03 マツタケは集まるとくさい
*
昇降口の下駄箱が、
駐輪場と隣接する駐車場が、
体育館が、
武道館が、
校舎が、
全てキノコで埋め尽くされた。
比喩ではなく、本当に、キノコの海に沈んだ——。
悪い夢でも見ているようだ。
「やっと・・・でれた・・。」
キノコの海をかき分け、校門から出る。
制服を引っ張ると、背中に挟まっていたキノコがボトボトと落ちた。
「くっせ。」
この量になると、もはやマツタケの香ばしさなど微塵も感じない。
ただ、土臭いだけだ。
「・・・・・」
キノコに埋め尽くされた校舎を眺める。
足元のキノコを蹴ると、思ったより飛んだ。
ゴムみたいに跳ねて、校門にぶつかる。
さっきまで手に握っていたキノコを思い出す。
僕が振り上げた瞬間、ありえない形になっていた。
そしてそう——爆発に近い。
キノコが爆発したみたいに、一気に増殖した。
———柳くんの増殖力が発現した。
春家の言葉が脳裏をよぎる。
まさか、本当にこれを僕がやったのか?
「ゴホッ、エホッ、うう、うええええ。」
嗚咽が聞こえてくる。
「くっさああああ!!!」
銀髪の女が、叫び声を上げながら飛び出してきた。
春家だ。
上半身だけ、キノコの山から飛び出て、校門のアスファルトに横たわっている。
「うええええええん、臭いいい。生乾きの靴下の臭いするううう。」
地面に手を叩きつけ、苦しさを表現している。
「臭くて苦しくて、死ぬかと思った・・・」
キノコから半分飛び出ている姿は、非常にシュールだ。
半ベソをかいている春家が、なんだかかわいそうになって、手を貸してやる。
さっきまでの怒りはとっくに消えていた。
「ううう、ありがとう・・・」
キノコからひきづり出された春家は、素直にお礼を述べた。
「それにしても。」
僕は改めて校舎を眺める。
キノコで埋め尽くされた校舎。
「大変なことになったな。」
春家を見ると、体操座りでうつむいていた。
余程キノコに溺れそうになったのが怖かったのだろうか。
「さすがに手品・・・とかじゃないな、これは。」
限度を超えている。
手品の限度もそうだが、
人間の限度を、だ。
ウニのように尖ったキノコの姿を思い出す。
「僕の・・・せいなのか。」
自分の目で直接見てしまったのだ。認めざるを得ない。
確かに自分が、キノコを爆発させた。爆発して、増殖した。
感覚があった。
自分の中から何かが溢れて、キノコに伝わっていく感覚。
心臓の音が大きく聞こえて、身体中の血が集まっていく感覚。
「どうする?春家。」
この状況、このキノコの海をどうするか、という意味で聞いた。
少し間があって、
「・・・さすがにこんなの、どうしようもないでしょ。」
駐輪場横の時計が、キノコの海からひょっこりと顔を出している。
はあ、とため息をついた。
「どうしようもないな。」
春家の様子を見る感じ、春家にとっても予想外だったようだ。
どうやら本当に、僕は、キノコを増殖させたらしい。
多分、バナナも、僕が増やしたのだろう。
春家は最初から、ずっと本当のことを言っていた。
僕がキノコを増殖させた、のか。
しかし、それがわかったところで、もうどうにもならない。
校舎を沈める大量のキノコをどうにかできる訳がないのだ。
「帰るわ。」
「帰ろう。」
と、僕らは諦める決意をした。
責任なら問わないでほしい。
僕らはまだ16歳だ。
僕らは増殖したキノコを放置して、帰った。
*
家に帰ると、リビングで妹がアイスを食べていた。
素通りして二階の部屋に行こうとした時、
「うわ、何、くっさ。」
と低い声で言われた。
「なんか腐った革靴の臭いするんだけど。」
「革靴は腐らないだろ。」
と突っ込んでみる。
「は?腐るけど。加水分解って知らない?湿気の多い場所で劣化するやつ。」
「そ、そうなんですか・・・」
妹に完全論破された。
余計なツッコミしなければよかった。
妹は僕と違い、頭の出来がすこぶるいい。
遺伝子とは不思議なものである。
妹に口喧嘩で勝ったことがないことを、恥ずかしさと共に思い出す。
「どうでもいいけど、風呂入りなよ。臭い。」
部屋に戻ろうとしていたが、そう言われて足を止める。
慣れたのか自分ではもう感じなくなっていたが、やはりくさいようだ。
「早く行って、臭いでアイスが腐っちゃうよ。」
いや、アイスは腐らんだろ。
と言いかけて、やめる。
もしかしたら、アイスも腐るのかもしれない。
先ほどの失態で、完全に疑心暗鬼である。
妹に急かされて、脱衣所に小走りで向かう。
服を脱ぎ、蛇口をひねる。
温かくなるまで少し待って、頭からシャワーを浴びた。
温水に打たれている間も、先ほどの出来事を思い出していた。
帰り道は、現実離れした出来事との遭遇で興奮していて、他のことに頭が回らなかった。
しかし、こうしてゆっくりシャワーを浴びていると、色々なことを考えるようになる。
土曜日とはいえ、学校に部活動で来ている人はいただろう。
あの大量のキノコで、学校をでれなくなった人はいないだろうか。
怪我をした人もいたかもしれない。
そういえば田中は無事だろうか。
敷地外からでも、あのキノコの海は目撃されているだろう。
明日、全国ニュースになるだろうか。
「怪奇現象?大量のキノコに埋まる校舎」
という見出しで、新聞の一面になるだろうか。
・・・あれ?
どうしよう。やばくね?
本当に僕がやったんだよね?
学校をキノコの地獄に変えたの、僕だよね?
でも、まあ、犯人はバレてないよね。
さすがに僕がやったとか、バレないでしょ。
そもそもあんなこと、もう二度と起きないって。
僕みたいな平凡な、普通の高校生に何度もあんな奇跡が起きるわけがない。
しばらく経ったら、みんなも忘れるさ。。
そう。
僕もいづれ・・・
「・・・・・」
体を洗うため、石鹸に手を伸ばした。
一個だけのはずの石鹸が、10個に増えていた。
*
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