18 お金を増やせるうまい話などない
*
「一万円札を増やそう。」
僕の能力を見た妹が、次に言った言葉だった。
さすがは学年成績一位を維持しているだけはある。頭の回転が早い。
同じ腹から生まれたとは思えない出来の違いである。
僕なんか、春家に言われてから気づいたくらいなのに。
———ものが増やせるなら、お金を増やしてしまえばいい。
その提案はもはや結論に近いだろう。
「一華よ。お金を増やしたいのは山々なんだが、お金を増やすのはダメなんだ。」
春家にお金の増殖について釘を刺されたことを思い出す。
「え?なんで?」
当然一華は理由を尋ねる。
「お金を増やすのはルール外らしい。【増殖】はルールから外れた力だけど、それもルールの中で使わないといけないんだ。」
自分でも言っていて意味不明だが、とりあえず春家が言っていたことをうろ覚えで説明してみる。
「なにそれ、凛太郎言ってて意味わかってないでしょ。」
ぎくり。
一瞬で見破られてしまった。
「なぜわかった。」
「凛太郎はそんなお利口じゃないから。」
このクソガキ・・・
一丁前に言葉選んでんじゃねえぞ・・・
要するに「バカ」って言いたいんだろ。
遠回しな言い方が逆に僕を傷つける。
「と・・・とにかく、ルールから外れると命を狙われる可能性もあるらしい。」
「ふうん。」
一華は増えたタワシを見つめる。
「ルールから外れると、って言うけど、それってもしかして、「常識の範囲内」って意味じゃない?」
常識の範囲内?と僕は聞き返す。
「だって、こんな家で何かを多少増やそうが誰も気づかないし、誰にも迷惑をかけない。大ごとになって、誰かに迷惑をかけたとき、「ルール違反」になるんじゃない?」
妹の解釈はまるで子供の屁理屈のように聞こえたが、あながち間違っているとも思えなかった。
真っ先に思い描いたのは、信号機だ。
当然、交通量の多い交差点で赤信号を渡ればルール違反だ。
しかし、車が通っていない場所で、しかも他に誰も歩行者はなく、自分しかいない横断歩道で、
「赤信号を渡るのはルール違反だ」と自分自身に指摘することがあるのだろうか。
それは信号機の意図を理解していない、「ルールを守るための行動」ではないのか。
【増殖】を持った僕がしてはいけないこと。
それは、"ルール外の力"が、"今のルールのバランスを崩すこと"ではないのか?
「"ルールの中で扱え"ってそういうことか?」
「そうだよ凛太郎。他人に怪しまれない範囲であれば、別に増やしても大丈夫でしょ!」
財布を取り出し、中から一万円札を取り出した。
都合のいい解釈で、僕たち兄妹はついに金を増やすことを決意した。
「確かに僕たち、普通より相当貧乏だよな。ちょっとくらい、増やしてもバチは当たらないだろ。」
妹にあっさり論破された僕は、掌を返したように一万円を取り出す。
テーブルに一万円札が置かれる。
「そうそう、やっと私たちにも運が向いてきたってことだよ。何枚増やすの?」
手をかざして、集中する。
「とりあえず百枚。その後様子見て千枚にしようかな。そうすれば——」
そうすれば、もしかしたら妹は大学に進学できるかもしれない。
妹はとても頭がいい。成績だけでいえば、有名大学に難なく合格できるだろう。
しかし、進学に必要なのは学力だけではない。
金銭問題である。
実は僕たち兄妹に、両親はいない。
数年前、二人とも病死した。
残されたのは少しの保険金とローンが残ったこの家のみ。
生活の面倒は親戚の叔母がちょこちょこ見にきてくれているが、
金銭面に関してはやはり厳しい。
貯金はほとんどローンの返済に使ってしまい、ほとんど残っていない。
残された学生二人は生きていことに精一杯だ。
二人ともアルバイトをして、生計を立てている。
こんな状況で、進学など夢のまた夢。
とうの昔に諦めて忘れてしまっていた。
【増殖】は、不運な僕たち兄妹に与えられた、幸運なプレゼントなのかもしれない。
「よし、やるぞ」
今までは【増殖】や他の能力に振り回されて自分たちの生活について考える暇がなかった。
だが、せっかく発現した能力だ。これは僕の力だ。
僕のために———いや、一華の進学のために使うのは当たり前だ。
妹は優秀だ。
いい大学に行ける才能がありながら、このままでは地元で就職なんてもったいない。
僕は妹のためにこの力を使う。
この力———【増殖】を!
手をかざした一万円札がふわりと浮いた。
鼓動が高まる。
手の先が熱くなる。
マツタケを増やした時や、バスケットボールを増やした時と同じ感覚。
増える。
一万円札が増える。
なんの労力も支払うことなく。一瞬で。
一気に増やさなくていい。
少しずつ増やして貯金しよう。
妹にはバイトを辞めてもらって勉強させよう。
貯金をして、ゆっくり妹の大学資金をためればいい。
そんな計画が頭を過ぎる。
しかし、力が発動してしばらくしても、一万円札は増えなかった。
「———あれ。」
もう一度力を込めてみる。
ドクンと心臓が跳ねて、腕に血が流れていく。
「———増えない。」
【増殖】しない!
一万円札は、一枚のままだった。
「はあー。」
一華のため息が聞こえた。
「やっぱ、そんな都合のいいわけないか。」
一万円札を見つめる。
力を込めるが、やはり一万円札は増えなかった。
「私、バイト行ってくる。」
唖然とする僕を置いて、妹は家から出ていったのだった。
それから一華は、僕の【増殖】を見るたび、「使えない能力」と揶揄するのであった。
*
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