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34 絶対零度の白煙





西門から、僕たち四人は学校の敷地内に進入した。


グラウンドは閑散としていた。

夕日はまだ落ちておらず、グラウンドの向こうにある校舎の大時計もはっきりと見える。


やけに静かだと思った。

いつも放課後に外を歩くと聞こえてくる吹奏楽部の管楽器の音も聞こえない。


グラウンドにはサッカー部も野球部もいない。

ポツンと一人、グラウンドの真ん中に立っている男を除いては。


「よお、柳。」


男はタバコを片手に、白煙を燻らせている。

僕はこの男を知っていた。


「・・・先生。」


数学教師。休日の補講担当。

そして、僕がつい最近所属した「ブルーノート」という名の部活動の顧問だ。

田中。

下の名前は知らない。

生徒の前で堂々とタバコを吸う、教員らしからぬ教員。


「何かあったか?柳。」


声は低いが、よく通った。

顔見知りの大人に出会えたことは、たとえ頼りない田中といえど、僕に少しの安心を与えた。

強張っていた肩の力が抜ける。


「事故に巻き込まれた。危うく轢かれるところで・・・」


僕は数分前に起きた出来事を一言で説明した。

トラックが横転したこと、【増殖】の力を使ってガードレールを増やし、妹を守ったこと。

これらの細かい状況の説明は省いた。

緊張と緩和で、僕の思考能力は著しく低下していた。


「そうか、助かってよかったな。」


労いとも取れる言葉は、僕をさらに安心させる。

僕たちは助かった。

安全な場所まで逃げることができた。


「ところで柳、そこにいるのは妹の柳一華だな。」


白煙が立ち昇る煙草の先で一華を指した。

煙は風に煽られて、すぐに透明化して消えていく。


「そうだけど・・・」


「なぜ二人いる?」


まるで、二人いることを咎めているような口調だった。

田中は一華の分裂を知らなかったのか、と僕は気づく。

とりあえず能力(ルール)の説明をしようと思った。


「それは・・・実は、妹も能力(ルール)が出て・・」


「【分裂】」


説明は不要とでも言うように、田中は断言した。


「知ってたのか」


「どうして生きてる?」


田中は確かにそう言った。

質問の意図がわからない。


威圧的な田中の言葉に、僕と一華、水鳥は誰も返答できないでいた。

普段の気怠げな態度とは違う。



「殺したはずなんだがな。【分裂】は。」



一華のことを、【分裂】と呼んだ。そして、「殺した」とも言った。

ふう、と田中は長い息をはいた。

細い白煙が、口先から伸びて、霧散する。


そのとき、身体中に鳥肌が立っていくのがわかった。

冷凍庫を開けたように冷気が顔にぶつかる。


パキ、と何かにヒビが入ったような音が聞こえた。

しかし、近くにヒビが入るようなものは落ちていない。



「柳、少し話がある。まずはお前の【増殖】だ」



次の瞬間、夕焼け色のグラウンドが突然真っ白になった。


足元の土に目をやる。

霜がおりていた。


足で踏むと、サクサクのクッキーみたいに割れて、足跡がついた。

吐いた息が白くなっている。


真夏の光景とは思えなかった。


田中の足元に目をやると、彼を中心に円状に土が凍っている。


「な・・・なんだこれ。」


目で追いつけない速度で、地面が凍っていく。

地面から何かが生えるみたいに、氷の柱が作成されていく。

無数の氷の柱は繋がり、僕と田中を包むように球状に成長した。

巨大なかまくらのように、氷のドームが完成した。

僕と田中の二人だけ、氷のドームに閉じ込められている。

寒い。

冷凍庫に閉じ込められたみたいだ。


「【増殖】は今日、最も危険な存在となった。」


田中の持つタバコの先が燃える。

氷は透明で、夕焼けの光を乱反射してやけに明るい。

田中の後ろには、扉らしきものが見えた。


「何言ってんだよ・・・なんだこの氷・・・お前の能力か・・・?」


夏のグラウンドに突然現れた氷。

田中を中心に氷が発生し、ドームが形成されたように見えた。

気温は一気に下降し、体が震えるほどに寒い。


「俺の能力(ルール)について話す気はない。今は【増殖】の話をしている。」


田中は僕の質問には答えなかった。

【増殖】がどうかしたのか——?

外が見える。

水鳥がドームの外で何かを叫んでいる。しかし、何を言っているのか全く聞こえない。


「お前————過去に戻って未来変えたろ。」


「は?」


突然背中に大きな振動を感じた。

振り返ると、一歩後ろの地面から鋭い氷の柱が伸びている。

氷の柱は僕の背中に到達していた。

背中に突き刺さった氷は、腹部を貫通している。

禍々しい赤黒の氷が、腹から顔を出していた。


「ゴフッ」


氷が僕の体を貫通していることに気づいたとき、意識が飛びそうなほどの痛みが襲う。

胃から突然ドロドロの液体がせり上がってきて、勢いよく吐いた。

血液を吐き出した。

呼吸ができない。巨大な岩が腹の上に落ちてきたみたいだ。


「お前みたいな擬似的な不死身の殺し方なんていくらでもあるんだぜ。」


田中は白い息をこぼして、そう言った。

今にもブラックアウトしそうな意識を必死に保つ。

足元が凍り付いていく。

体から力が抜けていくにも関わらず、倒れることができない。

足が固定されている。


「やっぱりよく考えたら話すことはないな———お前の次は【分裂】を殺す。」


震える手で、腹部を貫通した氷を掴む。

力を入れるが、びくともしない。


「【分裂】って・・・一華を殺す気か。」


明確な殺意。

田中は、僕と一華を殺すと言った。


「殺す。ドッペルゲンガーはこの世にいちゃいけないんだよ。」


ドッペルゲンガー。

どこかの記憶にある。

それは今回じゃない。

多分、前の記憶だ。


タイムリープする前の記憶だ。


————田中の言う通り、僕はタイムリープしてきたのだ。


そして、未来を変えた。

事故で一華が死ぬ未来を変えた。


「どうして・・」


喉が焼けるように痛い。

下半身はすでに感覚はない。

冷たいとすら感じない。


「お前ら兄妹はルールを破った。」


田中はそう言って背中をむけた。

氷の扉に手をかける。

追おうとしても、体が一切動かない。

気づくと、氷が首元まできていた。


「待てよ・・・なんだルールって・・・一華は別に誰にも・・・」


田中は返答しなかった。

そして、僕の意識はそこで途絶えた。






突然氷のドームが柳と田中を閉じ込めた。

ドームは透明で、中で柳が氷づけにされる姿がみえた。

柳を氷づけにすると、田中は氷のドームの扉から出てきた。


「お兄ちゃん!!」


一華———赤いリボンをつけた方の一華が駆け寄る。

扉から入ろうとしたとき、出てきた田中が立ち塞がった。


「動くなよ・・・【分裂】・・・」


そうつぶやいたのが聞こえて、瞬きする間も無く赤一華は凍らされた。


「どうして・・・」


水鳥は赤一華と柳の氷づけの姿を見て、崩れ落ちる。


「ドッペルゲンガーは、自分の理想の姿を映したものだと言われている。」


はあ、とため息をついた田中が問いかける。


「水鳥、ドッペルゲンガーが現れたとき、何が起こると思う?」


質問の内容が頭に入ってこない。

やり直さないといけない。

事故が起きる未来は変えることができた。

なら、柳が死ぬ未来も変えられるはずだ。


「ドッペルゲンガーは、オリジナルを殺す。」


田中は【分裂】の説明をしている。

タイムリープをするため、意識を集中させた。


「さらにドッペルゲンガーは、分裂して、分裂した方はまたもう一人を殺す。そうやって何回も分裂と排除を繰り返して、理想の自分に近づく。・・・完璧な理想を完成させたドッペルゲンガーが何をするのか。」


田中はそう言って、歩いていく。

水鳥と青一華には見向きもしない。


———ヤナギンと赤い一華ちゃんは殺して、私と青い一華ちゃんは殺さないのか?


「更なる理想のため、他人を殺すんだ。理想の邪魔になる人間を、片っ端からな。」


どうして。

どうしてヤナギンを殺したんだ。

なんでなんでなんで。


「ヤナギン・・・」


涙が溢れる。

・・・タイムリープするんだ。

もう一回やり直す。


「柳は別だ。柳はお前のせいで死んだ。」


息が止まる。

すでにタイムリープは始まっていた。

意識が遠のいていく。

虹色の結晶が水鳥の体の周りに浮かぶ。時のカケラだ。


【時間退行】


「タイムリープしても無駄だ。戻っても、結果は変わらない。それはお前が一番知っていることだろう?」


その声ははっきりと聞こえた。

どうして。どうしてヤナギンを殺すの。



「何回やり直しても、俺が殺す。」


「ヤナギンは私が助ける・・・」





柳の声が聞こえた気がした。

————水鳥、ここで待ってろ。必ず助ける。


ヤナギン、私、助けるから。


意識はそこで途絶えた。





【お願い】

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