31 才能のありか
*
赤一華は一度起きてリビングに来たものの、ソファに寝転んだかと思えばすぐに寝息を立てて眠り始めた。
「で」
僕は二人の妹に宿題を出していた。
内容は絵を一枚描いてくること。
どちらが今日のデートに行くか決めるため、絵描き勝負を提案したからだ。
「あっちの一華は随分寝不足みたいだけど、絵はできたのか?」
同一人物であれば、絵心は同じかもしれない。
しかし、勉強や運動の出来に違いがあることがわかった以上、この勝負は成り立つかもしれない。
二人の違いを把握できて、デートに行く方を決められる、一石二鳥の手段というわけだ。
「描いたよ。」
コーヒーを飲み干して、青一華はため息をついた。
「おっ、見せてよ。何描いたの?」
絵のお題は指定しなかった。
二人の妹は何を描いたのだろうか。
「あっちの私と同じ。二人とも同じ絵を描いた。」
僕の疑問に回答するように、青一華が言う。
「まあそっちの方が比べやすいからな。」
評価する方としても、絵の題材は同じ方がいい。
本当は条件として先に提示しておくべきだったが、頭から抜けていた。
さすが妹だ。
「そう。でも私の方の絵はないわ。」
「え?なんで?」
僕はギョッとして青一華の方を見た。
突然前提が崩れる。片方の絵がなければ、比べるも何もない。
青一華は表情一つ変えずにマグカップに目を落としている。
「捨てたから。私の負け。デートに行くのはもう一人の私ね。」
と敗北宣言をした。
「いや、なんでだよ。捨てたって・・・」
一度は描いて、僕に見せる前に捨てたのか。
「上手すぎたのよ。もう一人の私の絵が。」
青一華は目を細めて言った。
「勉強はできなくなったみたいだけど、絵の方はむしろ前より上手くなっているかもね。」
赤一華のことを言っているのだろう。
赤一華は分裂後、勉強の内容が理解できなくなっていた。
しかし青一華曰く、絵は二人になる前よりも上手くなっていると言う。
「昨日の夜一緒に描き始めて、一時間後にもう一人の私の絵を見た時点で諦めた。寝て起きたら、まだ描いてた。ほぼ徹夜で描いてたみたい。」
青一華は唇を噛んでいた。
マグカップを持つ手が震えている。
見てきたら。
と青一華は言う。
「・・・・」
僕は黙って立ち上がった。
階段を上り、一華の部屋に向かう。
<いちか>
と扉に名札がかけられたドアに、そっと手をかける。
一華の部屋に入る。
普段なら部屋に入ることは死ぬほど嫌がるのに、青一華は自分から入って見たら、と言った。
*
恐る恐るドアを開けると、そこには見覚えのある部屋があった。
僕は三年以上、妹の部屋には入っていない。
しかし、ベッドの配置、絨毯の色、机に置いてあるぬいぐるみも、どこか見覚えがあった。
久しぶりに入って、デジャブを起こしているのだろうか。
シンプルな構造の部屋を見わたすと、机の上に置いてある一枚のA4の画用紙に気が付く。
それが何か認識した瞬間、全身に鳥肌がたった。
画用紙に書かれていたのは、ある絵画を鉛筆で模写したものだった。
モデルとなった絵画が、僕にはわかった。
最寄りの図書館にある、巨大な絵画。
図書館に設置された1枚の絵画は、円の形をしていて直径5メートル以上はある。
真ん中には一人の男が手をあげてこちらを見ている。
中心の男を囲うように、ドーナツ部分が七つで区分分けされている。
区分分けされた絵にはそれぞれ一単語が添えてある。
単語は読めないが、意味はわかる。
憤怒、傲慢、色欲、怠惰、暴食、強欲、嫉妬。
図書館には子供の頃に行ったっきりで、何年も行っていないはずだ。
それなのに、まるで昨日見たような感覚になる。
模写がうまいのもそうだが、まるで———
———お兄ちゃんはどの絵が好き?
つい最近、赤一華とこの絵を見た気がした。
*
絵描き勝負は赤一華の不戦勝となった。
いや、たとえ勝負になっても、徹夜した赤一華のあの絵を超えられるとは到底思えなかった。
それほどにあの絵——「七つの大罪」の模写はよくできていた。
赤一華はデートの時間ギリギリに起きて、慌てて着替えていた。
赤一華は頭に赤いリボンをつけて、家を出て行った。
僕と青一華の二人は、バタバタと準備して出ていく赤一華を見送った。
「尾行しないのか?」
なんとなく青一華に尋ねる。
「尾行?そんなのしないよ。自分のデートを尾行するって・・・考えもしなかった。」
「・・・だよな。」
なぜ妹のデートを尾行しようと思ったのかはわからなかった。
ただなんとなく、尾行するべきな気がして提案してみた。
青一華は洗面所から戻ってくると、青いリボンを頭につけていた。
「その青いリボン」
ああこれ——と青一華はリボンを触る。
「これで見分けがつくでしょ。」
僕がなんとなく青一華と呼んでいた妹は、偶然にも青いリボンをつけた。
それだけではない。なんとなく赤一華と心で呼んでいた妹も、赤いリボンをつけてデートに出掛けた。
偶然なのだろうか?
「凛太郎」
青一華が僕の名前を呼ぶ。
「ご飯行かない?」
妹が僕を外食に誘うのは、実に珍しいことだった。
*
青一華に連れられて、家の近くの中華料理屋にきた。
「よく来るのか?ここ」
少し妹とはイメージの違う昔ながらの店だったので、聞いてみる。
「そうね。」
青いリボンをつけた一華はメニュー表を見ながら、うなづいた。
少しして、中国語と思われる名札をつけた店員さんが注文を取りにきた。
「激辛酸辣湯麺、辛さ最大で。」
一華はメニュー表を指差して言った。
「お前、そんな辛いの頼んで大丈夫なのか?」
「最近、辛いものを体が欲してるのよ。」
一華が指を指しているタンメンの絵には、激辛表示の炎マークがついている。
「これは自論だが、辛いもの食べると、お尻の穴が痛くなるぞ。」
僕はピリ辛のエビチリセットを頼んだ。
「なにそれ、お尻?」
アリガトゴザイマース、と中国人の店員がペコリと頭を下げて厨房へ行った。
「経験談だ。この前僕も激辛に挑戦したら、お尻の穴が痛くなって一日中トイレから出られなくなった。」
「そうなんだ、怖いね。」
人ごとみたいに言う。
「激辛食べて、僕みたいにお尻の穴爆発しても知らないぞ。」
「多分大丈夫だと思う。てか、食事前にお尻の穴の話しないでくれる?」
十分くらいして、注文した料理が運ばれてきた。
一華の前に置かれたサンラータンメンは、地獄の釜のような色をしていた。
「うわ、真っ赤だな。人間が食べるものなのか、それ。」
見ているだけで、唾液が溢れてくる。
「ホットね。おいしそう。」
結華は怯むことなく、スープを口にする。
「——美味しい。」
ため息をつくように、一華は言った。
無表情が少しだけ和らいだように見える。
僕のエビチリはもう少し時間がかかるみたいだ。
「飲んでみる?」
スープをためたレンゲを持ち上げて、一華が聞いてきた。
「いらない。」
すぐに断る。僕が飲んだら身体中から汗が吹き出すどころではすまないだろう。
この色は、スープ一口でもお尻にダメージが与えられそうだ。
エビチリを待っている間、なんとなく思考を巡らせていると、一華に聞きたいことがあったのを思い出した。
「お前、進学して絵の勉強したいのか?」
ブッ、と一華がむせる。
すすっていた麺が止まった。
一華が顔をあげると、鼻頭に汗が浮かんでいた。
口に含んだ麺を噛みながら、まっすぐとこちらを見ている。
麺を噛み終えてから、一華は口を開いた。
「誰に聞いたの」
「あっちの一華」
はあ、と青一華はため息をついた。
「・・・昔はね。そう思ってた。でも今は違うよ。」
水を一気に飲み干す。
オマタセシマシタ、とカタコトの日本語で店員がエビチリを運んできた。
エビにかけられた餡が光っている。
時間がかかっただけあって出来立てのようで、立ち上る水蒸気が食欲をそそる。
「進学はしたいけど、芸術に絞る必要はないと思って。・・選択肢を狭めたくない。確かに絵は——好きだけど、今はもっと他のことも勉強したいと思ってる。」
一華の進路について、真面目に話をするのは初めてだった。
一華も色々考えていたのか、と当たり前の感想が頭に浮かぶ。
一華の額に汗が浮かぶ。地獄の窯のような色をした中華そばだ。発汗して当然だ。
「いいと思う。」
僕は小さく呟く。
そして、大きく決意した。
「お前ら二人とも、それぞれ行きたい進路に行けよ。絶対応援するから。」
どちらか一人じゃない。
本物とか偽物とか、どちらがオリジナルだとかそんなものは関係ない。
「二人とも本物の妹だ。」
恥ずかしげもなくそう言った。
ガチャガチャとしたこのお店の雰囲気がそうさせているのかもしれない。
その時、妹の頬に一滴の滴がつたった。
慌てて滴をふく。
「やっぱりちょっと辛かったかも。」
妹はそう言って、少しだけ笑った。
*
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