文学的な数字になってしまう。
処理できなくなってしまい、仕方なく、増殖するアンパンを宇宙へ放出した。
今もアンパンは、宇宙のどこかで増殖を続けているらしい・・・
「いや、こわっ!!怖すぎるだろ!」
SFのあらすじを読み返して、慌ててサイトを閉じる。
自分も制御できなかったらもしかしたら・・・
なんて考えていたら、朝になっていた。
「凛太郎ー!!おきてんのー!!!」
一階から義母の声がする。
「・・・できるだけ、何も考えないようにしよう。」
一通り最悪の妄想を終えたんだ、考えすぎもよくない。
重い体をひきづるように、部屋から出た。
一晩中起きていたら、お腹がすいた。とりあえず、ご飯を食べよう。
空腹だと、気持ちも落ち込んでいくと聞いたことがある。
妹の部屋の前を通り過ぎて、リビングに入ると、
「お母さん、お風呂の石鹸がすごい数になってたけど、何あれ?」
びくっ!
「石鹸?知らないわよ、凛太郎くんが間違って買ったんじゃない?」
「間違ったって・・・ネットで一桁間違って発注したぐらいの量だったけど」
そんなやりとりが聞こえる。
石鹸、捨てておいた方がよかったのかもしれない。
「凛太郎くん、おはよう。」
義母が声をかけてくる。
僕と妹に両親はいない。
近くに住む親戚の義母が、こうして面倒を見てくれている。
「あれ、ご飯食べないの?」
僕は慌てて、
「きょ、今日は朝補修があるから、学校で食べるよ。」
と言って、玄関に向かった。
「成績最下位は大変だねー。」
と妹の声がリビングから聞こえた。
そういうわけで、朝ごはんを食べることができずに、登校することになった。
*
昇降口に着くと、彼女はいた。
いや、待っていたのかもしれない。
「おはよう。」
と、春家は声をかけてきた。
美しい銀色の髪が、腰まで伸びている。
髪色を戻したほうがいいという僕の忠告は、無視されたようだ。
「・・・おはよう。」
思ったより低い声が出る。徹夜明けのせいだろうか。
「元気ないね。クマもできてるし。」
「そりゃあ、あんなことが起きたらな。」
そういいながら、昇降口を見渡す。
朝の登校ラッシュで、次々と生徒が登校してくる。
立ち止まる僕と春家の二人を通り過ぎていく。
「春家。聞きたいことがある。」
「奇遇ね。私もよ。」
頭を傾けて、銀髪が光る。
「お前、あのキノコどうしたんだ。」
「柳くん、キノコどうやって消したの。」
ほぼ同時に、お互いがそう言った。
「あ?」
「え?」
登校した時、いや、朝起きた時からそうだった。
昨日、僕の【増殖】によって天文学的な量発生したキノコ。
学校を埋め尽くすほどのキノコは、跡形もなく消えていた。
深夜に何度も検索したが、ネットニュースで取り上げられた形跡はなく、
SNSでも、そのような呟きは見つけられなかった。
「あれ、春家がなんとかしてくれたんじゃないのか。」
朝、学校にくると、やはりあのキノコの海は消えていた。
学校の半分以上を埋め尽くしていたキノコが、綺麗さっぱり姿を消していた。
「私じゃないわよ。柳くんが、【増殖解除】的な能力を使ったんじゃないの?」
そんなことできるの?
いや、少なくとも昨日僕は何もしていない。
「てかお前、【増殖】だとかなんとか言って、知った風な口聞いてた割には、能力のことあんまり把握してないのか?」
てっきり、僕の能力について説明してくれるのかと思っていたのに。
「ふん、確かに私は君の能力について多少は知っている。だけど、なんでも知っている全能美少女というわけではないの。」
・・そこまでは言ってない。
しかし、本当に春家がキノコの海を消したわけではないらしい。
どういうことだ?
僕がある程度離れたら、増殖の効果は消えるとか?か?
だとしても、目撃情報がゼロなのもおかしい。
あれだけの大惨事になったんだ。誰かが動画を撮ってSNSにupしていてもおかしくない。
ぐうう〜
と腹の虫が鳴った。
「あら、朝ごはん食べてないの?」
言われて、空腹であることを思い出す。
「食べてない。それどころじゃなくてな。」
ふうん、と興味がなさそうに春家が呟く。
するとおもむろに、カバンから何かを取り出した。
「———これ」
それは、バナナだった。
「昨日の、一本カバンに入れてたみたい。」
黒い斑点が増えている。
一日たって、少し熟れたようだ。
「食べる?」
聞かれて、僕は即答する。
「いらない。」
*
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