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白蛇の國六使伝  作者: jinza
第一章 「放たれた六人」
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第一節 森が隠した子どもたち ー手懸りー

 ヤシマはあちらこちらを旅しながら、あえて荒くれ者が多いといわれる『西山の道』まで来た。

 ここで何らかの仕事を見出し生きるのだ。

 山から木を切り出し税を納めるこの地は、山あいから材木を運ぶ男たちでにぎわっている。

 この木が運び出される奥森は神聖な森とされ、そこで採れる木々は森の神の血として奴婢たちには触らせてはならないという。

 そのため木材を運ぶ重労働は、奴婢を除く奥森の山男たちがやっていた。

 血気盛んな男たちが掴み合いの喧嘩をすることも多く、商人や職人が暮らす街では喧嘩から店や住まいを守る者が必要だと聞く。

 だから、ここなら自分の力を使えるのではないかとやってきたのだ。

 しかし、大きな荷車に材木を運ぶ男たちは、全身から汗を滴らせただ黙々と運んでいた。

 ここに着いて以来ずっと通りを眺めている。

 時折り茶店の婆が、材運びの男たちに「お疲れ様、ご苦労な事だねえ」と声をかけると、男達から「おうっす」と返す穏やかな光景だけが繰り返された。

「あんた、この辺の人じゃないねえ。こっちに来て茶でも飲みなよ。お代はいいから」

 不意に婆から声をかけられた。

 そうだ、こういう時は断らずに話すのだ。何かのきっかけになるとおやじ殿が言っていた。

 少し遅れてヤシマは「ありがとうございます。ちょうど喉が乾いていて…」と静かに言って、茶店の前に設えてあった長椅子の端に腰かけた。

 「あんた、鍛えた体をしているねぇ。この辺りは山の男たちが往来するからたくさんの男たちを見てきたけれど、あんたの身体はちょっと違うんだな。顔つきもねぇ」

 婆はじーっとヤシマの顔を見つめた。

 ヤシマはこんな風に見つめられることはなかったので、心の内を探られるようでどぎまぎした。

 「あんた、仕事探しておいでかい?」

 返事をする前に、「よいしゃ、よいしゃ」と威勢のいい掛け声とゴロゴロと大きな荷車の音が聞こえてきた。

 ひときわ大きな材木をたくさん積んだ荷車が遠くに見え、上半身裸の男たちが四人姿を現した。

 掛け声とともにみるみる近づくその姿は、筋骨隆々だった。

 「ひぇー、ここらで休憩とするか」と一人が言った。

 「ありがてぇ、兄貴―っ」流れ落ちるほどの汗をそのままに荷車をおいて、ヤシマが座った縁台のもう一方の縁台に二人が座った。

 ヤシマはすぐに立ち上がり、座る場所を譲った。

 「ありがたい。兄さん申し訳ないねえ、あんたもすわんなよ、つめりゃ座れるよ」

 「いや、俺はいいんです」

 すかさず婆が「そこの若い兄さん、お茶を運んでくれな」ヤシマを奥へと呼んだ。

 「えーっ、若い兄さんとは俺の事かい。女の人に声をかけられたら行かなきゃなぁ」

 一人が笑顔で立ち上がると、他の三人から大きな笑い声が上がった。

 「おめえが若いつもりかよ。婆もおめえも一昔前ならなあ」

 「馬鹿言うない、一昔前なら俺は赤ん坊で、婆は中年だろがぁ」

 「そうだねえ。汗びっしょりでみんないい男だこと。わたしゃ選ぶに迷っちまう」

 婆も男たちと大声で笑った。

 「婆、こいつらにとびきり甘いものをふるまってくれ」

 「あいよ。ちょうど蜜で絡めた団子を作ったところだから、待っとくれ」

 ヤシマは出された団子にむしゃぶりつく四人を見ながら、聞いていたこととの違いに茫然となった。

 一人が代金を払うと四人は一斉に笑顔で立ち上がった。

 「よし、行くか。もうひと頑張りだぞ。ここを越えりゃあ、次は貴族様の通りだ」

 「よーし。行くぞー」

 笑顔の中にも引き締まった表情が現れた。

 荷車の音と男たちの掛け声が、来た道とは反対の方向へ遠ざかっていく。

 「あんたも食べるかい、だんご」

 「いや、俺はいいです。あの あの人たちはけんかをしたりはしないんですか」

 「おやおや、面白いことを聞くねえ。それに若いのに団子にまったく関心がないなんて、あんたはだいぶ変わった子だよ」

 「だんごとやらは食べたことがなくて…」

 「おや、そんな子がいるんだねえ。まあこの先の奴婢のいる村ならそんなこともあろうが…」

 婆は視線を素早くヤシマの上から下まで走らせた。

 「まあいいよ、あんたが誰であっても。山から来る男たちは皆穏やかで、あの通り明るくて真っ直ぐだよ。お山の木を大切に思ってるんだ。山の身体の一部をいただいているって。だから運んでいるときにゃあ 喧嘩なんてことは絶対にしないよ。木に対して申し訳ないって気持ちだろうよ」

 「そうですか。荒くれ男たちがよく喧嘩をしていると聞いてきたもので」

 「ほう、それはいつの話だい。昔はねえ、ここには木を奪い取ろうとする賊が出たんだよ。だから山の男たちが税として差し出す木々を守るために命がけで戦ったんだ。それも王が武人を送ってくれて、しばらくここらの街道を見張ってくれるようになって賊があきらめたのかめっきり出なくなったんだよ。だがもう十年も前の話だよ」

 「そうだったのですか…」ヤシマは淡々と言った。

 「あんた、なんでそんなことが気になるんだい?」

 「少し武術に心得があるので、用心棒の仕事をしたいんです」

 「そうだったのかい。あんたの油断のない目つきは、そう言われれば納得がいくよ。あんたにはうってつけの仕事かもしれないねえ。だったらここにはあんたの仕事はないよ。いまは賊が『東田の道』に出るようになっていると聞いたよ。税の農作物がみんなやられちまうらしいと、ここで休む商人が言ってたよ。そっちに行ってみたら作物を運ぶ地主に雇ってもらえるかもしれないよ。賊にやられて奴婢の運び手をだいぶ失ったらしいし、きっと歓迎されるよ」

 「ありがとうございます。貴重なお話ありがとうございます。東に向かってみます」

 「ちょっとお待ち。さっきから気になっていたんだが、あんたいくつだい?」

 「二十歳です」

 すかさず答えた。用意していた言葉だった。

 「二十歳? ずいぶん若い二十歳だねえ」

 「俺はどう見られようが二十歳ですから」

ぶっきらぼうに答えた。

 「私はねえ、あんたぐらいの年頃の人を見るとどうしても思い出すんだよ。忘れもしない。あんな残酷なことはなかったよ」と婆は遠くを見つめながらかみしめるように言った。

 婆は、目の前にいるまなざしの強い少年が二十歳まではいかないだろうことを察していたが、あえて触れないようにした。

 「婆どの。俺はもう行きます。茶をごちそうさまでした」

 婆の話を途中で遮ると、背中を向けヤシマは東へ向けて歩き出した。

 自分達が生まれた年、王命で多くの赤子が命を奪われたことは知っていた。

 自分達はその年に生まれた。

 王にとってその年に生まれ来るものは許しがたいものだった。

 だからしらみつぶしに探し出し赤子を差しださせた。

 届け出て赤子をさし出せば家族に一切の咎はなしとした。

 だが、ひとたび隠し立てをすれば家族のみならず親戚筋までも責めを負い、家族もろとも命を奪われるとあって、親戚から密告されることも少なくなかったという。

 家族や親類縁者の命がかかっているとなれば泣く泣く赤子を差し出すしかなかったのだろう。

 この国ではいまだにその年のことが密かに語られる。

 民たちにとっても大きなことだったのだ。

 とにもかくにも婆との会話は無駄ではなかった。

 ここには俺の仕事はない。まずは『東田の道』に行かなければ。

  数日走り通しも厭わずどこでも眠れる…

 ヤシマはそういう男になっていた。

 婆の店を出てしばらく走っていると、通りには人の気配がなくなっていた。

 見上げると黒い雲が広がり、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

 『東田の道』で仕事にありつけるだろうかと考えながら走っていたため、空気の変化に気が付かなかった。

 これは大雨になる。

 数本の木々の集まりくらいでは一晩やり過ごせない。

 急いで大きな森に入らなければ…

 しだいに強まる雨と吹き付ける風に向かうように、ヤシマは右手に遠く見える森を目指して足を速めた。



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