19 始まりのキノコ
*
雲一つない快晴である。
校門を抜けて、駐輪場を通り過ぎる。
校門には誰もいなかった。
駐輪場にも、下駄箱にも生徒はいない。
入り口以外が密閉された空間が、足音を反響させる。
当然だ。今日は日曜日である。
なぜ日曜日に学校に来ているのか?
説明は不要だろう。
今日も相変わらず田中先生の補修があるのだ。
またあのやる気なし教師の愚痴を聞くのかと思うと、気が滅入る。
乱暴に上履きを下駄に放り投げると、上履きがひっくり返る。
足で裏返して、上履きを履いた。
肩を落として歩き始めると、昇降口付近に誰かがいることに気づいた。
僕の知っている人物だった。
銀髪で腰まで伸びた美しい髪。
身長は僕より少し高い。
遠目でも見えるほどまつ毛が長くて大きな目。
眉尻がやや下がっていて、哀愁を漂わせているが、気品の良さも感じる。
制服は、夏服の白いブラウスに変わっていた。
「こんにちマツタケ、柳くん。」
どこか聞いたような台詞で、春家は僕を迎えた。
「お前、僕を昇降口で待ち伏せするのが趣味なのか?」
かつて、黒髪は三つ編みで眼鏡をかけていて、教室の端っこで本を読んでいた姿から一転、
誰もが指を指すような美少女キャラに転身した春家キノコは、口を尖らせる。
「つれないね。今日も柳くんが喜ぶプレゼント持ってきたのに。」
「ちょっと待て。キノコじゃないだろうな。」
三週間前の惨劇を思い出す。
春家の持っていたマツタケが、学校中を埋め尽くすほど大量に増殖した。
そういえば、あの日も今日みたいな快晴だった気がする。
「さすがに私も、もうキノコに埋もれるのはごめんだわ。」
春家は肩をすくめて、キノコを持ってきていないことを示す。
「本当に臭くて最悪だった。」と当時を思い返すように春家は語る。
「ならいいけど。で、なんか用か?」
「別に、用ってほどでもないけど。別用で学校に来てたから、柳くんに会ってみようと思っただけ。」
今日日曜なんだが。
こいつ部活か何かやってたっけ?
春家は同じクラスだが、平日、人前では話しかけてこない。
相も変わらず教室の隅っこで本を読んでいる。
銀髪の派手な見た目で、隅っこ暮らしをしている。
僕が首を傾げていると、春家は思い出したように付け加えた。
「そういえば、足はもう大丈夫なの。」
春家が心配しているのは、三橋先輩の銃に撃たれた足のことだろう。
正確に言うなら、"【命中】が発動したモデルガンに撃たれた"——だが。
「大丈夫、もう走れるくらい回復した。やっぱ、増殖のおかげかな。」
「・・・そうね。」
ものを単純に増やすだけの能力のはずだった【増殖】は、
細胞の増殖による超再生を可能としていた。
妹にこそザコ能力と馬鹿にされているが、実はちょっとだけすごいのだ。
「春家こそ、腕、撃たれてたよな。大丈夫なのか。血も出てたろ。」
三橋先輩の三発の弾丸は、僕の足を貫いたあと、春家を狙った。
バスケットボールを大量に増やして投げ、バランスを崩したことで完全な命中は避けたが、腕から血を流していた。
「かすり傷だったから。全然ヘイキ。」
春家はさりげなく腕を持ち上げた。
夏服から、白い腕が顔を出す。
腕に細い傷痕が残っていた。
いたたまれない気持ちになり、僕は宙に浮く言葉を探していた。
「そういえば、三橋美佳はどうなったの?」
春家は腕を後ろに組んで少し前屈みになった。
「ああ、三橋先輩は、まだ入院中らしい。」
「———そう。あ、そうだ。」
思い出したようにセカンドバッグを漁る春家。
銀髪のてっぺんにあるツムジをぼうっと眺めていると、
「はい、これ、プレゼント。」
カバンから取り出したのは薄い茶封筒だった。
「プレゼントって、冗談じゃなかったのか。」
「プレゼントというか、報酬。」
「報酬?」
「そ、三橋美佳の案件の報酬。」
なんだそれ、と首を傾げながら封筒の口を広げてみると、金が入っていた。
「金!?」
「だから報酬って言ってんじゃん。」
とっさに枚数を数える。
1,2,3・・・10万円!?
茶封筒の中には、10枚の一万円札が入っていた。
「もともと柳くんに手伝ってもらう予定はなかったから、なんの説明もしていなかったけれど、柳くんが思ったより三橋先輩の情報を引き出してくれたから・・・」
「情報?一体なんのこと?」
「私のルールブック、他人の能力を読みこんだり使役できたりするんだけど、能力が埋まるたび、国からお金がもらえるんだよね。」
「は?国から?」
「うん。国から。」
「・・・」
「・・・」
言葉を失う。
ルールブックが能力をコピーする能力であることは知っていた。
春家が持っていた大きな本らしきものに、読めない文字が記載されていることも。
しかし、本に文字が埋まるたび、国からお金?
国と、僕たちが持つ能力に何の関係があるんだ?
「今回三橋美佳の能力の記録に貢献したとして、一部が柳くんにも支給されることになったの。」
「一部って・・・この10万のこと?」
一部で10万って、太っ腹すぎないか!?
いや待て、僕は一度頭を撃たれて死にかけている。
このくらいの報酬はあってもいいのかもしれない・・・
「体を張ってくれた柳くんは一割、情報を持っていた水鳥さんは三割、私は六割。」
「ちょっと待て、お前60万ももらってんのか。僕なんて死にかけたのに。」
てか水鳥ももらっているのか。水鳥は30万だ。
「うわ、急に色気出すなんて最低。一割もらっただけでも感謝しなさいよ。」
「うぐ・・・。確かにそれはそうだけど・・・」
「それに私はあくまで"生徒手取り"よ。私の手元に来る前にたくさん引かれてる。税金みたいにね。」
僕はバイトをしているので、働くと給料から税金が引かれることくらいは知っている。
毎月、これが案外引かれるのだ。
「生徒手取りって・・・」
それにしても、生徒手取りとかなんとか言っているが、生徒に給料が渡る時点で百万円もらっていることになる。
そんなの、高校生からすれば破格も破格。
チートレベルのアルバイトではないか。
「まあ実際、柳くんが三橋美佳にあんなに深く関って、撃たれるなんて思いもしなかった。正直、そこは謝る。ごめんなさい。」
「いや、まあ生きてるし。」
「今更言うのもあれだけど・・・これからは前と同じように関わらないようにするから。柳くんも私のこと無視して・・・いいよ。」
「いや、あの、それより」
「その十万は謝罪金としてどうか納めて欲しい。少ないかもしれないけど。」
「春家」
「じゃあ、私はこれで。どうか、平穏な日常を取り戻してください。」
「ちょっと待ったああああ!!!」
埃っぽい昇降口から、春家が一方的に立ち去ろうとするのを、今日一番の大声で引き止める。
「どうしたの、柳くん」
「何を華麗に立ち去ろうとしてるんだ、春家。」
背筋を伸ばし、歯を見せ、親指を立てる。
快晴の日曜日に学校に来る僕が、これまで決して見せたことがないであろう笑顔で答える。
「そのお仕事、僕にも手伝わせてくれ。」
*
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