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27 妹のルール





七月二十三日 月曜日 7:00


起きてリビングに行くと、制服に着替えた妹がいた。

頭には青いリボンをつけている。

青一華の方である。


「おはよう。」


「・・・」


開口一番の挨拶を無視された。

最近赤一華と絡んでいて忘れそうになる。

一華は基本、僕とは最低限の会話しかしない。

本来の一華はこうなのだ。分裂する前の一華だ。

そう考えると、青一華は分裂する前と後でなんら変化のないように思われる。

赤一華は勉強と運動ができなくなり、僕のことをお兄ちゃんと呼び、喜怒哀楽が激しい。

一方で青一華は分裂前と変わらない。無愛想で完璧で、隙がない。


「学校に行くのはお前の方か。」


「勉強ができないからね、あっちの方は。」


あっちの方とは、赤一華のことだろう。


「もう一人はどこだ?」


部屋を見回すが、赤一華はいない。


「部屋。まだ寝てる。」


そういえば、二人の妹はどこで寝たのだろうか。

赤一華は部屋のベッドで寝たのだろうが、青一華も同じ布団で寝たのだろうか。

目の前の無愛想な一華を見ていると、仲良く二人で寝ているところを想像できない。


「今日、一緒に春家のところに行こう。一人に戻る手がかりがあるかもしれない。」


「・・・わかった。」


僕が提案すると、一華は「仕方ない」とでもいいたげに小さく返事をした。







七月二十三日 17:00


僕と一華、春家は生徒指導室に集まっていた。

僕が水鳥に先日呼び出された部屋である。


「薄暗いところね。少し埃っぽいし。」


春家はため息をついてつぶやく。

照明はつけているが、短小の白色蛍光灯一本で、春家の言う通り薄暗い。


「悪いな。でも、教室で話せるようなことじゃないんだ。」


【増殖】の話をするにあたり、当然教室で話すことはできない。

学校内でひとけのない場所を考えた結果、この場所を思いついた。


能力(ルール)集めの話?今はまだ案件はないって言ったじゃない。」


案件とは、【ルールブック】に記録する対象のことだ。

春家はルールブックに能力の詳細を記録することで、国から援助金を受け取ることができる。

僕は金稼ぎのため、表向きは部活動として能力集めに参加することになった。

しかし今は記録できるような目ぼしい能力はなく、待機している状態だった。


「他の能力の話じゃないんだ。僕の【増殖】について聞きたいことがある。」


「柳くんの【増殖】?・・・その前に、彼女、柳くんが連れてきたようだけど、誰なの?普通に【増殖】の話してるけれど。」


あごで一華をさし示した。

春家と一華は本日初対面である。

僕が事前連絡もせず勝手に連れてきたので、まず突っ込んでくるのは当然だ。


「僕の妹、一華だ。【増殖】のことは知ってる。」


簡単に妹を紹介する。

【増殖】の話をしても問題ないことを伝える。


「妹・・・柳くん、家族とはいえど能力(ルール)のことは話さないようにして欲しいんだけど。一応国家機密だし。」


「話したというか、ばれたんだよ。まだ完全に【増殖】を制御できなくて、家のものが勝手に増えるんだ・・・」


はあ、と小さく春家がため息をついた。

目を閉じて頭を抱えている。


「わかったわ、で、【増殖】がどうしたの。」


首を振って尋ねる。

理解はしたが、納得はしていないようだ。


「増殖させたものを、元の状態に戻すやり方はないか?」


妹を二人に増殖させてしまった。

さすがに二人のままでは不便である。

今後の学生生活や進路まで考えると、同一人物が二人いるわけにはいかないだろう。


「戻す?増やしたものを一個に戻すってこと?」


「ああ。一つに戻す方法だ。」


増殖した物を一つに戻す。

これまでは食べ物や生活品だったので無理に減らそうとはしなかった。

故に真剣に一つに戻す方法は模索しなかった。

今回は別だ。戻す必要がある。


「前も言ったけど、増殖したものは戻らない。少なくとも私は知らない。」


予想はしていたが、なんの情報もなしか・・・。


「なんとかならないか?一人にならないと困るんだ。」


食い下がる。


「一人?まさか・・・」


単位を聞いて、春家の態度が変わる。

僕がこれから言わんとすることを察したかのように思えた。


「僕の妹が、二人に増殖した。」


最初に言うべきだったのだろう。

僕は、僕たち兄弟は、二人を一人にする必要がある。


一華が横から説明を加える。

「先週の金曜日、気付いたら二人になっていました。翌日になっても二人のままで・・・もう一人は今日は家にいます。」


「柳くんの妹が二人になった・・・?」


信じられない、とでも言うように僕と一華の顔を交互に見る。


「僕の【増殖】が発動したんだ。まさか人間も増やせるとは思わなかった。」


僕も初めは信じられなかった。だが事実、妹は二人になった。


「ちょっと待って。それはありえないわ。」


僕の嘆きを断ち切るように、春家は一言で言い切った。


「ありえないって・・・本当だよ。もう一人の妹も連れてこようか?」


信じられない気持ちはわかる。しかし、二人になった妹を見れば嫌でも信じるだろう。


「いや、そうじゃなくて・・・【増殖】の話よ。」


「【増殖】がどうかしたのか?」


「【増殖】は、人間を増やすことはできない。」


「いや・・・だから増えたんだよ。春家も見れば・・・」


僕は少し苛立ってきた。話が噛み合っていない気がする。

妹が二人になったことは事実だ。

動かざる結果なのだ。


「【増殖】に限らず、同じ人間を増やす能力(ルール)は存在しない。人間のコピーはルール違反なの。」


"ルール違反"と春家は言った。

どんな能力(ルール)でも、人間を増やすことはできない。


「ルール違反?人間を増やす能力は存在しない?じゃあなんで妹は・・・」


僕の【増殖】は、人間を増やすことはできない。

なら、妹はなぜ二人に増えた?


「人間を増やす能力(ルール)は存在しない。たった一つの例外を除いては。」


春家が一華に近づく。

そして、一華の肩にそっと手を置いた。

その瞬間、閃光弾のような光に襲われ、目を伏せる。

目を開けると、春家の手元には大きな本が現れていた。


【ルールブック】


春家の能力だ。

一華に触れた瞬間、発動した。

春家の能力は、能力に触れることで発動する。

———つまり


「柳くんの妹が二人になったのは【増殖】のせいじゃない。」


ゆっくりと【ルールブック】が開いていく。

生徒指導室は密室で風など吹いていないにもかかわらず、本がパラパラとめくれている。


春家は一華に向かって言った。


「あなたの能力、【分裂】が原因よ。」





春家は本をしまうと、一華を生徒指導室の外に出すよう指示した。

僕と二人で話がしたいとのことだった。


「まずいことになったわね。」


パタンと音がして、大きな本が閉じる。

【増殖】を含め、人間を増やすことは能力(ルール)外である———

たった一つの能力(ルール)、【分裂】を除いては。


「もう一人は、家にいるって言ったわね。」


分裂した妹のことだ。

僕は小さくうなづく。


「今後二人を会わせないで。」


春家は人間が二人になることを"ルール違反"と言った。

倫理的な話なのだろうか。それとも、能力(ルール)の制限のような物なのか———?


「春家、どういうことだよ。なぜ二人を会わせたらいけないんだ?」


次々に疑問が湧き上がってくる。

春家は明らかに殺気立っていた。

空気がひりついている。

僕の【増殖】や、三橋先輩の【命中】とは何か違うのだろうか。

春家から感じる何かの感情———


「柳くん、ドッペルゲンガーって聞いたことない?」


腕を組んで、指で自分の肩を叩いている。

トン、トン、トン。一定のリズム。


「ああ、聞いたことはある。確か、自分に似たやつが出てくるってやつだろ?」


童話?都市伝説?

分類はわからないが、話は聞いたことがある。


「そう。そして、【分裂】はまさにドッペルゲンガー現象と同じ。」


確かに、言われてみればドッペルゲンガーと起きていることは同じだ。

自分の【増殖】のせいだと思い込んでいたので、気づかなかった。


「だけど・・・ドッペルゲンガーがどうしたんだよ。同じ人間が二人になるのはわかったけど、元に戻す方法はないのか?」


結局、原因が変わっただけだ。

僕の【増殖】ではなく、妹自身の【分裂】が原因だった。

だからなんだというのだろう。

結果は変わらない。

一華は二人に分裂した。

そして直面している問題も変わらない。


「一人に戻す方法はない。でも、この世の摂理、ルール・・・同じ人間が二人いる状況は許されない。」


「じゃあ、【分裂】した人間はどうなるんだ。」


矛盾している。

能力(ルール)が破綻しているとしか思えない。

【分裂】というルール自体がルール違反と言っているようなものだ。


「ドッペルゲンガーは、オリジナルを殺して、この世にオリジナルとして残り続ける。」


そんな疑問に対して、春家は簡潔に説明した。

分裂した妹が、元の妹を殺す・・・?

自分で自分を殺すのか・・・?


「でも、今までは無事だったし・・・」


一華は先週の金曜日に分裂して、週末三日間同じ屋根の下で暮らした。

殺すというのなら、いくらでもタイミングはあったはずだ。


「いずれにせよ、どちらかしか生き残れない。どっちがオリジナルかわかるまで、二人を会わせないで。」


嫌な予感がした。

逃れられない結末が、僕を背後から追ってくる。


「おい、オリジナルがどっちか分かったら、もう一人はどうするんだよ。」


二人同じ人間がいることは許されない。

頭ではわかっている。

けれど、体が、心が、魂が、拒否する。

現実を受け入れようとしない僕に、春家は冷静に告げた。


「殺すしかない。」













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