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春家キノコのルールブック 〜高校生に発現する異能!異能!異能!〜    作者: Sun
第一章 春家キノコのルールブック
1/40

01 【増殖】




世の中は、ルールでできている。


法律、文化、風習、しきたり・・・


名前は違えど、必ずその場所その場所で定められている決まり事がある。


法律のような大きな括りの中にも、さらに部活やサークルのような小さなコミュニティの中にもルールがある。


毎月月謝を納めたり、金曜日の夕方はミーティングに出席しなければならなかったり。



そうやって僕たちは、いつもルールの中で暮らしている。


でもそういったルールって、いつ、誰か決めたのだろう?


何のために、何を目的として作られたルールなのか、考えたことはあるだろうか?


何となくみんながそうしているから、

先輩がそう言っているから、

そういう決まりだと聞いたから、


大半の人がそうだ。



だからこそ僕たちは、ルールの意図がわからず、たまにルールを破ってしまうことがある。


ワザとではなく、自然に。


人間は生まれてきて、一人一人環境が違うのだから、当然だ。


意図せずルールを破ってしまうこともあるだろう。


学校や職場だけの小さなルールを破って、怒られた経験がある方も多いはずだ。



でもそれは、誰もが、一人一人自分のルールを持っているからだ。


法律でも、文化でも、風習でも、しきたりでもない、自分だけのルール。


自分が自分であるための、大切なルール。






これは、特別なルールを持った、平凡な高校生たちの物語だ。







その能力は、突然発現した。






************************************

————————————春家キノコのルールブック————————————

挿絵(By みてみん)

春家キノコ(春家桜)





-土曜、昼

風来高校・昇降口



退屈な補修が終わって、下駄箱に着く。


誰もいないことを確認してから、深くため息をつく。


「はああ、疲れた。」


今日は田中のやつ、機嫌悪かったな・・・

田中とは、僕の担任で、数学の教師である。


『おい、柳?聞いてんのか?お前、このままだと進級できないぞ?』


『はい、聞いてます。』


僕は、先日行われた中間テストで、見事学年最下位を記録した。

平均点の半分の点数が、赤点として設定される。

そして、赤点を下回った生徒は、日曜日に補修が行われる。


『聞いてるんだったら、この問題、解いてみろ。ほら、まずなんの公式を使えばいい?』


『すみません、わかりません』


僕の数学の点数は、赤点のさらに半分だった。


『聞いてねえじゃねえか!はっ倒すぞ!』


・・・教員がはっ倒すとか言っていいんですか。

この男は、表向きには物静かな教員を演じているが、僕の補修の時にはいつもこうである。

何も知らないクラスの女子たちからは、「人見知りで可愛い」等と見当外れの評価を受けている。


田中先生、聞いてますよ。

でもわからないんです。


いきなり数字の羅列を見せられて、どの公式を使ったら解けるかなんて、

どうやったらわかるんですかね。


みんな平気な顔して解いてるけど、

僕にとっては、なんで解けるのかさっぱりわからない。


数字だけならまだしも、英数字まで入ってる。

まるで呪文だ。


『はあ、もういいよ。正直、今更お前の数学の成績をどうこうしようと思ってない。』


突然のカミングアウトに、僕はひっくり返りそうになる。

いや、なんてこと言ってるんですか。どうこうしてくださいよ。


『俺がイラついてんのは、この学校にだよ。休日出勤なんてクソだ。お前、先生にだけはならない方がいいぞ。』


全く理解が進まない僕に嫌気がさしたのか、田中がつぶやく。

目の下のクマが深い。


こいつ、本当に教員か・・・?

生徒にとんでもない愚痴こぼしてるぞ。


田中がため息をつく。

窓を開けて、タバコを吸い始めた。


おい。生徒の前で、しかも教室でタバコを吸うな。

伝えたい。

クラスのみんなに本当のこいつの姿を教えてあげたい。


『教室でタバコ吸ってること、ばらしますよ。』


『お前には無理だ、柳。それにな、日本ってのは、上司が部下に愚痴をこぼすような構造になってる。今のうちに慣れとけ。』


数学ができないなら、社会の授業だ。と田中は言う。


『教員と上司を一緒にしないでください。根本的な構造が違いますよ。愚痴ってのは、一緒に仕事をしている人に話すものですよね。教員と生徒は、どちらかというと店員と客じゃないですか。』


ははは、と田中は笑う。


『生徒は客ときたか。面白いな。柳、お前のその発想と、屁理屈はずば抜けて学年一位なんだけどな。』


そんな嫌味を言われた。


『俺は柳のそういうところ、評価してるんだがな。』


と、意味不明なフォローも受けた。



結局、補修は午前中で終わりになった。





「はああああ・・・」


深くため息をつく。

雲ひとつない。快晴だ。そんな天気にも腹が立つ。


「何で日曜日に学校に来なくちゃいけないんだ。」


下駄箱を開けて、靴を取り出す。

下駄箱には誰もいない。今日が日曜日だからだ。


雑に靴を投げると、パン!と乾いた音が反響した。

砂埃が舞う。


お腹がぐう、と鳴った。

そういえば、朝から何も食べていない。


そういえばバナナを持ってきていたんだった、と気づく。

朝、サブカバンに突っ込んで来たが、食べるのを忘れていた。


今日の昼ごはんは、下校しながらバナナかな。

昼食の貧相さを嘆きながら、校舎を後にしようとした時、

背後から声をかけられた。



「こんにちマツタケ、やなぎくん。」



びくん!と体が反応する。

驚いた。

誰もいないと思っていたから。

それと、柳くん。僕の名前だ。

知り合いだろうか。


声の主は、昇降口の入り口に立っていた。


誰かが、腰に手を当てて仁王だちしている。

髪は腰まで伸びていて、銀髪だった。


「誰?マツタケ?」


聞いてみる。

こんにちマツタケ、と彼女は言った。

ユーチューバーの挨拶かなにかか?


「あれ、同級生なんだけどな。春家キノコっていうんだけど。」


「知らない、誰だよ。」


絶対に知らない。キノコっていう奇妙な名前も、100%校則違反の明るい髪も、

聞いたことも見たこともない。


「あ、そっか。君、今見えてるのか。えっと、じゃあ・・・」


変なことをぶつぶつ呟いている。

呪文みたいだ。

まさか、僕がバカだから理解できていない、わけじゃないよな?


午前中にぼんやりと眺めていた、数式の羅列を思い出す。

僕だけがわかっていない気がして、急に自信がなくなるあの感覚。


「同じクラスの春家桜、っていえばわかる?」


あ。


春家桜。


聞いたことがある。

というか僕のクラスメイトだ。


「え、わかるけど、あの地味なメガネの・・・」


言ってる途中で、失礼なことを言っていると気づいて言葉に詰まる。

でも、そういう印象しかなかった。

教室の隅で、いつも本を読んでいるイメージ。

友達と話したりしているところを見たことがない。


「地味なメガネで悪かったわね。柳くん、そういう人の覚え方、よくないと思うわよ。」


この人はまるで別人だ。

髪の色も違うし。

見た目も雰囲気も全然違う。


あ、もしかして。

この人はクラスメイトの春家桜の姉なのではないか?

さっき自分のこと、春家キノコ?って名乗ってたし。

キノコっていう名前は気になるけど・・・


「あ、ごめんなさい。春家さんのお姉さんか何かですか?」


敬語に切り替えた。

そして謝る。

この人は春家のお姉さんで、たまたま僕のことを知っていたのかもしれない。

もしそうだった場合、妹のことを地味なメガネ呼ばわりは確かによくない。



「いいえ、春家桜は私よ。春家キノコは・・・ペンネームみたいなもの。」


「え?」


僕の予想は外れた。彼女はどうやら春家桜本人らしい。

僕が知っている、地味なクラスメイトの春家桜。

いや、本人だとしても失礼なことに変わりはないのだが。



「・・・・・・」


「・・・・・・」


昇降口が静まる。


色々な考えが巡る。

確かに春家桜は、今週の金曜日まで黒髪だったはず。

髪は三つ編みで眼鏡をかけていた。

教室の端っこで本を読んでいた。


「・・・イメチェン?」


「・・・・」


「・・・・」


「・・・まあ。」


沈黙の後、春家が小さく相槌をうつ。


春家桜とは、一度も話したことがない。

けれど、言わずにはいられなかった。

地味なクラスメイトの、派手なイメチェンに対して、指摘できずにはいられなかった。


「や、やめときなよ!」


素直な感想がこぼれた、と言っていいだろう。


「髪の色、銀髪って・・・明らかに校則違反だし、それに・・・さっきの、「こんにちマツタケ」なんて・・・相当イタイし・・・」


「イタ・・!?イタくないし!」


学校のクラスには、いつの時代もカーストが存在する。

僕や春家のような、何の部活にも入っておらず、どこのグループにも所属していない人間は、

クラスの最下層に位置する。


そんな人間が突然イメチェンしたら、どうなるだろうか。

考えるだけで恐ろしい。


「今更そんなことしたって、一軍にはなれないよ。」


教えてあげる、という気持ちで言った。

午前中の補修で、僕の機嫌も多少悪かった。

少しキツイ言い方になってしまったかもしれない。


「こ、この・・・」


銀髪のクラスメイトが、拳を震わせている。

確かに、メガネを外して髪をおろすと、美人だ。銀髪も似合っている。


だけど、学校では浮く。クラスでは浮く。

僕は多分、適切な指摘をしている。


「まあ、今はいいわ。」


「僕、帰るよ、疲れたし。」


靴のかかとを整えて、セカンドバックを担ぐ。

疲れのせいか、なんだかカバンが重く感じる。


「春家さん、明日までに、髪戻した方がいいよ。似合ってるけど。」


厳しいことを言ったことになんとなく罪悪感を感じて、語尾に褒め言葉を付け足す。

もしかして、さっきの田中もこんな気持ちだったのだろうか。



「アドバイスありがと。柳くん、優しいんだ。」


見当違いだ。僕は優しくない。

成績は悪い癖に屁理屈が上手い、スクールカースト最下層の人間だ。

一軍になれないなんて言ったのも、結局、自分のことを言っているに過ぎない。

クラスメイトに八つ当たりする、矮小な人間だ。


「お礼じゃないけど、一つ教えてあげる。」


そんな僕の意地汚い真意も知らず、彼女は言った。

教えてあげる、と僕に言った。


僕は呆れて昇降口を出ようとする。

春家の横を通る時、

ふわりと、何かの香ばしい香りがした。


春家の横を通り過ぎようとした時、

春家が僕のカバンに向かって指をさす。


「そのカバン、破けるわよ。」


え?


ギギィ、と魔物の断末魔みたいな音がした。


「な、なんだ!?」


脇の下から、奇妙な音が聞こえてくる。


慌てて手元を見ると、担いでいたセカンドカバンが、風船みたいに膨らんでいる。

とっさにカバンの紐を肩から下ろすと、勢いよく地面に落ちた。

砂埃が舞う。


「なんだこれ!重っ!!」


昇降口で僕の言葉が反響する。

膨らんだカバンが、鉛のように重くなっていた。

苦しそうに、カバンがもがいているように見える。


「早く開けないと、破裂しちゃうわよ。」


なんだってんだ!もう!

わけがわからない。とにかく、カバンが膨らんで、今にも破裂しそうだ。

急いでカバンのチャックに手をかける。

開けないと、本当にカバンが破けそうだ。


「くそっ!開かない!」


カバンが膨らみすぎて、チャックがピクリとも動かない。


「うおああああ!」


柄にもなく雄叫びを上げて、チャックを引っ張る。

カバンを足で押さえ、無理やり開けようとする。


「あ!」


手応えを感じたその瞬間、


ビイイイ!

と、不快な破裂音が聞こえた。


僕が引っ張っていたチャックを起点にして、

セカンドバックはチャックと垂直方向に引き裂かれた。


勢い余って後ろに一回転した。


視界が反転する。


「あーあ」


視界の中に、春家がいた。

逆さまの銀髪美女が、嘆いた。


わけがわからず、ひっくり返っていた体を起こす。


「どうすんのよ、これ・・・」


春家の目線の先、昇降口の前、僕の目の前に広がっていたのは———


黄色い海だった。


いや、海ではない。


黄色い何か。


黄色い何かが地面を埋め尽くしている。


足元を見る。


転がってきていた、黄色い何かを拾い上げた。


「バナナ・・・」


それはバナナだった。


「カバンに入れていたのね。しかしこれは・・・惨劇ね。」


まるで人ごとみたいに春家は言う。

地面にいっぱいの黄色い物の正体は、バナナだった。

昇降口前のアスファルトを埋め尽くすほどの、バナナ。


バナナバナナバナナ・・・


一体何百個・・・いや、何千個あるんだ?


「カバンにバナナ入れてたんでしょ?」


「え?」


春家に言われて、思い出した。

朝食用に持ってきて、食べ忘れていたバナナの存在。


いや、確かにバナナ入れてたけれども。

家に帰りながら頬張ろうとしていたけれども。

だから何?


「柳くんの持っていたバナナが、増えたんだよ。」


は?


「柳くんのカバンに入ってたバナナが、【増殖】したってこと。」


ドウイウコト!?



空腹感はとっくに消えていた。



僕は成績の悪さと、学校での立ち位置の悪さに嘆く、どこにでもいる高校生である。


クラスのルール。スクールカーストというある種のルール。

全国のどこにでもある、絶妙な人間関係のバランス。

正しい規範と、美しいモラル。

頼もしい仲間と、かたい絆、友情。


今日をもってそれらのルールは全てくつがえされることとなる。

このバナナが、僕にとっての始まりだった。


【増殖】という力は突然、僕の目の前に現れた。


それは、これまでの僕たちの常識を、

ルールを、規範を、モラルを、

超越した力だった。









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[良い点] 最高に面白かったです! [一言] これからも追ってまいりますので、執筆頑張って下さい!!!
2023/07/09 17:19 退会済み
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