初めての
レイを見送るサラの顔は終始赤くなっていた。
「サラ姉さん、じゃあ行ってくるよ。」
「・・・うん。行ってらっしゃい、気を付けてね。」
「ありがとう。次会う時は、もっと立派になってるよ。」
サラはレイのこの言葉に言葉で返すことはせず、優しく微笑んで頷いた。
レイも笑顔で返し、足を前と進めた。
王都方面の森へと歩くレイの後ろ姿を静かに見つめるサラ。
レイの背中が少しずつ小さくなって行く。
もう声は届かないくらいの距離までレイが進んだ時にサラ囁くように言った。
「さようなら・・・。」
例えレイが振り返ったとしても、サラが流す涙はレイの目に映ることはない。
レイが見えなくまでその場で立ち尽くし、森の中に入ったところを見届けて帰路ついた。
その頃、サラの帰り待っているカルベルとベリアは少し焦りぎみで話しをしていた。
「サラの奴おせぇな、大丈夫かよ。」
「まぁ、今回ばかりは今までと訳が違いますからね。」
「そりゃそうだけどな。まさかこの期に及んで私もレイくんと一緒に行くなんて言われてみろたまったもんじゃねぇ。」
「それはそうですけど、いくらなんでもそれは考え過ぎですよ。もう少しゆっくり待ってみましょう。」
「あぁ、そうだな。」
二人はサラが帰ってくるのを待つことにしたが三十分くらい経った頃ベリアは貧乏揺すりをし始めた。
「おっせぇなサラ。何しているんだ?」
「確かにそうですね。もう、そろそろ帰ってきてもいいと思うのですが。」
「あぁ、だよな。」
「えぇ。あと、貧乏揺すりやめてください。こっちまでイライラします。」
「別にいいだろ、これくらい。」
「そんなに気になるのでしたら追いかけたらどうですか?」
「嫌だよ。もし、駆け落ちの途中だったらサラに殺されるのはオレだぞ。お前が行け。」
「嫌ですよ。ぼくもサラを敵にまわしたくないですから。」
「じゃあ、このくらい大目にみてくれよ。」
「それも嫌です。」
「なんだよ、いちいち細かいな!」
二人が喧嘩を始めた頃にレイを追いかけていたサラが姿を見せた。
「おっ、帰ってきたぞ。」
「レイに同行したわけではなかったみたいですね。」
「ああ、そうみたいだな。ん?なんか泣いてねぇか?」
「えっ?」
二人からはまだ離れた場所にいるがサラ目をこする姿がぼんやりとしか見えていない。
ゆっくりと近づいてくるサラの目はやはり潤んでいた。
頬や目頭はこすったせいで赤みをおびていた。
その様子を見た二人は小声で話しはじめた。
「レイの奴、何かしたのか?」
「何かしたというよりはやはり別れが辛いから泣いているのでは?」
「んー・・・。もしかしたらサラの奴、別れ際にレイに告白してフラれたんじゃないか?」
「可能は高いですね。」
「じゃっ、カルベル。ちょっと確かめてこいよ。」
「なんで僕なんですか?ベリア行ってきてくださいよ。」
「なんでだよ!だいたいオレはレイを送る時先陣きって話したんだから今度はお前いけよな!」
「それとこれとはまた別の話です。最年長のベリアが行くべきです。」
「都合が悪くなると年の事言うの悪い癖だぞ。」
「・・・わかりました。では、こうしましょう。」
「なんだよ?」
「二人で行きましょう。」
「・・なんだそれ。まぁいいや。」
結局、二人でサラの涙の理由を確かめることにした。
不粋なこと極まりないが、こういったことが普段ないぶん好奇心はくすぐられる。
「おう、サラお帰り。」
ベリアがはじめに切り出したが返答はなく、サラは
黙った頷いた。
「まぁ・・・泣きたくなる気持ちは分かるぞ。別れは辛いよな。」
サラは再び頷き、小さな声で言った。
「・・・えぇ、そうね。でも、それよりももっと辛いわ・・・。」
思い出し泣きをするサラを二人の好奇心は同情に変わった。
サラの言葉で二人は確信した。
ベリアはカルベルを肘でつついて次はお前の番だと目で合図した。
気は進まなかったが、カルベルはサラに話しかけた。
「サラ、レイは家族としてサラを大事にしていていました。だから恋人として想うことは難しかったですよ。愛の告白がフラれてしまうのは―」
バチンッ。
カルベルの話を遮りサラは頬を思いっきり平手打ちした。
カルベルはその場に尻もちをついて倒れた。
「っいった!何するのですか?」
「フラれてない!」
サラは怒りを剥き出しにし、カルベルに言い返した。
「大好きってレイくんは言ったのよ!両思いでもどうすることもできないから辛いのよ・・・。」
カルベルは唖然としながらもレイとの会話がなんとなく想像できた。
レイの本当の真意はわからないがおそらくレイの想う好きは別の意味なのではないかと。
「サラ・・おそらくレイの言う―」
カルベルが話しはじめると今度はベリアに遮りられた。
サラのように乱暴なものではなく、肩に手を置きながら囁くように言った。
「それ以上は止めとけ。」
「はい・・・。」
サラはその場から静かに立ち去った。
ベリアはカルベルの横に腰を落とし、労いの言葉をかけた。
「いやぁ、今日は本当にさんざんだったなカルベル。」
「えぇ、本当にそうですよ・・・。」
「いや本当に・・・オレじゃなくてよかったよ!」
一瞬カルベルは言葉を失った。
労いの言葉かと思って聞いていたが、案の定我が身かわいさに自分を差し出したことに驚いた。
「えっ?」
「ん?なんだ」
「結局、保身に走ってぼくを盾にしただけなんですね。」
「まぁな、いつものことだろ。」
「はぁ・・・年上らしいことをたまにしたと思ったら結局それですか。一瞬喜んで損しましたよ。」
「そう言うなよ。こんなことできるの最後なんだからよ。」
「・・・そうですね。」
名残惜しくもその通りだった。
そして、二人にはまだ気になるもう一人妹がいた。
「大丈夫か、アナの奴?」
「多分、サラと同じ気持ちでしょうね。」
「だろうな、あいつもレイのことになると変な行動力あるからな。」
「そうでしたね。今までのことを無駄にするようなことはないでしょう。」
兄として今まで見守ってきた妹達と弟の姿が頭の中を駆け巡らせながら別れを惜しんだ。
そして、その頃のレイは草原から森に入ろうとしていた。
霧が漂う森に足を踏み入れ、一歩一歩前進した。
森に入ってすぐの木に背中を着けてもたれ掛かる姿勢でアナが座りこんでいた。
レイが気付くのに時間はかからなかった
「アナ姉さん、ここで何してるの?」
さっきいないと思ったらこんなとこにいたのか。
「何してるってあんたの見送りよ。ここまで来るの待ってたんだから・・・。」
いつもとは明らかに雰囲気が違ったアナの様子に少しばかり動揺するレイ。
ここで朝から待ってたのか・・・。
日が昇っているとはいえ、霧の森はかなり冷える。
「アナ姉さん大丈夫?いつもより元気ないみたいだけど?冷えてお腹痛いのか?」
「大丈夫よ。あんたのお姉さんとして最後の見送りぐらさするわよ。」
「・・・なんかいつもとは様子が違うけど本当に大丈夫?」
アナは黙って頷き、レイに背を向け歩きはじめた。
「行くわよ。」
「・・・うん。」
いつもより静かで大人しいアナに動揺するレイ。
そのまま二人は霧の森を沈黙のまま進んだ。
どれだけ歩いただろうか、今までは出ないようにしていたがいざ抜け出そうと思うのが不思議だ。
そろそろ出そうな感じがしてきた。
レイがそんなことを思っている最中アナは一本の木の前に立ち止まり話し始めた。
「レイ、今はソトさんは少しだけ霧の効力を弱めているの。」
「そうなんだ。そう言われればいつもより明るい感じがするよな。」
「うん。だからこの目印も見つけやすかった。」
「ん、目印って?」
アナは立ち止まった木を指さした。
バツ印がそこに記してあり、自分たちのお腹ぐらいの位置にそれはあった。
「あっ本当だ。何これ、アナ姉さんが書いたの?」
中腰になり木に記してあるバツ印を見ながらレイはアナに尋ねた。
アナは少しガッカリした様子で小さなため息をついた。
「やっぱり覚えてないわよね・・・。」
「あっうん・・・ごめん。」
「いいわよ、別に。」
いつもならここで怒ってきそうなんが、今日は本当にどうしたんだ?
なんだか、やりづらくて調子狂うな。
「アナ姉さん、元気ないみたいだけど本当大丈夫?」
アナはしばし沈黙した後、口を開いた。
「レイは、いつも怒っている私がいいの?」
「何だよ急に。いいも何もそれがアナ姉さんだしな。」
「レイにとってはいつも怒っている姉なんだよね。でもね、今の私もちゃんとレイの姉として・・・。」
アナはそれ以上の続きは言わなかった。
両手で自分の胸ぐらを握り、抱え込むように自身の何かを抑えた。
「アナ姉さん、だっ大丈夫!どうしたんだよ?」
戸惑うレイを見たアナは何もなかったように元に戻った。
「なんでもないわ。気にしないで。」
「なんでもないってなんだよ!さっき苦しそうにしてたのはなんだよ!」
アナはレイをじっと見つめ、囁くように言った。
「本当になんでもないのよ、だからこれ以上何も聞かないで・・・。」
「わかったよ。」
レイもこれ以上の何を言っても本音が出ないと思い、諦める形で納得した。
だか、内心はかなり気になり不安と戸惑いがあった。
本当に何なんだ!
たかが少しここを出て行くぐらいでどいつもこいつも今生の別れみたいな顔しやがって!
真実を知らないレイにとってはそう思うことがせいぜいだった。
ただ、知る者にとっては実際にそうなることが目に見えていた。
今のアナがかなり感情が不安定に出てしまうのは必然的なものだった。
「ごめんね、レイ。こんな見送りになって・・・。」
しっとりした瞳でレイに謝るアナ。
「いいよ、行く前に顔が見ればよかったよ。本当はいつもみたいに元気な声も聞きたかったけどね。」
毎日のように喧嘩していた日々のあのうるさい声が耳にこびりついていたレイにとっては少し寂しく感じた。
「ありがとう、レイ。」
素直にありがとうと言われると照れくさくて頭を掻いてしまう。
本当に何か寂しく感じるな、いつもみたいに騒がしい方が心地いいんだが・・・。
「後ね、ソトさんと打ち合わせしてたことがあるだけどね。」
「何?」
「この印の木の向こうに一歩でも前に出ると霧の外になるよう魔法をかけてあるから。」
「へぇ~そうなんだ。向こうにも霧があるように見えるけどな。」
「それがこの霧の特徴よ。幻覚魔法でずっとあるように見えているだけ。前に進んでいると思っていても内側に誘導されているはずなんだけどあんたの能力だと無駄になるのよね。」
「そういう仕組みだったんだ。」
「レイはあんまり実感湧かないわね。」
「うん、あっ!何か思い出した!」
そう言えばこの印!
「何?どうしたのよ。」
「この印!小さい頃アナ姉さんと二人で遊んだにぼくが外に出た時に目印に付けてくたやつだ!」
アナは失笑の笑みを浮かべた。
「やっと思いだしたんだ。あの時は大変だったな、レイを探すのに必死になって外に出て見つけた時はレイうずくまって泣いていたもんね。」
「そっそこは思い出さなくてもいいよ・・・。」
「あの頃は可愛かったけど、今はこんなになっちゃたからなぁ。」
「うっうるさい!」
「まぁでも実際、こんな印じゃ分かりにくいし霧の変動もあったから意味なかったけどね。」
「でも、あの時はアナ姉さんが来てくれて嬉しかったよ。すごく安心した。」
「そう・・・。」
優しく笑みを浮かべるアナだか、その実内心はかなりショックを受けていた。
サラのように自分もおしとやかな女性を演じて女性として見て欲しかったが、レイの中で自分は口うるさいだけの姉でしかないとこの時思った。
別れる前に女性として見られたいと思っていたが、とうとうその時は来てしまった。
「アナ姉さん、そろそろ行くよ。」
「えっ!?あっそうね!」
「うん!次会う時は一人前だ!」
次なんかない・・・!
そうアナは心の中で思う中、レイ目印の木を越えて行こうと足を前に出した。
アナはとっさにレイの腕を掴んだ。
「何、どうしだよ?まだ何かあった?」
アナはレイを強引に引き寄せ、何も言わずにキスした。
レイは何が起こったのか分からぬままに霧の外に突き飛ばされた。
その刹那耳に確かに届いた言葉があった。
「バイバイ、レイ。」