妄想を繋ぐリアル
このお話にはフィクションと真実が入り混じります。
これを見ているあなたには、先に話さなければならないことが2つある。
まずこれは小説などではないということ。
そして俺今仕事を切り上げてパソコンへ向き合っている。
普段から動画を見るか、ゲームをするかしかしないパソコンでメモ帳なんてものを開いてこうして文章を打っている。
きっかけは単純で、「ただ小説っぽいものを書いてみたいから」という短絡的で浅はかなものでしかない。
小説を書こうにも、生まれて初めて書いているこの文はただの日記に毛の生えたもの程度のものなのだろう。
物事を文面として起こし、書く・打つという単純な事も、様々なインターネットのサイトや動画では
「プロット」「ログライン」「起承転結」等の普段触れない単語や、知識の集約なのだと気づかされて文を書く意欲が少しずつ削がれていった。
説明を見ているうちに次第にあくびが出て、普段吸っているパーラメントの煙草に火をつけてぼーっとし始めたのでブラウザを消した。
でもこうして文を打っている。なぜだろう?と心で自問自答しながらキーボードで日記まがいの文を打っている。
考えていると少しわかったことがある。
文を乱雑に書いていると何か楽しい。
自分の乏しい語彙力や知識、普段からこのような長文を打たないこの環境が少し楽しい。
普段から使わない予測変換にイラつきながら、1行1行を打っているこの時間がほんの少し楽しい。
次は何の文章を打とうか、この日記にどう話を付けるか、そう考えている時間が僅かだが少し楽しい。
この気持ちは今でしか味わえないものなのだろうか。
数時間後ゲームをするときや、明日朝布団から這い出てタバコを吸っているときにもこの心境は続いているのだろうか。
友人とSNSで連絡を取り合い、食事をしたり、笑っているこのうちに、またこうして日記まがいのものを書くほどの気概があるのか。
はっきり断言できる、きっと今だけの気持ちなのだろう。
何故なら自分は小説家などではなく、ただの一般人なのだから。
平日は仕事をし、夜遅くに帰り、冷めた食事を電子レンジで温めなおし、またこのパソコンに向き合って動画を見ながら食べる。
そういうルーチンになっている。
おそらくこのローテーションは変わることがないだろう。何故なら変えたいと思う気持ちが希薄だからである。
友人や恋人が常にそばに居れば何一つ退屈することなく日常を送ることが出来るであろうが、今の自分には友人はおろか、
恋人の存在なぞ居ないからである。一人寂しく大衆に笑顔を振りまく動画配信者などのウェブページを見ているのが日常だからである。
その日常のルーチンはかれこれ5年は続けてきた。だから今後もおそらく変わることはないと自負している。
しかし今晩はなぜか違っている。
いつも通り仕事を切り上げ、自宅に帰り、冷めたカレーをスパゲッティにかけて、動画を見ながらいつものように過ごしていたが、
ふと、小説とか物語を書けたら面白くね?と思い立ってしまったからである。
実際はこのような小説にも満たない日記程度の文面しか書けていない語彙力の乏しい文面だ。何にもならなくてもいいじゃないか。
書くことに意味があるのだ!などと宣いながらキーボードに指を走らせている。
唐突に思うのだが、人間というものは実に器用だと思う。
こういった文面を書いている間にも、頭には別の事を考えたり、今書いている文章の先はこういう話を書こうという思考を巡らせることができる。
さも当然の事を、何当たり前なことを、今更何言ってるの等思うことはたくさんあるが、これって実はすごい事なんじゃないか?と俺は思う。
こうして小説まがいの日記を書いているうちにも、ここから壮大な物語を書けるほどの出来事が起こるのではないか?
非日常の生活を送り、異世界に転生し、主人公として物凄く活躍をするのではないか?と妄想と期待がどんどん膨らんでいくのを感じている。
しかしこれは現実の話であり、決して実世界にドラゴンや魔法使い、お姫様などが出現するなど到底無く、恙なく毎日が悲惨に流れていくのを
指をくわえる暇もなく老化し生きていくのである。
会社では上司に諂い、部下を育てて、恙なく、生きるのである。
そういう風にできているのだ。
しかし今、今俺が小説まがいの日記を書いているこの時間は、上司も、部下も、取引先も、課長も、係長も、部長も、だれにも邪魔されない
唯一の時間なのだ。
これを楽しまずして何を楽しむのか。
俺はこの気持ちが許すままに様々な世界を想像してみることにする。
御一読いただき、ありがとうございます。
投稿はなるべくこまめに行いますが、停滞することもあると思います。
頑張るのでよろしくお願いします。