11 ラブストーリーは突然に
*
家に帰る頃には、21時をまわっていた。
「あら、遅かったね、おかえり。」
義母がキッチンで皿洗いをしている。
「ただいま。」
「一華もまだ帰ってないのよ、凛太郎くん、知らない?」
僕が妹の居場所を知るわけがない。
「知らないです。」
そっけなく返す。
——弟は死んだの。
昔に比べれば、妹と話す機会は圧倒的に少なくなった。
高校生の妹が何をしているのか、僕は何も知らない。
妹は同じ高校に通っているのに、何も知らない。
三橋先輩の弟は、どこの高校に入学しただろうか。
高校に入学したら、何をしていたのだろうか。
——弟は三週間前、自殺した。
三橋先輩の弟はなぜ自殺したのだろうか。
辛いことがあったのだろうか。
死にたくなるほどの、苦しいことがあったのだろうか。
誰にも、あの三橋先輩にさえも相談できなかったのだろうか。
辛さを紛らわす、趣味などはなかったのだろうか。
逃げ道はなかったのだろうか。
冷蔵庫を開けた。
中に、一つだけプリンが入っていた。
目を閉じて集中する。
増えるイメージ。
一つの物体が、分裂して、二つの物体になる。
でも、気持ちは抑えろ。
冷静に、増殖するイメージを浮かべろ。
集中しろ。
一つが二つ。
————【増殖】しろ。
目を開けると、プリンが二つになっていた。
「・・・成功した。」
僕はため息をついて、プリンを一つ手に取る。
「あら、そのプリン、最後の一個じゃなかった?一華に怒られるわよ。」
義母が言う。
僕は、「大丈夫」と言った。
「一華の分は、さっき買ってきたんだ。」
自分で【増殖】したプリンが冷蔵庫にあるのを確認した。
———これでも私、年下の面倒をみるのは得意なの。
影響されてるな、と思う。
でも今日は、妹のことを考えずにはいられなかったから。
———三橋美佳、彼女は'危険物'を持ち込んでいる。
「三橋先輩が、か。」
ミカンさん、と後輩から慕われている彼女が、'危険物'なんて・・・
三橋先輩ともう少し話して、なさそうだったら諦めよう。
水鳥には悪いが、僕にはどうしても三橋先輩がそんなものを持っているようには見えなかった。
明日、もう一度三橋先輩と会う。
それでこの話はおしまいだ。
*
*
翌日の昼休み、僕は二号棟に尋ねていた。
二号棟は職員室が一階にあり、二階に三年生の教室がある。
普段は滅多に来ない場所だ。
慣れない場所で、少し緊張する。
教室に入るのは、何だかダメな気がして、扉のところに立つ。
「すみません、」
思い切って声をかけてみる。
ご飯を食べていた近くの女子三名が、反応する。
「あの、三橋先輩はいませんか。バスケ部の。」
「私らバスケ部だけど。」
ちょうどよかった。
「バスケ部部長の三橋美佳さんです。ミカンさん、って言えばわかると思うんですけど。」
僕がそう言うと、三年生の女子三人は突然、プッと吹き出した。
「聞いた?ミカンさんだって!」
「あはは、懐かしー!まだ言ってるやついたんだ?」
「てか君、それ言わされてない?無理しなくていいんだよ?」
え?どういうことだ?
「あいつ、コートも取れないくせに男の後輩にミカンさんって呼ばせてる暇あんのかよ!」
「わかる、もういい加減、コートとって欲しいよね〜。大会負けたらあいつのせいだわ。」
「部長としての責任感がないよね。後輩の男たぶらかして。死んでくんないかな。」
ふと、三橋先輩を待っていた時のことを思い出した。
女子バスケ部は、ずっと外で練習していた。
「君さ、今から三橋に言ってきてくんない?「ミカンさん!コートをとってください!」ってさ。」
ギャハハ、と下品な笑い声が響いた。
状況が全て理解できたわけではない。
しかし、自分の感情はとてもよく理解できた。
心の底から腹が立つ。
本来ならこいつらを一人ずつぶん殴っていきたいところだが、自制した。
三年生の教室を後にして、走った。
「どこにいるんだ、三橋先輩。」
二号棟を端から端まで走ったが、姿が見当たらない。
声をかけたかった。
三橋先輩と話がしたかった。
一緒にバスケをしたいと思った。
僕はとても下手くそで、三橋先輩の邪魔をするだけになるかもしれないけれど。
とにかく今、三橋先輩に会いたいと思った。
部室棟を探し終わった後、体育館に向かった。
体育館の扉は空いていた。
入り口の扉に近づいたが、誰かが中にいる気配はなかった。
体育館はがらんどうで、誰もいなかった。
諦めて帰ろうとした時、ふとある扉が目に入った。
体育館の奥にある扉。
体育倉庫の扉が、空いていた。
——誰かが閉め忘れたのだろうか。
何となく、体育館に入り、体育倉庫に近づく。
すると、誰かの足音が聞こえてきた。
誰かがいるようだ。
がらんどうの体育館を横断し、体育倉庫に到着する。
「あ」
中を見ると、三橋先輩が立っていた。
「三橋先輩」
声をかけると、三橋先輩がこちらを向いた。
「あ」
と三橋先輩も小さく声をあげた。
何してるんですか。
と言おうとした時、あることに気づく。
体育倉庫の中には、三橋先輩ともう一人いた。
倉庫の床が、赤く染まっている。
それは大きな血溜まりだった。
「お前」
血溜まりの上に、知らない男が倒れている。
腹から血を流して倒れている。
「おえっ」
むせ返るような異臭がした。
鉄とほこりの臭い。
吐き気がする。
「誰だお前。」
三橋先輩が言う。
誰だ、と三橋先輩は確かに言った。
僕は、確かに、昨日三橋先輩とバスケをした。
たった一日、たった数時間だったけど、僕は楽しかった。
だけど、三橋先輩は僕のことを覚えていなかった。
湧き上がる吐き気に襲われる。
三橋先輩の手元が見えた。
———拳銃。
三橋先輩がなぜ、そんなものを。
———'危険物'ってまさか
「ああお前もしかして昨日の。」
お前・・・。
三橋先輩は昨日、僕のことを「凛太郎」と呼んでいた。
それに、何だか様子がおかしい。
まるで、別人みたいだ。
「あなたは・・・誰ですか。」
ハッ・・と小さく笑う。
八重歯がちらりと見える。
「私は三橋美佳だぜ、知ってるだろ?」
知らない。
違う。
この人は三橋先輩ではない。
見た目は三橋先輩だ。
でも違う。
では、この人は誰だ。
「悪いが、弟の死を知っている人間は殺さないとけないんだ。」
殺す?
三橋先輩の姿をした、この人が、僕を殺す?
ゆっくりと三橋先輩が腕を持ち上げる。
黒い銃口と、目が合った。
「三橋せんぱ———」
パン
乾いた音。
それが一発の銃声だということに、僕は視界が回ってから気付いた。
意識がなくなっていく。
どこかを撃たれた。
多分————頭だ。
体育館の天井が遠くに見える。
間も無く、僕の意識は暗転した。
【お願い】
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