37 時の果て
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視点:水鳥琴雛
*
結論から言う。
私が何回タイムリープしても、ヤナギンは死んだ。
タイムリープ三回目
交差点から離れても、以前のトラックとは別の車が一華ちゃんを襲った。
ヤナギンはそれを【増殖】で防いだ。
そして、その後田中が現れて、殺された。
タイムリープ十回目
月曜の夕方、ヤナギンと一華ちゃんを学校に呼び出した。
学校で待機するように命じた。交通事故が起きない場所なら、やり過ごせると思った。
しかし、突然2号棟のどこかから出火し、炎に包まれた。
私たちはヤナギンの【増殖】で道を作り、全員で脱出した。
その後、校庭で待っていた田中がヤナギンを殺した。
タイムリープ三十三回目
田中に会いにいった。
なぜヤナギンと一華ちゃんを殺すのか聞いた。
彼は何も答えなかった。
私は氷漬けにされ、目を覚ますと一週間の時間が経っていた。
ヤナギンと一華ちゃんは既に死んでいた。
タイムリープ八十九回目
私は「時の果て」にたどり着いた。
「時の果て」というものをご存知だろうか。
いや、きっと誰も知らないだろう。
時間退行できるのは私だけなのだから。
「時の果て」は、これ以上未来が変わらない、確定した未来のことを指す。
確定した未来では、結果はもちろん、過程も全て決まっている。
誰がどこにいて、何をしているか全て決まっている。
まるで壊れたテープみたいに、同じ未来を繰り返す。
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タイムリープ百二回目
七月二十一日土曜日午後二時
私は図書館に来ていた。
この時間は、赤いリボンをつけた一華がいる。
何度もタイムリープしてこの事実は確定した。
「一華ちゃん。」
一華は図書館のエントランスに立って、壁を向いている。
壁には、巨大な絵画が張り付いている。
一華は幅五メートルもある絵画を眺めていた。
「あ、ヒナちゃんだ。」
私に気づいた一華が、元気よく返事をする。
昔、小学生くらいのころにヤナギンと一華と図書館によく来ていた。
一華はこの絵が好きで、帰ろうとする私たちを泣いて引き留めた。
「また来てるんだ、ここ。」
「ん?久しぶりにきたよ。やっぱりいいね、この絵。昔よりはちっちゃく見えるけど。」
何度もタイムリープして、一華がここにいるのはわかっていたため、つい口を滑らせた。
まあ、私がここで何を言おうと結果は変わらないのだ。
それは百回を超えるタイムリープですでに実証されている。
「ヒナちゃんはこの中でどれが好き?」
一華は絵に視線を戻しながら尋ねる。
「昔は意味もわからず眺めてた。ずっと見ていたくて。順番に、一つずつ見てた。一周してまた一周して、ループしてた。七つの絵。」
一華が指をピンと立てて絵を空中でなぞる。
「そのときから好きだったんだ。これ。嫉妬の絵。」
指が止まり、巨大な絵画の中の、一つの絵を指さす。
「ほら、犬が骨を取り合ってるでしょ?そばの家には夫婦がいて、近くで人が鷹と話していたり、こっそり泥棒が盗みを働いていたり・・・これは荷物を運んでいるだけかな?このごちゃごちゃしてる感じが好きだったの。」
憤怒、傲慢、色欲、怠惰、暴食、強欲、嫉妬。
中心の男を囲うように、ドーナツ部分が七つで区分分けされている。
一華は嫉妬の絵が一番好きだと言った。
タイムリープの中で、一華ちゃんの描いた絵を見たことがある。
ヤナギンが見せてきたその模写は驚くほど精巧で、一晩で描いたと聞いたときは耳を疑った。
「一華ちゃん、絵の道に進みたいんでしょ。」
え、と一華が感嘆の声をあげた。
「お兄ちゃんから聞いたんだ。・・・うん、絵の勉強したいなって。」
「ヤナギンはなんて?」
「行っていいって。お金の心配もするなって言ってた。どうするんだろ?あんまりアテにしてないけど。」
そう言って一華は優しく笑った。
言葉は否定しているが、嬉しかったに違いない。
その気持ちは、痛いほどわかる。
私がヤナギンに抱いた気持ちも、同じなのだから。
「ねえヒナちゃん、私ってさ、【分裂】したんだよね。」
「え、なんで」
今度は私が驚かされる。
【分裂】のことはまだ知らないはずなのに。
一華は月曜日まで、増殖だと思い込んでいるはずだった。
「なんとなくわかるんだ。私が分裂した方だって。ドッペルゲンガーなんだって。」
ドッペルゲンガー。
どうしてその言葉を————
どうして田中が繰り返し言っていたその言葉を知っている?
タイムリープして、何度も何度も何度も聞いた。
そして、思い出す。
交差点で最初に轢かれそうになったのは、赤いリボンの一華だった。
ヤナギンが殺された後、真っ先に殺されたのは赤いリボンの一華だった。
「本当、お兄ちゃんのバカ・・・」
一滴の涙が一華の頬を伝った。
「お兄ちゃん、二人とも進学させるとか言ってたよ。本当、バカだよね。・・・二人も同じ人間がいていいはずないのに。」
呼吸の速度が上がって、一華の目に涙が溢れていく。
「そんなこと言われたら、生きたくなっちゃうじゃん・・・。」
一華が絵画に手を伸ばす。
七つの大罪に描かれた罪人たちが、一華を見下ろしている。
「一華ちゃん・・・」
「お願い、ヒナちゃん」
涙を拭って、一華がこちらを向いた。
「私がもし消えることになっても、止めないでほしい。」
まっすぐ、私を見つめていた。
「私を助けようとするお兄ちゃんを、止めてほしい。」
言葉が出ない。
そんなこと————
「お願い。」
————無数に繰り返したタイムリープの中で、当然頭をよぎった。
一華を助けたから、ヤナギンは死んだのではないか?
そう思った直後、私は私を咎めた。
自分が嫌いになりそうだった。
何度も何度も一華の死を、ヤナギンの死を目の当たりにして、心が弱っていたから。
私の心の弱さが生んだ幻想なのだと。
「私は生きていちゃいけない、偽物なんだから。」
私はこんな結末————
*
七月二十三日月曜日正午
私はヤナギンを昼食に誘った。
一華とヤナギンと三人でよく来ていた思い出の場所。
第二グラウンドの近くの河川敷。
川は浅く、太陽に照らされてキラキラと光っている。
背の低い草が風に揺られて、土の匂いを運んでくる。
「珍しいな、水鳥がサボりなんて。水鳥風紀委員。」
ヤナギンは言う。
私の目の前で何度も死んだヤナギンが、隣で声を発している。
「僕も久しぶりにきた。小学生以来?」
涙があふれそうになる。
精一杯堪える。
「また会いたいな、ハナビに」
泣いちゃダメだ。
「こんなに頭のいい犬がいるのかって、小学生ながらに衝撃を覚えたよ。」
舌を出して草原を走るハナビ。
目の前の風景だけが変わらずそこにある。
「ねえヤナギン。夜までここにいない?」
尋ねてみる。
無理だとわかっていても、尋ねてみる。
もう提案でもなんでもない。ただの願望だ。
この願望は、叶うことはない。
「一華を迎えに行かないと。」
ヤナギンが立ち上がる。
いやだ。
行かないで。
「お前さ、昔、僕のこと助けてくれたんだよな。」
行かないで。
また死ぬ。
ヤナギンがまた死んじゃう。
「また助けようとしてくれてるんだよな。」
違う。
私にそんな力はない。
私がタイムリープしても、未来は変わらない。
何度やり直しても、状況を理解しても、どんな策を打っても、未来は変わらない。
ただの観測者で、干渉できない。
輝く星たちの死を、ただ眺めることしかできない。
私には、なんの力もない。
「一華ちゃんを————」
ああ。
もうだめだ。
「一華ちゃんを、助けないで。」
ああ。
言ってしまった。
言ってはいけない言葉を言った。
一華を助けるために、タイムリープしたのに。
ヤナギンと約束したのに。
なのに。
それなのに。
どうして私は、一華ちゃんを殺そうとしているんだ?
「水鳥、いつもごめんな。」
その言葉を聞いた瞬間、我慢していた涙があふれた。
「もしかしたら、一華が二人いるのはおかしいことなのかもしれない。でも、一人とか二人とか関係ないんだ。あいつらは二人とも妹なんだ。たった二人の家族なんだ。」
もう何も考えられない。
何も言葉にできない。
私、頑張ったよ。
二人を助けるために、何回もタイムリープしたよ。
でもダメだった。
助けられなかった。
「必ず助ける。ごめん、僕頭が悪いから、水鳥みたいにうまくはできないかもしれないけど。でも、助ける。僕ができるやり方で、一華を助けようと思う。」
ヤナギン、ごめんなさい。
何かを叫んだ後みたいに、頭から血が引いていくのがわかった。
視界が傾く。
崩れ落ちそうになったとき、何かに支えられた。
ヤナギンが、私の体を支えていた。
抱きしめる形で、私が倒れるのを防いでいた。
じんわりと温かい気持ちに包まれる。
ヤナギンのいい匂いがする。
そのとき、ヤナギンが何か言った気がしたが、聞こえなかった。
*
肌寒さを感じて目を覚ますと、空は夕焼けになっていた。
私は河川敷の草むらの傾斜に横になっていた。
また、助けられなかった。
この絶望は、何回目だろうが慣れない。
体に力が入らず茫然と陽が落ちて暗くなっていく空を眺めていた。
諦めようか。
そんな言葉を口にしようとしたときだった。
「起きろ。水鳥琴雛。」
よく通る、ハキハキした声だった。
聴き慣れない声で名前を呼ばれて、反射的に体が起き上がる。
彼女のことを、私は知っていた。
「凛太郎を助けるぞ。」
片手に拳銃を持って、三橋美佳はそう言った。
*
【お願い】
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