15 【霊】
*
「コルト四十五口径M1917リボルバー。」
ぼそりと三橋先輩がつぶやいた。
切羽詰まった表情から一転、虚な目をした彼女が現れる。
「弟が好きだったの。モデルガン。これは弟の遺品。」
銃口はこちらを向いたままだ。
「銃が好きでね。私にバスケを教えてくれた時も、銃で例えて教えてくれた。結局、私は全然シュートがうまくならなかったけれど。」
僕も教わった。
ボールは銃弾、腕は銃身、そして足は弾倉。
「あなた———」
僕の方にゆっくりと目線が写る。
「三橋先輩。」
「ごめんなさい、さっき体育館で会った人だよね。いきなり撃ってしまって・・・ごめんなさい。」
銃を下ろす素振りは全くない。
「さっきは少し混乱していて・・・でも次は失敗しない。」
失敗。
昼休み、体育館で、彼女は失敗した。
・・・彼女は自殺に失敗した。
「弾はちょうど三発。」
三橋先輩は、自殺しようとしている。
何かのルールに従って。
「柳くん!!!」
体育館の入り口から僕を呼ぶ女の子の声が聞こえた。
振り向くと、銀髪の女の子——春家キノコが走ってきていた。
「【命中】のルールが分かった!!」
春家は叫ぶ。
「・・・これでちょうど三人。能力を知る人が揃った。」
笑っていた———
とは少し違う。
どちらかといえば苦痛に歪んだ顔。
三橋先輩の表情は、そんな複雑な形をしていた。
「【命中】のルールは—————!!!」
春家が走りながら叫んでいる。
三橋美佳。
三つ下の弟。
スリーポイントシュート。
引き金と三発の銃弾。
三人の能力者。
三週間前に自殺しようとした三橋先輩。
「柳くん!」と声が聞こえた時、
既に発砲音はなっていた。
パン
乾いた音が、誰もいない体育館に反響する。
銃口から飛び出したスポンジ弾が僕の太ももに命中する。
「いっ」
同時に鋭い痛みが太ももに走った。
「っってええええええええええええええええええええええええええええっええええ!!!!!!」
足に命中したのはスポンジ弾だ。
まるで巨大なハンマーで殴られたような痛みだった。
骨が砕かれたように痛い。
地面への抵抗力がなくなって、足から崩れ落ちる。
勢いよく倒れたせいで、強く肩を打った。
体育館の床に頬が触れる。
「柳くん!」
春家が駆け寄る。
まずい———。
もしあのモデルガンの弾が三発だけだとしたら、
僕が撃たれた後は、春家が撃たれる。
そして最後は・・・
自分に弾丸を撃ち込む気だ。
弟は、三橋先輩が自殺するのを防いでいた。
人格を奪い取ることで、自殺を防いでいた。
だが、弟の死から"三週間"たち、防ぎきれなくなったのか。
床にへばりつきながら、三橋先輩の銃を睨みつけた。
銃口が、春家の方に向いている。
僕はそばに落ちていたバスケットボールに手を伸ばす。
なんとかボールを掴み、三橋先輩のいる非常口に向かって投げつけた。
「・・・増えろ!!!」
【増殖】
投げたボールが、むくむくと増殖して、十数個になった。
雪崩のように三橋先輩の足元に殺到する。
三橋先輩は足を取られてバランスを崩した。
同時に銃弾が発射される。
「きゃあ!!」
春家が悲鳴をあげて倒れた。
撃たれた。
春家が撃たれてしまった。
制服が赤く染まっている。
「・・・春家・・!大丈夫か・・・」
春家は腕をおさえていた。
「腕にかすっただけ・・・大丈夫。」
はあ、と安堵のため息をつく。
よかった。
残る一発の弾丸は———
「三橋先輩・・・自殺する気ですか。」
三橋先輩が自殺するための一発だ。
「・・・人間のゴミだと、クラスのグループラインで言われたことがある?」
三橋先輩は言う。
びしょ濡れの猫が軒下から出てきたみたいな目つきをしている。
「朝学校にきたら、無くしたはずの下着が黒板にはられていたことがある?」
いじめ。高校一年生から始まった、嫉妬による復讐。
「SNSで、大きな胸のことを「あの女はシリコン入りだ」と、つぶやかれたことはある?」
銃口が、震える。
「直接は何も言わないのに、いつも後ろからクスクス笑い声が聞こえる苦しみがわかる?」
止まらない。止まらない。
三橋先輩の声がかすれていく。もはや叫び声に近い。
いや、これは心の叫びだ。
心からの、三橋先輩の叫びだ。
「私の弟・・・光希は、とても優しい弟だった・・・」
弟の名前を聞いていなかった。
さっきまで話していた彼は、三橋光希という名前だった。
「私にバスケを教えてくれた。いつまでも上達しない私のために、夜遅くまで練習に付き合ってくれた。」
だらりと腕の力が抜けた。
「私がいじめられてると知ったら、自分のことのように怒ってくれた。光希だけは私を信じてくれた。」
ゆっくりと銃が三橋先輩の頭に向かっていく。
右手の銃口が、三橋先輩のこめかみに添えられた。
———世の中には、たくさんの規則がある。
人のものを盗んではいけない。赤信号を渡ってはいけない。人を殺してはいけない。当たり前のルール。守る守らない以前の、当然の決まり。
「三橋先輩の弟は自殺なんて望んでいない!!」
では、自分を殺すことは許されるのだろうか。自殺は罪になるのだろうか。罰せられるのだろうか。
「自殺するなと、弟は言っていた!!!」
地べたに這いつくばりながら叫ぶ。
同じ体の中で、三橋先輩と弟がどのくらい意思疎通できていたのかはわからない。
だから、今は伝える。
弟から託された。
ミカ姉を助けてくれと!
「光希は死んだ!!」
銃はこめかみに添えられたままだ。
・・・撃つな。待て。
「私を庇って死んだ!死んだ!死んだ!死んだ死んだ死んだ!散々死ねと言われた私じゃなく、未来有望な弟が死んだ!弟の未来は明るかった!バスケで推薦も決まっていた!それを私が無にした!無駄にした!壊した!私のせいで!光希は死んだ!!」
決壊したダムみたいに感情が漏れる。
「死ぬな!弟ができなかった分、生きてバスケをやれよ!」
時間を稼げ!考えろ!
「うるさい!お前に何がわかる!?今日会ったばかりのお前に!!」
考えろ考えろ考えろ!!
もう手元にボールはない!
動け!足!動け動け!
動いてくれ!
三橋先輩が自分を撃ってしまう!
「わからない!でも自殺なんて間違ってる!」
———【命中】のルール。
弾丸はちょうど三発。
そうか、もしかして!!!
「ごめん、光希。姉ちゃん、最後はスリー決めるよ————」
間に合え———!!!
パン!!
銃は、三橋先輩のこめかみに放たれた。
しかし、弾丸は三橋先輩の頭を貫くことはなく、
力なく地面に落ちた。
静寂。
弾丸は、スポンジ弾に変わっていた。
・・・上手くいった。
「どうして。」
再び、引き金を引く。
スポンジ弾が再び飛び出す。
「どうしてどうしてどうしてどうして!!!」
三橋先輩は何度も、何度も何度も引き金を引く。
その度に乾いた発射音がなり、スポンジ弾が落ちていった。
僕は、モデルガンの弾倉にある弾を増殖させていた。
モデルガンが放つスポンジ弾の威力が銃弾になるのは、
残弾が三発の時のみだと思ったからだ。
弾倉の球を増やした。三橋先輩が撃っても増やし、常に6発装填されている状態にした。
賭けだった。
だが、上手くいった。
ギリギリだった。
間一髪で、三橋先輩の自殺を止めた。
「どうして・・・・」
三橋先輩が崩れ落ちる。
「さっきまで、光希くんと話していました。」
僕は撃たれた方の足をかばいながら、一歩三橋先輩に近づく。
「———は?」
体育館から飛び出したボールが、駐車場を転がっている。
「光希くんは、この三週間、三橋先輩の体に意識だけ入っていたんです。気づいていませんか?」
撃たれた足は死ぬほど痛む。
「そんなの、知らない。そんなの嘘に決まってる。」
首を振る。短い髪が左右に揺れる。
「嘘じゃありません。最近記憶が曖昧ではないですか?光希くんが代わりに三橋先輩の体で生活してたんですよ。」
「無理よ。通らない。そんなの、信じられない。」
両手を地面につけて吐き捨てる。
「本当です。スリーポイントの撃ち方も教えてもらいました。ボールは弾丸、腕は銃身、足は弾倉ですよね。」
三橋先輩の弟、三橋光希が教えてくれた、シュート方法。
「それ・・・光希の教えてくれた・・・」
うなだれていた三橋先輩が顔をあげる。
大きなクマができた目元で、僕を見上げる。
「三橋美佳さん」
呼んだのは春家だった。
春家が腕をおさえながら立ち上がる。
「今から私が、弟さんの能力を使って、弟さんの意識を私に移します。」
そうか。
僕は思い出す。
春家の【ルールブック】だ。
彼女は、能力を再現することができる。
右手サイズという制限はあるが。
さっきは、缶を拳銃の形に変えていた。
「春家、何か持ってるのか。」
何かに弟の意識を取りつかせて、会話が可能なのだろうか。
「いや、私に取り憑かせる。三橋光希の能力は【霊】。彼の能力を使うから、私は触媒になるだけ。右手サイズの制限はないわ。」
ゴーストか。
三橋先輩の体に、意識だけ乗り移った力の正体。
もしかすると、三橋先輩を死なせないために死ぬ直前に発現したのかもしれない。
春家の腕から血がしたたり落ちている。
かなり痛むだろう。
「少ししか話せないので、ちゃんと話してください。」
春家がそう言って目を閉じた。
十秒くらい、そのままじっとしていた。
失敗したのか、と思った瞬間だった。
「ミカ姉。」
春家がつぶやいた。
姿と声は春家だ。
しかし、雰囲気が違う。
腰に手を当てて、片足に重心を乗せている。
そして、三橋先輩を呼んだ。「ミカ姉」と。
今、春家の意識は、おそらく三橋光希になっている。
「嘘。」
そのことに、三橋先輩も気づいていた。
深い黒色の瞳に、光が灯る。
「ミカ姉、久しぶり。俺だよ。体の中でずっと呼びかけてたんだけど、話せなかった。ごめん。」
予想外の出来事に、三橋先輩の呼吸が速くなっている。
「本当に光希なの・・・?」
両手を口に手を当てる。
大きな目が湿っていく。
「うん。光希。ミカ姉、俺のために、ごめんな。」
弟が目の前にいると確信したのだろう。
大きな涙の粒が一滴、頬を伝う。
「光希、違うの、私・・・」
「時間がないみたいだから、先に伝えるよ。俺は死んだけど、ミカ姉は死ぬな。」
「光希・・・私のせいで」
「ミカ姉のせいじゃない!」
三橋光希が力強く否定する。
「違う、私のせい。あの日も、本当は死ぬつもりなんてなかった!自殺するフリをして、気を紛らわせようとしただけなの!!!」
三橋先輩は本当は死ぬつもりではなかった。
「知ってる。」
だとしたら、なんて不幸な事故なんだ。
「どんないじめよりも、光希が死んだことの方が辛かった!」
三橋先輩が自殺を決めた理由は、いじめではなかった。
自分のせいで弟が死んだことへの自責。
三橋先輩は、死ぬために【命中】を発現させた。
確実に、自分の命を消すために。
弟が大好きだったモデルガンで自分を殺すために。
まるで、弟の手で自分を殺してもらうみたいに。
「死ぬとき、恐怖と一緒に、心配になったんだ。ミカ姐、俺がバカやったせいで、自分を責めるだろうなって。死ぬほど後悔するだろうなって。ミカ姐、優しいから。自分のことを許せないかもしれないと思った。そしたら意識だけ残ることができた。ミカ姉が死ぬのを、止めることができた。」
だから、俺はラッキーだ。
三橋光希は言う。
十代で事故で死んだ人間が、人生を振り返ってラッキーと評価する。
三橋光希という人間は、本当に強い。
「私が最初から光希の言うことを聞いて、バスケ部をやめるべきだった。」
そんな現実、普通なら受け入れられるはずがない。
「でも、光希に見せたかった・・・私がバスケ上手くなって、大会で活躍してるところを見せたかった。みつきが教えてくれた方法で、スリーポイントをカッコよく決めたかった・・・!」
子供が駄々をこねるみたいに、三橋先輩が叫ぶ。
「そんなの・・・」
「そんな夢、さっさと諦めるべきだった!ごめん、光希・・ごめん、ごめん、ごめん、ごめんごめん・・・!」
後悔の言葉が、懺悔になって三橋先輩の声になる。
「ミカ姉。俺にはもう、十分伝わってる。」
一歩、三橋光希は進む。
血痕が三橋光希の後ろをついていく。
「光希・・・」
「毎日一緒に練習してたじゃん。ミカ姉が上手くなってるの、誰よりも知ってるんだよ。」
一滴、一滴、水がしたたり落ちるように、
確実に光希の言葉がこぼれていく。
「でも私、試合も出れないくらい下手で・・・」
一滴ずつ、三橋先輩の心を満たしていく。
「でも俺は知ってる。」
光希が三橋先輩のところにたどり着いた。
姿は春家だが、だれがどう見てももう、光希だ。
扉の前に座りこむ三橋先輩を優しく見つめている。
「俺に見せたかったんだろ?俺、ずっと見てたから。ミカ姉のバスケ。だからもういい。もう、バスケにこだわらなくていい。」
光希は三橋先輩を抱きしめた。
「だから、生きろ。」
一人残された姉を抱きしめた。
「生きている姿を、俺に見せろ。」
じゃあな。ミカ姉。
体育館に差し込む光が、二人を温かく包んでいた。
直後、三橋光希の魂は、淡い光と共に消えてなくなった。
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