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24 赤一華と青一華





話の続きは、家で聞くことになった。


僕はアルバイトの酒配達の仕事に一度戻り、二人の妹を帰らせた。


帰り際、僕は妹に、

「どちらか区別がつくようにしておいてくれ。」

と頼んでおいた。


今は制服とジャージで区別がつくが、今後はそうはいかない。

服を一枚脱いでしまえば、胸の下のホクロまで同じの二人の妹になる。

ここまでの会話で、見た目は完全に同じでも中身に多少の違いがあることはわかった。

どちらがどちらか、区別する意味はあるだろう。




家に帰ると、二人の妹はリビングで僕を待っていた。

二人とも既に入浴後のようで、制服とジャージは来ていなかった。

代わりに全く同じの灰色のスウェットを着ていた。

同じ服を着た二人の妹は、間違いなく同一人物だった。


「お兄ちゃん、遅い。」


「凛太郎、ぼうっと立ってないで、早く。」


間違いなく同一人物だ。

ただ一点、頭についた装飾品を除いては。


「お兄ちゃんが言った通り、見分けられるようにしたよ。」


一華の頭には、大きなリボンがついていた。

片方には赤のリボン、もう片方には青のリボンが付いている。

蝶々結びになって、控えめに頭の上に乗っかっていた。


「なるほど、リボンの色か。これはわかりやすいな。」


赤一華と青一華か。

これなら一目で区別できる。

せっかくなら髪まで染めて欲しいくらいだが、贅沢は言うまい。


「たまたま二色持っていたの。わかりやすいでしょ。」


赤一華が自慢げに言う。

赤一華は僕のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ方だ。

そして、先ほど宿題の内容が分からなくなったと告白した方である。


「言われた通りにしたよ、凛太郎。だから早く決めてよ。明日の準備とかもあるんだし。」


腕を組んでいるのは青一華である。


「決めるって、何をだ?」


「さっき言ったじゃん。どちらがデートに行くべきか。」


「そんなの、お前らで決めろよ。」


「決まらないから頼んでるのよ。お互い引かないからね。二人とも私だし。元は凛太郎のせいなんだから、責任とって決めてよ。」


妹二人のどちらが、彼氏とのデートに行くか。


それが直近の問題とのことらしい。

僕がバイトから帰ってくるまでの間、妹は議論を続けていたという。

しかしお互いの主張は平行線を辿った。


「ジャンケンすればいいだろ。」


議論で決まらないなら、運任せにすれば良いだろう。


しかし妹二人は、

「それじゃ納得いかない。」

と一蹴する。


「アミダくじ」


「ジャンケンと同じだし、バカお兄。」


話し合いもダメ、ジャンケンもダメなら、どうやって決めればいいんだ。

サジを投げたくなったが、ふと妙案が浮かぶ。

妹は今日の夕方ごろ、二人に増殖した。

赤いリボンの一華は勉強が分からなくなっていて、他にも得意分野が分かれている可能性がある。

そして、他の分野はまだ試していない。



「デートは何時からだ?」


「午後一時。」


「じゃあこうしよう。」


妹の調査もできて、勝負という形で妹を納得させられる。一石二鳥の妙案。

しかもうまくいけば、僕の【増殖】に関する追加情報になるかもしれない。

田中は、僕の【増殖】に関する追加情報でも報酬が出ると言っていた。

報酬ももらえて、一石三鳥だ。


「明日の午前中、百メートル走をして、勝った方が彼氏とのデートに行くというのはどうだ。」





七月二十一日土曜九時



僕と妹二人は、陸上競技場にきていた。

早朝の陸上競技場は、人気が少ない。

競技場特有の、ゴムが乾いたような匂いがする。


僕が提案した案は、すぐに採用された。


勝負で決めるというのが面白そうだから、というのと、今後陸上部に出る方も決められるから丁度いい。とのことだった。



僕はトラックの端っこで、妹のシャツを持って立っていた。

100m先に、妹が二人いて、体を捻ったり屈伸運動をしたりしている。

言い換えると、妹の100m先に僕がいる。

妹が100m競争をするので、妹の場所がスタート地点で、僕がゴールに立っているという構図だ。


妹は、二人とも体操服を着ている。

もちろん、頭には昨日と同じように赤いリボンと青いリボンをつけている。

リボンがなければ、同じ体操服を着ているので全く見分けがつかない。



僕が今持っている妹のシャツは、スタート地点から僕が出すゴーサインを見るための、旗代わりだ。

妹から旗代わりにと渡された時、僕がふと匂いを嗅ぐと、

「嗅ぐな、この変態!」と思いっきり殴られた。

パーじゃなくてグーで殴られた。

シャツの匂いはあんまりしなかった。柔軟剤が同じなのだから当然だ。

ヒリヒリ痛む後頭部をさすりながら、遠くの妹二人を見る。

蜃気楼で、ゆらゆらと影が揺れていた。


脇にじとりと汗がにじむのを感じる。今日は湿度が高い。


「お兄ちゃん!いつでもいいよー!」


妹が手をぶんぶんと振っている。

僕は普段は出さない大声を出すため、大きく息を吸った。


「位置について—」


「よーい」


「ドン!!!」



ドンと同時に、思い切りシャツを振り下ろす。

シャツがはためいて、鈍い音をあげる。


ほぼ同時にスタートした妹が、こちらに向かって全力疾走している。

妹が陸上をしている姿を、初めて見た。

綺麗な走り方だった。


我に返って、僕はポケットからスマホを取り出す。

ホームボタンを押して、カメラを起動する。

動画撮影モードに切り替え、録画を開始した。

それは決して、妹の美しい走り姿に感動して画角におさめようと思ったからではない。


スマホのレンズをトラックから垂直になるように向ける。

ゴール地点を横からとる形だ。

カメラを起動した理由は、ゴールの瞬間を録画するためである。



僕は陸上勝負を行うことが決まった後、ふと気になることがあった。

学力が偏ったからといっても、運動もそうとは限らないのではないか?

妹二人は、全く同じ身体で、ホクロの位置まで同じだ。

全く同じ構造の身体を持つ人間が、果たして運動能力で差がつくのだろうか?


詰まるところ、100m走においてはコンマ一秒の差もなく同着するのでないか———


それを妹に伝えると、「それは多分大丈夫。」と言った。


「仮に運動能力は同じだったとして、同じ私でもいつも同じタイムにはならない。だから、勝負としてはちゃんと成立するよ。ってあれ、そこまで考えて提案してくれたんじゃないの?」


こうして今、スマホでゴールの動画を撮影するに至る。

動画で撮影すれば、後でコマわりにしてどちらが早かったかわかる。

今ハヤリのVR判定というわけだ。


スマホの動画撮影を開始し、妹の様子を見た。

間も無く二人の妹が数ミリの勝負をしにゴールへ飛び込んでくる。



————はずだった。


青いリボンの妹が、ゴールを駆け抜ける。

湿った風が、追いかけるように僕の体にぶつかる。

スマホ画面の中を通り過ぎた影は、ひとつだった。


「え」


顔を上げると、フラフラと走る赤いリボンの妹がいた。

数秒遅れて、赤一華がゴールした。

ゴールすると、へたりとその場に座り込んだ。


「こ、こんな」


肩を大きく揺らして、息を切らしている。


「こんなに遠かったっけ、100m」


赤いリボンがほどけて、妹の顔を隠している。どんな表情をしているか、見えない。


赤いリボンをつけた妹。

昨日、勉強が分からなくなっていた、と言った方の妹は、陸上もできなくなっていた。


僕はもう一人の妹、青一華に目を移す。


息ひとつ乱れずに、座り込む妹を見下ろしている。


「おい、これ・・・」


僕がかろうじて言葉を出すと、


「私、帰る。」


と青いリボンの妹は言い、早歩きで競技場から出て行った。


「お、おい!」


僕が呼んでも、妹は無視して去っていった。


僕と、一人の妹が残された。


妹の息が整うまで、僕はしばらく待った。


少し経って、

「いつもと同じ感覚で走ったら、体がついていかなくて・・・肺が破けるかと思った。」

赤一華は座り込んだまま、そう説明する。


僕はスマホが録画中だったことに気づき、停止ボタンを押した。


「帰ろう。いちか。」


僕はなんとなく妹の名前を呼んだ。口触りが、ずいぶん懐かしく感じる。

昔はよく名前を呼んでいたし、一緒に遊んだりした。


「私、いちかじゃないのかも」


赤一華は呟く。


じんわりとにじんだ汗が、白い肌を伝っているのが見えた。


「私、勉強も陸上もできなくなっちゃった。」


妹が顔をあげる。

一華は笑っていた。

笑って、そして泣いていた。

一華は今、何を思っているのだろう。

一華は僕のたった一人の妹で、僕より勉強ができて、僕より運動ができる。

僕よりも優秀で、頼りになる妹。

両親が死んだ時も、僕の前では泣かなかった。


そんな一華が、僕の前で泣いている。


陸上勝負をやろうと、軽い気持ちで言ったことを激しく後悔する。


何をしているんだ、僕は。


原因のわからない焦りが、僕を襲う。


僕の背中は、高い湿度でぐっしょりと汗をかき、シャツを濡らしていた。








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