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26 七つの大罪と、







妹の彼氏の名前は、稲尾(いなお)くん、というらしい。

妹は、頭の漢字をとって、イネくん、と呼んでいるそうだ。


喫茶店に向かう青一華と稲尾君のカップルを尾行しながら、赤一華はそう僕に説明した。


喫茶店は、アンティーク感漂う木製の机が並ぶ、静かな店だった。

見上げると天井のファンも木製で、音を立てずにくるくると回っている。


青一華と稲尾くんは、テーブル席で勉強をしていた。


説明しやすいからか、青一華は稲尾君の横に座って、肩を寄せている。


「あああ。」


そんな仲の良いカップルを睨み付ける女が、喫茶店のカウンターに一人いた。


「ああ、近い!近い近い!」


というか、僕の隣にいる。


「近いって!あ!チュウする!?チュウする?ちょっと、近すぎない?」


僕の妹の一人、赤一華は息を切らして騒いでいる。


青一華のデートを尾行する僕らは、気づかれないよう、一番遠いカウンターを選択した。

しかし、あまりにも赤一華がチラチラ二人を見るので、バレないか肝を冷やしている。

目を移すと青一華が、稲尾君に身体を寄せて、何やらノートに書き込んでいる。


「うわあ、あざと・・・私、あんなに可愛いこぶってるんだ・・・なんかショック・・・」


あからさまにため息をつく赤一華を見て僕は思う。


こいつは尾行に向いていない。


この雰囲気のいい喫茶店で、僕らは明らかに浮いていた。

服装がラフすぎる。

特に赤一華の格好はゴミ捨てに出たようなTシャツ短パンにサンダルで、冷房のきいたお店でコーヒーを嗜むような格好ではない。

挙動不審な振る舞いもあって、今にも稲尾くんに指を指されそうだ。


——とその時、顔を上げた稲尾くんと目があった、気がした。


まずい、見つかる——


ととっさに、僕は赤一華の肩を抱いて前を向かせる。


少し強引になってしまい、抱き寄せる形になってしまった。


妹の頭が、僕の肩に乗る。

喫茶店のご主人と目が合って、すぐに目をそらされた。


殴られるか蹴られるか、を覚悟していた僕だったが、意外にも大人しく、しばらく僕に抱かれていた。


「勉強も運動もできなくなって——」


妹との物理的距離がゼロになって、ようやく聞こえる声で呟く。


「勉強も運動もできなくなった私になったら、イネくんは私のこと嫌いになるのかな。・・・ガッカリするのかな。」


落ち込んでいる、と気づいた。


「なんか嫌になってきた。」


そう妹が言った時、僕は、勉強が運動ができなくなったことが嫌になった、という意味かと思っていた。

しかし、それは勘違いだった。


「私、勉強は忘れたけど、イネくんに勉強を教えた記憶は残ってる。」


僕が掴んでいた肩を離すと、赤一華はゆっくりと立ち上がった。


「こんなの嫌だよ———」


赤一華が小さく息を吸い込む。



「——自分に嫉妬するなんて」



確かにそう言った。



「おい、どこ行くんだよ!」


僕の呼びかけには答えず、乱暴に扉を開けて喫茶店から出て行った。








喫茶店を飛び出した赤一華が向かった先は、図書館だった。



妹が出て行った後、急いでお会計を済まし、僕も後を追った。


店を出た時は、さすがに見失ってしまったかと思ったが、赤一華はまだ交差点の向かい側にいた。


足の早い元の一華だったら、とっくに見失っていただろう。


赤一華はなぜか陸上の能力も失われており、足が遅くなってしまったが、今回はそれが幸いした。



追いかけると、図書館に入っていくのを確認できたので、僕もついて行った。



「一華」


赤一華は図書館に入ってすぐの、巨大な絵画の前に立っていた。


「お兄ちゃん」


壁面に広がる1枚の絵画。絵は古く黄ばんでいて、所々に日々が入っている。

1枚の絵画は円の形をしていて、直径5メートル以上はある。

真ん中には一人の男が手をあげてこちらを見ている。


「ここに来るの、久しぶりだな。」


「昔はよくきてたよね。」


中心の男を囲うように、ドーナツ部分が七つで区分分けされている。

区分分けされた絵にはそれぞれ一単語が添えてある。

単語は読めないが、意味はわかる。

憤怒、傲慢、色欲、怠惰、暴食、強欲、嫉妬。


「お前が妙にこの絵が好きで、何時間も付き合わされてたな。」


「私も覚えてる。」


「懐かしいな。」


妹と僕、そして水鳥の三人でしばしば図書館に通っていた。

僕と水鳥が帰ろうと言っても、一華は絵を見ると言って聞かなかった。

結局大泣きする一華を引きずって家に帰ったこともあった。


「昔は意味もわからず眺めてた。ずっと見ていたくて。順番に、一つずつ見てた。一周してまた一周して、ループしてた。七つの絵。」


「七つの大罪か。」


中心の男は、キリストである。

キリストを中心に、七つの大罪を示した七種の絵が囲むようにして並んでいる。


「お兄ちゃんはどれが好き?」


一華がこちらを見た。

絵に視線を戻す。


「どれが好きって・・・全部罪だぞ。」


「そうなんだけどさ・・・絵として何が好きかって話。・・・私は昔から"嫉妬"の絵が好きだった。」


一華が指をさす。

嫉妬。


「どうして?」


「ほら、犬が骨を取り合ってるでしょ?そばの家には夫婦がいて、近くで人が鷹と話していたり、こっそり泥棒が盗みを働いていたり・・・これは荷物を運んでいるだけかな?このごちゃごちゃしてる感じが好きだったの。」


当然当時の一華もこの絵が"嫉妬"だとは知りもしないだろう。

純粋に、絵の構成か、印象が良いと感じたのだろう。


「確かに、ごちゃごちゃしてるな。嫉妬の絵と言われても、正直ピンとこないし。」


誰が誰に対して、嫉妬しているのか、パッと見だと判断できない。

人間同士かもしれないし、犬が人間に嫉妬しているかもしれない。


「うん。今見ると少し印象も変わるけど、やっぱりこの絵が一番いい。」


一華はそう言って七つの大罪の絵画を見つめている。


「それに、今の私にはぴったりだと思わない?」


——自分に嫉妬するなんて


「勉強もわからなくなって、足も遅くなって、もう一人の自分に嫉妬してる。」


「一華・・・」


なんと声をかければ良いのかわからない。

水鳥なら、なんと言うのだろうか。

図書館は静寂に包まれている。


「私さ、お兄ちゃんにずっと言えなかったことあるんだよね。進路の話。」


不意を突かれて、思わず「え」と声を漏らす。

進路の話は一度もしたことがなかった。

暗黙の了解なのか、お互い進路の話は避けてきた。


「絵を勉強するために進学したい。ずっと思ってた。子供の頃から。」


その告白は、全く僕は予想していないものだった。

聞いたことがなかった。絵が好きなことも、絵を勉強したいことも、絵を勉強するために進学したいことも。

それらを予感させる発言すら、聞いたことがなかった。

寝耳に水。のことわざがぴったりである。


「お兄ちゃんと一緒にこの絵を見ていたときからの夢。」


もともと妹には進学して欲しいと思っていた。

そのために、金が必要であることもわかっている。

だから、春家の異能探しに手をあげた。

一華の夢には驚いたが、準備は進めている。

僕はただ、応援するだけだ。


「できるよ。進学しよう。金の心配ならするな。実は、アテがあるんだ。」


ふうん。と一華が相槌をうつ。


「・・・期待しとく。」


イタズラっぽく一華が僕に笑いかけた。

その笑顔は期待と悲しみ、希望と絶望が入り混じった印象を受けた。

まるで目の前の巨大な七つの絵画が、ぐちゃぐちゃに混ぜられて顔にはりつけられたかのようだった。

僕の知る妹とは思えないほど、一華は感情豊かになっていた。


ところで———


と一華は呟く。


「お兄ちゃんの罪はなんだろ?」


妹は自分の罪は"嫉妬"がぴったりだと言った。

僕の罪は、何なのか。


「"怠惰"とかじゃないか?勉強も部活もしてないし。」


「怠惰じゃないでしょう。」


はっきりと一華は言い切る。


「お兄ちゃんの罪は—————」


自信満々に、一華は僕の抱える罪を挙げた。







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